出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2013/03/11 12:59:08」(JST)
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脳脊髄液(のうせきずいえき、cerebrospinal fluid、CSF)とは、脳室系とクモ膜下腔を満たす、リンパ液のように無色透明な液体である。弱アルカリ性であり、細胞成分はほとんど含まれない。略して髄液とも呼ばれる。脳室系の脈絡叢から産生される廃液であって、脳の水分含有量を緩衝したり、形を保つ役に立っている。一般には脳漿(のうしょう)として知られる。
目次
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脳脊髄液を産生する脈絡叢は、側脳室、第三脳室、第四脳室のいずれにも分布する。脳室系は第四脳室のルシュカ孔・マジャンディ孔以外に出口がないので、脳室系の中で産生された脳脊髄液はその唯一の出口に向かって流れる。すなわち、側脳室からはモンロー孔を通って第三脳室に流れ、第三脳室からは中脳水道を通って第四脳室に流れ、第四脳室からはルシュカ孔・マジャンディ孔を通ってクモ膜下腔に流れる。ごく少量が中心管を通って脊髄を下る。頭蓋内では、クモ膜にクモ膜顆粒と呼ばれる突出があり、硬膜を貫いて隣接する硬膜静脈洞に入っている。クモ膜下腔の脳脊髄液はクモ膜顆粒から静脈に流れ込む。クモ膜下腔の中で大孔(大後頭孔)を抜けて脊柱管に入った脳脊髄液は、脊髄を取り巻く静脈叢から静脈に入るか、脊髄神経の神経鞘の中を流れて最後にはリンパ液と混ざる。
クモ膜顆粒から吸収されるだけでは脳脊髄液の動態を説明しきれないことが指摘されてきたが、脳脊髄液は脳に分布する毛細血管からも吸収されるとする報告[1]が1996年になされた。また、リンパ管からの吸収が関与しているとする説[2]もある。リンパ管は脳には分布しないが、篩板から嗅神経とともに出て、鼻腔粘膜下のリンパ管に回収される経路や、同様に三叉神経などのほかの脳神経を介する経路もありえるとされる。
脳脊髄液の異常として臨床で最初に見つかるのは、頭蓋内圧の上昇である。決まった体積しか入らない頭蓋内に、ないはずのものが新たに加わると、脳脊髄液に高い圧力がかかり、同時に脳の実質も圧迫されて、頭痛、嘔吐、痙攣、徐脈、精神症状、視神経乳頭の浮腫・鬱血、外転神経の麻痺などの所見を呈する。頭蓋内の脳脊髄液にかかった圧力(脳実質にも同じ圧力がかかる)を頭蓋内圧または脳圧と言い、脳圧が上がることを脳圧亢進などと言う。正常の脳圧は60〜150 mmH2O程度(1 mmH2Oはおおむね1 kg/m2程度)だが、200 mmH2O程度、あるいはそれ以上に上がることがある。
脳圧亢進の原因として、脳脊髄液が頭蓋内にたまることを挙げられる。そのうちもっとも代表的なものが水頭症である。これは脳室にたまった脳脊髄液が脳の実質を周りに向かって圧迫する疾患であり、頭蓋骨が癒合しきっていない乳幼児に発症すると頭が非常に大きくなることがある。モンロー孔など、脳室系の狭くなっている部分は何らかの原因で閉塞しやすく、中でも中脳水道は狭い上に細長く伸びているので、閉塞することが多い。閉塞以外にも、頭蓋内の炎症すなわち脳炎や髄膜炎によって脳脊髄液が異常に多く産生されること、あるいはクモ膜顆粒からの吸収が妨げられることでも脳脊髄液はたまり、脳圧を上げる。
頭蓋内の出血によって脳圧が上がることもある。これは血液の体積によるほかに、血栓ができたり、脳脊髄液の産生が増えることにもよる。原因となる疾患は頭部外傷、クモ膜下出血、脳出血、脳動脈瘤破裂、脳動静脈奇形、血管炎などがある。
脳の実質が増殖すること、すなわち脳腫瘍でも脳圧は上がる。そのほか、脳梗塞、肝性脳症など様々な原因で脳圧は上がりうる。
脳圧が高いことは以上のような疾患を示唆するが、逆に脳圧が低いと頭痛を起こす。これは脱水、髄液漏といった病的な原因のほか、後述の腰椎穿刺によって脳脊髄液を採りすぎたときに起こることがある。
髄液漏 cerebrospinal fluid leakage は、脳脊髄液が瘻孔を通って(髄液瘻 cerebrospinal fluid fistula)、頭蓋外へ漏れる状態をいい、非外傷性髄液瘻と外傷性髄液瘻とがある。外傷性髄液瘻では髄液鼻瘻 cerebrospinal fluid rhinorrhea が最も多く、髄液耳瘻 cerebrospinal fluid otorrhea がこれに次ぐ。開放性頭部外傷の創に生じるものはまれである。髄液耳瘻は髄液の流出経路が複雑なこともあり長期に持続することは少ない。髄液鼻瘻はほとんどの場合、前頭洞と篩骨洞を経由し、蝶形骨洞を経由するものは少ない。乳突蜂巣を経由する場合は髄液耳瘻となることが多いが、耳管を通じ髄液鼻瘻となることもある。
非外傷性髄液瘻では下垂体腺腫、水頭症、髄膜脳瘤などが頭蓋底の骨を破壊してクモ膜下腔と副鼻腔とが通じるため、ほぼ全ての場合、髄液鼻瘻となる。非外傷性髄液瘻の治療は難しいことが多く、直達手術による瘻孔閉鎖が困難な場合にシャント手術で髄液圧を低下させて瘻孔閉鎖を促すこともある。
外傷性髄液瘻は自然閉鎖が起こることがあるので、通常2週間安静に保って抗生物質を投与し、2週間以上流出の持続するものや再発するものに対して手術を行うが、受傷直後から流出が顕著であれば早期手術を施すこともある。流出部位の正確な診断は困難なことが多く、クモ膜下腔に放射性同位元素を入れてガンマカメラで追跡、あるいは水溶性造影剤を入れてCTで追跡するなどの方法がある。
脳脊髄液は血液と同様、組織を満たして循環するので、通ってきた組織、すなわち脳と脊髄の様子を反映する。このため脳脊髄液を取り出して検査することには診断価値がある。特に髄膜炎を疑ったとき、脳脊髄液を培養して起炎菌の有無を調べることは確定診断に欠かせない。CTやMRIなどの画像診断が発達してから、脳出血や脳腫瘍について脳脊髄液を検査する意義は薄れたが、培養は依然としてきわめて重要である。
脳脊髄液採取法には腰椎穿刺法、後頭下穿刺法、脳室穿刺法などがあるが、一般的に行われるのは腰椎穿刺法である。 腰椎穿刺法とは、腰椎椎間腔より脊柱管に穿刺針を刺入してそこから脳脊髄液を取り出すという方法である。 史上初めての腰椎穿刺は、1891年にハインリッヒ・イレネウス・クインケが結核性髄膜炎の患者に対して、頭蓋内圧を下げるために行ったとされる (この行為は非常に危険なので現在では行われない。理由は後述)。
穿刺部位はヤコビ線(左右の腸骨稜の最高点を結んだ線。通常L4の棘突起上を通過する。)を目安にして決定する。 通常脊髄の下端はL1~L2高位にあるため、それよりも高位から穿刺すると脊髄損傷のリスクがある。 従って穿刺部位は、L4-5、L3-4、或いはL5-S1が選択されるのが一般的である。 腰椎穿刺手技に伴い起こりうる合併症としては、馬尾神経の損傷、感染、出血、低髄液圧症等が挙げられる。 腰椎穿刺検査の禁忌としては、
等が挙げられる。
イヌでは主に後頭下穿刺が用いられる。
検査項目 | 正常値 |
---|---|
外観 | 無色透明 |
圧 | 70~180mmH2O |
細胞数 | 5/mm3以下(全て単核球) |
蛋白 | 15~45mg/dl |
糖 | 50~80mg/dl(髄液糖/血糖=0.6~0.8) |
IgG | 0.8~5.0mg/dl |
IgG index | 0.7以下 |
albumin leakage(AL) | 75mg/day以下 |
Cl | 118~130mEq/l |
IgG indexは(IgG髄液×アルブミン血清)/(IgG血液×アルブミン髄液)で計算される。
液圧 | 外観 | 線維素析出 | 細胞数 | 主な細胞 | 蛋白質 | 糖 | 塩素 | トリプトファン反応 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
基準値 | 70~180mmH2O | 無色透明 | なし | 5/mm3以下 | 単核球 | 15~45mg/dl | 50~80mg/dl | 118~130mEq/l | なし |
ウイルス性髄膜炎 | ↑ | 無色透明 | なし | ↑~↑↑ | 単核球 | ↑ | ± | ± | なし |
結核性髄膜炎 | ↑↑ | 無色透明、日光微塵 | +(くも膜様) | ↑↑↑(200~500) | 単核球 | ↑↑ | ↓↓ | ↓↓ | ++ |
細菌性髄膜炎 | ↑↑↑ | 膜様混濁 | +++(膜様塊) | ↑↑↑(1000以上) | 多形核球 | ↑↑ | ↓↓ | ↓↓ | ++ |
日本脳炎 | ↑ | 無色透明に微塵黄染 | + | ↑ | 初期は多形核、後期はリンパ球 | ↑ | ±~↑ | ± | - |
多発根神経炎 | ↑ | 無色透明 | + | 0~↑ | 単核球 | ↑↑↑ | ± | ± | - |
くも膜下出血 | ↑↑↑ | 初期血性、後期黄染 | +++ | ↑ | 単核球 | ↑↑↑ | ↓ | - | + |
脳膿瘍 | ↑↑ | 透明黄染 | - | ↑ | 単核球、異型細胞 | ±~↑ | ±~↓ | ± | - |
脊柱管腔閉塞 | ↓ | 透明黄染 | ++++(膠様凝固) | ↑~↑↑↑ | 単核球 | ↑↑↑ | ± | ±~↓ | - |
脳脊髄梅毒 | ↑ | 無色透明 | - | ↑ | 単核球 | ↑ | ± | ± | - |
多発性硬化症 | ± | 無色透明 | - | 0~↑ | 単核球 | ±~↑ | ± | ± | - |
神経ベーチェット病 | ~ | 無色透明 | - | 10~200 | 多形核 | ↑ | ± | ± | - |
腰椎穿刺をして最初にわかるのは脳脊髄液の圧である。これは穿刺するときの針にあらかじめつないでおいた脳圧モニターが測定する。患者の姿勢によって穿刺部の圧は変わる。患者が上体を起こして座った姿勢だと、頭蓋内と脊柱管に入った脳脊髄液の重みが穿刺部にかかり、測定される圧は高くなる。普通は患者を横向きに寝かせ、腸骨稜と腰椎の棘突起が見分けやすいように背中を軽く曲げさせた状態で穿刺する。圧が上がっていれば上に述べたような疾患を疑う。液が勢いよく流れ出るなど、圧が高そうなときは脳ヘルニアの恐れがあるので、モニターの表示を待たず素早く液を止めて針を抜く。圧が低ければ脱水や髄液漏を疑う。検査中に患者が咳などをして姿勢が変わると、圧が変わることがある。
脳脊髄液の肉眼観察からも多くのことがわかる。脳出血やクモ膜下出血では血液が混ざる。黄色調(キサントクロミア;脳脊髄液が黄色っぽいこと)は高度のタンパク質増加を示す。目安としては髄液蛋白が150mg/dl以上に増加したときに認められる。ただし黄色調に見えるのは黄疸の時やくも膜下出血後(約4週間)にも認められる。髄膜炎により多数の白血球が混入していれば濁って見える。結核性髄膜炎ではフィブリンが析出することがある。
血液検査での血算に相当する顕微鏡検査では、細胞の混入を見る。正常な状態では、脳脊髄液に血液が流れ込むことはないので、細胞数は1µℓあたり5個以下と、血液に比べて明らかに少ない(血液は1 µℓあたり500万個の赤血球を含む)。これより多くの細胞が脳脊髄液に含まれていた場合、細胞の種類に応じて炎症、出血、腫瘍などが疑われる。
生化学的検査では蛋白質、グルコース、塩化物イオン(クロール)などがみられる。総蛋白質は正常で15~45 mg/dℓであり、その4.5%がプレアルブミン、52%がアルブミン、それ以外がグロブリンでγグロブリン分画は11%である。蛋白質増加は炎症や外傷などを疑う。ブドウ糖は血糖の1/2~2/3程度が正常で、少ないと髄膜炎を疑う。クロールは120~130 mEqが正常で、タンパク質が増えるとクロールが減る(ポジティブコントロールとしての意義がある)。結核性髄膜炎では、アデノシンデアミナーゼ(ADA)活性が上昇する。
各種感染、炎症性疾患、脳血管障害、脊髄くも膜下腔閉塞、脱髄疾患、脳腫瘍、末梢神経障害、外傷、代謝性疾患などで増加が認められる。末梢神経障害ではギラン・バレ症候群、フィッシャー症候群、Refsum症候群、Dejerine-Sottas病、糖尿病性多発神経炎、アミロイドニューロパチー、アルコール性多発神経炎、悪性腫瘍に伴う多発神経炎などがあげられる。代謝性疾患では甲状腺機能低下症、副甲状腺機能低下症、尿毒症、肝性脳症などが知られている。その他、高血圧性脳症、Kearns-Shy症候群、神経ベーチェット病、サルコイドーシスなどでも増加する。
良性頭蓋内圧亢進症、甲状腺機能亢進症、急性水中毒、髄液大量摂取後などがあげられる。また2歳以下の小児では低値傾向となる。
オリゴクローナルバンドとは髄液を電気泳動し、免疫グロブリンを特異的に染色した際にγグロブリン領域に細く濃染する数本のバンドのことである。オリゴクローナルバンドの存在はある抗原に対して、とくに強い液性免疫応答が起こっていることを示している。特に同時採血した血清中に対応するオリゴクローナルバンドがなく、髄液で認められれば中枢神経内での抗体産出を意味する。オリゴクローナルバンドは脱髄疾患、感染症、末梢神経障害などで陽性となる。脱髄疾患には多発性硬化症や副腎白質ジストロフィー、感染症では各種髄膜炎、神経梅毒、亜急性硬化性全脳炎、進行性多巣性白質脳症、HAM、HIV-1感染症などで知られている。また脳血管障害やSLE、脳膿瘍などでも認められる。膠原病や梅毒、亜急性硬化性全脳炎などの感染症などの場合でオリゴクローナルバンド陽性の時は治療とともに消失していくのが特徴とされている。
MBPはミエリンを構成する主要蛋白である。MBPの上昇は髄鞘の破壊の亢進を意味する。MBPが高値になる疾患としては、多発性硬化症、亜急性硬化性全脳炎(SSPE)、神経梅毒、脳炎各種、神経ベーチェット病、ギランバレ症候群、慢性脱髄性多発神経炎(CIDP)、HAM、頭部外傷、脳梗塞急性期、AIDS dementia complexなどが知られている。
詳細は「脳脊髄液減少症」を参照
最近の研究で交通事故や転倒など鞭打ち状態になった時に引き起こされる、いわゆる鞭打ち症の原因の一つが、脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)、つまり硬膜から髄液が漏れ出すことであると指摘され始めた。有効な治療法の一つとして自己の血液を硬膜の損傷箇所から注入して、その凝固で穴を塞ぐブラッドパッチ法が挙げられるが、現時点では、交通事故などによる鞭打ち状態と脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)発症の関連が詳しく解明されていないので健康保険は適用されない。また、事故の加害者側の加入している保険からもブラッドパッチに関わる治療の補償費用支払いを拒否されてきた。
ただし、2005年以降、鞭打ち症と脳脊髄液減少症の因果関係を認める動きが出てきている。ほとんどの裁判において相当因果関係は否定されているものの、相当因果関係を認められた例として、2001年8月に神戸市で発生した乗用車と自転車の衝突事故にかかわる裁判がある。この事故では、自転車に乗っていた女性が頭部外傷・打撲を負った。その後の診察で女性は脳脊髄液減少症と診断された。神戸地方検察庁は当初、乗用車の運転手を不起訴処分としたが、女性から再捜査の要請を受け2006年5月には脳脊髄液減少症が交通事故によって引き起こされたと認定、運転手を略式起訴した。そして、2008年8月時点で、東京高裁にて初めて交通事故と脳脊髄液減少症の因果関係についての判決が降り、損保側もこれを認めた。
また、2003年に追突事故に遭った堺市在住の男性の場合、2007年に髄液漏れと診断され、同年5月からブラッドパッチ療法を受けたところ、12月には症状が改善した。男性は事故の相手方に対し、2006年に大阪地裁に提訴。一審では「診断内容に疑問がある」とされ、因果関係が認められず、請求が退けられたが、2011年7月に大阪高裁は、2011年6月に厚生労働省の研究班が「外傷による髄液漏れの発症は稀ではない」と言明したことに触れた上で、保険会社や加害者側が責任否定の根拠としていた国際頭痛学会の基準が「厳し過ぎる」と批判し、髄液漏れであると認めて、被害者側逆転勝訴の判決を言い渡した[3]。
また、新たな診断基準ができたことを受ける形で、2012年7月に横浜地裁が、事故加害者に対して損害賠償を支払うよう命じる判決を出している[4]。
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