出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2018/09/17 20:51:22」(JST)
感情(かんじょう)とは、ヒトなどの動物がものごとやヒトなどに対して抱く気持ちのこと。喜び、悲しみ、怒り、諦め、驚き、嫌悪、恐怖などがある(感情の一覧)。
精神医学・心理学では感情(英: emotion)と気分(mood)を区別することがあり、前者の方がより一時的なものをさす(しばしば天気 weather と天候 climate に例えられる)。しかし両者を区別せずに使用する場合も多い。脳科学的には、感情は大脳の表面(大脳皮質)、および脳の深部(辺縁系など)、身体の密接な相互作用で成り立っているとする。また感情と思考や認知は、たとえその人が意識にのぼらせなくても密接に関係し合っている(「感情の脳科学」節参照)。
一般に人間(ヒト)は感情を抱くが、ヒト以外の哺乳類も、大脳辺縁系の構造はヒトと類似していること、辺縁系各部位に対する電気刺激や神経作用物質の投与により、不安・恐怖・怒りなどヒトの情動反応に類似した反応をみせることが古くから知られ、これらの動物にも感情(情動)があると推測されることも多い。ただし、比較認知科学的には研究が始まったばかりであり、あくまでも刺激と行動の相関関係が観測されているだけにすぎない、とする主張もある。
生活文化においては、単に「情」と略する事がある。他人の感情を深くくみ取り(感受性が高い)、場合によってはそれに伴った感情を態度(涙を流すなど)や行動に表すほどに心が豊かな事を「情に厚い」という。「情に厚い江戸っ子気質」などの語句に使用され、江戸っ子のいきの一つともされている。
生物学的には感情は大きく四つの要因に分ける事ができる。(1)感情を引き起こす脳科学的メカニズム、(2)感情の社会的メカニズム、(3)個人の感情を形作る感情の個体発達、(4)種に普遍的な感情を形作った進化的機能である。前二者は至近要因、後二者は究極要因と呼ばれる。
生理学的には、感情には身体感覚に関連した無意識な感情(emotion, 情動)と意識的な感情(feelingもしくはemotional feeling)と分類されることが多い。意識的感情(feeling)には、大脳皮質(大脳の表面)とりわけ帯状回、前頭葉が関与している。無意識感情には、皮質下(脳の中心の方)の扁桃体、視床下部、脳幹に加えて、自律神経系、内分泌系、骨格筋などの末梢系(脳の外の組織)が関与する。しかし、感情も情動も皮質と帯状回のみで成立する、という反論も存在する(Rollsたち)。
emotionについては情動を参照のこと。
たとえば我々が恐怖を感じるとき、同時に脈がはやくなり、口が渇き、手に汗を握るのを感じる。恐怖を感じているのは皮質であり、末梢の反応(動悸など)を起こすのは皮質下である。しかし感情について考えるとき、両者を切り離して考えることはできない。
アントニオ・ダマシオらは、スタンレー・シャクターらの感情の二要因説を発展させ、感情を体験・認識することは、刺激に対して発生した身体反応を説明するために皮質が作るストーリーであると主張している。例えば、被験者にアドレナリンを注射した後で不快な環境に置いたところ、アドレナリンの副作用を知らされていない被験者は、アドレナリンにより起こった動悸や冷や汗などの反応を環境のせいにし不快がったが、副作用を知らせておいた被験者はアドレナリンのせいだと判断し、不快さも少なかったという。つまり皮質が、身体の反応を、前後の文脈と照らし合わせて解釈し感情というストーリーを作ったということになる。
(注)シャクターらは、感情2要因説を1960年代に唱えたが、その後2要因となるような直接の証拠が得られなかったため、彼は自身の仮説を修正して、生理的基盤(=情動)に基づいてその後感情が形成される、という感情の2段階説を唱えた(1982年)。これを発展させたのが、Lazarusたちで、感情を社会性も含めたより複雑なものとして定義した(罪悪感、やきもち、嫉妬、愛、なども含めた)。
マグダ・アーノルドの感情理論では、外界からの刺激に対して、まず危険であるか有益であるかを皮質下および帯状回で無意識に判断し、次に皮質でどう行動するかを判断する。その判断に基づいて末梢の反応(交感神経の興奮、骨格筋の緊張など)が起こり、最後に皮質にてそれを意識的な感情として認識する。この説の根拠となる実験的証拠は、強い感情を惹起する視覚刺激を短時間(30ms以下)呈示すると、意識上は認識できない(サブリミナル効果参照)にも関わらず末梢では反応が見られるという事実である。しかし意識に関して、どこでどのように感情意識が発生しているか、という点については、いまだ諸説あり、詳細は不明である。
幼い赤ん坊でも生後数日で母親の表情に反応するようになる。また宙に浮いた物体を見せると長く見つめるなど、何らかの感情を持っていると考えられる。主要な感情は4歳頃までには形成される。
進化心理学では、感情の仕組みは、環境に応じて素早く行動を決定するための生物学的適応であり、進化の過程で形成されたと考える。進化心理学者は親族間の愛情は血縁選択によって、親子間、夫婦間の愛情と反目は親子の対立、性的対立の要因によって進化したと考えている。またレダ・コスミデスのような研究者はそれぞれの感情が異なる選択圧によって形成され、異なる機能を持ち、したがって異なる神経的基盤あるいはモジュールを持つと考えている。ロバート・トリヴァース、リチャード・アレグザンダー、マーティン・ノヴァクといった進化生物学者とゲーム理論家は、友情、協力、裏切り、罪悪感、公平さ、道徳観などを引き起こす動機として一部の感情が進化し、それは互恵的利他主義と間接互恵性、一般互酬性の理論から導きだせると考えている。このような視点からは、感情は少なくとも部分的には生得的であり、一般認知能力からある程度独立しており、内外の刺激に対して瞬時に自律的に発動すると考えられる。この生物学的適応という視点は機能主義心理学にも遡ることができる。
人間にはどのような感情があるのかについては古来様々に議論されてきた。以下に、歴史的文化的経緯、感情研究の歴史に基づく分類、 詳しくは感情の一覧を参照。
一般に、6種類の代表的な感情として、
が総称されることが多い。
「曰喜怒、曰哀懼、愛悪欲、七情具」とあり、
の七情が人にそなわっていると言う。
人間の持つ代表的な感情を、
の五つにまとめて表す。
忌 (いむ) ・忍 (しのぶ) ・怒 (いかる) ・恐 (おそれる) ・恥 (はじらう) ・恋 (こい) ・悲 (かなしい) ・愁 (うれえる) ・慕 (したう) ・憂 (うれえる) ・怪 (あやしむ) ・怖 (こわい) ・悔 (くやむ) ・恨 (うらむ) ・惜 (おしむ) ・悼 (いたむ) ・愉 (たのしむ) ・憎 (にくむ) ・憤 (いきどおる) ・懐 (なつかしむ) 等々。
感情を表す形容詞および形容動詞 (例:かなしい) 、その感情をいだいている/いだく動作を表す動詞 (例:かなしむ) 、抽象化された名詞 (例:かなしみ) を示す。ただし、「愛する」「嫌悪する」の様に「 (漢字) +〜する」は漢語が混ざっているため除いた。
ナヴァ・ラサ (人間の9つの基本的感情) というものがあり、それは、
の9つであるとされる (参考 ラサ) 。
悲しみ、幸福、怒り、軽蔑、嫌悪、恐怖、驚きという七つの基本的感情が、文化によって異ならず、普遍的に同じ方法で表現されると考えていた。また子供の成長やオランウータンの感情表現の観察を通して、人間と他の霊長類の類似性を見いだした。
表情認知からみた感情の分類。ポール・エクマンは次の6つの感情は生物学的基盤を持ち、ヒューマン・ユニバーサルズであると結論した。
エクマンは1990年代にこのリストを拡張し、以下を加えた。
感情は表情や仕草となってあらわれる。表情は非言語コミュニケーションの一部である。
表情は自律的に働き、訓練しないと意識的にコントロールできない。またヒューマン・ユニバーサルな性質であり、どの文化でも基本的な表情は共通している。進化的な視点からは、コミュニケーション信号は他個体を操作するために自由にコントロールできる方が有利であると考えられるが、そうなっていない。アモツ・ザハヴィのような一部の生物学者は、正直に自分の感情を伝えることがもっとも利益を得られるからだと考え、ハンディキャップ信号の一種ではないかと主張しているが、実際にどのような利益があるのかは明らかでない。
音楽が人間に与える感情を利用して医療行為としての音楽療法が行われていた(ユーナーニー医学)。
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