出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2014/04/29 17:01:48」(JST)
帝王切開(ていおうせっかい、独: Kaiserschnitt、英: Caesarean section、米: Cesarean section)は、子宮切開によって胎児を取り出す手術方法である。
医療関係者では略して「帝切」、または「カイザー」、「C-section」などと呼ばれることもある。
経膣分娩では母体または胎児の生命の危険性がある場合に適応(選択肢)となり、一部は絶対適応(必須)となる。
適応となる状態は、急速遂娩が必要であるが経腟分娩ではそれが不能な場合、物理的な理由で経腟分娩が不能な場合、産道感染の危険性が高い場合がある。一般に以下のような状態が適応とされることが多い。
手術方法の完成により、帝王切開そのもので死亡する妊婦はほとんどないが、それでも母体死亡率は経膣分娩の4倍から10倍とされている。 また、術後の長期間安静により肺塞栓症の危険が高まる。そのため、早期離床、早期歩行(術後24時間以内)が原則である。輸液によりhemo-concentration(:循環血中の赤血球濃度の増大)の予防もはかる。
過去に帝王切開での分娩を経験した妊婦は、以後大抵は普通の「経膣分娩」は行わずに帝王切開による分娩となる。過去に帝王切開での分娩を経験した妊婦の経膣分娩試行を「既往帝王切開後の経腟分娩試行(trial of labor after cesarean section)」といい、分娩中の子宮破裂の頻度がやや高くなる。そのため、TOLACを行う場合はいつでも帝王切開を行える準備をしてから行われる(double set-up)。
帝王切開時の陥凹した子宮創部(帝王切開後子宮創部陥凹性瘢痕)に血液が貯留し様々な症状が起こる。症状は月経困難、過長月経、不妊など。排卵期に血液が子宮体部に貯留することにより不妊症となる。治療は内視鏡で修復術を行うことである。
日本語訳の「帝王切開」は、16世紀頃に成立したと考えられるフランス語の「opération césarienne」から、ラテン語の「sectio caesarea」や、ドイツ語の「Kaiserschnitt」を経由して翻訳されたものであり、ドイツ語の「Kaiser=皇帝」、「Schnitt=手術」という直訳語であるが、その語源には複雑な経緯がある。
古代ローマにおいては、王政ローマ時代から、分娩時に妊婦が死亡した場合には埋葬する前に腹部を切開して胎児を取り出す事を定めた「遺児法 (Lex Caesarea)」と言われる法律があった。その名は「切り取られた者」の意で遺児をカエソ(caeso)あるいはカエサル(caesar)と呼んだことに由来する。
その一方で、本家から「切り取られた者」として分家にカエサル(Caesar)の名を冠することもあった。例えばガイウス・ユリウス・カエサルは、名門ユリウス氏族の分家であることを示す家名を名乗ったものである。
ところが、1世紀に大プリニウスが、主著『博物誌』の中で、冗談めかして次のように記したため、これが「カエサルが帝王切開によって誕生した」という伝説を生んだ。
カエサルはその名を切り取られた母親の胎内から (a caeso matris utero) 得たのであり、その家名もまた同様の起源を持っている。
— 大プリニウス、『博物誌』第7巻 9章 47節
当時の医学では腹部を切開して母子ともに健康ということはありえない上、カエサルが長じてから生母アウレリア・コッタ(英語版)に宛てた書簡が存在することから、実際にカエサルが帝王切開で生まれた可能性は極めて低い。
7世紀スペインでイシドールスによって記された『語源』では、因果関係が逆転して記されている。[1]
カエサルという語はユリウスに由来する。内戦が勃発するや、彼はローマの貴族として最高の地位を得た。他方で彼は死んだ母の切り取られた (caeso) 胎内から引き出されたために、もしくは生まれつき豊かな髪 (caesarie) を靡かせた子供だったために、カエサルとも呼ばれた。それ以来、彼の跡を継いだ皇帝たちもカエサルと呼ばれることになった。そして切り取られた子宮から取り出された者は、Caeso あるいは Caesar と呼ばれることになった。
— イシドールス、『語源』第9巻 3章 12節
イシドールスによる『語源』は後世に典拠として採用されることが多かったため、caesarという単語は、本来の意味と誤りを含んだ由来を併せ持ちながら、16世紀以降成立した帝王切開の技術を追うように、ラテン語のsectio caesareaという名称へと結び付いたと考えられる[2]。
なお、他に現在は誤っているとされる語源の説として次のようなものがある。
死亡した母体から胎児を取り出す習慣は古くからあった。ギリシャ神話では、太陽神アポローンが恋人コローニスの不貞を告げられて彼女を殺し、その死体から胎児であったアスクレーピオスを取り出したとされる。成長したアスクレーピオスは死者さえ甦らせるほどの名医となり、ゼウスの雷に撃たれて絶命、医者の神となる。
王政ローマでは紀元前7世紀のヌマ・ポンピリウス王が制定したヌマ法以来、分娩によって死亡した母体の体内から胎児を取り出すことが遺児法として定められていた。
古代エジプトやギリシャ、インド、アフリカのウガンダ辺りの少数民族でも、古来より切開による分娩が行われていた形跡が発見されている。
中世ヨーロッパにおいても、教会は死亡した妊婦の切開を推奨し、その際胎児が呼吸できるように妊婦の口を開けておくよう指導している。
記録として最も古い帝王切開は、1500年頃のバウヒン (Bauhin)によるもの、16世紀のギヨーモー (Guillemeau) によるものが挙げられる[3]。ただし当時、切開した子宮は縫合してはならないと信じられていたため、ほとんどの場合妊婦は出血死した。A.Castiglioniの医学書によれば、19世紀の前半では帝王切開の死亡率はおよそ75パーセントであったという[4]。
1876年イタリアのエドアルド・ポロが母子ともの救命に成功した。これは25歳の骨盤の狭い妊婦が予定日を4週過ぎても分娩できなかったため手術したもので、子宮切開後の出血に対し子宮を切除することで止血へと結びついたものである。さらに1881年にはドイツのフェルディナンド・ケーラーが切開した子宮を切除せず、縫合する術式を考案した。
20世紀に入り滅菌法が発見され、手術管理が徹底されることで死亡率は2~3%になり、産科学の土台とも言える手術として現在に至った。
なお、子宮外妊娠の破裂に対しては、イギリスの「近代外科の父」ロバート・テイトが1883年、破裂した卵管の切除による術式に成功している。
日本で最初の帝王切開は現在の埼玉県飯能市で江戸時代の嘉永4年(1852年)に、飯能の医者岡部均平と秩父市の医者伊古田純道により行われ、胎児は死亡したが、母体は助かり88歳まで生存した。
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