出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2015/07/20 19:44:01」(JST)
IUPAC命名法による物質名 | |
---|---|
(RS)-2-(2,6-dioxo-3-piperidyl)isoindole-1,3-dione | |
臨床データ | |
胎児危険度分類 |
|
法的規制 |
|
投与方法 | 経口 |
薬物動態的データ | |
血漿タンパク結合 | 55% and 66% for the (+)-R and (–)-S enantiomers, respectively |
半減期 | mean ranges from approximately 5 to 7 hours following a single dose; not altered with multiple doses |
識別 | |
CAS番号 | 50-35-1 |
ATCコード | L04AX02 |
PubChem | CID 5426 |
DrugBank | APRD01251 |
KEGG | D00754 |
化学的データ | |
化学式 | C13H10N2O4 |
分子量 | 258.23 g/mol |
サリドマイド (thalidomide) は、抗多発性骨髄腫薬(商品名:サレドカプセル100mg/同50mg)の一般名。また、2型らい反応(ハンセン病の急性症状、らい性結節性紅斑erythema nodosum leprosum: ENLのこと)の治療薬。その薬効や作用メカニズムには不明な点があり現在も研究が続いている。
サリドマイドは当初安全な催眠鎮静薬等として市販されたが、妊婦が服用した場合にサリドマイド胎芽症の新生児が生まれる場合があったことから、1960年代に薬害「サリドマイド禍」として世界規模の問題となった。薬害防止への観点から、2013年現在日本での使用では「サリドマイド製剤安全管理手順 (Thalidomide Education and Risk Management System: TERMS®)」の遵守[1]が求められている。
1957年にグリュネンタール社(西ドイツ)が開発・発売した催眠鎮静薬の名称である。「サリドマイド胎芽症(レンツ警告・1961年11月、ただし疫学的因果関係のみで催奇性のメカニズムは不明)」を世界規模で引き起こしたとされ、各国で販売の中止と回収が行われた。睡眠薬としての市販以外にも胃腸薬への配合剤として妊婦(つわりの症状)に使用されたため[2]、日本でも薬害「サリドマイド禍」として社会不安を引き起こした。
一方、サリドマイド自体の研究は続けられ、1964年にはサリドマイドがハンセン病患者に多発する難治性の皮膚炎、癩性(結節性紅斑)(英語: Erythema nodosum leprosum)の痛みに効果が高いことが確かめられた(1998年、FDAアメリカ食品医薬品局はハンセン病治療薬としてサリドマイドの販売を許可した)。
その後、1994年に血管新生抑制作用があるとの仮説から1999年に骨髄がんへの臨床試験が行われ効果が認められた。日本でも2008年10月に「再発又は難治性の多発性骨髄腫」の治療薬として正確な作用機序は不明ながらサリドマイド(医薬品名サレドカプセル50・100/TERMS管理・販売藤本製薬)は再承認された。また、がんのカヘキシー[3]やエイズや炎症性疾患への疫学的な効果が報告されている。
サリドマイドは一般名であり、化合物名は3'-(N-フタルイミド)グルタルイミドである。水に溶けにくい針状結晶。無水フタル酸とアミノグルタルイミドの縮合反応により合成できる。分子の中に1箇所不斉炭素を持ち、R体とS体の鏡像異性体が存在する(R体はCAS番号[2614-06-4]、S体はCAS番号[841-67-8])。
市販のサリドマイドは等量のR体とS体が混ざったラセミ体として合成される。開発された当時の技術では分離が難しく、ラセミ体のまま発売された。後にR体は無害であるがS体は非常に高い催奇性をもっており高い頻度で胎児に異常をひき起こすとの報告がなされた。
現在の技術ではR体・S体の分離(光学分割)、および一方のみを選択的に合成(不斉合成)することも可能である。ただし、R体のみを投与しても比較的速やかに(半減期566分)動物体内でラセミ化するという報告がある[4][5]。このため単純にR体が催眠作用のみを持ち、S体が催奇性だけを現すという報告[6]は疑問視されている。
サリドマイドの催畸形性のメカニズムについては長い間、謎とされてきた。
2010年、東京工業大学の半田宏教授と東北大学の小椋利彦教授らにより、サリドマイドがプロテアーゼの一つ、ユビキチンリガーゼ(英語版)を構成するセレブロン(英語版)というタンパク質と結合してその働きを阻害することが発見された[7][8]。その結果、手足の成長を促すタンパク質FGF8(英語版)が阻害されて畸形を引き起こすと考えられている[9]。
この発見により、サリドマイドの催畸形性及び癌などの病気への作用の解明や、副作用のない類似薬開発の可能性が期待されている。
サリドマイドは、1957年に「コンテルガン (contergan)」として市販され、日本では睡眠薬「イソミン」として1958年初頭に発売された。その後「プロバンM」として神経性胃炎の薬として妊婦にも調剤された。ところが、疫学調査(レンツ警告・1961年11月。ただしこの報告は疫学的因果関係のみでメカニズムは未解明)から先天異常「サリドマイド胎芽症」や胎児死亡といった催奇性と因果関係があるとされ、日本では1962年9月に販売停止と回収が行われた。ドイツでは幼児用の睡眠薬として市販されていたため特に被害が大きかったとされる。また、日本では市販睡眠薬以外に妊婦の「つわり」の症状改善のために調剤されたことなどから、大きな社会不安を引き起こした。
全世界での被害者は約3,900人、30%が死産だとされているので総数はおよそ5,800人とされている。
サリドマイドの危険性が確認された後、薬に対しての副作用、安全性、妊婦および胎児への影響の研究や疫学調査が行われ薬剤の胎児への成長に対する特異的作用が指摘されている。反面これらの特異的な作用のメカニズムが明らかになるに従いあらたな薬効が発見されつつある。しかしながら、薬剤への認識不足により目的外の使用での深刻な事故は少数ながらその後も発生し、また製剤の中には鏡像異性体を持つものも多いため、これについても注意が払われるようになった。
本剤の薬効の可能性にもかかわらず、妊婦への使用から生じた深刻な薬害からのヒューリスティックバイアスや患者団体からの「(薬害の原因となった)恐ろしい薬を二度と使ってほしくない」[10]などの強い意見などから、使用制限が通常の同様な危険な薬より安全面への配慮が大きくなっている。反面その薬剤への管理費用として薬価が異常に高額となるなどの問題が現在生じており、日本の保険診療でさえ薬を必要とする者には大きな負担になっている。
かくして催眠鎮静薬や胃腸薬などの用途での使用が禁じられたサリドマイドだが、1965年(一説には1960年頃[11])にイスラエルの医師が偶然にハンセン病患者に鎮痛剤としてサリドマイドを処方したところハンセン病特有の皮膚症状の改善がみられたことを報告した。こうした効果が報告されるにつれ、1998年には米国FDAがハンセン病の急性症状としての2型らい反応(らい性結節性紅斑、erythema nodosum leprosum: ENL)として承認している。ハンセン病(らい病)の患者が多いブラジルでは再びサリドマイドが、らい性結節性紅斑 (ENL) 治療薬として認可された[注 1]。
さらに、1989年にがん患者の体力消耗や食欲不振の原因である腫瘍壊死因子α (TNF-α) の阻害作用が発見された。また、サリドマイドには「血管新生阻害作用」があることがわかった。これは胎児に対しては手足の毛細血管の成長をさまたげ奇形を発生させる原因となっている可能性がある。一方、がん組織への毛細血管の成長を阻害するとの仮説から着目された抗がん作用について、多発性骨髄腫などのがんへの治療効果があることが臨床試験でわかってきた。
サリドマイドが奇形を引き起こすのは、胎児の手足の末端の血管新生が阻害されて十分に成長しないためであると考えられている。現在では、この仮説に着目して抗がん剤としての利用が試みられている。がん細胞は急速に分裂増殖時に通常行われない新たに血管を引いてきて栄養を補給しようとする血管新生作用をサリドマイドで妨げることで、がん細胞の増殖を抑えようという発想であった(実際のがん患者=骨髄腫瘍では血管新生作用の阻害は不明で、疫学的には有用と判断され多発性骨髄腫の治療では併用薬として標準治療になっているが、その作用メカニズムの完全な解明までには至っていない[2])。
その他サリドマイドはさまざまな疾患に効果があるとされている。以下それを列挙する。
このほか世界各国で抗がん剤として臨床試験を行っているが、単独での抗がん作用は低いものの他の抗がん剤との併用で効果をもたらしたり、がん性の悪液質を改善する効果については臨床試験で示されており、生活の質 (QOL) の改善や延命への効果が期待されている。
日本国内ではメディアによる「一定のがんに効果がある」という報道や海外での血管新生の阻害物質としての利用による研究発表により、サリドマイドが主にブラジル、英国から個人輸入されている。しかし個人輸入によりどれだけの量が輸入されたのか把握するのは難しく、患者に処方したサリドマイドの一部が未回収のまま自宅などに残されているという問題がある。これを放置しておけば再び被害が出ないとも限らないと危惧するむきもある。末期がんの患者らは、自分たちの命をつなぎとめる薬として厚生労働省にサリドマイドを再承認するように求めたが、サリドマイド被害者団体は承認する際に十分な審査と規制を設けるように要請し、国が明確な責任をもつことを明らかにするまで再承認に反対すると表明した。
厚生労働省薬事・食品衛生審議会は2005年1月21日、藤本製薬による申請を受けてサリドマイドを希少疾病用医薬品に指定した。藤本製薬は2005年8月からサリドマイドを多発性骨髄腫の治療薬として、治験を開始すると明らかにした。同社は2006年6月30日に治験を終え、8月8日、厚生労働省に製造販売の承認申請を行った。申請を受けて厚生労働省は、安全管理方策について「サリドマイド被害の再発防止のための安全管理に関する検討会」および医薬品等安全対策部会において検討を行い、2008年9月18日に以下の条件の下でサリドマイドの製造販売を再承認する方針を明らかにした[12]。
など。
2008年10月3日、厚生労働省「薬事・食品衛生審議会 薬事分科会」は、「藤本製薬によるサリドマイド製剤の治療薬としての製造販売承認を可として差し支えない」と厚生労働大臣へ答申した[13]。008年10月16日、厚生労働省は、多発性骨髄腫の健康保険適応の治療薬としてサリドマイドの製造販売を承認した。しかし、藤本製薬の発売する同薬は安全管理のためとしてサレドカプセル100は1錠6570円の価格(同様の安全管理を行う英国の10倍程度)となった。
ウィキメディア・コモンズには、サリドマイドに関連するカテゴリがあります。 |
全文を閲覧するには購読必要です。 To read the full text you will need to subscribe.
サレドカプセル50
* * *妊婦又は妊娠している可能性のある婦人(「妊婦、産婦、授乳婦等への投与」の項参照) * *安全管理手順を遵守できない患者 * *本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
*
* *本剤の投与は1日1回100mgより開始し、効果不十分な場合には4週間間隔で100mgずつ漸増すること。
* *本剤を16週間を超えて投与した場合の有効性・安全性についてのデータは限られている。16週間を超えて本剤の投与を継続する場合には、投与を継続することのリスク・ベネフィットを考慮して、慎重に判断すること。
* *本剤の用量を調整する場合には、国内臨床試験で使用された下記の減量・休薬、中止基準を考慮すること。
* * *深部静脈血栓症のリスクを有する患者[本剤により症状が発現、増悪することがある。] * *HIVに感染している患者[本剤によりHIVウイルスが増加することがある。]
* *In vivoとin vitro試験において、サリドマイドの以下の作用が報告されている。 * * *サリドマイドは、ウサギ角膜においてbFGFにより誘導される血管新生を抑制した17)。 * *サリドマイドは、LPS刺激したヒト単球からのTNF-α産生を抑制し18)、ヒト骨髄腫細胞等の腫瘍細胞とヒト骨髄ストローマ細胞との共培養により亢進するIL-6産生を抑制した19)。 * *サリドマイドは、多発性骨髄腫患者の末梢血中のナチュラルキラー細胞数を増加させた20)。また、T細胞受容体刺激後のIL-2およびIFN-γ産生を亢進させ、IL-2依存的にT細胞(特に細胞障害性T細胞)の増殖を促進させた21)。 * *サリドマイドは、ヒト骨髄腫細胞等の腫瘍細胞に対してアポトーシス誘導と細胞増殖抑制を示した22)。
国試過去問 | 「113A064」「112D021」「104B048」 |
リンク元 | 「多発性骨髄腫」「妊娠」「先天異常」「催奇形因子」「静脈血栓塞栓症」 |
拡張検索 | 「サリドマイド胎芽病」 |
DE
※国試ナビ4※ [113A063]←[国試_113]→[113A065]
E
※国試ナビ4※ [112D020]←[国試_112]→[112D022]
AE
※国試ナビ4※ [104B047]←[国試_104]→[104B049]
β2ミクログロブリン (mg/L) |
5.5 | Stage III | ||
Stage II | ||||
3.5 | Stage I | |||
0 | ||||
0 | 3.5 | |||
アルブミン(g/dL) |
一般名または薬物群名 | 報告された催奇形性・胎児毒性 |
アミノグリコシド系抗菌薬 | 非可逆的第VIII脳神経障害、先天性聴力障害 |
アンギオテンシン変換酵素阻害薬 アンギオテンシン受容体拮抗薬 |
(中・後期)胎児腎障害・無尿・羊水過少、肺低形成、四肢拘縮、頭蓋変形 |
エトレチナート | 催奇形性、皮下脂肪に蓄積されるため継続治療後は年単位で血中に残存 |
カルバマゼピン | 催奇形性 |
サリドマイド | 催奇形性:サリドマイド胎芽病(上肢・下肢形成不全、内臓奇形、他) |
シクロホスファミド | 催奇形性:中枢神経系、他 |
ダナゾール | 催奇形性:女児外性器の男性化 |
テトラサイクリン系抗菌薬 | (中・後期)歯牙の着色、エナメル質の形成不全 |
トリメタジオン | 催奇形性:胎児トリメタジオン症候群 |
バルプロ酸ナトリウム | 催奇形性:二分脊椎、胎児バルプロ酸症候群 |
非ステロイド性消炎鎮痛薬 | (妊娠後期)動脈管収縮、胎児循環持続症、羊水過少、新生児壊死性腸炎 |
ビタミンA | 催奇形性 |
フェニトイン | 催奇形性:胎児ヒダントイン症候群 |
フェノバルビタール | 催奇形性:口唇裂・口蓋裂、他 |
ミソプロストール | 催奇形性、メビウス症候群 子宮収縮・流早産 |
メソトレキセート | 催奇形性:メソトレキセート胎芽病 |
ワルファリン | 催奇形性:ワルファリン胎芽病、点状軟骨異栄養症、中枢神経系の先天異常 |
妊娠区分 | 妊娠初期 | |||||||||||||||
胎齢 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | ||
妊娠週数 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
妊娠月数 | 第1月 | 第2月 | 第3月 | 第4月 | ||||||||||||
器官原基形成 |
催奇形因子 | 先天異常 | |
感染因子 | 風疹 | 白内障,緑内障,心臓異常,聾,歯異常 |
サイトメガロウイルス | 小頭症,盲目,精神発達遅滞,胎児死亡 | |
単純ヘルペスウイルス | 小眼球症,小頭症,網膜異形成 | |
水痘ウイルス | 肢低形成,精神発達遅滞,筋萎縮 | |
HIV | 小頭症,発育遅延 | |
トキソプラズマ症 | 水頭症,大脳実質石灰化,小眼球症 | |
梅毒 | 精神発達遅滞,聾 | |
物理的因子 | X線 | 小頭症,脊椎裂,口蓋裂,四肢の異常 |
高熱 | 無脳症 | |
化学的因子 | サリドマイド | 四肢の異常,心臓異常 |
アミノプテリン | 無脳症,水頭症,唇裂と口蓋裂 | |
ジフェニルヒダントイン(フェニトイン) | 胎児性ヒダントイン症候群:顔面異常,精神発達遅滞 | |
バルプロ酸 | 神経管異常,心,頭蓋顔面,肢異常 | |
トリメタジオン | 口蓋裂,心臓異常,泌尿生殖器と骨格の異常 | |
リチウム | 心臓異常 | |
アンフェタミン | 唇裂と口蓋裂,心臓異常 | |
ワルファリン | 軟骨形成不全,小預症 | |
ACE阻害薬 | 発育遅延,胎児死亡 | |
コカイン | 発育遅延,小頭症,行動異常,腹壁破裂 | |
アルコール | 胎児性アルコール症候群,短眼険裂,上顎骨発育不全,心臓,異常,精神発達遅滞 | |
イソトレチノイン(ビタミンA) | ビタミンA胚子病:小さい異常な形をした耳,下顎骨発育不全,口蓋裂,心臓異常 | |
有機水銀 | 脳性麻痺類似の神経症状 | |
鉛 | 発育遅延,神経学的障害 | |
ホルモン | 男性化ホルモン(工チステロン,ノル工チステロン) | 女性生殖器男性化:陰唇の癒着,陰核肥大 |
ジエチルスチルベストロール(DES) | 子宮,卵管,および腟上部の異常;腟癌;精巣異常 | |
母親の糖尿病 | さまざまな種類の異常;心臓と神経管の異常が最も一般的 |
.