出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2013/03/20 17:54:35」(JST)
日本紅斑熱(にほんこうはんねつ、Japanese spotted fever)は、リケッチアの一種である日本紅斑熱リケッチア[1] (Rickettsia japonica) の感染によって引き起こされる感染症である。以前は東洋紅斑熱(とうようこうはんねつ、oriental spotted fever)とも呼ばれた。1984年に徳島県で発見された新興感染症であり、日本の関東以西の地域に見られる[2]。ダニ媒介性疾患の一つであり、この菌を持ったマダニに刺されることによって感染する。日本では感染症予防法によって四類感染症に指定されている。
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リケッチアの一種である、日本紅斑熱リケッチア(リケッチア・ジャポニカ)によって引き起こされる。
リケッチアは真正細菌の一グループであり、宿主となる他の生物の細胞の中でのみ増殖が可能な偏性細胞内寄生体である。このうちのいくつかの種はヒトに対して病原性を持つが、これらはワイル・フェリックス反応と呼ばれる、患者血清中に生じる抗体を利用した検査法を用いて鑑別することが可能であり、以下の3グループに大別される(括弧内はワイル・フェリックス反応のパターン)。日本紅斑熱リケッチアはこのうち、紅斑熱群リケッチアに分類される。
日本紅斑熱リケッチアは、他の紅斑熱群リケッチアと同様、森林に生息するマダニに感染しており、これらのマダニが「運び屋」(ベクター、媒介者)となって、ヒトに吸血した際にリケッチアを感染させると考えられている。一般に森林性のマダニ類は、その一生を通じて1-3回(種によって異なる)のみ他の動物(鳥類や哺乳類などのいわゆる温血動物)から吸血を行い、その栄養を元にして、(1)幼虫から若虫への脱皮、(2)若虫から成虫への脱皮、(3)交尾と産卵、を行う[3]。この吸血の際に、保菌ダニから吸血された動物にリケッチアが伝達される。その一方で、吸血された動物が本菌を保有している場合(リザーバーと呼ばれる)に保菌していないダニが吸血すると、リケッチアに感染する(ダニの有毒化)。複数回の吸血を行うマダニの場合は、リケッチアを持たない無毒の状態で生まれてきても、途中の吸血によって有毒化し、さらに別の動物(ヒトを含む)から吸血することで、リケッチアの伝染に関与することが知られている(ライム病も参照)。またこれに加えて、紅斑熱群リケッチアは親ダニから卵への垂直感染(経卵感染)も起こすことが知られており、生まれながらにして有毒なダニも存在している。
日本紅斑熱リケッチアでは、どの種類のマダニが媒介しているかについてはまだ不明な点もあるが、キチマダニ(Haemaphysalis flava)やフタトゲチマダニ(H. longicornis)、ヤマトマダニ(Ixodes ovatus)などがベクターとしての役割を担っている可能性が強く示唆されている。また、これらのマダニでの経卵感染によって保持されている(マダニがベクター兼リザーバー)だけでなく、小型のげっ歯類や野生のシカなどがリザーバーとして、自然環境中での本菌の保持に関与していることが示唆されている。
1906年、ハワード・リケッツは、北アメリカから中南米にかけて多く見られる疾患であるロッキー山紅斑熱の病原体を発見した。リケッツはその後、発疹チフス病原体の研究中に命を落としたが、その功績を讃えて、1916年にこれらの病原体はリケッチア(Rickettsia)と命名された。
その後、ユーラシア大陸に見られるシベリアマダニチフス(R. sibiricaによる)やボタン熱(R. conoriiによる)、オーストラリアに見られるクイーンズランドマダニチフス(R. australisによる)などが、ロッキー山紅斑熱(ロッキー山紅斑熱リケッチア R. rickettiiによる)と同様のリケッチア症であることが見いだされ、紅斑熱群リケッチアは世界中の広い地域に亘る山麓、森林に分布していることが明らかになっていった。一方、日本では古くからの風土病としてツツガムシ病の発生が知られていたが、紅斑熱の存在は知られておらず、日本には固有の紅斑熱は存在しないと考えられていた。
1984年、徳島県で高熱と紅斑を伴う疾患が3例続いて発生した[4]。馬原文彦医師の報告によると、その症状とダニによる刺し口などから当初はツツガムシ病が疑われたが、ワイル・フェリックス反応の結果ツツガムシ病ではなく、これまでに知られていない紅斑熱群に分類されるリケッチアによる感染症であることが明らかになり、日本紅斑熱(Japanese spotted fever)と名付けられた。1986年に病原体が分離され、Rickettsia japonicaと名付けられた。
1999年、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の制定に伴って、日本紅斑熱は四類感染症に指定された。
日本の風土病であると考えられており、それ以外の国での発生はほとんど見られていない。ただし、韓国南部での最初の発生事例が2006年に報告されている[5]。日本国内では関東以西の地域でのみ発生が見られる。当初は中部地方以南の太平洋側の温暖な地域に見られたが[4]、発生地域が拡大しており、2006年現在までに23府県から発生が報告されている[2]。ただし本菌を媒介すると考えられているチマダニ類は日本全国に生息することが知られており、本疾患が関東以西でのみ発生する理由はまだ判っていない。
日本紅斑熱はマダニの刺咬によってのみヒトに感染するため、その発生にはマダニの生態や生息域が大きく関与する。発生時期は4-11月であり、特にマダニが吸血を行う夏期に集中している。媒介するマダニは森林や山地に生息するため、竹林や田畑での作業中の感染が多い。類似の疾患であるツツガムシ病と比較すると、ツツガムシ病は全国的に発生が見られ、発生時期は地域によって春から初夏にかけての時期(東北・北陸地方)と、秋(それ以南の地域)に集中して発生する傾向があり、両者の発生動向には違いが見られる。
1984年の発見以降、日本では年間10-60件程度の発生が報告されている。1994年までは10-20名程度であったが、1995年以降は年間40-60名程度に増加しており、2007年には98件が報告されている[6][7][8]。2004年には2名の死亡例が報告され、以降、2008年現在までに4名の死亡例がある。
他のダニ媒介性紅斑熱やツツガムシ病と同様、発熱・発疹(特に紅斑、紅色の斑丘疹)・刺し口(マダニによる刺咬痕での痂皮形成)の三つが、主要三徴候と呼ばれる。特に発熱と発疹はほとんどの患者に見られる[4]。マダニによる吸血によってのみ媒介されるため、刺し口も必ず存在し、通常は1-2週間ほどの期間見られる。しかし刺し口が小さい場合には、数日で消えてしまったり、頭部など体毛で覆われた部分を刺されたときなどには刺し口が見つけづらいこともある。刺されて2-8日ころから頭痛や発熱、倦怠感、関節痛、筋肉痛などが起こる。発熱と同時、またはその前に紅色の斑丘疹が発生する。リンパ節の腫脹はあまり見られないが、斑丘疹と同時に見られる時は注意が必要である。
同じ紅斑熱群リケッチア症であるロッキー山紅斑熱に比べると症状は概ね軽度であるが、死亡例も存在する。ツツガムシ病との鑑別は難しいが、一般にツツガムシ病ではリンパ節腫脹がしばしば見られることや、ツツガムシ病では発疹が四肢よりも体幹部に多く見られること、ツツガムシ病の方が刺痕の痂皮部が大きい(しばしば1センチメートル以上)傾向があること、などの点で違いが現れることがある。
風疹の症状にも似ているが、ハイキングやキャンプから帰ったときなどにこうした症状が発生した場合、特にダニによる刺し傷がある場合には日本紅斑熱を疑う必要がある。マダニの仲間には吸血時にはかゆみや痛みを抑える物質を産生するものがあり、刺されたことに気付きにくいことがある。また刺し口が発見できないこともある点にも注意が必要である。
一般検査ではCRP陽性、白血球および血小板の減少、肝酵素の上昇が見られる。
化学療法による治療が行われる。β-ラクタム系抗生物質は無効であるが、ツツガムシ病をはじめとした他のリケッチアと同様、テトラサイクリン系抗生物質が著効であり、第一選択薬として用いられる。またツツガムシ病とは異なり、ニューキノロン系抗菌薬も有効だとされている。ロッキー山紅斑熱と同様、迅速に治療を開始することが重要視されており、高熱例ではテトラサイクリンとニューキノロンの併用療法を行うべきだと提唱されている[9]。
ワクチンは作られていないため、予防にはマダニによる刺咬を避けることがもっとも重要である。マダニの生息する森林や山地に入ることを極力避けること、刺咬を避けるために肌をできるだけ露出しないような衣服を着用することが推奨される。また万一マダニに吸着された場合、ダニを潰して殺そうとすると、虫体内のリケッチアを注入することになるため、避けなければならない。また、ダニを無理に引きはがそうとすると頭だけがちぎれて残ることもあるため、取り除く際には注意が必要である(マダニを参照)。
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リンク元 | 「特殊な細菌」「新興感染症」「リンパ節腫脹」「ツツガムシ病」「四類感染症」 |
関連記事 | 「紅斑」「熱」「日本」 |
科 | 寄生性 | 大きさ | グラム染色性 | 細胞壁 | LPS | ペプチド グリカン |
封入体 | 免疫原性 | 感染経路 | 無効抗菌薬 |
マイコプラズマ科 | 直径0.3μm | なし | なし | なし | なし | 飛沫感染 | βラクタム薬 | |||
リケッチア科 | 偏性細胞寄生性 | (0.3-0.5)x(0.8-2.0)μm | 陰性 | あり | あり | あり | なし | 媒介動物 | βラクタム薬 | |
クラミジア科 | 偏性細胞寄生性 | 陰性 | あり | あり | なし | あり | なし | 飛沫感染/接触感染/性行為 | βラクタム薬、アミノ配糖体系 |
科 | 属 | 病原体名 | 疾患名 | 潜伏期 | 感染経路 | 診断 | 症状 | 治療 | |
マイコプラズマ科 | マイコプラズマ属 | Mycoplasma pneumoniae | 肺炎マイコプラズマ | マイコプラズマ肺炎 | 飛沫感染 | マクロライド系・テトラサイクリン系 | |||
リケッチア科 | オリエンチア属 | Orientia tsutsugamushi | ツツガムシ病 | 4-18日 | ツツガムシ | Weil-Felix反応/蛍光抗体法/免疫ペルオキシダーゼ法/ペア血清 | テトラサイクリン系 ニューロキノロン系 | ||
リケッチア科 | リケッチア属 | Rickettsia japonica | 日本紅斑熱 | 2-8日 | マダニ | Weil-Felix反応 | |||
リケッチア科 | エールリキア属 | Ehrlichia sennetsu | 腺熱 | 10-17日 | 不明 | ||||
リケッチア科 | コクシエラ属 | Coxiella burnetii | Q熱 | 14-26日 | 経気道的、経口的、経皮的。人獣共通感染症 | テトラサイクリン系・ニューキノロン系・リファンピシン併用 | |||
リケッチア科 | バルトネラ属 | Bartonella henselae | Bartonella henselae感染症 (ネコひっかき病/細菌性血管腫症) |
マクロライド系・テトラサイクリン系 | |||||
クラミジア科 | クラミジア属 | Chlamydia psittaci | オウム病クラミジア | 7-10日 | テトラサイクリン系、マクロライド系。 βラクタム、アミノ配糖体無効。 基本小体に作用しない | ||||
クラミジア科 | クラミジア属 | Chlamydia trachomatis | トラコーマクラミジア | 1-5週 | 性行為 | ||||
クラミジア科 | クラミドフィラ属 | Chlamydophila pneumoniae | 肺炎クラミジア | 3-4週 |
年 | 病原微生物 | 種類 | 疾患 |
1973 | Rotavirus | ウイルス | 小児下痢症 |
1975 | Parvovirus B19 | ウイルス | 伝染性紅班 |
1976 | Cryptosporidium parvum | 寄生虫 | 下痢症 |
1977 | Eboravirus | ウイルス | エボラ出血熱 |
Legionella pneumophila | 細菌 | レジオネラ症 | |
Hantaanvirus | ウイルス | 腎症候性出血熱 | |
Campylobacter jejuni | 細菌 | 下痢症 | |
1980 | Human T-lymphotropic virus-1 | ウイルス | 成人T細胞白血病 |
Hepatitis D virus | ウイルス | D型ウイルス肝炎 | |
1981 | TSST-1-producing Staphylococcus aureus | 細菌 | 毒素性ショック症候群 |
1982 | Escherichia coli 0157:H7 | 細菌 | 腸管出血性大腸炎、溶血性尿毒症症候群 |
Human T-lymphotropic virus-2(1) | ウイルス | 白血病 | |
Borrelia burgobrferi | 細菌 | ライム病 | |
Rickttsia japonica | 細菌 | 日本紅斑熱 | |
1983 | Human immunodeficiency virus | ウイルス | 後天性免疫不全症候群 |
Helicobacter pylori | 細菌 | 胃炎(胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃癌、MALTリンパ腫) | |
1985 | Enterocytozoon bieneusi | 寄生虫 | 持続性下痢症 |
1986 | Cyclospora cayetanensis | 寄生虫 | 持続性下痢症 |
Prion(2) | プリオン | 牛海綿状脳症 | |
1988 | Human herpesvirus-6 | ウイルス | 突発性発疹症 |
Hepatitis E virus | ウイルス | E型肝炎 | |
1989 | Ehriichia chaffeensis | 細菌 | エールリキア症 |
Hepatitis C virus | ウイルス | C型肝炎 | |
Clamydia pneumoniae | 細菌 | 肺炎、気管支炎 | |
1991 | Guanarito virus | ウイルス | ベネズエラ出血熱 |
Encephalitozoon heilem | 寄生虫 | 結膜炎 | |
Newspecis of Babesia | 寄生虫 | 非定型性バベシア症 | |
1992 | Vibrio choerae 0139 | 細菌 | 新型コレラ |
Bartoneiia henselae | 細菌 | 猫ひっかき病 | |
1993 | Sin Nombre virus | ウイルス | ハンタウイルス肺症候群(成人呼吸窮迫症候群) |
Encephalitozoon cuniculi | 真菌 | ミクロスポリドーシス | |
1994 | Sabia virus | ウイルス | ブラジル出血熱 |
Hendra virus | ウイルス | ウイルス性脳炎 | |
1995 | Human herpesvirus-8 | ウイルス | カポジ肉腫 |
Hepatitis G virus | ウイルス | G型肝炎 | |
1996 | TSE causing agent | プリオン | 新型クロイツフェルト・ヤコブ病 |
Australian bat lyssavirus | ウイルス | ウイルス性脳炎 | |
1997 | Influenza A/H5N1 | ウイルス | トリ型インフルエンザのヒト感染 |
1999 | Nipa hvirus | ウイルス | 急性脳炎 |
2003 | SARS coronavirus | ウイルス | 重症急性呼吸器症候群(SAR) |
-感染症
IRE.376改変
解答形式 正答b,c a 強皮症 b 伝染性単核球症 c トキソプラズマ症 d クリプトコッカス症 e 糖尿病
ツツガムシ病 : 約 147,000 件 ツツガ虫病 : 約 39,400 件 つつが虫病 : 約 36,500 件 つつがムシ病 : 約 147,000 件 つつがむし病 : 約 3,740 件 恙虫病 : 約 18,900 件
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