出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2016/01/04 17:09:55」(JST)
急性灰白髄炎 | |
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ポリオによって右足が萎縮している男性
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分類及び外部参照情報 | |
ICD-10 | A80, B91 |
ICD-9 | 045, 138 |
DiseasesDB | 10209 |
MedlinePlus | 001402 |
eMedicine | ped/1843 pmr/6 |
急性灰白髄炎(きゅうせいかいはくずいえん、poliomyelitis)は、ポリオ (Polio) とも呼ばれ、ピコルナウイルス科、エンテロウイルス属のポリオウイルスによって発症するウイルス感染症のこと。ポリオは、Poliomyelitis(ポリオマイアライティス)の省略形。ポリオウイルスが原因で、脊髄の灰白質(特に脊髄の前角)が炎症をおこす。はじめの数日間は胃腸炎のような症状があらわれるが、その後1パーセント以下の確率で、ウイルスに関連した左右非対称性の弛緩性麻痺(下肢に多い)を呈する病気である[1]。
一般には脊髄性小児麻痺(略して小児麻痺)と呼ばれることが多いが、これは5歳以下の小児の罹患率が高い(90%以上)ことからで、成人も感染しうる[2]。
季節的には夏から秋にかけて多く発生する。1961年から予防接種が実施されている。日本では、1980年に野生株によるポリオ感染が根絶され、その後は定期接種で行われる経口生ポリオワクチン(OPV:Oral Polio Vaccine)からしか発症していないが、海外では流行している地域がある。世界保健機関 (WHO) は根絶を目指している[3]。
病原ウイルスは、感染者の咽頭に存在し、主な伝染源になるのが感染者の便から排出されたウイルスで、さまざまな経路で経口感染する。感染者の一部で、消化管から神経組織へとウイルスが侵入する。
潜伏期間は1 - 2週間。発病初期の症状は、発熱、頭痛、倦怠感、嘔吐、下痢など、感冒・急性胃腸炎に似たものである。
このような症状が1 - 4日続き、熱が下がるころ足や腕に弛緩性の麻痺が起こる。ときに横隔膜神経・延髄麻痺を生じて呼吸不全を起こし、死亡する危険が生じてくる。5 - 10人に一人の確率で終生麻痺が残る。 基本的には脊髄の前角が侵されるために、感覚障害が起こることはない。
特異的な治療法は無い。急性症状に対する対症療法を行う。残った麻痺には、マッサージや電気療法、運動療法などのリハビリテーションを行う。
経口生ポリオワクチン(3価又は1価)又は不活化ポリオワクチン(3価)の接種がいずれも有効である。野生株流行時はワクチンが絶大な予防効果を発揮する。生ワクチンでは弱毒化した生きたポリオウイルスそのものを接種し感染させるため、ワクチンウイルス感染による麻痺性ポリオ発症が一定の確率で生じる。
ポリオはウイルスが中枢神経に感染することによって引き起こされるので、ホルマリン処理されウィルスが生きていない不活化ワクチンを接種してもポリオは発症しない[4]。
野生株によるポリオ感染が無くなった地域・国では、麻痺を起こさない、より安全な不活化ワクチンへ移行しつつある[5]、
3価の経口生ポリオワクチンの場合、1回目の接種では最も強い2型が主に腸管内で増殖する。この際、生ワクチン株の各型のウイルス同士が干渉するために、1型と3型のウイルスは充分に増殖せず抗体も産生されにくい。2回目の接種では2型の局所免疫ができているので2型は増殖せず、代わりに1型が主に増殖する[6]。このように接種回数を重ねるとともに2型、1型、3型の順番に抗体がつくられるため、WHOでは3回以上の接種が推奨されている。2回のみ接種の日本人は前2者に対する抗体が主に産生される。旧型の不活化ワクチンでは充分なポリオ免疫がつかない事例があったが、1980年代に改良された強化型不活化ポリオワクチンeIPVでは、2回接種で95%、3回接種で99 - 100%の接種者が免疫抗体を獲得し、免疫は一生涯続くと考えられている[7]。
ポリオは1988年のWHOの総会において2000年までの根絶が決議されたが、2010年現在で1型/3型ポリオは根絶されていない状況である(2型ポリオの野生株は1999年以降、世界中で検出されておらず、正式な発表こそないが根絶されたと考えられる)。根絶計画により流行地域は非常に狭まっており、2012年現在で常在国はナイジェリア、パキスタン、アフガニスタンとなっている。しかし、渡航者などによる飛び火で、周辺国でも報告例が相次いでいるので、感染症情報には常に注意を要する。
厚生労働省検疫所では南アジア、中近東、アフリカへの長期渡航でリスクのある場合の追加接種を推奨している。ただし、国際的視点からだと、この追加接種は、幼児期の接種、すなわち、経口生ポリオワクチン3回以上、または、不活化ポリオワクチン(注射)3回以上、または生と不活化のいかなる組み合わせで3回以上、が完了していることが、大前提である[8]。幼児期接種回数満了後、成人期追加接種1回と考えるのがグローバルな視点である。
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国 | 野生種 | ワクチン由来 | 状況 |
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パキスタン | 40 | 0 | 流行地域、1型 |
アフガニスタン | 16 | 0 | 流行地域、1型 |
マダガスカル | 0 | 10 | ワクチン由来、1型 |
ウクライナ | 0 | 2 | ワクチン由来、1型 |
ラオス | 0 | 3 | ワクチン由来、1型 |
ナイジェリア | 0 | 1 | ワクチン由来、2型 |
マリ | 0 | 1 | ワクチン由来、2型 |
合計 | 56 | 17 |
ポリオは1988年には世界125カ国において年間35万症例が発生していたが、日本を含む国際社会の真摯な取り組みにより、2009年には約1600症例にまで減少した。その後の推移は2010年1349例、2011年650例、2012年は223例、2013年は385例、2014年は359例、2015年は10月14日現在で51例となっている。現在、ポリオの常在国はパキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアの3カ国のみとなり、根絶へ向けた最終段階に入っている。しかし、これらの国々は何れも政治・社会的な理由から子どもたちへの予防接種が困難であったり、資金量の低下によってポリオ根絶に向けた足踏み状態が続いている[2]。
しかし、ここでポリオ根絶に向けた取組みを加速化させなければ、ポリオ発症例数が増加に転じ、さらに周辺国への感染被害を引き起こし、これまでの根絶への努力が無駄になってしまう恐れがある。実際に、2011年現在、常在国4カ国の周辺17カ国においてもポリオ症例が報告されており、子どもたちの健康を脅かしている[10]。2012年2月、12ヶ月間新たなポリオの発生がなかったインドは正式に常在国から削除された。大きな前進である。
2014年3月27日にはWHOにより以下の地域を含む東南アジア地域におけるポリオの根絶が宣言された:インド、インドネシア、スリランカ、タイ、朝鮮民主主義人民共和国、ネパール、バングラデシュ、東ティモール、ブータン、ミャンマー、モルディブ[11]。これらの地域が追加されたことにより、世界人口の80%がポリオの根絶された地域に住んでいることになる[11]。
なお、2012年に指定から外れるまで長年にわたって常在国リストだった国にインドがある。
日本では1960年に不活化ワクチン (IPV) の本格製造が開始され、1961年から不活化ワクチンの定期接種が開始された。
しかしながらライセンス生産を開始した千葉血清、阪大微研が製造した日本製不活化ワクチンは充分なポリオ免疫がつかず検定に合格できなかった。1961年に使用できたのは当初の計画(6ヶ月 - 18ヶ月の約60%が3回接種すると想定)で国産ワクチンの不足を補う予定であった全体の40%相当の輸入不活化ワクチンのみしか使えなくなった為、不活化ワクチンの在庫が払底し接種が不可能になった。
その為、当時大流行していた九州において、未承認・未検定の経口生ポリオワクチン(OPV)の総計35万人に及ぶ臨床試験(事実上の緊急接種といって支障ないと思われる)が行われ、更に1300万分の経口生ポリオワクチンの超法規的措置により旧ソ連及びカナダから緊急輸入が行われ、世界で最初の徹底した全国一斉投与(National Immunization Days:NID)が実施された(当時の用語はブランケットオペレーション、後にWHOによりポリオ根絶の世界戦略として採用された)。これにより患者数が激減(患者数 1960年:6500人→1963年:100人以下)し、1981年以後ポリオの発生が見られず2000年にWHOに対しポリオの根絶を報告した。
日本では、野生株による麻痺性ポリオ患者の発生は1980年を最後にみられないが、経口生ポリオワクチンを接種することで稀に麻痺性ポリオを発症することがある。2008年3月までに予防接種健康被害認定審査会において生ポリオワクチン接種後に麻痺を発症したと認定された事例は、1989年度以降80件である。また、同審査会においてワクチンを接種された者からの二次感染と認定された事例は、2004年度以降5件である[27]。この経口生ポリオワクチンによるポリオ発症が問題とされて、不活化ワクチンの再導入を求める民間の声が上がった[28]。
その後、日本国内での国産不活化ワクチンの再導入は2012年度末の見込みとなったが[29]、このことがかえって接種控えを生み出す結果となってしまった[30]。こうした事態を受け、2011年4月に神奈川県知事に当選した黒岩祐治が未承認の不活化ワクチンを希望する者に提供する方針を決定[31]。厚生労働省はこうした動きには批判的であったが[32]、やがて不活化ワクチンの承認前倒しに傾いた[33]。2012年4月19日に厚生労働省の薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会が開催され、承認申請が行われている不活化ワクチンのうち1種について製造販売を行なっても問題ないとの結論に達し、2012年9月1日よりポリオの定期接種は生ワクチンから不活化ワクチンに切り替えられた[34]。
輸入不活化ワクチンは1964年まで使用されていたが、国民のニーズがOPVにうつり需要が見込めなくなった為に承認をとりさげ、以後、再度の承認申請は行われていない。
OPVはごくまれ(100万人に2 - 4人)に手足の麻痺が生じる[35]。このため、近年ではIPVを輸入する医師が急増しているが、不活化ワクチンによる健康被害の補償が十分されるかの保証が明らかでない[35]。なお、IPVは海外100ヶ国以上で使用されている[35]。
日本は、1997年に日本を含むWHO西太平洋地域において達成したポリオ根絶[36]の経験を生かし、世界におけるポリオ根絶イニシアティブにおいても先駆者として貢献してきたが2011年8月、日本政府はビル&メリンダ・ゲイツ財団との官民パートナーシップのもと、革新的な手法を用いて約50億円のポリオ根絶支援を実施することを発表した。これは、パキスタン政府によってポリオ根絶事業が一定の成果を出すことができれば、ビル&メリンダ・ゲイツ財団がパキスタン政府に代わって日本政府に債務を返済するという「ローン・コンバージョン」と呼ばれる手法で、これによってパキスタン政府のポリオ根絶に向けたより一層の努力を引き出しつつ、最終的にパキスタン政府に債務負担を課すことなく、ポリオ根絶対策を支援することが可能となる[37]。
このように、ポリオ根絶を含むグローバルヘルスの課題に対応していくためには、官民の連携と協力を一層促進して、利用可能な全ての資源を動員していくことが重要である。また、ローン・コンバージョンのような革新的な資金調達の方法を見出して、民間の知見を活用していくことにより、持続可能な開発を可能にすることができる。このように官民連携を軸とした市民社会・企業を巻き込んだポリオ根絶に係る取組を推進している組織の一つに日本グローバルヘルス協会があり、地球上から3年でポリオを根絶することを目指して様々な活動を実施している。
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国試過去問 | 「099D028」「097B001」「104I033」 |
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ADE
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第一章 環境衛生検査等
(環境衛生検査)
第二章 健康診断
第一節 就学時の健康診断
(方法及び技術的基準)
第二節 児童生徒等の健康診断
(時期)
(検査の項目)
(感染症の種類)
(出席停止の期間の基準)
第四章 学校医、学校歯科医及び学校薬剤師の職務執行の準則
(学校医の職務執行の準則)
(学校歯科医の職務執行の準則)
(学校薬剤師の職務執行の準則)
第一章 総則
第二章 予防接種基本計画等
(予防接種基本計画)
(予防接種を行ってはならない者)
↓拡張
症状 | 潜伏期間 | 主な疾患 |
下痢(±発熱) | 短い(1週間以内) | 細菌性赤痢、コレラ、旅行者下痢症 |
比較的長い・長い(1~2週間またはそれ以上) | アメーバ赤痢、ランブル鞭毛虫症(ジアルジア症)、クリプトスポリジウム症、回虫症、鉤虫症、糞線虫症、条虫症、住血吸虫症 | |
発熱(±発疹) | 短い(1週間以内) | デング熱、黄熱、紅斑熱、ペスト、サルモネラ症 |
比較的長い(1~2週間) | ウイルス性出血熱(ラッサ熱、エボラ出血熱、マールブルグ病など)日本脳炎、急性灰白髄炎(ポリオ)、ツツガ虫病、腸チフス、パラチフス、ブルセラ症、マラリア、トリパノソーマ症(アフリカ睡眠病、シャーガス病) | |
長い(2週間以上) | 各種肝炎(A,B,C,E型)、マラリア(熱帯熱マラリア以外)、アメーバ性肝膿瘍、カラアザール(内臓リーシュマニア症) | |
発疹(+発熱) | 短い(1週間以内) | デング熱、紅斑熱 |
比較的短い(1~2週間) | ウイルス性出血熱、ツツガ虫病、腸チフス、パラチフス | |
皮膚炎/移動性皮膚腫瘤 | 皮膚リーシュマニア症、オンコセルカ症、鉤虫症、顎口虫症、旋毛虫 |
(定期の予防接種を行う疾病及びその対象者)
疾病 | 定期の予防接種の対象者 |
ジフテリア | 一 生後三月から生後九十月に至るまでの間にある者 |
二 十一歳以上十三歳未満の者 | |
百日咳 | 生後三月から生後九十月に至るまでの間にある者 |
急性灰白髄炎 | 生後三月から生後九十月に至るまでの間にある者 |
麻疹 | 一 生後十二月から生後二十四月に至るまでの間にある者 |
二 五歳以上七歳未満の者であつて、小学校就学の始期に達する日の一年前の日から当該始期に達する日の前日までの間にあるもの | |
風疹 | 一 生後十二月から生後二十四月に至るまでの間にある者 |
二 五歳以上七歳未満の者であつて、小学校就学の始期に達する日の一年前の日から当該始期に達する日の前日までの間にあるもの | |
日本脳炎 | 一 生後六月から生後九十月に至るまでの間にある者 |
二 九歳以上十三歳未満の者 | |
破傷風 | 一 生後三月から生後九十月に至るまでの間にある者 |
二 十一歳以上十三歳未満の者 | |
結核 | 生後六月に至るまでの間にある者 |
インフルエンザ | 一 六十五歳以上の者 |
二 六十歳以上六十五歳未満の者であつて、心臓、じん臓若しくは呼吸器の機能又はヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能に障害を有するものとして厚生労働省令で定めるもの |
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