出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2015/08/18 19:24:45」(JST)
インスリン抵抗性(インスリンていこうせい)とは、インスリンの効力を規定する個人の特性。そもそもは臨床的な概念で、健康な人と比べて糖尿病の人では、同じ量のインスリンを注射しても糖尿病の人のほうが血糖値が下がりにくく、また軽症糖尿病と重症糖尿病では重症のほうが血糖値が下がりにくいことから、インスリンが効きづらいことが糖尿病の本態のひとつであるととらえられた。
現在では肥満をはじめとして、糖尿病、高血圧、高脂血症などといった現代人を悩ます生活習慣病の根本的な背景メカニズムのひとつととらえられている。最先端の研究により複雑なホルモンやサイトカインのネットワークや脂肪細胞を介した発症と進展の病態生理が明らかになりつつある。
メタボリックシンドロームの概念が確立したため難しいが(メタボリックシンドロームは、以前Defronzoらによりインスリン抵抗性症候群と言われていたものにも対応する)、基本的にはメタボリックシンドロームは、既にインスリン抵抗性を発症している人がさらに血圧、脂質プロフィールなどに異常をきたしはじめて診断されるものととらえることができる。したがって、これらの生活習慣病疾患群の背景広範に横たわるインスリン抵抗性という概念はいまでも有効な考えである。すなわち最終的に心筋梗塞や脳梗塞に至るのは、血圧や糖や脂質が直接の原因ではなく、このインスリン抵抗性が根本的な原因だとする考えである。しかし、日本人ではインスリン抵抗性がそれほど高くない2型糖尿病患者もかなり存在する[1]ことから、重要な指標ではあるものの、インスリン抵抗性だけではリスクを決めきれない。
飽和脂肪酸の多い食事はインスリン抵抗性を生じさせ、糖尿病の罹患が増加する可能性が示唆されている[2]。
インスリン抵抗性は、過食、運動不足、肥満、加齢及びストレス等の環境因子と関連が深いとされている[3]。
肥満に見られるような過剰の脂肪の蓄積により脂肪細胞が肥大化すると、特に内臓に存在する脂肪細胞から遊離脂肪酸が遊離される。この脂肪酸の一部が骨格筋や肝細胞に運ばれ、骨格筋内へ運ばれた脂肪酸はタンパク質分子をリン酸化する酵素であるプロテインキナーゼCを活性化し、更にNF-κBに関連したIκBαのセリン残基をリン酸化する酵素複合体であるIκB kinase (IKK)が活性化されて、インスリン受容体基質であるIRS1タンパクのセリン残基をリン酸化する。この経路によってIRS1タンパクがリン酸化されると、正常なリン酸化過程が阻害され、結果的にIRS1以降のシグナルが伝達されず、インスリン依存のグルコーストランスポーターであるGLUT4を膜に移送できなくなる。GLUT4が機能しにくくなると、インスリンによりグルコースが細胞に取り込まれにくくなる。この状態がインスリン抵抗性となる[4]。
もう一つのメカニズムとし、脂肪細胞から単球走化性タンパク質であるMCP-1が遊離され、MCP-1は単球を引き寄せ、細胞外に出た単球は活性化されてマクロファージとなる。このマクロファージは脂肪細胞の周囲に集積し、ここから腫瘍壊死因子として知られるTNFαを分泌する。TNFαが受容体に結合するとセリン・スレオニンキナーゼであるJNK(c-Jun amino-terminal kinase)がインスリン受容体基質であるIRS1タンパクのセリン残基をリン酸化する。この経路でも上記メカニズムと同様にインスリン抵抗性となる。 また、TNFαは、GLUT4の発現を抑制する作用もある。TNFαのこれらの作用は著明なインスリン抵抗性を示す[4]。
さらに加えて、脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンは、TNFαや遊離脂肪酸と異なり、インスリン受容体の感受性を上げるが、脂肪細胞の肥大化によりアディポネクチンの分泌が低下し、結果としてインスリン抵抗性を示す[4]。
肝細胞は、食後直後に肝臓の重量の8 %(大人で100-120 g)までのグリコーゲンを蓄えることができる[5]。骨格筋中ではグリコーゲンは骨格筋重量の1-2 %程度の低い濃度でしか貯蔵できない。筋肉は、体重比で成人男性の42%、同女性の36%を占める[6]。このため体格等にもよるが大人で300g前後のグリコーゲンを蓄えることができる。グリコーゲンホスホリラーゼは、グリコーゲンをグルコース単位に分解する。グリコーゲンはグルコースが一分子少なくなり、遊離するグルコース分子は グルコース-1-リン酸となる[7]。グルコース-1-リン酸が代謝されるには、ホスホグルコムターゼによってグルコース-6-リン酸に変換される必要がある(詳細はグリコーゲンホスホリラーゼを参照のこと)。肝臓はグルコース-6-ホスファターゼを持ち、解糖系や糖新生でできたグルコース-6-リン酸のリン酸基を外すことができる。こうしてできたグルコースは血液中に放出され、他の細胞に運ばれる。グルコース-6-ホスファターゼは、グルコースの恒常性維持のための役割をもつ肝臓と腎臓で見られ、網状組織内部原形質の内膜に存在する(詳細はグルコース-6-ホスファターゼを参照のこと)。肝臓と腎臓以外の筋肉ではこの酵素を含んでおらず、グルコース-6-リン酸のリン酸基を外してグルコースに変換できないために細胞膜を通過することができず(詳細はグルコース-6-リン酸を参照のこと)、筋肉中のグリコーゲンは他臓器でグルコースとして利用することができず、筋肉自らのエネルギー源として使用される。経口的に摂取された糖の2-3割は骨格筋で利用されると言われているが、骨格筋の糖消費が十分でない場合には食後の血糖が上昇することとなる。このため、運動によるグリコーゲンの消費は骨格筋の糖取り込みを直接刺激するとともに、インスリン感受性も増強させる。また、継続的な運動により肥満が解消されれば、さらにインスリン抵抗性の改善につながる[8]。
インスリン抵抗性の患者においては、以下のことが起こっていると考えられている。
インスリン抵抗性患者においてサイトカイン、特に脂肪細胞の分泌するアディポサイトカインの異常が明らかとなってきている。すなわちアディポネクチンの低下と、TNF-α、PAI-1、レジスチンの増加である。
インスリン抵抗性の発現には腸間膜の脂肪沈着が重要といわれている。腸間膜脂肪組織で合成された脂肪酸は直接肝に送られ、肝での中性脂肪合成を促進する。
インスリン抵抗性の原因として、タンパク質折りたたみ異常によって生じる小胞体ストレスが原因として提唱され、注目を集めている。
1993年、Hotamisligilは肥満とインスリン抵抗性の間に炎症(TNFα)が介在することを発見し、その後、エネルギー過剰環境が、細胞レベルのストレス(核ストレス、ミトコンドリアストレス、小胞体ストレス)をもたらし、それが脂肪組織の炎症とインスリン抵抗性を通して全身に広がり、糖尿病と心臓血管病に至ることが解明されてきている。最近、特に重視されているのはマクロファージの脂肪組織への集積であり、これは動脈硬化におけるマクロファージの血管内膜への集積と通じるものがある。インスリン抵抗性、炎症、内皮機能障害は複雑に絡み合った病態であり、一面的にはとらえにくい。
インスリン抵抗性の存在は、空腹時の高インスリン血症、または異常に多量の外因性インスリン投与によって示唆される。
定量的には、グルコースクランプ法が最も正確にインスリン抵抗性状態をはかることができる。SSPG (stedy state plasma glucose) 法も有用である。
外因性インスリン投与や内因性インスリン分泌を刺激する薬剤の投与が行われておらず、インスリン分泌能に支障がなければ、空腹時の血清インスリン値と空腹時血糖からインスリン抵抗性を推定できる。
HOMA-R指数(homeostasis model assessment ratio 、homeostasis model assessment as an index of insulin resistance (HOMA-IR)ともいう)も有効な予測値である。HOMA-R=IRI (μu/ml ) ×FPG (mg/dL)÷405が用いられる。量的インスリン感受性検査指数(quantitative insulin sensitivity check index)QUICKI index=1/{log insulin (µU/ml) + log glucose (mg/dl)}も用いられるが、ともに内因性インスリン枯渇や外因性インスリン投与においては利用されるべきではない。
インスリン抵抗性の原因は、相対的なエネルギー過剰状態であるから、治療は低カロリー食と運動である。体重減少が治療効果の指標として有用である。インスリン抵抗性改善薬にはPPAR-γ(ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体γ)作働薬やビグアナイド系(BG薬)がある。
他に、ステビアの成分に改善作用があることが千葉大学の研究グループによって発表されたが、臨床的有用性は確立していない。
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