遺伝子疾患(いでんししっかん、英: Genetic disorder)は、遺伝子の異常が原因になって起きる疾患の総称。
狭義に遺伝病とも称されるが、現在では次世代に遺伝しない場合も含めた概念となっている。
目次
- 1 基本的な種類
- 2 概要
- 3 遺伝子疾患の一覧
- 3.1 先天性代謝異常症
- 3.2 先天性内分泌疾患
- 3.3 原発性免疫不全症候群
- 3.4 先天性皮膚疾患
- 3.5 多発性腫瘍
- 3.6 奇形症候群
- 4 加齢の遺伝子への影響
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基本的な種類 [編集]
- 染色体異常(何らかの影響によって染色体の数が変化している)
- 小人症、ダウン症候群など
- 遺伝子増幅(ある特定の遺伝子部分だけが異常に繰り返し増幅されているもの)
- ハンチントン病など
- 遺伝子突然変異(何らかの影響によって遺伝子が変異している)
- 腫瘍など
- 遺伝子欠損(何らかの因子によって特定の遺伝子部位が欠損しているもの)
- その他、遺伝子により不利とされる形質を発現するもの
- 糖尿病、発達障害など。
概要 [編集]
狭義にはメンデル型疾患のように、特定の遺伝子を、優性遺伝の場合は両親のどちらか、劣性遺伝の場合は両親ともが有していた場合に発症する疾患のことであり、筋ジストロフィーや血友病などがこれに属する。 広義には遺伝的素因が関連する疾患全体を指し、ある家系において一般集団よりも特定の疾患の発症率が高く、その原因を環境に求められないような疾患が含まれる。このグループには統合失調症や高血圧、糖尿病が含まれる。
後者の原因となる遺伝子は複数であることが多く、原因遺伝子の特定や治療法の確立が困難であることが多い。
このほか遺伝子の異常が原因となる疾患としては、染色体異常が原因となるもの(小人症 、ダウン症候群、クラインフェルター症候群など)やがん(がん遺伝子またはがん抑制遺伝子の異常による)があるが、家族性のがんなどを除いて遺伝病とは呼ばない。
遺伝子疾患の別の視点からの定義としては、単一または少数の遺伝子の異常が発症の必要ないし十分条件(必ずしも必要かつ十分ではない)となる疾患、と考えられる場合もある。この立場をとる場合、両親のいずれも異常遺伝子を持たず、突然変異によって発症した症例(遺伝子異常による奇形症候群などは、このパターンが多い)も遺伝子疾患に含まれることになる。
わかりやすい例では、凝固第VIII因子をコードする遺伝子に異常があれば、表現型は血友病Aであり、異常遺伝子が母の一方のX染色体に存在する場合でも遺伝子の突然変異による場合(この場合、母のX染色体は2本とも正常)でも症状・検査所見などに変わりはない。両親の少なくともどちらかに異常遺伝子があることを遺伝子疾患の定義に含めてしまうと、血友病Aに遺伝子疾患とそうでない場合がある、という矛盾が生じてしまう。近親婚が極めてまれなものである現代、常染色体劣性遺伝の先天性代謝異常症症例の大部分が、少なくとも一方の異常遺伝子は突然変異によって生じていると考えられる。
疾病の原因となる異常タンパク質が発見され、そこから遺伝子の発見に至るパターンもありえるのだが、実際には、原因未知の症候群患者に共通する遺伝子異常が先に見つかり、その遺伝子のコードするタンパク質が判明、その後タンパク質の機能が解き明かされ疾病の発症機序が明らかになることがむしろ多い。
人体を家に例えると、ガス栓とトイレが二つある家で、片方のガス栓が壊れた状態が優性遺伝病、両方のトイレが壊れた状態が劣性遺伝病で、片方のトイレが壊れた状態が保因者である。
遺伝子疾患の一覧 [編集]
遺伝子疾患の分類法には、ここで行う、発現する疾患の性格から分類するやり方のほか、「種類」の項で示されたように遺伝子異常のパターンから分類するやり方もある。
先天性代謝異常症 [編集]
先天性代謝異常症は、人体にとって重要な役割を果たす酵素の量あるいは質の異常によって発生する。酵素の異常から原因遺伝子が判明することよりも、ある症候群の患者に共通する遺伝子異常から、酵素が発見されて病態が解明されるケースがむしろ多い。
- フェニルケトン尿症
- 12q22-q24.1に位置する、phenylalanine hydroxylase(フェニルアラニン水酸化酵素)遺伝子の異常によって発症する。遺伝形式は、常染色体劣性遺伝。主症状は中枢神経障害であり、生後数ヶ月からの発達遅滞、けいれん(重症の場合、点頭てんかんの症状を呈する)など。新生児マススクリーニング対象疾患であり、食事療法により症状の進行を止めることができる(症状が軽症のうちなら、改善することもありえる)。
- ビオプテリン代謝異常症
- テトラヒドロビオプテリンの生合成系、または再生系酵素の先天性異常による疾患で、典型的には高フェニルアラニン血症を呈し、フェニルケトン尿症と同様の症状(ただしフェニルケトン療法の食餌療法に反応しない)となる。原因となる遺伝子異常は複数あり、いずれかひとつの異常で発症してしまう。テトラヒドロビオプテリンおよび神経伝達物質の補充が必要。多くの病型は常染色体劣性遺伝だが、常染色体優性遺伝の形式をとるものもある(瀬川病)。新生児マススクリーニングでは、フェニルケトン尿症疑いとして発見される。
- メープルシロップ尿症
- α-ケト酸代謝障害による疾患で、分枝鎖α-ケト酸脱水素酵素複合体を形成するE1α、E1β、E2、E3のいずれかの異常で発症する。原因となる遺伝子変異は、60種類以上報告されている。低血糖・ケトアシドーシスによる意識障害発作を起こし、かつ異常代謝産物の蓄積や脳浮腫により神経症状を来たす。新生児マススクリーニング対象疾患。
- ホモシスチン尿症
- メチオニンの代謝産物であるホモシスチンが体内に蓄積することによる疾患である。これも原因となりうる酵素は複数あり、報告されている遺伝子変異の種類も多い。症状は眼症状(水晶体脱臼、近視、緑内障、白内障)、中枢神経症状(知的障害、けいれん)、骨格異常、血栓塞栓症など。食事療法、ビタミンB6補充療法などを行う。新生児マススクリーニング対象疾患。
- 白皮症
- 皮膚や虹彩でのメラニン産生が障害されていることによって起こる疾患。チロジナーゼ欠損症は常染色体劣性遺伝であるが、他にも少なくとも3つの病型で責任遺伝子が明らかになっている。色素欠損のため、全身の皮膚は白く、毛髪は金髪ないし白髪。虹彩は毛細血管のため赤く見えるが、遮光性が不十分であるため、白皮症患者は著しい羞明(まぶしがること)を呈する。
- メラニンの欠損はヒト以外の動物にも起こる。この最もわかりやすい例は白い毛皮に赤い目を持つウサギで、アルビノのウサギ同士を交配して飼育用としている。
- 色素性乾皮症
- Xeroderma pigmentosumの略でXPと表記される。生物の細胞には、紫外線照射により傷ついたDNAを修復する機構が存在している。このDNA修復機構が障害されている疾患が色素性乾皮症である。
- 色素性乾皮症患者では、皮膚への紫外線(日光)照射により容易に皮膚の発赤・腫脹を生じる。やがて雀斑(そばかす)状の色素沈着が出現し、紫外線遮断策をとらなければ小児期に皮膚癌(基底細胞癌、扁平上皮癌、悪性黒色腫など)を生じる。皮膚癌発症の平均年齢は8歳。そのほか、小頭症、精神発達遅滞、難聴、歩行障害など神経系の合併症を認める。
- A-Gおよびvariantの8群に分類されており、それぞれに責任遺伝子や予後が異なる。治療は徹底した紫外線遮断を行い、皮膚癌の早期切除につとめる。発達遅滞、歩行障害、難聴に対するリハビリテーションも重要である。生命予後は、かつては皮膚癌の全身転移も問題であったが、腫瘍の早期切除が行われるようになってからは、嚥下困難による誤嚥性肺炎や中枢性呼吸停止など神経症状により決まるようになっている。
先天性内分泌疾患 [編集]
遺伝子異常によりホルモンの異常分泌、または欠損を来し、内分泌疾患として発現する場合がある。
- 先天性副腎皮質過形成(せんてんせいふくじんひしつかけいせい)
- 「過形成」の名が冠されているが、副腎皮質ステロイド合成酵素の異常による疾患である。
- 重症型(塩類喪失型)では糖質コルチコイド・鉱質コルチコイドの不足による病態(全身状態不良・ショックや低ナトリウム・高カリウム血症)をきたす。後述する男性化も重度。
- 軽症型(単純男性型)では鉱質コルチコイド(アルドステロン)分泌は正常、糖質コルチコイド(コルチゾール)分泌もほぼ正常だが、副腎皮質刺激ホルモン (ACTH) 過剰により副腎皮質アンドロゲン(男性ホルモン)過剰が生じ、男性化(男児の場合は陰茎の肥大や色素沈着、女児の場合陰核肥大による外性器の男性化)がみられる。
- 新生児マススクリーニング対象疾患。
原発性免疫不全症候群 [編集]
原発性免疫不全症候群(げんぱつせいめんえきふぜんしょうこうぐん)とは、免疫担当細胞の機能異常や抗体・補体など免疫にかかわる生体物質の質あるいは量の異常のため、易感染性(感染症にかかりやすいこと)を示す疾患。別名、先天性免疫不全症。いくつかの原発性免疫不全症候群では、責任遺伝子が明らかになっている。詳しくは原発性免疫不全症候群の内部リンクを参照のこと。
- 伴性無ガンマグロブリン血症(はんせいむがんまぐろぶりんけっしょう)
- X-lined agammmaglobulinemiaのアクロニム、XLAと略されることが多い。XLAはXq21.3に存在する、ブルトンキナーゼ(Bruton's tyrosine kinase,Btk)をコードする遺伝子、BTKの異常によって起こる。X染色体上に責任遺伝子の存在する伴性劣性遺伝の形式をとる疾患のため、患者のほとんどは男性。
- Btk蛋白の異常により、γ-グロブリン(いわゆる抗体)産生に携わるB細胞の分化が障害され、特に細菌感染を受けやすくなる。治療は、γ-グロブリンの定期的な補充が中心で、理論上造血幹細胞移植は有効のはずだが、移植に伴うリスクは移植のメリットを上回らないと考えられるケースが多く、原則として行われない。
- アデノシンデアミネース欠損症(Adenosine deaminase dificiency;ADA欠損症)
- プリン(核酸構成物質)代謝酵素であるアデノシンデアミネースの欠損による疾患で、その発症機序は十分に解明されたとはいえないが、重症複合型免疫不全症(じゅうしょうふくごうがためんえきふぜんしょう、Severe combined immunodificiency;SCID)として発症する。常染色体劣性遺伝。生後まもなくから、ウイルス、細菌、真菌などあらゆる感染症に対して易感染性を示す。造血幹細胞移植が第一選択である。その他、酵素補充療法(日本国内未承認)、遺伝子治療(標準的治療としては確立していない)なども行われる。
このほか、いくつかの重症複合型免疫不全症も、責任遺伝子が明らかになっている。
先天性皮膚疾患 [編集]
多発性腫瘍 [編集]
- 神経線維腫症1型(von Recklinghausen…フォン・レックリングハウゼン病)
- 17q11.2に存在するニューロフィブロミン遺伝子の異常による疾患で、常染色体優性遺伝の形式をとる。日本での頻度は3000-4000人に一人。
- 症状は、皮膚のカフェオレ斑(6個以上)、神経線維腫(神経細胞や神経を栄養する血管の腫瘍で、背中などの皮膚に近いところにできるために「こぶ」がたくさんできているようにみえる)、眼病変(虹彩小結節、視神経膠腫)、骨病変(脊柱側わん)など。
- 神経線維腫症2型
- 22q12.2に存在するシュワノミン遺伝子の異常が責任遺伝子として同定されている。4万人に一人と、1型よりもまれな病気だが、両側性の聴神経鞘腫のために難聴を生じる。
- 家族性大腸ポリポーシス
- 5q21に存在するAPC遺伝子の異常による疾患。常染色体優性遺伝である。大腸に100個以上の腺腫(ポリープ)ができる疾患であるが、このポリープが高率に癌化(大腸癌)することが最も大きな問題である。40歳過ぎまでに50%が、60歳までに90%程の患者が大腸癌に罹患するとされる。大腸癌の発生を防ぐためには、現在のところ大腸を全摘出する以外に方法がない。
- 遺伝性非ポリポーシス大腸癌
- 別名リンチ症候群とも。DNAミスマッチ修復酵素の変異による。大腸・直腸癌の家族内集積を契機に研究されたが、実際には多臓器に悪性腫瘍を発症する。
奇形症候群 [編集]
- アンジェルマン(Angelman)症候群(AS)
- 重度の知的障害、不眠症を生じ、多幸感があり、何もないときでも笑うことがある。腕を上げながら歩く(操り人形様歩行)。発見者のアンジェルマン医師により、「幸せな操り人形」と表現された。
- ウィリアムズ(Williams)症候群(WS)
- 知的障害、心臓病、歯のエナメル質形成不全を生じ、特に算数・数学面での著しい学習障害があり、独特の顔つきを示す。言語感覚や音楽感覚は比較的良好であり、絶対音感を保有する者も多い。有名な歌手であるグロリア・レンホフは、楽譜は読めないが28ヶ国語の2000曲以上の歌詞を覚えている。1961年に医師J.C.P.ウィリアムズ(英語版)により報告された。
- プラダー・ウィリー(Prader-Willi)症候群(PWS)
- カルマン(Kallmann)症候群
- 嗅覚の低下と性腺機能低下を伴う症候群。
- 原因は、Xp22.3領域のKAL遺伝子
- 病態は、性腺機能低下は視床下部の障害による。
- 統計は、約80%は家族性発症する。
- アイカルディ(Aicardi)症候群
- 脳梁欠損、網脈絡膜症 (lacuna)、そして点頭てんかんを主な症状とし、重度の精神発達遅滞を来たす。男児にとっては致死的な為ほぼ全例は女児に発症している(男児が発症した例が一例だけある)。死因の原因は胎児性癌が最も多い。
- コルネリア・ド・ランゲ(コルネリア・ディ・ランジェ Cornelia de Lange)症候群(CDLS)
- 各種の発達の遅れが見られる。外見の特徴としては、両方の眉毛が繋がっている。1933年にオランダの小児科医コルネリア・デ・ランゲによって報告されたのが病名の由来。第一発見者ブラッハマンの名を取り、Brachmann de Lange症候群(ブラッハマン・デ・ランゲしょうこうぐん)ともいう。
- ルビンスタイン・テイビー(ルビンスタイン・タイビー Rubinstein-Taybi)症候群
- 小さい頭、低い身長、太い眉、離れた両目、多指合指症、てんかん、精神遅滞(IQにして50以下)が見られる。
- ミラー・ディッカー(Miller-Dieker)症候群
- 滑脳症という、脳のしわがない疾患。てんかんと重度の知的障害を併発。男女比はほぼ一。
- アペール(アペルト、エイパー Apert)症候群
- 尖頭合指症ともいう。特徴的な顔貌で、手足の指に癒合などの奇形があり、水頭症予防の手術が必要になる場合もある。知的障害は、あるとする文献も、ないとする文献もある。病状が似ているため、クルーゾン病と同一視する場合もある。
- キャッチ22(CATCH22)(22q11.2欠失症候群)
- 心疾患や口蓋裂、知的障害、学習障害などがみられる。 病名は、心血管異常(Cardiac defects)、特有な顔貌(Abnormal facies)、胸腺低形成(Thymic hypoplasia)、口蓋裂(Cleft palate)、低カルシウム血症(Hypocalcemia)の頭文字を取ったもの。この病名はジョセフ・ヘラーによる不条理小説「キャッチ=22」の題名と意図的に合わせたものとされるが、この語には俗語として「逃れることができない窮地」という意味もあるため、改名運動がある。
- 脆弱X(フラジャイルエックス fragile X)症候群
- 大部分が男児である。X染色体の一部が切断されそうになっているのが特徴である。知的障害、自閉性症状などがある。外見の特徴としては大きな耳、大きな陰嚢などである。
加齢の遺伝子への影響 [編集]
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