出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2016/10/18 01:06:32」(JST)
性別適合手術(せいべつてきごうしゅじゅつ)とは、性別の不一致、性同一性障害を抱える者に対し、当事者の性同一性に合わせて外科的手法により形態を変更する手術療法のうちの、内外性器に関する手術を指す。“Sex Reassignment Surgery” (SRS) の訳語。
原語を直訳した性別再割り当て手術(性別再割当手術)、性別再指定手術、性別再判定手術などの名称もある。日本のGID学会、日本精神神経学会では「性別適合手術」を正式な名称として用いている。
性同一性障害を抱える者に対し、内外性器を他の性別の特徴に類似した形態を得ることを目的とする。女性から男性への手術 (Female to Male SRS; FTM SRS)、男性から女性への手術 (Male to Female SRS; MTF SRS) に分類される。
FTM SRS では、子宮卵巣摘出術、膣粘膜切除・膣閉鎖術、尿道延長術、陰茎形成術がある。MTF SRS では、精巣摘出術、陰茎切除術、造膣術(英語版)、陰核形成術、外陰部形成術がある。
生殖能力を永久的に失わせる不可逆的な手術で、本人の意志に基づくものである。他の性別としての新たな生殖機能も得られない。この手術を受ける者の多くは、すでに性ホルモンの摂取、豊胸術、乳房切除手術などにより、自己の性別としての外観を得、そしてその性別としての実生活をしている。日本精神神経学会のガイドラインでは手術前に一定期間の性ホルモンの投与や、新しい性別での実生活経験 (real life experience; RLE) をおこなうことを重要視しており、これを条件にしている病院も多い。
性別適合手術は、揺るぎのない人格としての性同一性に沿うように、そして身体的性別が本人の同一性に与える苦痛を緩和するため内外性器の外観を調整する手術と考えることができる。国際的な組織であるハリーベンジャミン国際性別違和協会(現・世界トランスジェンダー健康専門協会(英語版))の「性同一性障害の治療とケアに関する基準 (第6版)」においては、『性別適合にかかる手術は実験的でも、研究的でも、美容整形でも選択的でもなく、性転換指向(transsexualism) あるいは重度の性同一性障害の治療として極めて有効で効果的である』と記されている。
女性から男性への手術 (FTM SRS) では、いくつかの段階に分けておこなわれる。
男性から女性への手術 (MTF SRS)では、以下の2つの手法が一般的である。
どちらの方法でも難しいのは血行の保持であり、うまくいかない場合はその皮膚に血が通わなくなるため、その皮膚組織が壊死して脱落する可能性がある。
日本で手術の実績を持つおもな大学は、埼玉医科大学、岡山大学、関西医科大学、大阪医科大学、札幌医科大学。 かつて埼玉医科大学総合医療センターでは2007年まで原科孝雄が形成外科教授であったこともあり、日本で初めて公式な性転換手術を施行し、症例数も多く、技術的に難しく国内では前例がなかったFTM(女性から男性へ)の性転換手術にも実績があったが同教授の定年と共に性転換手術が休止状態になり、手術希望者に大きな衝撃を与えた。2010年度より後任医師により本格再開したが、2012年度より後任医師が別大学の準教授に就任したために現在も適合手術が行われているかは不明。
このほかの病院でも、手術の施行を視野に入れて各科の専門家で構成するジェンダークリニックを設置している。ただし必ずしもこれらすべての病院が積極的に手術を行っているわけではないため、手術を希望する患者のすべてをさばける状態とは言えない。また技術的にも不安があるということで、性別適合手術を希望する人の一部が、施術医療機関が整っていて熟練した医師のいるタイ王国で手術を受けている。日本国内で上記5か所以外にも、積極的に手術を行っている私立病院(主に美容形成外科や産婦人科)は存在する。総合病院ではない比較的小規模な病院であっても全身麻酔下での手術であるため、手術医に加え、専門の麻酔科医の参加や入院設備のある施設で行われるべきである。
性別適合手術ではないが、2012年5月に東京都新宿区の診療所「湊川クリニック」(廃止)で、乳房の切除手術を受けた女性が死亡する事故が発生し、性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン改訂の議論が起こる契機となった[1][2]。
手術の名称は、アメリカ英語では “Sex Reassignment Surgery” (SRS)。イギリス英語では “Gender Reassignment Surgery” (GRS) が好まれる。
オランダでは性別適合にかかる正当な医療行為として健康保険の適応が認められ、さらにMtFのための顔面の女性化の手術や豊胸手術にも性別適合にかかる正当な医療行為として健康保険の適応が認められている[3]。
イランでは、1980年代中頃以降、法的な性別の変更は認められ、性別適合手術はイラン政府により同国の当事者に無償で提供されている。ブラジルでは2007年より、キューバでは2008年より、北欧諸国同様に、性別適合手術が無償で提供される。
タイ王国では、性転換手術が盛んで外国人でも条件があるものの手術を受けることが可能である。
1930年ベルリンにて、性科学者マグヌス・ヒルシュフェルトの保護監察下において、デンマークの画家リリー・エルベに対して睾丸摘出手術(去勢術)が施術された。翌年の1931年には、ドイツのドレスデン州立婦人科診療所において、彼女に陰茎切断、卵巣と子宮の移植も伴った世界初の性別適合手術がクルト・ヴァルネクロス(de:Kurt Warnekros)によって施術された。彼女は法的性別の変更も認められたが、間もなく拒絶反応により50歳で死亡した。現在、生殖器の移植が行われない理由の一つには免疫抑制が極めて困難なことがある。しかし近年、免疫抑制剤なしで子宮の移植手術を行う研究がなされている[5]。
1946年ロンドンにて、形成外科医ハロルド・ギリーズ(en:Harold Gillies)によって、世界初の陰茎形成術がFtMのローレンス・マイケル・ディロン(en:Michael Dillon)に対して施術された。ギリーズはまた、1951年にMtFのロバータ・カウエル(en:Roberta Cowell)に対し、血管と神経を残したまま海綿体を除去した陰茎を翻転させ小陰唇を形成することにも成功した。この術法は後のジョルジュ・ビュルーによる陰茎会陰部皮膚翻転法の前まで、外陰部形成術として広くおこなわれた。
2003年6月12日付けの欧州人権裁判所の記録(ファン・キュック対ドイツ事件[6])では、性別適合手術は「必要な医療行為」であり、民間の保険会社が性別適合手術の費用を「正当な医療行為ではない」として負担しなかったことを容認したドイツ国内の判決を、原告の性同一性と自己決定権をないがしろにするものであり、人権と基本的自由の保護のための条約第6条の「公平な審理と裁判を受ける権利」そして同第8条の「私生活の権利」の蹂躙にあたるとしてドイツ政府に治療費と精神的苦痛に対しての損害賠償を命じる判決が下された。
ジョグジャカルタ原則第17原則においては、国家は診療録開示やインフォームド・コンセントの権利とともに性別適合に関する身体変更を法的に正当で差別的でない治療とし、その治療や看護、支援も容易に受けられるようにする義務があることが記された。
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