- 英
- myxedema coma, MC
- 関
- 甲状腺機能低下症、橋本病
概念
- 甲状腺機能低下症が背景にあり、重度かつ長期にわたる甲状腺機能の欠乏による、あるいは何らかの誘因により引きおこされた低体温、呼吸不全、循環不全などが中枢神経系の機能障害を来す病態。
- 昏睡に至る例があるため、昏睡が病名として付けられている。
- 適正な治療が施されなければ死亡のリスクは高く、致死率は25-50%と言われている。
誘因
- 感染症・敗血症
- 寒冷曝露
- 脳血管障害
- 心筋梗塞・心不全
- 消化管出血
- 外傷
- 昏睡を増悪させる代謝異常
- 低血糖・低 Na血症
- 低酸素血症
- 高炭酸ガス血症
- アシドーシス
診断基準
- 粘液水腫性昏睡の診断基準と治療指針の作成委員会(3次案)
必須項目
- 1.甲状腺機能低下症1)
- 2.中枢神経症状(JCSで10以上、GCSで12以下)
症候・検査項目
- 1.低体温(350℃以下:2点、35.7℃以下:1点)
- 2.低換気(PaC02 48Torr以上、動脈血pH 7. 35以下、あるいは酸素投与:どれかあれば1点)
- 3.循環不全(平均血圧75mmHg以下、脈拍数60/分以下、あるいは昇圧剤投与:どれかあれば1点)
- 4.代謝異常(血清Na130mEq/L以下:1点)
診断
- 確実例;必須項目2項目+症候・検査項目2点以上
- 疑い例:
- a. 甲状腺機能低下症を疑う所見があり必須項目の1は確認できないが、必須項の2に加え症候・検査項目2点以上
- b. 必須項目(1、2)および症候・検査項目1点
- C. 必須項目の1があり、軽度の中枢神経系の症状(JCSで1~3またはGCSで13~14に加え症候・検査項目2点以上
- (注1)原発性の場合は概ねTSH20μU/ml以上、中枢性の場合はその他の下垂体前葉ホルモン欠乏症状に留意する。
- (注2)明らかに他の原因疾患(精神疾患や脳血管障害など)あるいは麻酔薬、抗精神薬などの投与があって意識障害を呈する場合は除く。しかし、このような疾患あるいは薬剤投与などは粘液水腫性昏睡の誘因となるため粘液水腫性昏睡による症状か鑑別が困難な場合、あるいはこれらの薬剤投与により意識障害が遷延する場合には誘因により発症した粘液水腫性昏睡の症状とする。
- (注3)鑑別すべき疾患:橋本脳症は橋本病に合併する稀な疾患で、甲状腺機能は正常~軽度低下を示すの最も頻度の高い症状は意識障害であるが、精神症状(幻覚、興奮、うつ症状など)、認知機能障害、全身痙攣などを示す例もあるのステロイド反応性の脳症で、αエノラーゼのN端に対する自己抗体が認められることが多い。
治療
- 粘液水腫性昏睡を疑ったら甲状腺ホルモンとICUでの全身管理を速やかに勧める。
- T3製剤かT4製剤のいずれかを使用するかについては議論が多く、定まった結論は出ていない。レボチロキシン(L-T4製剤)は効果発現までに時間がかかる(約14時間)が、リオチロニン(L-T3製剤)は即効性がある(約2,3時間)。重症の病態ではFT4からFT3への変換が抑制されていることが多く、T3製剤の方が好ましい。一方でT3製剤では血中の甲状腺ホルモンの変動が激しく、血中T3濃度が高い群で有意に死亡率が上昇していたという報告がある。従って、最近ではT4製剤に少量T3製剤を併用する方法が推奨されている。
- 甲状腺ホルモンは副腎皮質ステロイドの異化を亢進させるため、相対的副腎不全になる可能性が高く、また原発性・下垂体性副腎不全が併存していればなおのこと副腎不全のリスクが高まる。よってヒドロコルチゾンの補充が必要となる。1回50-100mgを1日3回投与で、副腎不全が無いことが確認されるまで継続する。
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出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2015/06/02 07:52:23」(JST)
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粘液水腫性昏睡(myxedema coma)とは甲状腺機能低下症(原発性または中枢性)が基礎にあり、重度で長期にわたる甲状腺ホルモンの欠乏に由来するあるいはさらに何かの誘因(薬剤や感染症など)により惹起された低体温・呼吸不全・循環不全などが中枢神経系の機能障害を来す病態である。正しい治療が行われないと生命にかかわると定義されている[1]。頻度は極めて稀であるが死亡率は25~65%であり早期のICU管理が望まれる緊急疾患である。
目次
- 1 病態
- 2 誘因、増悪因子
- 3 臨床症候
- 4 診断
- 5 治療
- 6 関連項目
- 7 参考文献
病態
粘液水腫性昏睡の基盤となるなる甲状腺機能低下症としては、原発性甲状腺機能低下症(特に橋本病)が最も多い。他には下垂体前葉機能低下症に伴う中枢性甲状腺機能低下症、甲状腺全摘術後や放射性ヨード内服療法後、頸部放射線照射後、炭酸リチウムやアミオダロン等での薬物誘発性甲状腺低下症による例も報告されている。本症は中~高年齢に多く、若年者で稀で性差は少ない。 甲状腺機能低下症による代謝低下、低換気、心肺機能低下などが単独であるいはそこに誘因(呼吸器疾患、心疾患、寒冷曝露、薬剤、感染症、脳神経疾患等)が重なることで、低体温症、高CO2血症、低O2血症、アシドーシス、循環不全、低Na血症が惹起され、それが単独~複合的に中枢神経機能不全を惹起する。 主病態は重度の甲状腺機能低下症で甲状腺ホルモン投与が治療の要となる病態を指すべきで誘因(寒冷、麻酔薬、向精神薬、脳血管障害)自体が意識障害の主因である場合には本症とは扱わないのが適切である。
誘因、増悪因子
粘液水腫性昏睡の誘因と増悪因子には以下のようなものが知られている。感染症・敗血症、寒冷曝露、脳血管障害、心筋梗塞・心不全、消化管出血、外傷、代謝異常、薬物などが知られている。昏睡を増悪させる代謝異常は低血糖、低Na血症、低O2血症、高CO2血症、アシドーシスなどが知られている。増悪させる薬物は呼吸抑制や中枢神経抑制の作用をもつ薬物であり、麻酔薬、抗不安薬、向精神薬、睡眠薬、アミオダロンなどがあげられる。
臨床症候
甲状腺機能低下症の徴候では、甲状腺腫大(触れないことも多い)、乾燥した皮膚、顔面は無気力で浮腫状、眼瞼浮腫、眉毛の外側が薄い、厚い口唇、舌腫大、粗雑な毛髪、アキレス腱反射回復相の遅延、四肢の非陥凹性浮腫(nonpitting edema)などを認める。また、低体温、低血圧、徐脈、呼吸不全、心不全などを伴う。中枢神経症状としては昏迷状態から昏睡まで様々である。重要な鑑別疾患のひとつに橋本脳症があげられる。橋本脳症では甲状腺機能は正常から軽度低下にとどまり、ホルモンの不足は病態形成にも治療にもほとんど関与しないため本症とは異なる。
診断
日本甲状腺学会による粘液水腫性昏睡の診断基準(3次案)で診断基準を示されている。必須項目として甲状腺機能低下症と中枢神経症状(JCSで10以上、GCSで12以下)が上げられている。症候・検査項目には低体温、低換気、循環不全、代謝異常(低Na血症)があげられる。粘液水腫性昏睡の確実例では必須項目2項目を満たしかつ症候・検査項目を2点以上みたす必要がある。意識障害がJCS1~3、あるいはGCS13~14であっても症候・検査項目によっては疑い例に該当することがある。
治療
治療は甲状腺ホルモンの投与、副腎不全の予防、全身管理、誘因への対策(誘因薬剤の中止と誤嚥性肺炎対策の抗菌薬投与)があげられる。
- 甲状腺ホルモンの投与
欧米ではレボチロキシン(L-T4)の注射薬が標準的な治療法であるが日本では販売されていない。そのため経鼻胃管からの投与となる。経鼻胃管からレボチロキシンを50~200μg/dayで投与し、意識障害が改善するまで継続あるいは翌日から50~100μg/dayを投与し、場合によってL-T3の併用を検討する。
- 副腎皮質ステロイドの投与
副腎不全を合併することがあり、なくても相対的副腎不全併存の可能性があるのでハイドロコーチゾン100~300mgを静注し、以後8時間毎に100mgを追加投与する。副腎不全が否定されるまで投与あるいは漸減継続する。
- 全身管理
呼吸、循環管理のほか、復温、電解質管理を行う
- 抗菌薬の投与
誤嚥性肺炎を合併しやすい。低体温のため発熱などの感染症状がマスクされやすいため感染症が否定されるまで躊躇なく広域の抗生物質をもちいる。
- 誘因の除去
誘因と考えられる麻酔薬、向精神薬、その他の薬剤の投与を中止する。
関連項目
参考文献
- 内分泌・糖尿病。代謝内科 Vol.38 No.2 科学評論社
- ホルモンと臨床 Vol.61 No.1 医学の世界社
- Endocrinology Adult and Pediatric, 2-Volume Set, 7e ISBN 9780323189071
- Williams Textbook of Endocrinology ISBN 9781437703245
UpToDate Contents
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Japanese Journal
- 内分泌関連ショックの病態と治療 (特集 ショックの病態と治療) -- (各種ショックの病態と治療)
- 甲状腺診療のガイドライン (日本内科学会生涯教育講演会 平成22年度 Aセッション)
Related Links
- 粘液水腫性昏睡は生命を脅かす甲状腺機能低下症の合併症であり,通常は甲状腺 機能低下症の経過が長い患者で生じる。その特徴には,極度の低体温を伴う昏睡(24 〜32.2°C),反射消失,痙攣発作,CO2貯留を伴う呼吸抑制などが挙げられる。重度の 低 ...
- 粘液水腫性昏睡の診断基準(3 次案). 粘液水腫性昏睡の診断基準と治療指針の作成 委員会. 定義:粘液水腫性昏睡とは、甲状腺機能低下症(原発性または中枢性)が基礎 にあり、重度. で長期に亘る甲状腺ホルモンの欠乏に由来する、或いはさらに何らかの ...
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- 次の文を読み、75~77の問いに答えよ。
- 49歳の女性。意識障害のため救急車で搬入された。
- 現病歴:2か月前から夕方の買い物中にボーッとなって近くの医療機関を受診し点滴を受けて帰宅することが3回あった。Holter心電図で異常はなく、脳波検査と頭部CTとを受けたが結果はまだ聞いていないという。本日夜、自宅で倒れているのを見つけた夫が救急要請し、総合病院の救急外来に搬入された。
- 既往歴(夫からの情報):特記すべきことはない。月経はよく分からない。持参していた特定健診(3週間前受診)のデータ:Hb 11.4g/dL、白血球 3,100、血糖 68mg/dL、Na 132mEq/L。
- 生活歴:専業主婦。夫と2人暮らし。大学生の子ども2人とは別居。
- 家族歴:特記すべきことはない。
- 現症:閉眼したままで呼びかけには反応しないが、痛み刺激には反応がある。身長 156cm。体重は測定不能だが、夫によると「少し痩せてきたかなぁ」という。脈拍 76/分、整。血圧 102/56mmHg。胸部や腹部に異常を認めない。手足は時折動かし、麻痺や弛緩は認めない。簡易測定した血糖値が35 mg/dLであったので、20%ブドウ糖液20mLを静注したところ、3分後には呼びかけに応じ座位が取れるようになった。経過観察と精査を目的に入院になった。
- 追加情報(本人の意識回復後に聴取した内容):2回の出産後、月経は正常に戻ったが最近は少し不順気味である。魚油系のサプリメントを服用しているが常用薬はない。2年に1度、家族で海外旅行に行っており、直近は1年前にアメリカ西海岸を訪れた。犬を10年以上室内で飼っている。体重はこの1年で5kg減って48kgである。その後の経過:ブドウ糖液静注後、意識障害は改善し再度の悪化を認めなかったため、翌朝まで維持液1,000mLを輸液しながら経過観察することにした。翌朝の診察時、意識状態は再度悪化し意思疎通が取れなくなっていた。バイタルサインは正常である。血液生化学 所見:血糖82 mg/dL、Na 112mEq/L、K 3.9mEq/L、Cl 78mEq/L。CRP 0.3mg/dL。動脈血ガス分析の結果は正常。緊急で行った頭部CTで異常を認めない。
- この患者の意識障害の原因として疑わしいのはどれか。
[正答]
※国試ナビ4※ [112F075]←[国試_112]→[112F077]
[★]
- a 男性に多い。
- b 夏季に多い。
- c 橋本脳症とも呼ばれる。
- d 治療において甲状腺ホルモンの投与は必須ではない。
- e 基礎にある甲状腺疾患に他の要因が重層して起こる。
[正答]
※国試ナビ4※ [112A008]←[国試_112]→[112A010]
[★]
- 英
- hypothyroidism
- 同
- 甲状腺機能不全症
- 関
- 粘液水腫、甲状腺ホルモン、甲状腺
- 甲状腺機能亢進症
概念
- 甲状腺ホルモンの合成、分泌が低下し、血液中の甲状腺ホルモンが不足している状態である。
病因
病態
- 参考1
- → 代謝の低下
- → 多くの組織の組織間隙にグリコサミノグリカンが蓄積
症候
- 全身:全身倦怠感、易疲労感、体重増加、低体温、嗄声、
貧血(EPO↓)、滲出液貯留(心膜液貯留(約30%の症例で見られる)、胸水貯留 ←血管透過性の亢進による)
- 消化器:絶肥大、便秘、食欲低下
- 循環器:粘液水腫心、心拍出量の低下?
- 骨格筋:こむらがえり、アキレス腱反射の子癇層の遅延(Lamberts徴候)、筋力低下(骨格筋ミオパチー)、筋肥大(Hoffmann症候群)、筋痛
- 皮膚 :四肢・顔面の粘液水腫、発汗減少、皮膚乾燥、頭皮脱毛、眉毛外1/3の脱毛、皮膚の黄染
- 神経 :末梢神経と中枢神経のいずれも影響が生じる。 (参考1)
- 橋本脳症:疾患概念についてはcontroversial
- 粘液水腫性昏睡(ICU.762)(低体温、浮腫性皮膚、意識レベル低下)
- 手根管症候群:よく見られる合併症。ホルモン療法により軽快。 ← 組織間質にグリコサミノグリカンが蓄積して手根管を狭窄せしめるのか
- 精神 :記銘力低下、計算力低下、言語緩慢、活動性低下
- 生殖系:月経不順(月経過多、無月経)。不妊、流産。 ← 初期に月経過多、後期に無月経を起こす(出典不明)。
- その他:乳汁分泌(三次性以外。TRH↑)、難聴、貧血。 ← 甲状腺ホルモンがエリスロポエチンの分泌を亢進させるので
生殖系の異常
月経前の婦人集団
|
集団サイズ(人)
|
患者全体に占める割合(%)
|
月経周期正常
|
無月経・希発月経
|
過多月経
|
甲状腺機能低下症
|
171
|
77
|
16
|
7
|
健常者
|
214
|
92
|
7
|
1
|
検査
胸部単純X線写真
心電図
血液検査
- AST,LDH,CKなど筋酵素が増加
- (1)心拍出量の低下 → 頚動脈圧受容器 → ADH分泌 (時に尿Na濃度が低下せず、SIADHの基準を満たす例がある)
- (2)GFR低下((1)の影響?) → ヘンレループの上行脚(diluting segment)に至る尿量減少 → 排泄できる自由水減少
診断基準
- a)かつb)を満たすもの
- 無気力、易疲労感、眼瞼浮腫、寒がり、体重増加、動作緩慢、嗜眠、記憶力低下、便秘、嗄声等いずれかの症状
治療
参考
- 1. [charged] 甲状腺機能低下症の臨床症状 - uptodate [1]
- 2. [charged] 甲状腺機能低下症における低ナトリウム血症 - uptodate [2]
- 3. [charged] 甲状腺機能低下症の治療 - uptodate [3]
- 4. [charged] 甲状腺機能低下性ミオパチー - uptodate [4]
- 5. 甲状腺機能低下症 - 甲状腺疾患診断ガイドライン
- http://www.japanthyroid.jp/doctor/guideline/japanese.html#teika
[★]
- 英
- myxedema
- 関
- 成人型甲状腺機能低下症
[★]
- 英
- edema, hygroma
- 同
- 浮腫
[★]
- 英
- coma
- 関
- 意識障害