出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2016/01/09 23:12:24」(JST)
この項目では、総称としてのテトラサイクリン系抗生物質について説明しています。同名の抗生物質については「テトラサイクリン」をご覧ください。 |
テトラサイクリン系抗生物質(以下テトラサイクリン)は一群の広域スペクトラム抗生物質の総称であるが、薬剤耐性の出現によってかなりその有用性が低下している。しかし、他の薬剤に無い優れた特性を持つため、現在でも一部の状況では処方として選択される。テトラサイクリンの抗菌スペクトラムは、全ての抗菌薬で最も広い部類に属し、抗菌薬で特に安価な一群でもある。
ちなみに、テトラサイクリンは安価かつスペクトラムが広いので感染症の予防のため、家畜の飼料にしばしば混入されており、この有用な抗生物質の耐性菌が蔓延する原因の一つになっている。日本でも、幾つかのテトラサイクリン系抗生物質がこの用途に対して認可されている。
テトラサイクリンという名称は、4つの(tetra-)炭化水素からなる有機環(cycl-)の誘導体(-ine)という意味である。
原型となったクロルテトラサイクリンはある種の放線菌から1948年に発見され、同名の抗生物質(テトラサイクリン)はファイザー社に在籍していたLloyd Conovarによって1955年(資料によっては1953年)に合成された。その後、さまざまな誘導体が合成されている。スペクトラムの若干の違いなどの影響もあって、日本で現在主に内服薬として用いられているのはドキシサイクリン(ビブラマイシン®)とミノサイクリン(ミノマイシン®)の2剤である。
テトラサイクリンはタンパク質合成を阻害する一群の抗生物質(マクロライド、クロラムフェニコール、アミノグリコシドなど)の一つである。テトラサイクリンは微生物のリボゾームの30Sサブユニットに結合し、リボゾームに対してアミノアシルtRNA(アミノ酸の結合したtRNAの総称)が結合するのを阻害し、蛋白合成初期複合体を形成できなくする。ある程度微生物への選択毒性があるが、マラリアへの抗菌力がある位であるので全く真核細胞リボソームに結合しない訳ではない。テトラサイクリンとリボゾームの結合は、原則として可逆的である。
テトラサイクリンは静菌的な薬剤で、微生物の増殖を阻止して殺菌は宿主の免疫系に任せる薬剤であるので、古典的には殺菌的な代替薬(例えばペニシリン)のある状況で、敗血症や重症感染症に用いるのは勧められていない。ただし、この区分は臨床的にそれほど重要で無い、と考える識者も存在する。テトラサイクリンの臨床的な「切れ味」は必ずしも悪くない(抗生物質、マクロライドの項も参照)。
ベータラクタム系とマクロライドにアレルギーのある患者で用いられることがある。ただし耐性の問題と、グラム陽性球菌に対する抗菌力ではもともとベータラクタム系などに見劣りすることによって、こうした状況でテトラサイクリンを用いる頻度は低下している。後に述べるようにテトラサイクリン系抗菌薬は妊婦、授乳している母親、8歳以下の小児には禁忌であるため注意が必要である。 テトラサイクリン系抗生物質にはテトラサイクリン(アクロマイシン®)、デメチルクロルテトラサイクリン(レダマイシン®)、ドキシサイクリン(ビブラマイシン®)、ミノサイクリン(ミノマイシン®)、チゲサイクリン(グリシルサイクリン系抗生物質)といったものが知られている。テトラサイクリン(アクロマイシン®)は副作用が多いことから通常は用いられていない。デメチルクロルテトラサイクリン(レダマイシン®)はADH不適合分泌症候群(SIADH)に処方されることがある。そのため、抗菌薬としてよく用いられるのはドキシサイクリン(ビブラマイシン®)、ミノサイクリン(ミノマイシン®)の2種類である。ミノサイクリンは点滴薬があるものの、半減期が短く1日1回投与が不可能である。またドキシサイクリンがカバーしない黄色ブドウ球菌をカバーするためCA-MRSA(市中獲得型MRSA)の皮膚軟部組織感染症治療で用いることができる。そのため使い分けとしてはCA-MRSAを疑う時や点滴が必要な場合はミノサイクリンを用いて、それ以外は経口薬であるドキシサイクリンを用いる。CA-MRSAによる皮膚軟部組織感染症の場合はミノサイクリン(ミノマイシン®)を100~200mg分2などで改善が認められるまで用いられる。その他の用途として、ミノサイクリンには免疫修飾作用があり、関節リウマチの治療にも用いられる(米国ガイドライン参照)。その他ドキシサイクリンの適応としては以下のようにまとめられる。ビブラマイシン®100mgを1日2回投与がされる場合が多いが投与期間が疾患によって異なる。
ドキシサイクリンがよく用いられる場合は以下の場合である。
市中肺炎の原因菌である肺炎球菌、インフルエンザ菌、モラキセラ・カタラーシス、マイコプラズマ、レジオネラ、クラミジア全てをカバーしているため単剤で治療可能である。ビブラマイシン®100mgを1日2回1~2週間などで治療可能であるあるいはメイアクト200mg®1日3回を併用療法として用いることもある。ペニシリン系とはアンタゴニズムが認められるため併用しない。
クラミジアなど、非淋菌性尿道炎、子宮頸炎、直腸炎に用いられる。ビブラマイシン®100mgを1日2回1週間ほど投与される。
病期によって投与期間が異なることに注意が必要である。
経口摂取する場合、空腹時にコップ1杯の水とともに飲むことが推奨される。この理由の一つは、テトラサイクリンがマグネシウム・アルミニウム・鉄・カルシウムなどと容易に結合して、吸収率が低下するためである(これらの物質は、市販の制酸薬などにも含まれる)。従って、鉄を含有する食物や製剤は、テトラサイクリンの摂取直後には摂取しないことが勧められる。
テトラサイクリンを使用する場合、肝障害と腎障害の悪化(ただし、ドキシサイクリンではあまり問題とならない)に注意するべきである。重症筋無力症の筋力低下を悪化させたり、全身性エリテマトーデス (SLE) を悪化させる可能性がある。先述のように、制酸薬(そして牛乳)はテトラサイクリンの吸収を悪化させる可能性がある。多くの抗生物質と同じように、経口避妊薬(ピル)の効果を減弱させる。テトラサイクリンの処方箋や製剤の管理には注意が必要である。
テトラサイクリンの副作用は必ずしも頻度の高いものではないが、特に注意すべきなのは光過敏性のアレルギー反応である。この場合、太陽やそれ以外の線源による紫外線 (UV) 照射によって、日光皮膚炎(日焼け)をするリスクが増大してしまう。この注意事項は、マラリアに対する予防投与で長期間のドキシサイクリンを服用する場合に、とくに重要である。そのほか、胃腸の不快感やアレルギー反応を呈することもある。重症の頭痛や視覚の障害は、重大な頭蓋内圧亢進の症状であることがあり注意が必要である。また、長期間の投与によりビタミンKやビタミンB群欠乏のおそれがある。
ミノサイクリンのみに、めまい(平衡感覚障害)がみられることがある(他のテトラサイクリン系の薬剤ではまれ)。
カルシウム、マグネシウム、アルミニウムなどとの相互作用があり薬効作用が低下する。ペニシリン系、セフェム系などの殺菌性抗菌薬との併用は避ける。
テトラサイクリンは骨や歯牙形成への有害作用(ことに色素沈着=歯牙黄染)があるので、妊婦・授乳中の母親、そして8歳以下の小児への投与は可能な限り避けられるべきである。ただし、重症感染症で、かつテトラサイクリンが選択される状況では、利益と有害作用の兼ね合いで、妊婦・小児などでも使用されることがありうる。この場合、ドキシサイクリンが比較的副作用が軽い、という理由で好まれる。
なお、組織学(顕微解剖学)、発生学など医学、生物学系のいくつかの研究分野では、この色素沈着作用をうまく使って、生きた研究対象動物の骨組織、歯牙組織などの硬組織を着色することがある。着色するに至らない微量の沈着でも、紫外線の照射によって蛍光を発するため、蛍光顕微鏡下で容易に沈着部位を検出することができる。これによって、骨新生や骨の発育やその変化などを実験的に研究することが可能である。水産学の分野では、魚などの耳石(平衡石)をこれで標識することにより成長輪の形成速度を検証し、野外で捕獲された個体の日齢、年齢などの査定を行う基礎データとすることがよく行われる。
関節リウマチでは、その骨代謝への影響からか、治療薬として用いられている(アメリカ合衆国ではガイドラインとして推奨)。カルシウム代謝の副作用のひとつとして、爪甲離床症がある。
だが、テトラサイクリンは比較的耐性を獲得されやすい抗生物質である。微生物がテトラサイクリン耐性を獲得するメカニズムには、少なくとも細胞内からの汲み出し (efflux) と、リボゾームの保護 (ribosomal protection) の2つが存在する。前者では耐性遺伝子が、細胞内からテトラサイクリンを能動輸送によって汲み出す膜タンパクをコードしていて、この遺伝子はプラスミド (pBR322) によってコードされている。一方リボゾームの保護では耐性遺伝子が、リボゾームに結合してテトラサイクリンのリボゾームへの結合を阻害するタンパクをコードしている。
以下、カッコ内は商品名である。
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