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主要組織適合遺伝子複合体(しゅようそしきてきごういでんしふくごうたい、major histocompatibility complex; MHC)は、免疫反応に必要な多くのタンパクの遺伝子情報を含む大きな遺伝子領域である[1][2]。
主要組織適合遺伝子複合体は、ほとんどの脊椎動物がもつ遺伝子領域であり、ヒトのMHCはヒト白血球型抗原 (HLA)、マウスのMHCはH-2 (histocompatibility-2) 、ニワトリではB遺伝子座 B locus と呼ばれる。
MHCには主要組織適合遺伝子複合体抗原(主要組織適合抗原、MHC抗原、MHC分子とも呼ばれる)と呼ばれる糖タンパクがコードされている。このMHC分子は抗原提示を行うことで細菌やウイルスなどの感染病原体の排除や、がん細胞の拒絶、臓器移植の際の拒絶反応などに関与し、免疫にとって非常に重要な働きをする。その他、ペプチドの輸送に関与するTAP (transporter associated with antigen processing) やプロテアソームに関与するLMP (low-molecular-weight protein) といった、免疫に関するさまざまなタンパク群もこのMHCにコードされている。
ここではMHCの主要な遺伝子産物であるタンパクとしてのMHC分子、および遺伝子領域の両者について記述する。
MHC分子は細胞表面に存在する細胞膜貫通型糖タンパク分子であり、細胞内のさまざまなタンパク質の断片(ペプチド)を細胞表面に提示する働きをもつ。細胞に感染したウイルスや癌抗原、あるいは抗原提示細胞に貪食処理されたペプチドなどがMHC分子に結合して細胞表面に提示され、それがリンパ球のうちT細胞に抗原として認識され、引き続き免疫反応が惹起されてウイルスや癌などを攻撃排除する方向に働く。
それぞれの個体は、似たような構造のMHC分子の遺伝子情報を何種類も持ち、こうして数種類のMHCを同時に発現させている。さらに数種類のMHC全てを、父親由来のMHC1組と母親由来MHC1組の計2組ずつもっている。またMHCは個体によって非常に多様性に富み(多型性 polymorphic )、このため2組のMHCはほとんどの場合異なった種類の組み合わせとなる(ヘテロ接合体)。このようにしてそれぞれの個体は、何種類ものMHC分子の遺伝子情報をもっており(多遺伝子性 polygenic )、このためMHCはさまざまな抗原に対応できる。また多型性のため、MHC分子はT細胞が自己と他者の区別をする目印にもなる。つまり、T細胞は自己のMHC分子を発現する細胞から抗原提示を受けるが、自己と異なるMHC分子を異物と見なし、攻撃排除しようとする。しかし、個体によって持つMHCが異なるということは、MHCによって結合できる抗原が異なるため、MHCの違いにより病気のなりやすさが異なることがある。例えばMHCの違いによってAIDSの進行が違ってくる[3]。逆にいうとこの多様性によって、病原体に対して種の絶滅を防ぐことができるようになっている。
MHC分子には大きく分けてクラスIとクラスIIの2つの種類がある。MHCクラスI分子は細胞内の内因性抗原を結合し、MHCクラスII分子はエンドサイトーシスで細胞内に取り込まれて処理された外来性抗原を結合して提示する。つまり、ウイルスのように感染した細胞内で増殖する病原体に対して、あるいはがん細胞内で産生されるがん抗原に対しては、MHCクラスIを介した抗原提示により免疫反応をおこし、細菌など細胞外で増殖する病原体や毒素に対して、あるいは結核菌のようにマクロファージ等の抗原提示細胞に感染する病原体に対しては、抗原提示細胞のMHCクラスIIを介した抗原提示により免疫反応をおこす。ただしこの2つ経路は絶対的なものではなく、外来抗原もMHCクラスIによる抗原提示経路にも入りうる(クロスプライミング cross-priming またはクロスプレゼンテーション cross-presentation )。
MHCクラスI分子はほとんどすべての有核細胞と血小板の細胞表面に存在する糖タンパクであり、内因性抗原を抗原提示する働きをもつ。MHCクラスI分子はさらに古典的クラスI分子(クラスIa)と非古典的クラスI分子(クラスIb)に分けられる。古典的クラスI分子には、ヒトではHLA-A、HLA-B、HLA-Cの3種類が、マウスではH-2K、H-2D、H-2Lの3種類がある。非古典的クラスI分子にはヒトではHLA-E、HLA-F、HLA-Gが、マウスではH-2Qa、H-2Tlaがある[4]。
MHCクラスI分子は、糖鎖が付加した分子量45 kDaの重鎖(α鎖)と、分子量12 kDaのβ2-ミクログロブリン軽鎖の2つが非共有結合した二量体であり、これにペプチド抗原が結合して三量体として細胞表面に発現する。非古典的クラスI分子の中には、発現にβ2-ミクログロブリンを必要としないものもある。クラスI重鎖はα1〜α3の3つの細胞外領域と、細胞膜貫通領域、細胞内領域からなる。α1領域とα2領域の間に大きな溝状の構造があり、ここに抗原を結合し提示する。
MHCクラスI分子はほとんど全ての有核細胞および血小板の細胞表面に発現するが、発現の程度には差異がある[5]。甲状腺、副甲状腺、下垂体の内分泌細胞や膵ランゲルハンス島、胃粘膜、心筋、骨格筋、肝細胞では発現が弱く、中枢神経,末梢神経には発現がない[5][6]。また、精子細胞は精巣にある間はMHCクラスI分子を発現しているが、精巣上体(副睾丸)に移動すると発現がなくなる[5]。
悪性腫瘍においても、さまざまな悪性腫瘍で16〜50%程度にMHCクラスI分子の発現の低下・欠失がみられる[7]。さらに、原発巣よりも転移巣において発現低下・欠失の頻度が高く、MHCクラスI発現は腫瘍の予後,免疫治療の効果[8]等と関連することから,MHCクラスI分子の発現低下・欠失により腫瘍細胞は免疫監視機構から逃避していると考えられている[9]。
ウイルスのように感染した細胞内で増殖する病原体や、あるいはがん細胞内で産生されるタンパクなど、細胞質内のタンパクはユビキチン化された後、プロテアソームによって5〜15アミノ酸程度のペプチドにまで分解される。分解されたペプチドはTAP (transporter associated with antigen processing) というABCトランスポーターにより小胞体 (ER) 内に輸送される。MHCクラスIα鎖とβ2ミクログロブリンはER内で合成され、ER内でMHCクラスIα鎖、β2ミクログロブリン、そしてペプチドの3つが結合して複合体を作る。その複合体はゴルジ体を通り、糖鎖修飾を受けた後、細胞膜上に発現する。
CD8陽性T細胞は、細胞膜上に発現したMHCクラスI分子と抗原を認識し、活性化する。そしてその抗原を発現している細胞、例えばウイルス感染細胞やがん細胞を傷害するようになる(細胞傷害性T細胞)。ただしCD8陽性T細胞は、自己と同じMHCクラスI分子に結合した抗原のみ認識し、自己と異なるMHC分子は異物と見なし攻撃する。
MHCクラスI分子は、NK細胞の細胞傷害活性を抑制する働きももつ。NK細胞は細胞表面にKIR(キラー細胞免疫グロブリン様受容体 killer cell immunoglobulin-like receptor )とよばれる受容体を持っており、このKIRが古典的MHCクラスI分子、あるいはヒト非古典的MHCクラスI分子のうちHLA-Gを認識すると、NK細胞はその細胞を傷害しなくなる。またヒト非古典的MHCクラスI分子であるHLA-Eは、NK細胞がもつ受容体のひとつであるNKG2A (natural killer group 2A) を介してNK細胞の傷害活性を抑制する。逆にNK細胞はMHCクラスI分子を持たない細胞を攻撃する(Missing Self説[10])。例えばヒトでは胎児由来の胎盤細胞はHLAクラスI分子の発現がないが、HLA-Gを発現して母親由来のNK細胞から胎児を守っている[11]。
つまり、MHCクラスI分子は自己と他者を区別する標識であり、自己のCD8陽性T細胞に抗原を提示して病原体や癌などを排除しつつ、NK細胞の攻撃から身を守る働きをしている。
MHCクラスII分子は、マクロファージや樹状細胞、活性化T細胞、B細胞などの抗原提示細胞を含め、限られた細胞にのみ発現している。クラスII分子はα鎖とβ鎖の2つの重合体であり、それぞれ2つの細胞外領域および膜貫通領域、細胞内領域からなる。MHCクラスII分子はヒトではHLA-DR、HLA-DQ、HLA-DPの3種類があるが、DRのβ鎖は2種類あることが多く、これがDRα鎖と結合するためDR分子は2種類あることになる。つまり、ヒトでは4種類のMHCクラスII分子をもつことが多い。マウスMHCクラスII分子にはH-2A、H-2Eの2種類がある。
エンドサイトーシスにより抗原提示細胞に取り込まれた外来抗原は、抗原提示細胞内のエンドソームでタンパク分解酵素により消化され、ペプチド断片に分解される。MHCクラスII分子に結合するペプチドはクラスI分子に結合するペプチドよりも長く、15〜24アミノ酸程度である。ペプチド断片はその後CPL (compartment for peptide loading) と呼ばれる小胞に移動する。小胞体 (ER) で合成されたMHCクラスIIα鎖とβ鎖はゴルジ体を通ってCPL内に移動し、このCPL内でペプチドとMHCクラスII複合体が生成される。そして細胞表面に発現し、CD4陽性T細胞に抗原を提示して活性化させる。活性化したCD4陽性細胞は細胞傷害性T細胞やB細胞、その他の免疫細胞を活性化して異物を攻撃する。
ヒトMHC (HLA) は6番染色体短腕上に、マウスMHC (H-2) は17番染色体上に存在し、ヒトでは224もの遺伝子(128の機能的遺伝子と96の偽遺伝子)を含む360万塩基対にも及ぶ巨大な複合的遺伝子領域である[12]。1999年ヒトMHCの全塩基配列と遺伝子地図が解読された[12]。
ヒトMHCはクラスI領域、クラスII領域、クラスIII領域の3つの領域に分けられる。染色体のテロメア側(末端側)からセントロメア側(中心側)に向かって、クラスI領域、クラスIII領域、クラスII領域が存在する。クラスIII領域のうち、腫瘍壊死因子 (TNF) スーパーファミリーなど炎症に関わる遺伝子群の領域はクラスIV領域と分類されることもある[13]。マウスMHCは転座がおこっているためクラスI領域が2つに分断されており、テロメア側からクラスI領域、クラスIII領域、クラスII領域、小さなクラスI領域となっている。
MHCクラスI領域には3種類のクラスI分子α鎖、つまりヒトではHLA-A、B、C、マウスではH-2K、D、Lの3種類のクラスI分子α鎖がコードされている。β2-ミクログロブリン遺伝子はMHCにはなく、ヒトでは15番染色体 (15q21-q22.2) に[14]、マウスでは2番染色体 (2 F1-F3; 2 69.0 cM) に[15]存在する。MHCクラスII領域にはクラスII分子α鎖とβ鎖、つまりヒトではHLA-DQ、DR、DPのα鎖とβ鎖が、マウスではH-2AとEのα鎖とβ鎖がコードされている。その他2つのTAP (TAP1、TAP2) 遺伝子、LMP (low-molecular-weight protein) 遺伝子、タパシン (tapasin) 遺伝子もクラスII領域にある[2]。ヒトMHCクラスIII領域にはC4、C2、B因子などの補体や、TNFなどのサイトカインの遺伝子が存在する。
MHCには、免疫と関係のない遺伝子も存在する。たとえば、クラスIB領域にあるHFe 遺伝子は腸管の細胞の鉄代謝に関与しており、クラスII領域の21-水酸化酵素はステロイド合成に関与している。
MHCはほとんどの脊椎動物にみられる遺伝子領域であるが、遺伝子の構成や配置は種によってさまざまである。例えばニワトリは最も小さいMHCをもつ種のひとつであり、ヒトMHCの約20分の1、全長92,000塩基で19の遺伝子しか持たない[16]が、一方ほとんどのほ乳類はヒトとよく似た構成のMHCをもつ。ニワトリMHCの19全ての遺伝子に相当する遺伝子がヒトにも存在し、これは必要最低限のMHCであるといえるかもしれない[16]。 MHCの多様性は遺伝子重複によるところが大きい。ヒトMHCには多くの偽遺伝子がちりばめられている。
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