出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2016/07/06 15:38:39」(JST)
マクロライド系抗生物質(マクロライドけいこうせいぶっしつ、以下マクロライド)は、主に抗生物質として用いられる一群の薬物の総称。
抗生物質としては比較的副作用が少なく、抗菌スペクトルも広い。ことにリケッチア、クラミジアなどの細胞内寄生菌や、マイコプラズマに対しては第一選択薬となる。小児から老人まで広く処方される頻用薬の一つであるが、一方ではその汎用性が一因となってマクロライド耐性を示す微生物が増加しており、医療上の問題になっている。 また、他の薬物との薬物相互作用が問題となる場合もある。
マクロライドの活性は化学構造上のマクロライド環に由来する。これは大分子量のラクトン環で、1つまたはそれ以上のデオキシ糖(通常はクラジノースかデソサミン)が結合されている。このラクトン環は、14員環、15員環、ないし16員環でありうる。
最初に実用化されたマクロライドはエリスロマイシンである。イーライリリー社のマクガイア(J. M. McGuire)らによって、フィリピンの土壌中から分離された放線菌の一種、Saccharopolyspora erythraea(旧名Streptomyces erythraeus)から分離された。1952年にはアメリカ合衆国で、Ilosoneという商品名で発売された。
マクロライドの作用機序は、真正細菌のリボゾームの50Sサブユニットという部分に結合することによって、細菌のタンパク合成を阻害することによる。この時、ペプチジルtRNA(アミノ酸のキャリアーになっている、アミノ酸の貼り付けられたtRNAのこと)の転位が阻害される。
人間が含まれる真核生物ドメインのリボゾームは、真正細菌ドメインのリボゾームとは構造が異なっているので、人間のタンパク合成は阻害されない(なお、古細菌ドメインのリボソームも阻害されない)。同様の、リボゾームの構造の違いを利用した選択毒性を用いている抗生物質にはクロラムフェニコール、テトラサイクリン系、アミノグリコシド系がある。ただし細かな結合部位と作用機序は異なる。微生物学的には、この作用機序は主に静菌的、つまり、あくまでも増殖の抑制作用であり、菌の殺滅は宿主の免疫に依存しているが、高濃度では殺菌的にも働きうる。
抗生物質を実際に感染症の治療に用いる場合には、その作用が「時間依存性か、濃度依存性か」が本質的に重要であるが、マクロライドは基本的には時間依存性の薬物と考えられている。つまり、最小発育阻止濃度(MIC:微生物の増殖を阻止するために必要な濃度)よりも高い濃度を長く保てば保つほど効果を発揮し、それ以上いくら濃度を上げても、基本的にはあまり意味が無い。一部のマクロライド系抗生物質、例えばクラリスロマイシンには徐放製剤(ゆっくり有効成分を溶け出させることで作用時間を延ばすようデザインされた製剤)も実用化されている。ただし、日本では認可されていない。この点では、アジスロマイシンやケトライドは少し普通のマクロライドとは異なるようである。
またマクロライドは、宿主の細胞内への浸透性が高く、特に白血球の中に蓄積しやすいという特長を持つ。このため、細胞内部に寄生する病原体に対しても有効である(適応を参照)ほか、白血球が感染の病巣に集積することによって薬剤が感染症へ運ばれやすいという、効果を発揮する上での利点がある。
マクロライドは、例えばペニシリン系に比べて幅広い抗菌スペクトラムを持ち、呼吸器や軟部組織などの多くの感染症に適応がある。例として、連鎖球菌、肺炎球菌、ブドウ球菌、そして腸球菌といったグラム陽性球菌による感染症が挙げられる。ただし、かなり耐性化が進んでいるものもあり、効果の面からも基本的にはペニシリン・セファロスポリン系の使用が優先され、ペニシリンアレルギーなどのある人に対する代替薬である。
特に、他の薬剤に比して特徴的であるのは、リケッチア、クラミジアといった細胞内寄生菌、マイコプラズマ、抗酸菌(ことに非定型抗酸菌)に対する抗菌力を有する点である。
ペニシリン系はペプチドグリカン細胞壁の合成阻害を作用機序とするため、細胞壁そのものを持たないマイコプラズマや、ペプチドグリカンへの依存が低い細胞壁を持つ抗酸菌などには無効であるが、マクロライドはこれらに対しても有効である。またマクロライドは、宿主細胞の内部への浸透性が高いという特長があるため、細胞浸透性が悪いペニシリン系やアミノグリコシド系の効果が低い、リケッチアやクラミジア、抗酸菌などの細胞内寄生体に対しても有効である。もう一つの、同様な利点を持つ抗生物質の代表であるテトラサイクリンは、骨や歯牙の形成に対する悪影響(歯牙黄染)などがあるため、ことに妊婦や乳幼児では処方しにくい。
従って、こうした微生物の引き起こす感染症であるマイコプラズマ肺炎、オウム病、そして性器クラミジア感染症、クラミジア肺炎、レジオネラ肺炎などではマクロライドが第一選択薬として用いられる。
ウイルス感染症には完全に無効であるので、原則として処方しない。ただし、例外的に、その病原体がマイコプラズマやクラミジアによるのか、ウイルスによるのか判断に迷うケース(例えば、軽い肺炎・気管支炎で、検査所見などから一般的な細菌が病原体として考えにくい症例)では、臨床的な重症度を考慮して、エンピリックな(起因菌同定前の)治療にマクロライドを用いることが実際にはある。一方で、急性上気道炎(いわゆるかぜ症候群)に対しても無効であり、この場合、マクロライドに限らず抗生物質の投与は一般的には推奨されていない。
抗菌作用のほかに、14員環マクロライド(例:エリスロマイシン・クラリスロマイシン)はびまん性汎細気管支炎(DPB)に対して特効的な治療効果を有することが日本で明らかになった。それ以来、マクロライドの持つ抗微生物作用以外の働きは、興味深い研究対象となっている。
マクロライドの副作用は頻度、種類ともに多くはなく、比較的安全な薬物である。まず、ペニシリン系でまれに問題になるような、重篤なアレルギー反応は少ない。主な副作用は、下痢、悪心(吐き気)、嘔吐などの消化器症状である。最初に実用化されたマクロライドであるエリスロマイシンではこうした副作用の頻度が高い。クラリスロマイシンなどの新しい薬剤ではかなり改善されている。またモチリン様作用を軽減するにはセレキノン錠の併用が効果を示すこともある。
ほか、まれではあるが代表的な副作用に、心電図における異常(QT時間の延長)がある。
多くのマクロライドは肝臓のチトクロームP450(CYP3A4)という特定の酵素で代謝されるうえに、代謝物のニトロソアルカン化合物がCYP3A4の活性中心であるヘム鉄に共有結合するとされる。そのため、マクロライド自体の副作用よりも、この同じ代謝酵素を利用している、複数の薬物との薬物相互作用(つまり、代謝の拮抗)が問題となることが多い。この問題を起こす薬物に気管支喘息の治療薬であるテオフィリン(商品名テオドール、テオロングなど)があり、テオフィリンと併用することでテオフィリンの代謝が阻害され血中濃度上昇し、副作用の痙攣などが起こりやすくなる。また、カルシウム拮抗薬に於いても血中濃度が上昇し危険なレベルの低血圧性ショックを引き起こす可能性があるとの報告がある[1] [2]。
もう一つ、上記のようにマクロライドには心電図異常を引き起こす副作用がある。従って、同様のQT延長作用のある薬物を併用すると、副作用が増悪し、場合によっては致死的な不整脈を引き起こすことになる。この種の薬物の代表は第二世代抗ヒスタミン薬のテルフェナジン(商品名トリルダン)であり、この薬物は代謝拮抗作用も併せ持つため、併用は禁忌となっている(日本では2001年に販売中止)。他にも、バルプロ酸(商品名デパケン)、カルバマゼピン(商品名テグレトール)など、マクロライドと相互作用する薬物は複数存在する。
マクロライドに対する耐性は比較的起こりやすく、現在、臨床上の重大な問題になっている。この変異は染色体上で(つまり変異によって)発生することもあれば、プラスミド介在性で、細菌から細菌へ伝達され得ることもある。 1種類のマクロライドに耐性を持つとほかのマクロライドにも耐性を持つことが多い(交差耐性)。 耐性化に以下のような機序が考えられている。
かつてはマクロライドは市中肺炎に対して有効であったものの、2007年現在市中肺炎の殆どが(80%)がマクロライドの耐性を持つに至っている。そのため、非定型肺炎、クラミジア、非定型抗酸菌、ピロリ菌、カンピロバクターと適応が狭くなった。
マクロライドの、実地臨床上の重要な弱点は、耐性の問題のほかに、抗生物質の中では比較的高価であることと、苦味が強いことである。
後者の問題はしばしば軽視されがちであるが、乳幼児や若年者に用いる薬剤としては深刻な問題である。マクロライドに限らず抗生物質は基本的に、不規則な服薬をすることで耐性菌の発生を助長してしまうので、味が良くないことで患者が薬を飲まなくなることは避けなければならない。このため、医師や薬剤師は服薬コンプライアンスの維持に注意を払っている。フィルムコートされた錠剤の場合、苦味はほとんど問題とならないが、粉薬ではどうしても苦味が発生しやすい。しかし近年では甘味のコーティングを工夫したり、苦味を抑える添加物を加えたりして、各薬剤とも改良が行われてきており、以前よりも苦味に対する問題は少なくなりつつある。 また14員環マクロライドに比べて16員環マクロライドは苦みが少ないためこの点では有効になり得る。 どうしても飲めない場合、注射薬やテトラサイクリン系への変更を考慮することもある。
代表的なマクロライド系抗生物質を以下に示す。薬剤の名称は一般名で表記し、括弧内太字に商品名を表した。商品名が併記されていないものについては、一般名と同じ名で販売されていることを意味する。
WHOの「エッセンシャルドラッグ」リストには、エリスロマイシンの各種製剤が収載されている。ただし、「エッセンシャルドラッグ」リストは「途上国でも買える薬」を対象にしているため、エッセンシャルドラッグ即ち「日本で重要な薬」とは限らず、日本で重要な薬が必ずエッセンシャルドラッグに入っている、という訳でもない。
よく用いられる薬物としてはエリスロマイシン(EM、商品名エリスロシン®)、クラリスロマイシン(CAM、商品名クラリス®、クラリシッド®)、アジスロマイシン(AZM、商品名ジスロマック®)があげられる。アジスロマイシンは消化器症状も少なく、薬物相互作用も少なく、さらに一日一回投与で良いので大変扱いやすい薬である。しかし保険適応では3日間しかない。細胞内寄生菌がターゲットの場合は3日間の投与で1週間の抗菌効果が期待できるもののそれでも治らないことはよくある。エリスロマイシンは少量投与が一部の慢性呼吸器疾患に有効であることが知られているが、抗菌薬として用いることは2007年現在非常にまれである。クラリスロマイシンはピロリ菌の除去や非定型抗酸菌の治療にエタンブトールと併用することがある。エリスロマイシン、クラリスロマイシンは共に副作用としての消化器症状が強く、シクロスポリンやワーファリンとの相互作用があり、更にエリスロマイシンは一日四回投与でクラリスロマイシンは一日二回投与なのでアジスロマイシンと比べると使いにくい。マクロライド系の親戚としてはケトライド系のテリスロマイシン(TEL、商品名ケテック®)とリンコマイシン系のクリンダマイシン(CLDM、商品名ダラシン®)があげられる。テリスロマイシンはマクロライド耐性の肺炎球菌にも効果があるが意識障害の副作用があり、普及していない。クリンダマイシンは非定型肺炎には効果がないがグラム陽性球菌(肺炎球菌、レンサ球菌、黄色ブドウ球菌など)や口腔内の嫌気性菌に効果があり誤嚥性肺炎によく使われる。
近年では、起炎菌である肺炎球菌がペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)であることも多く、第三世代セフェムを単独で用いる他にも、マクロライド系薬剤+βラクタム薬を用いることもある。
マイコプラズマ肺炎やクラミドフィラ・ニューモニエ肺炎などでは、マクロライド系・テトラサイクリン系・ニューキノロン系抗菌薬が用いられることが多い。
急性の百日咳ではマクロライドがよく用いられる。
クラミジア感染、淋菌感染やPIDでのクラミジア重感染を疑いアジスロマイシン(ジスロマック®)1000mg1日1回投与などが行われる場合がある。
マクロライドが第一選択である。
PPI、クラリスロマイシン、アモキシシリンの合剤であるランサップ800®やラベキュア® という商品がよくつかわれる。
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