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この項目では、筋肉増強剤としてのステロイドについて説明しています。
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アナボリックステロイド(anabolic steroid)は、生体の化学反応によって外界より摂取した物質から蛋白質を作り出す作用、すなわち蛋白同化作用を有するステロイドホルモンの総称。多くは男性ホルモン作用も持っている。
『アナボリック』の語源は『構築する』を意味するギリシャ語の『anabolein』で、一般的には単に『ステロイド』と呼ばれるが[1]、糖質コルチコイド成分の『ステロイド』(副腎皮質ホルモンなど)とは異なる。
アナボリックステロイドは筋肉増強剤として使用されることが主で、ドーピング薬物として知られる[2]。短期間での劇的な筋肉増強を実現するとともに、常態で得ることのできる水準を遥かに超えた筋肉成長を促す作用[3]から、運動選手らの間で長年にわたり使用されてきた[4]。
1935年に発見された物質テストステロンは、経口摂取されず、注射により体内に投与しても速やかに肝臓で代謝によって活性を失ってしまう―すなわち作用時間が短いという性質を有していた。そこで、この物質の代替物としての、多種の調整を加えたテストステロンアナログの開発が望まれた。[4]
やがて東西冷戦の激化に伴いオリンピックがイデオロギーの戦場と化してゆくという流れのなかで、数多の東欧の東側諸国が、自国の運動選手らに対するドーピングを組織的に行い始める。するとそれに対抗する形で、多くの国々がテストステロンの代替物としての合成薬の研究に着手。そして1955年―米国の重量挙げ選手団の専属医によって、ついに望まれていた形の『筋肉増強剤』が開発されるに至った。[5] それはテストステロンの類似物質、あるいは体内に取り込まれたのちにテストステロンに変換されるという物質であり、これがすなわちアナボリックステロイドであった。[4]
かくして誕生するに至ったアナボリックステロイドは、耐久性の運動競技や有酸素運動における能力の向上をもたらすものとして、1960年代の初め頃から重量挙げの選手やボディビルダーらの間で注目を集め始めた。[4]
1975年になると、国際オリンピック委員会によって、オリンピックにおける使用禁止物質の一覧に新たにアナボリックステロイドが加えられた。[4] そしてその翌1976年に開催されたモントリオールオリンピックにおいて、ようやく確立されるに至った検出技術を用いたうえで、オリンピック史上初となるアナボリックステロイドの使用検査が行われることとなった。[6]
やがて1980年代も後半に差し掛かると、1988年に開催されたソウルオリンピックにおいて、100メートル競走優勝者のベン・ジョンソンによるスタノゾロール[7]の使用が発覚したことで、アナボリックステロイドはスポーツ界を超えた一般社会からのドーピング一般に対する関心を惹起することとなった。[6]
そもそも生体から分泌される男性ホルモンの代表であるテストステロンの効力を改善するために合成されたことから[8]、そのテストステロンに類似した物質であり[3]、『蛋白同化ステロイド』[3]や『蛋白質同化性ステロイド』[4]あるいは『蛋白同化剤』[9]や『タンパク質同化ホルモン』[10]との訳語に明らかであるように、蛋白同化作用を強める働きを持つ。蛋白同化とはすなわち、摂取したタンパクを細胞内組織に変える働き(主に筋肉において)のことである。
アナボリックステロイドには『アナボリック・アンドロジェニックステロイド』(anabolic-androgenic steroid - AAS)―『男性ホルモン作用蛋白同化ステロイド』という異称がある。[11] 。
米国スポーツ医学会は、数名の個体において、アナボリックステロイドが適切な食事摂取の下で脂肪を付けること無く体重を増加させることに寄与し、また、強度の運動と適切な食事の下で達せられる筋力増加がその使用によってより促進されることを認めている。[12]
アナボリックステロイドは医療用に処方されることがある。その蛋白同化作用を用いて、骨粗鬆症や慢性の腎疾患の治療、あるいは怪我や火傷による体力の消耗状態の改善などを目的に用いられている。[文献1 1] こうして医療用に処方されるアナボリックステロイドには、メスタノロン製剤とメテノロン製剤という2種類のそれがある。[文献1 2] 前者は骨粗鬆症、下垂体性小人症、慢性腎疾患、悪性腫瘍、外傷/熱傷による著しい消耗状態などの治療に用いられ[文献1 3]、ヘモグロビン量や赤血球数の増加などの造血作用をも示す後者は、これらに加えて再生不良性貧血による骨髄の消耗状態の治療に用いられている。[文献1 4] 再生不良性貧血は骨髄中の造血幹細胞が何らかの原因で傷害されて生じる貧血である。一般に再生不良性貧血の治療は免疫抑制療法・骨髄移植・蛋白同化ステロイド療法などがある。そのうち蛋白同化ステロイドは軽傷例に使用する。蛋白同化ステロイドの疾患への効果のメカニズムとして、腎臓に作用してエリスロポエチン(赤血球産生を刺激するホルモン)を出させる働きと、造血幹細胞に直接作用して増殖を促す働きが考えられている。
HIVによる消耗状態に対する投与の治験も行われている。[1]
アナボリックステロイドには多くの副作用がある。その副作用は用量依存性で、最も一般的な副作用は血圧上昇とコレステロール値上昇である。空腹時血糖値や耐糖能検査の変化も見られている。テストステロンなどのアナボリックステロイドは、循環器疾患や冠動脈疾患のリスクを増加させる。にきびはアナボリックステロイド使用者によく見られ、多くの場合はテストステロン濃度増加に伴い皮脂腺が刺激されて起きる。
高用量のアナボリックステロイドを経口使用すると、アナボリックステロイドが消化管で代謝(C-17α位のアルキル化)され、その生物学的利用率および安定性が増すため、肝障害を起こすことがある。
高血圧、血中LDLコレステロールの増加、血中HDLコレステロールの低下により、心血管系の病気を誘発する原因ともなる。特に「心臓の負担」となる過度な有酸素運動と組み合わせると、顕著な心肥大を起こさせるので絶対に組み合わせてはいけない。有名ランナーや自転車競技の選手が数多く心疾患で死亡している。
国際がん研究機関の査定に基づけば、アナボリックステロイドは、ヒトに対する発癌性(Group2A)をおそらく有している。[13]
起こり得るその副作用群をまとめれば次のようになる。[9][3]
スポーツ選手が自分達の競技パフォーマンス向上のため、特に筋力を向上させることを目的にステロイドを使用する事は古くから行われていた。競技の公平性や選手の健康のために、様々な検査方法でドーピングの蔓延を防ごうと努力され、オリンピックをはじめとする大会では各種の厳重な検査を実施している。しかし、規制対象外の薬品を新たな増強剤として採用したり、増強剤の使用痕跡が出ないような薬品が開発されたりと、あの手この手で検査をすり抜ける試みが後を絶たない。中には国家が中心になってドーピングを行っている場合もあり、近年では検査をごまかす能力に長けた大国のドーピング違反者が減り、逆にドーピング歴の浅い小国が検査に引っかかる機会が多いという現象も起きている。法で規制されている国々には、しばしば使用者への販売を目的とする密輸品や偽造品の闇市場がある。[要出典]
アメリカ合衆国においては、著名なメジャーリーガーらにステロイド使用の疑惑が持たれたり、「見栄えを良くしたい」といった理由でステロイドを使う青少年が出現して社会問題となった。一般層における使用の理由は、運動能力の向上ではなく、『肉体的魅力』の向上であることが主であるという[11]。自身が常用者であることを明かしたアメリカ人はおおよそ110万人に上っているとの2004年度の研究がある[14]。
カリフォルニア州などの一部の州は未成年による購買を法で規制しているが、インターネットを介して簡単に購入することが可能という状況にある。セントラル・ミシガン大学のトレイシー・オルリッチ博士の調査によると、米国における10代のステロイド使用者の数は2003年に30万人に達したという。[15] 米国国立薬物乱用研究所の2004年度の研究は、正確な統計の作成は困難であるものの、中学2年生と高校2年生だけで50万人が使用しているとの見積もりを示している。[14]
町山智浩によれば、『ステロイドが生まれてからというもの、(米国の)スポーツ選手の身体は急激に変化していった』という。いわゆるアメコミのヒーローらは全てが『筋骨隆々』であり、星条旗の前で逞しい胸を張るスーパーマンが『アメリカ人男性』の理想として子供らに刷り込まれた。そしてそのような男性はフィクションの世界にしか存在し得ないものであったが、『ステロイドがそのありえない身体を現実にしてしまった』のだという。[要出典]
近年、ステロイド使用が明らかになったスポーツ選手には陸上のティム・モンゴメリ、ラショーン・メリット、マリオン・ジョーンズらがいる。
エンターテインメントの世界にも深く浸透している。1980年代より米国の『筋肉スター』の象徴としてその座を二分してきた映画俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーとシルベスター・スタローンは両者ともステロイド使用者であり、同時期の米国のプロレスにおける『筋肉スター』の象徴であった『ミスター・アメリカ』ことハルク・ホーガンもステロイドの常用者であった。[16]
街の犯罪者らの間でも身体強化のために日常的に使用されており、更にはそれらと仕事で対することになる警察官らの間でも多く使用されているという。専門家の報告によれば、犯罪多発都市の警察官のうちの実に4人に1人がステロイドの使用者であり、その使用率の増加を示す事例も数多に上っている。[17] 闘犬用の犬に摂取させるブリーダーがいるという話もある。[18]
少女らによる使用の増加が社会問題になってもいる。その用途はすなわちモデルのような細い身体を手に入れるためのダイエットを目的としたものであり、ある2005年の報告によると、女子高校生のおおよそ5%、女子中学生のおおよそ7%が、少なくとも一度はステロイドを使用した経験を持っている。[19]
バリー・ボンズやホセ・カンセコ、マーク・マグワイアなどといった記録的な野球選手らのステロイド常用の発覚、そしてステロイドが原因と見られる著名なプロレスラーらの夭折が相次いで発生した2000年代にあっては、社会―特にスポーツ界におけるステロイドの蔓延という問題を議会が大きく取り上げるに至り、時のブッシュ政権は、ステロイドの危険性を啓発するための学校教育プログラムに巨費を投じた。[16]
CNNは、ステロイドを常習したプロレスラーのダイナマイト・キッドに対する独占取材を行い、身体がボロボロになり困窮と車椅子生活を送るその姿を紹介した。[20]
日本においては個人での所有・使用に関しては合法とされているが、オリンピック種目を中心としたほとんどのスポーツではルールで使用を禁じている。オリンピックで日本人選手の禁止薬物使用が発覚した例は存在せず、このことからも、日本におけるステロイド使用者の率は国外に比して低いものと考えられる[21]。
1970年代から1980年代に掛けてのオリンピックを席巻したドイツ民主共和国(東ドイツ)では、その選手団へのステロイドの投与を国家が主体となって組織的に行っていた。[22] 東ドイツの男子代表選手による使用の記録としては、初期のもので1963年のそれが残されている。女子選手らによるステロイドの使用は、1968年のメキシコオリンピックを控えた時期から本格的に始まった。更に男性ホルモンなどの使用が加わった1970年代にあっては、オリンピックのほぼあらゆる競技でこうしたドーピングが行われた結果、東ドイツの選手らによる金メダルの獲得数が突出するようになり、やがて東ドイツは米国やソビエト連邦に並ぶ『スポーツ大国』と呼ばれるようになるに至った。[23]
イギリスにあっては、異性の気を惹きたいという理由で10代前半の少年らまでもがステロイドを乱用している―2000年代の後半におけるそのような話題がきっかけとなり、政府機関の専門家らが、ボディビルダーや特に10代の少年らの間でのステロイドの急激な蔓延現象についての警告を発するに至っている。2007年度に明かされた統計によれば、ステロイドを使用した経験を持つ英国民は20万人に達しており、そのおおよそ5分の1にあたる4万人ほどはその前年にも使用、更にはそのうちの2万人ほどは、その統計が取られた月の直前月にも使用していたという。[24]
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