出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2015/07/12 23:39:00」(JST)
旋光(せんこう、英: optical rotation)とは、直線偏光がある物質中を通過した際に回転する現象である。この性質を示す物質や化合物は旋光性あるいは光学活性を持つ、と言われる。不斉な分子(糖など)の溶液や、偏極面を持つ結晶(水晶)などの固体、偏極したスピンをもつ気体原子・分子で起こる。糖化学ではシロップの濃度を求めるのに、光学では偏光[1]の操作に、化学では溶液中の基質の性質を検討するのに、医学においては糖尿病患者の血中糖濃度を測定するのに用いられる。
光学活性は複屈折の一種である。直線偏光[2]は右円偏光(right-hand circularly、RHC、このページでは右円偏光に属する物理量に、下付文字あるいは上付文字として__をおく)と左円偏光(left-hand circularly、LHC、このページでは左円偏光に属する物理量に下付文字あるいは上付文字として__をおく)の和[3]によって表される。
ここで は光の電場ベクトル[4]、は、xy平面内に電場ベクトルが存在するように互いに直交するx軸、y軸、z軸をおいたとき、x軸を始線としての電場ベクトルのなす角である。このとき、左右の円偏光の左右の屈折率をとして、左右の光の電場のx成分、y成分は
と表せるから、合成電場のx成分、y成分は
となる。2つの円偏光の位相差[5][6]から、直線偏光の向きはとなる。光学活性な物質中では2つの円偏光の屈折率が異なり、この差が光学活性の強さとなって現れる。
屈折率の差はその物質固有のものであり、溶液の場合は比旋光度(specific rotation)として定義される。距離 L の物質を通過したあと、2つの偏光の位相差は次のようになる。
ここで は真空中での光の波長である。結局、偏光は角度 だけ回転する。
一般的に、屈折率は波長に依存する(分散を参照)。光の波長変化に伴う偏光の回転量変化は旋光分散(optical rotatory dispersion、ORD)と呼ばれる。ORD スペクトルと円二色性(CD)スペクトルはクラマース・クローニッヒの関係式によって関連付けられる。片方のスペクトルについて完全な情報が得られれば、もう一方は計算によって求めることができる。
まとめると、旋光度は光の色(ナトリウム D 線の波長 589 nm 付近の黄色い光が一般的な測定に用いられる)、経路長 L、及び物質の性質(比旋光度 Δn 及び濃度)に依存する。
旋光度を測る際、光源と偏光子、計測対象である物質を容れる試料セルに検光子そして旋光計(polarimeter)が用いられる。波でもある光はあらゆる方向に振動しているのでそのまま旋光計に通してもどのくらい傾いたのか、そもそも旋光が起こったのかどうかもはっきりしない。光を偏光子(フィルター)に当てると特定の面内に振動している光のみが通り、他は遮断される。この光を平面偏光と呼ぶが、光学活性体の入った試料セルに辿り着くと平面偏光はまるで横から力を加えられたように回転する。まるで風に当てられてくるくる回る風車の刃のように回転する平面偏光は試料セルを通過したのち検光子にぶつかる。偏光子を通った後も光はあらゆる方向に分散してしまっているが、検光子を通過する光の強度を測定することで旋光度を測量できる。検光子は実はフィルターであり回転している。分光したといっても偏光子の指定する面と繋がる面の強度が最も強いので、回転しているフィルターを通過した光が最も強度の高かった時の、検光子のどれぐらい傾いていたかを測る[7]ことで光がどの程度回転させられたか解明できる。
旋光の由来は核や結合に存在する電子の電場への干渉である。そのため物質の構造に旋光度は影響を受け、事実旋光度は試料セル[8]の長さ [9]と溶媒とその濃度 、入射光[10]の波長 及び温度 を一定にして物質ごとに測定すると、そのときの実測旋光度(observed optical rotation) は各物質ごとに定められていることが分かる。とはいえ実測旋光度は上で述べた種々の要素に依存するため、混乱を避けるために標準の旋光度すなわち比旋光度(specific rotation) は下のように定義されている。
比旋光度の次元は L2/M で、単位は(l = 0.1 m = 10 cm なので) 10-1 deg cm2/g である。実測旋光度は度単位で表すのに対し、比旋光度の単位は長ったらしいので、通常 を無単位で表すことが多い。また、溶解度に関する実際的な理由により を 100 mL 中の溶質のグラム数で記載している文献もある。その場合、実測旋光度は100倍されている。
なお、比旋光度を記述する際には、溶媒の種類と濃度を明記する必要がある。例えば
のように記述する。ところが上に書いたように、試料濃度を表す の単位に g/mL ではなく g/dL を用いる習慣もあるので、比旋光度の式は
と表されることもある。このとき の単位は g/dL である。試料セルの中身が純液体の場合は試料の密度 [g/cm3] を用いて
で表す。
以下に光学活性体の比旋光度 を示す。ハロアルカンは純液状態で、カルボン酸は水溶液中で測定した値である[12]。
エナンチオマー同士は平面偏光を同じ大きさだけ逆方向に回転させる(この違いを符号で表す)。したがって1:1のエナンチオマーの混合物は旋光性を示さないため光学不活性といえる。このような等量混合物をラセミ体(racemate)あるいはラセミ混合物(racemic mixture)という。
かつて[いつ?]は個々の結晶がどちらか一方のエナンチオマーから成るラセミ体の結晶(現在ではコングロメレート(conglomerate)と呼ぶ)のことを「ラセミ混合物」と呼んだが、現在では「ラセミ混合物」は「ラセミ体」と同じ意味で使われる。なお、個々の結晶が等モルのエナンチオマー対の分子化合物からなるラセミ体の結晶をコングロメレートと区別してラセミ化合物(racemic compound、昔はracemateとも)と呼ぶ。
もし一方のエナンチオマーが、もう一方のエナンチオマーに変化しながら平衡に達するならば、この過程をラセミ化(racemization)という。たとえば、比旋光度の項で示した-アラニンのような光学活性酸は、化石の中で第三級C-H結合が開裂することにより非常にゆっくりとラセミ化し、その結果、光学活性が減少することが分かっている。
光学純度とは、符号はともかく純粋なエナンチオマーに比べてその光学活性体はどのくらいの比旋光度を示すかをパーセンテージで表した数値である。
エナンチオマーの等量混合物は光学不活性であることはすぐ上のラセミ体の項で述べた。エナンチオマーの混合物でも互いの量が異なる場合に限り光学活性は観測される。ゆえに、比旋光度が判っていれば、実測旋光度から混合物の組成を求めることができる。例えば、ある化石から取り出した-アラニンの溶液が+4.255(すなわち純粋なエナンチオマーの半分の比旋光度)のしか示さなかったとすると、その試料の50%は純粋な右旋性エナンチオマーであり、残りの50%はラセミ体であると判る。ラセミ体であるということは、その部分にはエナンチオマーが同量ずつ混じっているということであるから、下の図で示すように(+)異性体が75%、(-)異性体が25%の比率であることが判明する。
このとき、光学活性を示すエナンチオマーの比率をエナンチオマー過剰率(enantiomer excess)という。この場合、エナンチオマー過剰率は50%である。
25%の(-)体は同じ量の(+)体による旋光を打ち消すので、この混合物は50%(すなわち75%-25%)の光学純度と表現される。
溶液中の純物質の場合、色と経路長が一定で比旋光度が分かっているならば、観測された旋光度から濃度を求めることができる。このため旋光計は糖シロップの商業取引の際の重要な装置となっている。また、化学においては、光学活性な化合物を不斉合成した際、得られた生成物の光学純度を決定するための方法の1つとして用いられる。
磁場中では全ての分子は光学活性を持つ。ある物質中を伝播する光の向きに配向した磁場は、直線偏光の偏光面を回転させる。これはファラデー効果と呼ばれ、光と電磁場の影響を関連付ける最初の発見の1つである。
光学活性や旋光現象を円偏光と混同してはならない。しばしば、円偏光は直線偏光が伝播に伴って回転するものだと表される。しかし、この考え方では、偏光は波長に等しい長さ(およそ 1 マイクロメートル)だけ進んだ時にちょうど1周することになり、これは真空中でも起こり得る。これに対し、旋光は物質中でのみ現れるものであり、物質によって異なるが大体数ミリメートルから数メートルの長さを進んだ時に1周する。
直線偏光の向きが回転する現象は、1800年代初頭、分子の性質が理解される前に既に観測されていた。ジャン=バティスト・ビオは初期の研究者の1人である。その頃からグルコースなど単純な糖の溶液の濃度を測定するのに簡単な旋光計が用いられていた。実際、グルコースの1つであるブドウ糖(右旋糖、dextrose)の名称は、直線偏光を右(dexter)側に回転させる性質に由来する。同様に、フルクトース(左旋糖、levulose)は左(levo)側に回転させる事から命名された。フルクトースの左旋性はグルコースの右旋性よりもずっと強く、フルクトースをグルコースの溶液に加える事によって得られる転化糖の名称は、反応によって旋光の向きが逆転することが元になっている。
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グルコン酸(—さん、gluconic acid)はグルコースの1位の炭素を酸化することによって生成するカルボン酸で、化学式 C6H12O7 で表わされる。光学活性化合物であり、天然には D体が存在、そのIUPAC命名法は (2R,3S,4R,5R)-2,3,4,5,6-ペンタヒドロキシヘキサン酸と表される。水に溶かすとグルコン酸イオン C6H11O7− となる。アルドン酸の一種。
6個の炭素鎖からなり、末端にカルボキシル基を、また2番目から6番目の炭素原子に1個ずつ計5個のヒドロキシ基を持つ。カルボキシル基はプロトン H+ を失うことによってアニオンになる性質を持つ。
酸性の溶液に溶かしたり、溶液から遊離の酸の単離を試みたりすると、容易に脱水して環状エステルであるグルコノデルタラクトン(D-(+)-グルコン酸-δ-ラクトン)へと変化する。水溶液中ではこの化合物との平衡混合物として存在するため、塩の形でしか不純物を含まないものは得られない。
グルコン酸は強力なキレート剤であり、特にアルカリ性の溶液中でよく作用する。カルシウム、鉄、アルミニウム、銅やその他の重金属イオンにキレート配位する。
天然には蜂蜜やワイン、果物の中に少量存在する。紅茶キノコや清涼飲料水のビオナーデ (Bionade) など、発酵食品にも含まれる。
化学的には D-グルコースを臭素水やヨウ素のアルカリ溶液で穏やかに酸化することによって得られる。生化学的には、Aspergillus Niger による D-グルコースの微生物酸化で生成する。グルコースを酸化する酵素はグルコースオキシダーゼと呼ばれる。
金属塩の沈殿の除去や、金属を洗浄する際に弱い酸として使われるほか、以下のような用途がある。
グルコン酸およびその塩はpH調整剤として用いられる (E番号)。カルシウム塩は安定剤 (E578) として、カルシウムの乳酸との複塩(乳酸グルコン酸カルシウム)はカルシウム剤として使われる。グルコン酸鉄はオリーブの黒味を出すのに利用される (E579)。グルコノデルタラクトンも食品添加物として使われる (E575)。
鉄の欠乏症に対する薬として利用される。グルコン酸亜鉛など他の金属イオンの塩も同様であるが、グルコン酸塩は体に吸収されやすい性質を持つ。また、取り込まれたグルコン酸イオンは体内の金属イオンを効果的に吸収されやすくする。この作用は皮膚からの吸収の場合でも同様であるため、フッ化水素で薬傷を受けた際にはグルコン酸カルシウムの軟膏が有効である。グルコン酸塩として取り込まれたカルシウムイオンは、溶解性のフッ化物イオンと結合して不溶性のフッ化カルシウムを形成し、これを無毒化する。
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