- 英
- hypoxia-inducible factor, HIF
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低酸素誘導因子(ていさんそゆうどういんし、英:Hypoxia Inducible Factor、HIF)とは細胞に対する酸素供給が不足状態に陥った際に誘導されてくるタンパク質であり、転写因子として機能する。癌の病巣においては栄養不足や細胞外pHの低下、血流不足による酸素供給不足(低酸素)状態が認められるが、癌細胞が生き延びるためには新たに血管網を形成することにより病巣への血流を増加し、低酸素状態を脱する必要がある(血流の増加は転移経路の確保にもつながっている)。そのための機能を担うべく低酸素条件下おいて誘導される転写因子がHIFであり、種々の遺伝子の転写を亢進させる。HIF-αにはHIF-1α、HIF-2α、HIF-3αが存在するが、これらはいずれも細胞内に構成的に発現しているHIF-1βとヘテロ二量体と結合する能力を持つ。HIF-1αは正常酸素圧下でも産生はされるがタンパク質分解酵素複合体である26Sプロテアソームにより分解されてしまうため機能しない。
目次
- 1 HIF-1
- 2 HIF-2α
- 3 HIF-3α
- 4 機能
- 5 出典
- 6 参考文献
HIF-1
HIF-1αは通常の酸素圧下において細胞内発現量が減少するが、HIF-1αタンパク質自体の産生量が低下しているわけではなくユビキチン-プロテアソーム系を介したタンパク質分解によりその機能が負に制御されており、その分解過程にはユビキチンリガーゼ(タンパク質のユビキチン化の一端を担う酵素)複合体の基質認識サブユニットとして機能するフォンヒッペル・リンダウ遺伝子産物(pVHL)が関与している[1][2]。pVHLによるタンパク質の認識にはヒドロキシル化が関与しているが、HIF-1αはPHDドメインを保有する酵素によってアミノ基末端側から402番目および564番目のプロリン(Pro)残基がヒドロキシル化を受け、これらのアミノ酸残基はHIF-2αにおいても保存されている。しかしPHDの活性は酸素濃度に依存するため、低酸素状態においてはプロテアソーム依存的なHIFの分解は生じにくく、正常酸素圧下で盛んに行われる。分解を免れたHIF-1αは核内へ移行した後にHIF-1βとのヘテロ二量体の形成やCBP/p300などのヒストンアセチル化酵素との結合が行われ[3]、これらの複合体はDNA上の低酸素応答性領域(Hypoxia Responsive Element、HRE)と呼ばれる応答エレメント(5'-ACGTG-3')に結合する。
また、HIF-1αの低酸素以外の要因による誘導経路として増殖因子が細胞膜上に存在するチロシンキナーゼ関連型受容体に結合することによるシグナルが挙げられる。具体的には受容体(HER2など)にリガンドが結合するとPI3キナーゼ-Akt経路やMAPキナーゼ経路が活性化され、HIF-1αの転写を促進する。
HIF-2α
HIF-2αはEndothelial Per-ARNT-Sim(EPAS)タンパク質等の名称で呼ばれることもあり、そのアミノ酸配列にHIF-1αと48%の相同性を有する。HIF-1αが全身の組織に広く発現しているのに対して、HIF-2αは主に肺や上皮細胞において発現が高い。
HIF-3α
HIF-3αはHIF-2αよりもさらに遅れて発見された。上記に示した通り、HIF-1βとヘテロ二量体を形成し、DNA上のHREに結合することによって種々の遺伝子の転写を活性化する。また、HIF-3αのスプライシングバリアントとしてIPASが発見され、小脳のプルキンエ細胞や角膜上皮に発現している[4]。IPASはそれ自体転写活性を示さないがHIF-1αとの相互作用によりDNAへの結合を阻害し、HIF-1の機能を抑制する[4]。さらに、肺や心臓においては低酸素状態においてIPASが誘導されることが報告されており[5]、これらの組織においてはネガティブフィードバック機構として機能している可能性が考えられる。
機能
HIF-1αは細胞核内へ移行するとHIF-1βと結合する。HIF-1βは芳香族炭化水素受容体(AhR)と結合して輸送担体として働くことも知られており[6]、AhR輸送担体(Arnt)とも呼ばれている。HIF-1αのAsp803残基はヒストンアセチル基転移酵素(HAT)活性を持った分子複合体CBP/p300をDNA上のHREへ運搬し、目的遺伝子の転写を促進する[7]。HIFは様々な遺伝子の制御に関与しており、たとえば血管新生や細胞増殖、糖代謝、pH調節やアポトーシスなどが挙げられる。HIFによって発現制御を受ける遺伝子として赤血球の増殖促進に関与するエリスロポエチンが1995年に初めて発見され[8]、続いて血管内皮増殖因子(VEGF)も血管新生や細胞増殖を制御に関与する遺伝子として発見された。その他にもHIF-1αはアドレノメデュリンやマトリックスメタロプロテアーゼ(MMPs)、エンドセリン(ET)-1、一酸化窒素合成酵素(NOS)2など様々な遺伝子の制御を行っており、ヒト動脈内皮細胞の遺伝子をマイクロアレイ法により解析した結果、全体の2%にも及ぶ遺伝子がHIF-1αによって直接あるいは間接的に制御されているということが報告されている[9]。
出典
- 今堀 和友、山川 民夫 編集 『生化学辞典 第4版』東京化学同人 2007年 ISBN 9784807906703
- Tannock IF,Hill RP,Bristow RG and Harrington L.『がんのベーシックサイエンス 日本語版 第3版』メディカル・サイエンス・インターナショナル 2006年 ISBN 4895924602
参考文献
- ^ Iwai K, Yamanaka K, Kamura T, Minato N, Conaway RC, Conaway JW, Klausner RD and Pause A.(1999)"Identification of the von Hippel-lindau tumor-suppressor protein as part of an active E3 ubiquitin ligase complex."Proc.Nat.Acad.Sci.U.S.A. 96,12436-41. PMID 10535940
- ^ Lisztwan J, Imbert G, Wirbelauer C, Gstaiger M and Krek W.(1999)"The von Hippel-Lindau tumor suppressor protein is a component of an E3 ubiquitin-protein ligase activity."Genes Dev. 13,1822-33. PMID 10421634
- ^ Yamashita K, Discher DJ, Hu J, Bishopric NH and Webster KA.(2001)"Molecular regulation of the endothelin-1 gene by hypoxia. Contributions of hypoxia-inducible factor-1, activator protein-1, GATA-2, AND p300/CBP."J.Biol.Chem. 276 12645-53. PMID 11278891
- ^ a b Makino Y, Cao R, Svensson K, Bertilsson G, Asman M, Tanaka H, Cao Y, Berkenstam A and Poellinger L.(2001)"Inhibitory PAS domain protein is a negative regulator of hypoxia-inducible gene expression."Nature. 414,550-4. PMID 11734856
- ^ Makino Y, Kanopka A, Wilson WJ, Tanaka H and Poellinger L.(2002)"Inhibitory PAS domain protein (IPAS) is a hypoxia-inducible splicing variant of the hypoxiainducible factor-3 locus."J.Biol.Chem 277,32405-8. PMID 12119283
- ^ Reyes H, Reisz-Porszasz S and Hankinson O.(1992)"Identification of the Ah receptor nuclear translocator protein (Arnt) as a component of the DNA binding form of the Ah receptor."Science. 256,1193-5. PMID 1317062
- ^ Ke Q and Costa M.(2006)"Hypoxia-Inducible Factor-1 (HIF-1)"Mol.Pharmacol.70,1469-80. PMID 16887934
- ^ Wang GL, Jiang BH, Rue EA and Semenza GL.(1995)"Hypoxiainducible factor 1 is a basic-helix-loop-helix-PAS heterodimer regulated by cellularO2 tension."Proc.Nat.Acad.Sci.U.S.A. 92,5510-4. PMID 7539918
- ^ Manalo DJ, Rowan A, Lavoie T, Natarajan L, Kelly BD, Ye SQ, Garcia JG and Semenza GL.(2005)"Transcriptional regulation of vascular endothelial cell responses to hypoxia by HIF-1."Blood. 105,659–669. PMID 15374877
Japanese Journal
- 川口 浩
- 日本薬理學雜誌 = Folia pharmacologica Japonica 138(1), 22-25, 2011-07-01
- 変形性関節症(osteoarthritis: OA)の分子メカニズムは殆ど解明されておらず,根本的治療法は存在しない.近年,メカニカルストレス負荷モデルによるマウスジェネティクスを用いてその分子背景に迫る研究が多くなされており,成長板軟骨に見られる軟骨内骨化過程が永久軟骨であるはずの関節軟骨において誘導されることがOAの発症に関与していることが示されている.滑膜や靭帯に接して血管の侵入が可能な関節 …
- NAID 10029417901
- 変形性関節症の分子メカニズム--治療標的分子の同定をめざして (第5土曜特集 ロコモティブシンドローム--運動器科学の新時代) -- (運動器疾患の基礎)
Related Links
- Connections Maps Sci. STKE, 9 October 2007 Vol. 2007, Issue 407, p. cm8 [DOI: 10.1126/stke.4072007cm8] 低酸素誘導因子1(HIF-1)経路 Hypoxia-Inducible Factor 1 (HIF-1) Pathway Gregg L. Semenza* Director, Vascular ...
- 低酸素誘導因子HIF-活性の生体イメージング 近藤 科江1、口丸 高弘1、門之園 哲哉2、平岡 眞寛2 (1 東京工業大学大学院生命理工学研究科・生体分子機能工学専攻、 2 京都大学医学研究科・放射線腫瘍学・画像応用治療学)
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★リンクテーブル★
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- 英
- hypoxia-inducible factor 1alpha subunit、HIF-1alpha、HIF1alpha
- 関
- 低酸素応答因子1α
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参考
- http://www.eonet.ne.jp/~hidarite/me2/anzenkanri05.html
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- induction、guidance、derivation、induce、inductive
- 関
- ガイダンス、指導、導入、引き起こす、誘起、誘導性、誘導的、誘発、帰納的、帰納法、溶原菌
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- inducer、inducing factor
- 関
- インデューサー、誘導原、誘導物質、誘発因子、誘発剤、誘発物質
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- 英
- depressed oxygen, low oxygen
- 関
- 低酸素症、低酸素血症
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- child
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- 子供、雑種、小児、小児用