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代理母出産(だいりははしゅっさん、だいりぼしゅっさん)とは、ある女性が別の女性に子供を引き渡す目的で妊娠・出産することである[1] 。代理出産(だいりしゅっさん)と略される場合が多く、妊娠するという部分を強調して代理懐胎(だいりかいたい)と表す場合もある[2]。また、その出産を行う女性を代理母(だいりはは)または(養母出産)という。代理出産した後、特別養子縁組したケースが2009年に新聞で掲載された事や、タレントの高田延彦・向井亜紀夫妻が代理出産した子供との特別養子縁組していた例もある。
目次
- 1 日本における現状
- 2 先進国が代理出産を行うために来ている諸国における現状
- 3 需要
- 4 日本学術会議の提言の概要
- 5 種類
- 6 代理母出産の問題点等
- 7 関連書籍
- 8 関連項目
- 9 脚注
- 10 外部リンク
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日本における現状
代理母出産については、生殖補助医療の進展を受けて日本産科婦人科学会が1983年10月に決定した会告[3]により、自主規制が行われているため、日本国内では原則として実施されていない。しかし、代理母出産をそのものを規制する法制度は現在まで未整備となっている。
この制度の不備を突く形で、諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘院長が、日本国内初の代理母出産を実施し、2001年5月にこれを公表した。また、タレントの向井亜紀が日本国内の自主規制を避ける形で海外での代理母出産を依頼することを公表し、これを実行した。
このような状況を受け、厚生労働省の審議会[4]及び日本産科婦人科学会はそれぞれ対応策の検討を開始し、2003年には、共に代理母出産を認めないという結論とした[5]。その理由として、主に妊娠・出産に対するリスクの問題を軽視していることを挙げる。
しかし、厚生労働省は上記報告書の法制化を公表したにもかかわらずこれを実現できず、また、日本産科婦人科学会の会告は同会の単なる見解に過ぎず強制力を持たないため、代理母出産の実施に歯止めをかけることはできなかった。
そうした中、向井亜紀・高田延彦夫妻が2003年に代理母出産によって得た子供の戸籍上の扱いについて提訴したり[6]、2006年10月、根津八紘医師が、年老いた母親に女性ホルモンを投与し娘のための代理母にした、という特殊な代理母出産を実施したことを公表した[7]。
なお、代理母出産は、2008年4月5日時点で根津医師が公表したものだけでも15例が実施され[8]、また、海外での代理母出産も相当数(日本人が米国で実施したものだけで100例以上)あるとされる[9]。 近年では、インドやタイで代理出産を行うケースが増えている[10]。日本人向け業者がごく最近になってあっせんを始めた影響だと思われる[11]。この状況を受けて、タイ・インドでは代理出産を一定の要件の下で認める(規制するという見方もできる)法案が準備されつつある[12]。
このような事態の発生により、代理母出産に係る議論を収拾できなくなった厚生労働省及び法務省は、2006年11月30日、日本学術会議に代理母出産の是非についての審議を依頼した[13]。しかし、審議の間にも、日弁連は、代理母出産を禁止すべきという2000年の提言の補充提言を発表し[14]、根津八紘医師は、代理母出産の法制化に向けた私案を公表[15]した。
2008年5月には、野田聖子議員らが代理出産を条件付で認める法案を提出する方針を固めた、という報道があった[16]。また、同年7月には、インドで代理母出産により出生した子供が、依頼夫婦の離婚などが原因で出国できなくなった事案がある[17]。実母が代理出産した男児を特別養子縁組とした例がある[18]。
先進国が代理出産を行うために来ている諸国における現状
不妊夫婦にとっては子供が欲しいとの思いが切実であることが少なくなく、アメリカより費用が安く代理出産ができるインドで、多数の先進国の不妊夫婦が代理出産を行っている[19]。インドでは代理出産用の施設まで作られ、代理母が相部屋で暮らしている[20]。インドにおける代理出産の市場規模は2015年に60億ドルに上ると推計されている[21]。インド政府は、商業的な代理出産を合法化する法案を2010年に国会に提出したが、外国人については本国政府の「代理出産を認める」「依頼人の実子として入国を認める」という証明書を要求している[22]。インド国内でも「人体搾取」だという批判がある[23]。
需要
上記のように、代理母出産が原則として禁止されているにもかかわらず、歯止めがかからない背景には、強い需要が存在していることが理由として挙げられる。日本において子宮障害などのため不妊となっている女性は、20万人はいると見積もられている[24]。彼女らは自らの子を授かるには代理出産による方法しかない。この点、養子制度に求めることもできる、という主張もあるが、遺伝的つながりを求める夫婦の要求を満たすことはできない。 不妊治療経験者のうち、養子制度について考えたことがない者が62%をしめ、そのうち66%が子との遺伝的つながりを求めている、という調査がある[25]。
日本学術会議の提言の概要
2008年4月、日本学術会議は、代理懐胎の法規制と原則禁止などを内容とする提言を行った[26]。
- 代理懐妊の法規制と原則禁止が望ましい
- 営利目的での代理懐妊の施行医、斡旋者、依頼者を処罰の対象とする
- 先天的に子宮をもたない女性及び治療として子宮摘出を受けた女性に限定し、厳重な管理下での代理懐妊の臨床試験は考慮されてよい
- 試行にあたっては、医療、福祉、法律、カウンセリングなどの専門家で構成する公的運営機関を設立し、一定期間後に検討し、法改正による容認するか、試行を中止する
- 代理懐妊により生まれた子は、代理懐妊者を母とする
- 代理懐妊を依頼した夫婦と生まれた子の親子関係は、養子縁組または特別養子縁組によって定立する
種類
代理母出産には以下のケースがあり、従来は卵子提供者が誰かによって呼び分けられていたが、「借り腹」にネガティブな印象があることから、現在は全て「代理母」と呼ばれている。
- Gestational Surrogacy:代理母とは遺伝的につながりの無い受精卵を子宮に入れ、出産する。借り腹。ホストマザー。
- 夫婦の受精卵を代理母の子宮に入れ、出産する。
- 第三者から提供された卵子と夫の精子を体外受精し、その受精卵を代理母の子宮に入れ、出産する。
- 第三者から提供された精子と妻の卵子を体外受精し、その受精卵を代理母の子宮に入れ、出産する。
- 第三者から提供された精子と卵子を体外受精し、その受精卵を代理母の子宮に入れ、出産する。
- Traditional Surrogacy:代理母が人工授精を行い出産する。代理母。サロゲートマザー。
夫婦の受精卵を夫婦の母親の子宮に移す方法もあり、日本でも少数ながら実例もある。
代理母出産の問題点等
代理母出産の論点については、日本産科婦人科学会の吉村医師と諏訪マタニティークリニックの根津医師のそれぞれが見解を示している[27]他、多くの学者による議論がなされている。
各種論点
- 宗教的・文化的見地に基づく批判
- 宗教的な見地より、人間に許される行為ではない、という批判がある。しかし「人間に許される範囲を超えている」という指摘は、内容は不明確であり、そもそも何が「人間に許されること」なのかを一義的に決定することは難しいのではないかという反論もある[27]。
- 文化的な側面から、こと「あるがまま」を肯定する日本の風土において「科学で全てを解決する」というアメリカ的な科学至上主義を盲信する考え方に嫌悪を感じる者もいる。[誰?]
- そうした宗教的見地とは逆に、手段を選ばず血縁にこだわる価値観に対しても批判がある。
- 遺伝的見地に基づく問題点
- 先天的に生殖器に異常があるために代理母出産を行った場合、その異常が子に遺伝して子が同じ苦しみを背負う可能性があり、生殖問題や不妊治療とは人によって自殺するほど深刻な問題である(不妊の影響)ことからすれば、このような子の苦しみを考慮しない親の利己的な行為であるとの批判もある。しかし、この批判は先天的に生殖器に異常がある者は産むべきでなく、生まれてくるべきでない、という優生学的な発想であるとの反論がされる。[誰?]
- また、生殖という生物における最も重要な機能の一つを科学の力で矯正させ続けた場合、種そのものの弱体化を招き、将来的には人類全体の存続に関わる問題になりかねないとして生殖医療を疑問視する見解もある。[誰?]
- 契約上の問題点
- 代理母出産契約は公序良俗に反し、契約として無効であるという指摘がある。日本産科婦人科学会の『代理懐胎に関する見解とこれに対する考え方』の(4)を参照のこと。また、上記のインドにおける事例[17]で、インドの福祉団体がこれを人身売買であると糾弾し、出生した子を同団体で保護させるよう訴える、という事態も発生している[28]。
- 平成17年5月20日大阪高裁判決においても、「代理出産は人をもっぱら生殖の手段として扱い、第三者に懐胎、分娩による危険を負わせるもので、人道上問題がある」としたうえで「公序良俗に反し無効」と判示している。
- 契約違反時の問題点
- 代理母が子の引き渡しを拒否する事件が起きている(ベビーM事件)。この他、生まれた子が障害を持っていたために依頼元の父母が引き取りを拒否する事例も起きている[29]。このような契約違反が行われたとき、国家が介入して法で救済すべきとも考えられるが、そのような強制力による救済は当事者を納得させることはできないという見解がある。救済とは損害賠償と強制執行をいうところ、子の代わりに金銭賠償では当事者は納得しないであろうし、強制的に生ませるということは人権の侵害であると考えられる。つまり国家が介入し強制しないにしても強制するにしても問題が発生するという指摘がなされている。
- 法的親子関係に関する問題点
- 法律上、予定されていないため親子関係の確定方法が問題となる。最高裁判例によれば、「母子関係は分娩の事実により発生する」とし[30]、代理母の子として扱われる。このため、代理母と子との間で相続上の問題が発生することが懸念されている。遺伝子上の親を実親として認めさせようという動きもあるが、生まれた子が依頼者・受託者双方と遺伝子上のつながりを持たないケース(上記1-4)があり、単純に遺伝子的なつながりのみで親子関係を確定することはできない。
- 家族関係に関する問題点
- 代理母出産は家族関係を複雑にし、秩序が乱れるほか、複雑な家族関係の中で生まれるのは子の負担になる、という指摘がある。
- しかし、養子制度や同性婚など、家族関係が現代では多様化しているのであって、その一形態と考えれば容認されるべきであるし、また、複雑な家庭関係の下に生まれる子を哀れむ、という意見は多様化された家族形態に対する差別的な意見であると反論されている。
- また、夫以外の第三者の精子で人工授精する不妊治療(AID)で生まれた子の約4割は、事実を知らされる前に法律上の父親とは遺伝的なつながりがないと感じている、という研究結果がある[31]。同様に代理母出産では、精子・卵子提供を受けたり、自然状態での出産と異なる経過をたどるため、子の成長にどのような精神的影響を与えるか未知数である。
- 性に関する問題点
- 代理母出産を「女性を子供を産む機械として扱っている」として批判する意見がある。また、途上国への「代理出産ツアー」といった事態も問題視されている[17]。
- 妊娠・出産に対するリスク に関する問題点
- 先進国においても妊産婦死亡がゼロになっていないように、妊娠・出産には最悪の場合死亡に至るリスク[32]があり、また、死亡に至らずとも母体に大きな障害が発生する場合もある。そして、このようなリスクを軽視し、それらを代理母に負わせることに対する倫理面からの批判がある。なお、出産時に母体に障害が発生した場合について、代理母側に不利な条件での契約がなされていることもある。また、生殖医療に際しては医療ミスが懸念されるところである。1990年に夫の子どもを産もうと人工授精を行ったところ他人の子どもが生まれた事例がある[33]。他にも2003年に不妊治療AIHを行ったところ、別の患者の夫の精液を注入するというミスが起こったことが発覚している[34]。人間が扱うという以上、生命の始まりにおいてもミスは起こるということになる。
- 着床前診断に関する問題点
- 受精卵を代理母の子宮に戻す前に、成功率向上の必要性などから、問題のある受精卵を排除するための着床前診断が行われている場合がある[27]。また、妊娠時の羊水染色体検査が義務づけられており、障害がみつかった場合は強制的に中絶させられる場合もあり、優生学的思想であるという批判がある。さらに、障害児が生まれた場合、依頼者が受け取りを拒否する事件も起きている[35]。
- 人種差別に関する問題点
- 米国においては、代理母として同一人種・同一民族・同一国籍の女性を求める傾向があるため、(依頼人に多い)白人に需要があつまり、黒人女性が代理母をつとめる場合よりも白人女性が代理母をつとめる場合の方が契約金が高額である。代理母出産を批判するグループは、この現象が黒人差別を助長すると主張している。また、営利目的とも取られかねない金銭の授受そのものに対する批判がある。
- この点につき、「差別を助長する可能性があること」と「差別が恒常的に発生していること」は別の問題であり、精密な社会調査を踏まえた実証的な研究を行わないまま可能性の問題を事実の問題にすり換えてしまうことがある、という指摘がある。
- 子の出自を知る権利に関する問題点
- 生殖補助医療において第三者から精子もしくは卵子の提供を受ける場合、匿名性の原則が存在したが、子どもの出自を知る権利と相容れず、その調和が問題となる。匿名性の原則とは提供精子から生まれた子どもには、提供者に関する情報はいっさい公表しないということである。その原則の背景には①生まれた子どもから養育の責任を問われないように提供者を保護すること②提供者が自ら父であると名乗り出るなどの家族関係への介入を防ぐ、という理由が存在する。 しかし一方で子どもの出自を知る権利の重要性が存在する。すなわち①近親婚を防ぐ②遺伝病を知る③家族が秘密や匿名を守らなければならないことが、家族全員にとって有害な緊張関係をもたらす、といった要請である。 代理母出産においても精子提供等を受ける場合があるため、この権利がどこまで認められるべきか、問題となる[36]。
- 死後懐胎子に関する問題点
- 冷凍卵子や冷凍精子を用いて懐胎した場合(死後懐胎子)、親子関係や子の福祉の観点からの問題がある。
各種意見
多くの批判は「このような事例もある」という、個々の事例の問題を持ち出して、代理母出産の全てがそういった問題を引きおこすかのような議論を行っているのではないかという批判がある。
妊娠・出産に対するリスクを軽視しているという意見については、出産時の障害等に係る契約が代理母に不利であることが根拠であるが、全ての代理母が不利な契約を結ばされているわけではない。 女性蔑視を助長するのではないかという意見については、「妊娠中の生活について、細かく規定されていることが多い」というのがその論拠であるが、代理母ではない妊娠中の女性の生活と比較しての実証的な議論ではないという意見もある。
柘植あづみ、鈴木良子らフェミニズム系の論客は「子供を欲しいと思う感情は人間の本能ではないから、克服可能である(だから高度な生殖医療は必要無い)」としている。
関連書籍
関連項目
脚注
- ^ Warnock Committee 1984 - 1991.
- ^ 主に政府の関係文書において用いられている。
- ^ 日本産科婦人科学会 - 会員へのお知らせ。
- ^ 厚生科学審議会生殖補助医療部会
- ^ 厚生労働省 - 精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書、及び日本産科婦人科学会 - 会告。
- ^ 向井亜紀・高田延彦夫妻が代理母出産によって得た2人の子供を養子ではなく戸籍上の実子として届け出たものの、東京都品川区は出生届を受理しなかったため、夫妻側は処分取消しを東京家裁に申し立てた、というもの。2005年11月に却下され即時抗告。2006年9月、東京高裁が、品川区に出生届を受理することを命じる決定をした。なお、2007年3月23日の最高裁決定は、この東京高裁決定を破棄した。
- ^ YOMIURI ONLINE。
- ^ YOMIURI ONLINE。
- ^ YOMIURI ONLINE。
- ^ 2011年2月19日の朝日新聞朝刊1面
- ^ 2011年2月19日の朝日新聞朝刊1面
- ^ 2011年2月19日の朝日新聞朝刊1面
- ^ 日本学術会議 - 生殖補助医療をめぐる諸問題に関する審議の依頼。
- ^ 日本弁護士連合会 - 「生殖医療技術の利用に対する法的規制に関する提言」についての補充提言 - 死後懐胎と代理懐胎(代理母・借り腹)について。
- ^ YOMIURI ONLINE。
- ^ YOMIURI ONLINE 代理出産法案提出へ。
- ^ a b c YOMIURI ONLINE - 代理出産の女児、帰国できず。父母が離婚、国籍なし。
- ^ YOMIURI ONLINE - 実母が代理出産の娘夫婦、生まれた男児と特別養子縁組。
- ^ 2011年2月19日の朝日新聞朝刊3面
- ^ 2011年2月19日の朝日新聞朝刊3面
- ^ 2011年2月19日の朝日新聞朝刊3面
- ^ 2011年2月19日の朝日新聞朝刊3面
- ^ 2011年2月19日の朝日新聞朝刊3面
- ^ 渦中の根津院長が「代理出産女性からの手紙」を公開[1]
- ^ 出産と不妊の社会学(白井千晶)[2]
- ^ 日本学術会議 - 対外報告 代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題 - 社会的合意に向けて。
- ^ a b c 静岡新聞社 - トークバトル「どこまで認める?生殖補助医療」
- ^ YOMIURI ONLINE
- ^ 厚生労働省 - 第5回生殖補助医療技術に関する専門委員会議事録
- ^ 最高裁判所第二小法廷昭和37年4月27日判決、昭和35年(オ)第1189号 親子関係存在確認請求事件、民集16巻7号1247頁。
- ^ 4割が父とのつながり疑う 第三者人工授精の子[3]
- ^ 帝王切開を必要とする異常妊娠や妊娠高血圧症候群等に伴うハイリスク分娩、産褥期の感染症などに由来するもの YOMIURI ONLINE
- ^ 「施術の精子、卵子の取り違え」(朝日新聞1990/03/09)
- ^ 「<不妊治療>別の夫の精液を注入 愛知・小牧市民病院」(毎日新聞2003/08/11)
- ^ 厚生労働省 - 第5回生殖補助医療技術に関する専門委員会議事録
- ^ 石井美智子『代理母-何を議論すべきか』ジュリスト 1342号 2007年
外部リンク
- milkjapan.com - 野沢太三法相・代理出産の双子に日本国籍を認める方向へ