オセルタミビル
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IUPAC命名法による物質名 |
(-)-Ethyl (3R,4R,5S)-4-acetamido-5-amino-
3-(1-ethylpropoxy)cyclohex-1-ene-1-carboxylate |
臨床データ |
胎児危険度分類 |
B1(AU), C(US) |
法的規制 |
Prescription Only (S4) (AU) POM (UK) ℞-only (US) |
投与方法 |
経口 |
薬物動態的データ |
生物学的利用能 |
75% |
代謝 |
肝臓 |
半減期 |
6–10 時間 |
排泄 |
尿中 |
識別 |
CAS登録番号 |
196618-13-0 |
ATCコード |
J05AH02 |
PubChem |
CID 65028 |
DrugBank |
APRD01148 |
KEGG |
D08306 |
化学的データ |
化学式 |
C16H28N2O4 |
分子量 |
312.4 g/mol |
タミフルカプセル75mg(ロシュ)
タミフルカプセル75(中外製薬)
オセルタミビル (oseltamivir) はインフルエンザ治療薬である。オセルタミビルリン酸塩として、スイスのロシュ社により商品名「タミフル 」(tamiflu) で販売されている。日本ではロシュグループ傘下の中外製薬が製造輸入販売元である。A型、B型のインフルエンザウイルスに作用する(B型には効きにくい傾向がある)。C型インフルエンザには効果がない。トリインフルエンザを引き起こすのはA型インフルエンザウイルスであり、H5N1型の高病原性トリインフルエンザウイルスにもある程度有効との研究結果が報告されている[1]。
オセルタミビルは、中華料理で香辛料に使われる八角から採取されるシキミ酸から10回の化学反応を経て合成されていた[2]。
目次
- 1 効果
- 2 経緯
- 3 耐性
- 3.1 2004年
- 3.2 2005年
- 3.3 2007年
- 3.4 2009年
- 4 異常行動
- 5 合成法
- 5.1 ロシェ法
- 5.2 コーリー法
- 5.3 柴崎法
- 6 参考文献
- 7 外部リンク
効果[編集]
オセルタミビルは,ウイルスが宿主細胞から別の細胞へと感染を広げる際に必要となるノイラミニダーゼ (neuraminidase, NA) という酵素(糖タンパク質)を阻害することでインフルエンザウイルスの増殖を抑制する。これがノイラミニダーゼ阻害薬の作用メカニズムである[3]。ザナミビル(商品名「リレンザ」)も標的阻害酵素は同じである。本薬の投与法は経口投与であるため感染部位への到達時間は遅いが、ザナミビルの吸入投与よりも投与法が一般的に容易であるため、高齢者・小児にも投与しやすい。A型、B型インフルエンザウイルス(非耐性)に感染し、発症後48時間以内に投与すれば、有意に罹患期間を短縮できる。
また、インフルエンザ予防薬としても使用することができる(ドライシロップは除く)。ただし、予防薬としての処方は日本では健康保険の適用外である。
発症後、48時間以降に投与を開始した場合の有効性は確立していない[4]。これは、オセルタミビルはウイルスが新たに拡散するのを阻害する薬剤であって、既に増殖したウイルスを失活させる効果がないからである。
オセルタミビルとシキミ酸は全く構造が違う化合物であり、八角は単なる材料にすぎず、八角を食べてもインフルエンザには全く効果がない[5]。2009年現在ロシュ社はシキミ酸を遺伝子組替えによる生合成で量産している[6]。
一般的臨床成績としては、海外臨床試験において、発症2日以内の投与によって、発熱期間を24時間、罹病期間を26時間短縮した。服用しない場合、発熱は通常3–7日間続く。
頻度の高い副作用は、腹痛、下痢、嘔気などがある。
経緯[編集]
1996年に米ギリアド・サイエンシズ社(1997年から2001年まで元アメリカ合衆国国防長官のドナルド・ラムズフェルドが会長を務めた)が開発、スイスのロシュ社がライセンス供与を受け全世界での製造、販売を行っている[7][8]。中国においては Shanghai Pharmaceutical Group 社[9]、インドにおいては Hetero Drugs 社[10]が製造のサブライセンスを保持し、製造している。
日本では2001年2月に保険適用となり、以降広く使用されている。しかし、オセルタミビルに耐性を持つウイルスも2004年頭頃[要出典]から徐々に見られるようになり[11]、2009年1月の調査では日本国内の H1N1 型への感染者のうちの90%以上から耐性を持つインフルエンザウイルスが検出されている[12]。また、幼児・小児など免疫力が弱い者にオセルタミビルを投与し続けた場合、ウイルスの淘汰に時間がかかるため、その間に体内のウイルスがオセルタミビルに対して耐性を持つとされている。そのため小児への投与は慎重に行う必要がある。2005年11月に FDA の小児諮問委員会で報告された際には、「タミフル」の全世界での使用量のうちおよそ75%を日本での使用が占めており、世界各国のうちで最も多く使用されている上、同2位のアメリカ合衆国と比べ、子供への使用量は約13倍であった2005年には、新型インフルエンザの発生懸念のため、一部の大病院などで買い占めがおこり、世界的に品薄状態と報じられた。また、原料であるシキミ酸を含む八角(トウシキミの果実)の買占めが懸念された。2006年に入ると、八角のような天然物ではなく、石油など由来の、より入手容易な化学物質を原料としたリン酸オセルタミビルの化学合成法が日本とアメリカ合衆国の2つの研究グループによって発表された。その後も安定供給をめざし、複数のグループにより研究が行われている。
耐性[編集]
他の抗ウイルス剤と同様に、オセルタミビルも乱用による耐性ウイルスの出現が予想された。2004年の7月までの臨床試験の報告では、大人0.33%、子供4.0%、合計1.26%に耐性ウイルスが確認された。この抵抗性はノイラミニダーゼの1つのアミノ酸残基の変異が原因である[13]。
2004年[編集]
オセルタミビルに対して耐性を持ったH3N2の変異株が、「タミフル」によって治療を受けた日本の子供たち50グループ中から18%の割合で検出されたことが報告された[14]。これは、日本の子供たちから耐性をもったH1N1の変異株が16.3%の割合で見つかったという別の報告と類似している[13]。
この論文の著者は、予想より高い抵抗性に対しいくつかの説を提唱した。
- 子供の感染期間は大人より長いため、ウイルスが耐性を獲得する十分な時間があった可能性がある。
- 技術の発達により検出率が向上した可能性がある[14]。
- 日本の医療制度が他国のものと異なっており、タミフルの投与量が最適量以下だった可能性がある。
さらに、「タミフル」によって治療を受けていたベトナムの少女1人から高い耐性を示すH5N1が検出された[15][16]。
2005年[編集]
de Jong らは H5N1 に感染した2人のベトナム人のウイルスの耐性の変化を研究し、他の6件と比較した。その結果、症状の悪化に比例して耐性が上がる可能性があることがわかった。さらに、オセルタミビルを最適量投与されてもウイルスの増殖を完全に抑えることは出来ず、耐性ウイルスが出現した可能性があることも報告した。また、個人がタミフルを備蓄することにより、タミフルの不足と H5N1 耐性株の出現が起こったのではないかと予想された[17]。
耐性はパンデミックが起こるための重要な要素である。トリインフルエンザは持続期間が長いため、より耐性を獲得しやすくなっている可能性がある。このような耐性ウイルスが大流行を起こすことが危険視されている[14]。
ノイラミニダーゼをコードしている遺伝子領域は非常に少ないため、ノイラミニダーゼの変異のバリエーションはそんなに多くはない。そのため、オセルタミビル耐性株は酵素機能を阻害することによって抑制できるかもしれない。
ノイラミニダーゼの変化の割合は少ないため、オセルタミビルとザナミビルを使う上で2つの利点がある。
- これらの薬剤は色々な種類のインフルエンザウイルスに有効である。
- 強い耐性を持った変異株が出現する可能性が低い[13]。
オセルタミビルによって治療された子供たちから、オセルタミビル耐性株が発見された。しかし、この耐性株はヒトからヒト、もしくは鳥からヒトへ感染する株ではなかった[14]。
2005年1月のOkamotoらの研究[18]で、1歳未満の子供に投与した結果が報告された。
2007年[編集]
日本の研究者はこれらの薬剤を使わなかった患者から、ノイラミニダーゼ耐性B型インフルエンザウイルス (neuraminidase-resistant Influenza B virus strain) を1.7%の割合で発見した[19]。2008年、WHOはカナダのH1N1の81サンプルの内、8つがオセルタミビルに対し耐性を持っていたことを発表した[20]。しかし、2008年1月には「タミフル」使用量の少ないノルウェーから75%の割合でオセルタミビル耐性ウイルスの発見が報告されており、使用量と耐性ウイルスの出現の因果関係は明らかではない。
2009年[編集]
WHOは、2008年12月28時点の集計として、Aソ連型オセルタミビル耐性ウイルス検出の報告を、日本 14検体中13検体、イギリス 14検体中13検体、ガーナ 1検体中1例、カナダ 1検体中1例、イスラエル 1検体中1例、ノルウェー 1検体中1例で、全世界では33検体中30検体から耐性ウイルスが検出されたとしている[21]。
日本臨床内科医会インフルエンザ研究班では、「2008/2009年シーズンの抗インフルエンザ薬治療指針(私案)」を策定し示した[22]。その要旨は、現時点では混在型で流行しており、オセルタミビル耐性H1N1の流行が否定的な場合は「タミフル」も使用可能とし、オセルタミビル耐性 H1N1 の流行が確認された場合は「リレンザ」が望ましいとしている。
2009年7月現在日本のA型インフルエンザの97%を占めている新型インフルエンザ(H1N1だが、ソ連型とは異なる)は、ほとんどオセルタミビルに対する耐性を持っておらず、依然として有効とされる。
2009年4月 - 8月の遺伝子配列バンクの集計では、日本から提出された新型インフルエンザ・ウイルス98例中、オセルタミビル耐性は4例だった。
2009年8月の田代による厚労省への報告によると、新型インフルエンザ耐性ウイルスの出現例はデンマーク、大阪、山口、徳島、岩手、香港、カナダである(極めて少ない)。
異常行動[編集]
- 2005年11月、オセルタミビルの副作用が疑われる事例として、「タミフル」を服用していた2人の患者が異常行動の結果事故死(転落死など)したことが報道された。しかし一方で、インフルエンザ自体の症状として意識障害や精神神経系の異常症状がでることもあり、オセルタミビルが原因ではないとの一部専門家による見解がある。現時点では原因を特定できていない状況である。11月17日、アメリカ食品医薬品局 (FDA) は、インフルエンザ治療薬「タミフル」を服用した日本の小児患者12人が死亡したと公表した。4人が突然死、4人が心肺停止でそれぞれ死亡、意識障害、肺炎、窒息、急性膵炎(すいえん)により4人が死亡。他国の死亡例はない。また、皮膚超過敏症が十二件、幻覚、異常行動などの精神神経病的な症状が32件、世界で報告されたが、ほとんどが日本であった。FDA は、「タミフル」との因果関係の特定は困難とし小児科諮問委員会に報告書を提出した[23]。11月18日、厚生労働省は、日本国内の死者数について13人と把握していることを明らかにした。FDA は、「タミフル」が米国で認可された2004年3月から2005年4月までに安全性に関する調査を全世界で行ってきた。その結果を公表し、「タミフル」の副作用に関する監視を二年間継続する方針を明らかにした[24]。11月30日、日本小児科学会は、「タミフル」と異常行動との医学的因果関係を否定する見解を発表した[25]。
- 2007年2月28日、「タミフル」服用後に仙台の中学生がマンションから転落死するなどの事故の報告が続いたことから、厚生労働省は「インフルエンザ治療に携わる医療関係者の皆様へ[26]」という文書を発表し、「現段階でタミフルの安全性に重大な懸念があるとは考えておりません」としつつも、医療関係者に対し「万が一の事故を防止するための予防的な対応として、特に小児・未成年者については、インフルエンザと診断され治療が開始された後は、タミフルの処方の有無を問わず、異常行動発現のおそれがあることから、自宅において療養を行う場合、(1)異常行動の発現のおそれについて説明すること、(2)少なくとも2日間、保護者等は小児・未成年者が一人にならないよう配慮すること」と患者や家族に説明するよう、注意を喚起することとなった。同省は、同年3月20日、「タミフル服用後の異常行動について(緊急安全性情報の発出の指示)[27]」を発表。
- 2007年3月22日、厚生労働省が十代の未成年患者の使用制限を緊急発表。「タミフルは01年2月の国内発売以来、のべ約3500万人が使用した。昨年までに服用後の死亡が報告されたのは54人で、転落などの異常行動で、2007年2月28日までに死亡したのは5人。5人の死亡時の年齢は12–17歳。」(一部意訳修正済み)
- 2007年9月29日、(私立)ワシントン大学精神医学教授の和泉幸俊らは、オセルタミビルおよびその代謝産物を、若いラットより摘出した脳細胞に浸すと、神経細胞が一斉に興奮(発火)することを報告した。実際の組織内濃度をはるかに超えた状態で行われた実験のため、これが臨床的意味を持つものかどうかは未確定である。これらの成分が生体内において、血液脳関門を通過し実際に脳に至るとは証明されていない(現時点では、血液脳関門を通過できないとみられている)[28]。
- 2007年12月25日、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会安全対策調査会は、前年冬にインフルエンザと診断された17歳以下の患者約1万人を対象とした疫学調査の結果、異常行動の発生率は「タミフル」を服用しなかった患者(22%)に対して服用患者では10%で、10–17歳でも同様とした上で、生命にかかわる異常行動では発生率に大きな差が見られなかったことから「まだ解析の余地があり、タミフルと異常行動の因果関係は現時点で判定できない」として、十代への使用制限措置を「妥当」とする見解を発表[29]。
- 横浜労災病院の報告によれば、2006年12月から2007年3月までにウイルス抗原迅速検査で陽性となった1歳以上の335名の患者を対象とした調査結果では、初回内服から異常行動の発生までは 1.5時間から30時間と幅があり、オセルタミビルを内服した群では異常行動の発生が有意に低かった、従ってオセルタミビルは異常行動を抑制している可能性が示唆される[30]としている。
合成法[編集]
詳細は「オセルタミビル全合成」を参照
2006年現在、オセルタミビルは天然物である (−)-シキミ酸を出発物質とした半合成によって作られている。しかし、シキミ酸の供給量は限られたものであり、オセルタミビルをより大量に得るためには入手容易な原料化合物を用いた全合成を行う必要がある[31]。2006年、イライアス・コーリーによってブタジエンとアクリル酸を[32]、柴崎正勝によって 1,4-シクロヘキサジエンを出発物質とする[33]オセルタミビルの全合成法が報告された。
なお2007年には柴崎グループから改良法が[34][35]、福山透らからも全く新しい合成ルートが発表されている[36]。さらに他のグループによりL-セリンを原料とする方法[37]、鉄カルボニル錯体を用いる方法[38]、D-キシロースを出発物質とする方法[39]も報告されている。2009年には、東京理科大学林雄二郎らのグループが、有機触媒及びカスケード反応を用いて3段階、収率57%でオセルタミビルの全合成法が報告され[40]、2010年には林らのグループにより2工程、通算収率60%で合成できる改良法が報告された[41]。
ロシェ法[編集]
コーリー法[編集]
柴崎法[編集]
全合成を行う場合、分子内に3か所存在する不斉点をどのように導入するかが問題となる。柴崎法ではアジリジン 6 の不斉開環反応 (f) が鍵反応となっている。以下、合成経路を順に示す。
- まず、1,4-シクロヘキサジエン 1 を炭酸水素ナトリウムの存在下にメタクロロ過安息香酸でエポキシ化して 2 とし、アジ化ナトリウムで開環させラセミ体の 3 を得る。
- ヒドロキシ基をメシルクロリド/ピリジンでメシル化し、得られたアジド 4 を水素化アルミニウムリチウムでアミンへ還元して分子内環化を起こさせメソアジリジン 5 とする。
- 酸クロリド/トリエチルアミンで窒素上に3,5-ジニトロベンゾイル基を導入し6 とする。
- ここで 6 に対し、イットリウムトリイソプロポキシドとD-グルコース由来の不斉配位子から調整した不斉触媒とトリメチルシリルアジドを用い、アジド基を付加させる。
- 2 モル % の触媒存在下、プロピオニトリル中、室温にて48時間後に収率 96%、91% の鏡像体過剰率 (ee) で、2つの窒素原子がトランスに位置した 7 が得られる。
- 7 はイソプロピルアルコールから再結晶して光学純度を高め、99% ee とする。
- ジ-tert-ブチルジカルボネート/ジメチルアミノピリジンによるアミドの保護、加水分解による3,5-ジニトロベンゾイル基の除去、トリフェニルホスフィンを用いたアジドのアミンへの還元、そのアミノ基のtert-ブトキシカルボニル基 (Boc) での保護、の4段階を経てジアミドシクロヘキセン 8 を得る。
- 次に、残り2つの官能基のシクロヘキサン環上への導入を行う。まず二酸化セレンとデス・マーチン・ペルヨージナンで窒素原子の α 位を酸化する。
- アルコール 9 とエノン10の混合物(約3:2)が得られるが、これを単離することなくさらにデス・マーチン酸化を行いエノン 10 を単一生成物として得る。
- ここでさらに再結晶を行い光学的に純粋な(>99% ee)10を得る。
- これにビス(1,5-シクロオクタジエン)ニッケル(0)/1,5-シクロオクタジエン触媒でトリメチルシリルシアニドを 1,4 付加させたのち、N-ブロモスクシンイミド/トリエチルアミンで処理することで11 を得る。
- 得られた 11 に立体的に嵩高い水素化トリ(tert-ブトキシ)アルミニウムにより還元を行い立体選択的に(>20:1)12 を得る。
- 分子内光延反応で N-Boc アジリジンを生成させたのち、3-ペンタノール/三フッ化ホウ素・エーテル錯体で開環させ、ペンチルエーテルが導入された 13 とする。
- トリフルオロ酢酸でいったん両方の Boc 基を除去し、立体的に空いているアミノ基のみBoc基で再び保護し、もう一方のアミノ基には無水酢酸でアセチル化を施す。
- エタノール中塩酸で処理することでBoc基の除去と同時にシアノ基をエチルエステルへの変換を行う。
- 最後にリン酸で処理してリン酸塩とし、オセルタミビルを得る。
参考文献[編集]
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