出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2015/08/26 07:32:57」(JST)
この項目では、緊急事態における対応について説明しています。
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トリアージまたはトリアージュ[1](仏: triage)は、対応人員や物資などの資源が通常時の規模では対応しきれないような非常事態に陥った状況で、最善の結果を得るために、対象者の優先度を決定して選別を行うこと。
語源は選別を意味するフランス語の「
一般には災害医療において、負傷者等の患者が同時発生的に多数発生した場合に、医療体制・設備を考慮しつつ、傷病者の重症度と緊急度によって分別し、治療や搬送先の順位を決定すること[1]である。助かる見込みのない患者あるいは軽傷の患者よりも、処置を施すことで命を救える患者を優先するというものである[2]。日本では、阪神・淡路大震災以後知られるようになった[2]。平時では最大限の労力をもって救命処置された結果、救命し社会復帰し得るような傷病者も、人材・資材が相対的に著しく不足する状況では全く処置されず結果的に死亡する場合もあることが特徴である。一般病院の救急外来での優先度決定も広義のトリアージであり、識別救急(しきべつきゅうきゅう)とも称する。
この他、大規模地震で大量の避難者が出て避難所が大幅に不足する場合に、避難所の利用者に優先順位を付け、自宅を失った人、高齢者、障害者などを優先して受け入れる「避難所トリアージ」といった概念もある[3][4]。
以下では、災害および救急時の医療トリアージについて解説する。
「トリアージ」は災害医療等で、大事故、大規模災害など多数の傷病者が発生した際の救命の順序を決めるため、標準化が図られて分類されている。最大効率を得るため、一般的に直接治療に関与しない専任の医療従事者が行うとされており、可能な限り何回も繰り返して行うことが奨励されている。その判断基準は使用者・資格・対象と使用者の人数バランス・緊急度・対象場所の面積など、各要因によって異なってくる。例えば玉突き衝突事故等の、一般的に複数個の救急隊が出場する事案では、隊と隊の間の意思疎通・情報共有のためにもトリアージタッグが使用される。
元々はフランス軍の衛生隊が始めた、野戦病院でのシステムである。 その始祖はドミニク・ジャン・ラレィ(フランス語版)で、フランス革命後の数々の戦争で、戦傷者を身分に関係なく医学的必要性だけで選別した。それ以前の戦場医療は、患者の身分や社会的必要性で選別され、重傷度に関係なく身分の高い貴族から優先して治療されていた。フランス革命により民主主義が誕生した事で、身分に関係の無い、純粋に医学的必要性のみによる治療の選別が始まった。
フランス革命からナポレオン戦争の時代になるとトリアージの意味は変化し、軍事的必要性で選別する方式へと変質した。重傷者は見捨てられ、兵士として戦線復帰が可能な者に医療資源を投入して早期の戦力回復を図るようになった。社会的、軍事的必要性の高い人物に医療資源を集中して、軍事、社会システム全体の維持を図る全体主義による差別型トリアージである。クリミア戦争ではトリアージで重傷者と判定された患者が悲惨な扱いを受け、満足な治療を受けられずに不衛生な重傷者用野戦病院で次々と死ぬ事態になった。これを救済したのがナイチンゲールである。
医療の倫理では非道とされるトリアージは、民主主義思想の強い軍隊では導入を忌避されることもあり、アメリカ軍は第一次世界大戦から第二次世界大戦までトリアージに否定的だった。トリアージは傷病者が医療資源を超えてしまう野戦病院で行われており、本来は医療資源が豊富にあれば行う必要が無い。このため、医療資源が豊富だったアメリカ軍ではトリアージの導入は遅く、初めて組織的導入が行われたのは朝鮮戦争の時である。
現代の救急医療でのトリアージは、野戦病院のシステムが民間医療に逆輸入されたものである。
日本では1888年(明治21年)に森鴎外がヨーロッパからトリアージのシステムを持ち帰っていた。しかし、1889年(明治22年)に陸軍衛生教程が編纂された時に、日本ではトリアージの導入を行わなかった。森鴎外や石黒忠直ら当時の軍医のトップたちは、トリアージが赤十字国際条約で禁止されている「差別的治療」に当たるとして日本では導入しないことにした。
しかし、野戦病院のシステムはトリアージを行うことを前提に構築されているためトリアージ無しではシステムが機能しなくなるという問題があった。そのため、日本では「分類はするが優先順位はつけない」という欧米のトリアージを変形させた物になった。
その後、優先順位無しでは不便も多いことから、1923年(大正12年)に陸軍軍医総監の石黒大介はトリアージを行わない建前で、軍医関係者にだけ順位が分かるような隠語的な優先順位をつける方式へ変化させた。このシステムは満州事変で初めて大々的に行われた。なお、日本軍では「在隊治癒可能な微傷者」「自分で歩ける徒歩可能者」「担架で搬送しなければならない重傷者」「助かる見込みの無い死者」に分類していた。
日本式のトリアージは第二次世界大戦(太平洋戦争)後に日本軍の解体と共に失われた。
1994年(平成6年)の中華航空機墜落事故の際、消防・医師会などで様式が異なり、現場が混乱したことを教訓に、1996年(平成8年)に現在の標準様式が定められたという[5]。
大まかに以下の要件で判定される。
判定結果は4色のマーカー付きカードで表示され、一般的に傷病者の右手首に取り付けられる。このカードは「トリアージ・タッグ」と呼ばれ、不要な色の部分は切り取り、先端にある色で状態を表す。
治療できないものおよび、治療対照群(治療不要も含む)が3段階と、計4段階に分類している。本来、この分類は「最大多数の最大幸福」という観点から決定される優先度分類であるべきであるが単なる重症度・緊急度分類となっている可能性もある。後述のSTART法による分類はその典型例といえる。
日本では、阪神・淡路大震災の教訓から総務省消防庁によって、トリアージ・タッグの書式が規格として統一されている。この書式が国単位で統一されたのは日本が初めてである。
搬送・救命処置の優先順位はI → II → IIIとなり、0は搬送・救命処置が原則行われない。
この分類はその現場の救命機材・人員の能力、搬送能力、搬送先医療機関の能力、症状者の数などで、相対的に変化する。「この状態ならばこのカテゴリー」という絶対的基準は無く、傷病者が多い状況なら0に該当するものも、余裕がある状態ならIに該当する。
なお、特に0に当たる黒タッグはその被災者にとって唯一の診療録となり、後に遺族や警察・保険会社などが参照するものである。そのため、一目で死亡と分かる状態でも被災状況・受傷状況などを記載しておくべきである。
救助者に対し傷病者の数が特に多い場合に対し、判定基準を出来るだけ客観的かつ簡素にした物がSTART法[10]である。これは、救急救命室で用いられる外傷初期診療ガイドライン日本版にて、プライマリー・サーベイで用いられるABCDEアプローチに基づいたものとなっており、具体的には以下のようになる。
小規模の災害なら赤になる例でもSTART法では黒になってしまう事が多くなるが、これは(現場に混乱を来してしまうほどの)大規模災害のために考え出されたものである。また、この方式は腹膜刺激症状やクラッシュ症候群などの病態を無視しており、追って詳細な状態観察とトリアージが継続されることを前提としている。
クラッシュ症候群を前提とする場合は、判定の最上位に『2時間以上挟まれていたか?』を加える。
トリアージは言わば、「小の虫を殺して大の虫を助ける」発想であり、「全ての患者を救う」という医療の原則から見れば例外中の例外である。そのため、大地震や航空機・鉄道事故、テロリズムなどにより、大量負傷者が発生し、医療のキャパシティが足りない、すなわち「医療を施すことが出来ない患者が必ず発生してしまう」ことが明らかな極限状況でのみ是認されるべきものである。しかし災害の規模が対応側のキャパシティを超過しているか否かを一切考慮せず、ただ単純に「災害医療とはすなわちトリアージを行うこと」「重傷者は見捨てるのがトリアージ」だとする認識も蔓延している。
一般的に重傷者よりも軽傷者の方が負傷の苦痛の訴え自体は激しいため、優先度判定を惑わせる場合がある。また、第三者や軽傷者本人が優先度判定に疑問を持ち、不信感を持つ場合があり、それが現場での治療の妨げや後日のトラブルの原因となる可能性がある。
日本で採用されているもぎ取り式のタグは、負傷者の偶然または故意の行為によってタグがもぎ取られることで、評価の重度を大きくする可能性があり、その点も常に考慮を要する。
日々救命の現場で働く看護師や救命士であれば、現場に疎い医師よりも迅速・確実な判断ができる事が明らかであるが、「黒」はすなわち「死亡」「助けられない」として切り捨てる判断そのものであり、死亡の診断を下すことが法的に許されていない救急救命士がトリアージで「黒」を付ける決断が難しい、心理的な負担が医療関係者以上に大きい等の問題がある。 2004年8月9日に福井県の美浜原子力発電所で発生し10数名が死傷した重大労災事故では、救出時に心肺停止状態だった4名に「黒」の評価が現場でなされ、救急搬送はされなかった。なお、のちの検死により、この4名は即死状態で蘇生不可能だったことが判っている。
トリアージでは優先度を4段階に分類するが、簡便である一方、段階数が少ないため、同じ判定の傷病者でも優先度が大きく異なる場合があることも問題点として指摘されている。例えば、いわば「典型的赤」と「かぎりなく黄に近い赤」の負傷者がいたとした場合、前者の治療順位が高くなるべきだが、トリアージではいずれも同じ「赤」となってしまう。
START法をある一定の訓練を受けたものが行うならば、その判断に誤差が出ることは少ない。しかし、本来そのトリアージ分類基準は、そのときの傷病者の数や医療能力により異なるものである。それを考慮せず一律に分類するSTART法は、重傷度分類に過ぎず、優先度分類ではない。
また、黒とは正しくは、「何もしないと死亡することが予測されるが、その場の医療能力と全傷病者状態により、救命行為(搬送も含めて)を行うことが、結果として全体の不利益になると判断される傷病者」のことである。しかし、「その場での救命の可能性がない傷病者」と誤解される事が多い。たとえば、心室細動で心肺停止状態の傷病病者を想定する。初期から心肺蘇生法を行えば、救命の可能性は十分ある。しかし、その心肺蘇生には数人かつ10分以上必要である。その傷病者にそれだけの医療能力を割り当てることが可能ならば赤タグとなり、不可能ならば黒タグとなる。このように優先度分類は相対的な物である。
また、トリアージは戦時での軍人軍属を対象とした軍隊のシステムであり、災害時であっても民間人を対象とする平時の救急医療にはなじまないという批判も存在する。 たとえば、軍隊でのトリアージでは、優先度判定などのミスによって死者が出たり障害が残ったりしても患者は基本的に軍人か軍属であり、彼等は国から年金や恩給、名誉負傷勲章などが送られ、差別的な扱いを受けたことによる損害に対して補償が約束されている。さらには軍隊内部のことなので、差別されることを命令できるなど患者と医師が統一された組織の構成員であり命令系統に服しているためトリアージが有効に機能するという点も重要である。トリアージを行った医師に対しても軍事上のことなので、よほどの重過失が無い限り判断ミスなどの責任が問われることは無く、医療ミスについて患者個人から訴えられることも無い。しかし、災害時に行われるトリアージには、このような責任問題や後の問題についてまで具体的な法制度や救済システムは、未だに構築されていない。
トリアージオフィサーなどの医師の配置や再トリアージの基準などについての徹底したガイドライン作りと、法的解釈の明確化の推進が不可欠である。災害などの非常混乱時には、70%以上の患者に適正なトリアージが行われれば成功の部類に入ると言われており、すなわち少なくとも2割程度の判断ミスは防ぎようがない。また「助かりそうにない患者」と「助かりそうな患者」を判別できるとは誤魔化しであるという批判も存在する。そのような診断、判定は往々にして、自己成就予言的なものではないかというものである。実際、トリアージが行われた場合、事後に検視等によってトリアージの判断の是非を検証を求めるべきなのか、またトリアージオフィサーの判断は事後に法的処分の対応になるか、という点でも、法の整備と国民の合意形成が求められる。
一部にはトリアージがジュネーヴ条約に違反する違法行為であることを指摘する意見もある[12]
赤と黒の識別が付きにくいタイプの色覚障害を持つ人は、男性では1%に存在するという。2型色覚の人は赤を茶色と同じようにみなすことで黒と識別するが、1型の人は赤を暗く感じるため黒との識別に困難を生じるという[13]。2013年、日本救急医学会は、現行の様式では妊婦の識別欄がない等の問題点も踏まえ、様式改善に向けて、検討に乗り出した[14]。
北海道札幌市では夜間の産婦人科救急の判定を行うために2008年10月より産婦人科救急電話相談をスタートさせた。これは、産婦人科の症状に関して電話でトリアージし、今すぐの受診が必要か明日まで様子を見てよいものかを判断するものである。札幌市の特徴としては、一般の市民や救急車・警察・一次医療機関の搬送要請に関してコーディネートも一貫で行うものであり、日本でもこのようなサービス事例は他には無い。1年間で相談件数はおよそ2000件程度である。実際の搬送件数は10%となり、夜間の緊急選定に大いに貢献している。
横浜市では2008年10月1日から施行された横浜市救急条例により、119番通報時に緊急・重症度を識別する「コールトリアージ」が運用されている。
アメリカ合衆国(ニューヨーク州)では、国民皆保険制度が完全実施されていないため、医療費の支払いができない中-低所得者が救急医療制度に頼る傾向が強くなっている。このため救急救命室には重症患者から軽症患者まであふれかえる状況になっており、患者の状態から受診の優先順位が決められる広義のトリアージが行われている[15]。
イスラエル国防軍の野外病院では、多数の患者の発生により医療資源が逼迫した状況下での行動指針として、術後24時間以内に容態が安定する見込みのある患者にのみ集中治療室のベッドを与えたり、開放性骨折患者を積極的に受け入れて手術や抗生物質投与等の手厚い治療を施したりする一方で、来院の時点で既に敗血症を起こしている患者や、頭部外傷や脊髄損傷の患者に対しては、速やかに後送できる状況にない場合は医療行為を一切実施しない、といった選別のマニュアルがある[16]。
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