出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2013/05/30 21:00:42」(JST)
この項目では、レーシングチームについて記述しています。カメラメーカーについては「ホートン」を、商船の旗については「商船旗」を、軍艦の旗については「軍艦旗」をご覧ください。 |
参戦年度 | 1973 - 1982 |
---|---|
出走回数 | 99 |
コンストラクターズ タイトル |
0 |
ドライバーズタイトル | 0 |
優勝回数 | 0 |
通算獲得ポイント | 19 |
表彰台(3位以内)回数 | 0 |
ポールポジション | 0 |
ファステストラップ | 1 |
F1デビュー戦 | 1973年フランスGP |
初勝利 | - |
最終勝利 | - |
最終戦 | 1982年アメリカGP |
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エンサイン(Ensign)は1973年から1982年までコンストラクターとしてF1に参戦していたイギリスのレーシングチーム。チーム代表はモーリス・ナン。
目次
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1973年、ドライバーのリッキー・フォン・オペルがF3のシャーシコンストラクターであったモーリス・ナン率いるエンサインにマシン製作を依頼しF1参戦を開始。この年はオペルの1カーで第8-10,12-15戦のみのエントリーであった。
1974年にテディ・イップ率いるセオドール・レーシングのスポンサードを受けた。しかしノーポイントに終わる。この年も第4,5,8-14戦のみのスポット参戦となった。
1975年は第9戦から新車N175を使用した。それまではN174を使用していたが、入賞は第11戦での6位1回のみであった。
1976年は2年落ちのマシンであるN174を第3戦まで使用。それ以降はN176に切り替えられた。開幕戦ブラジルGPと最終戦日本GPのみ欠場。
1976年から1977年にかけてボロというコンストラクターが参戦していたが、このチームのマシンは「エンサイン N175」をベースとしていた。
1977年には、フェラーリからクレイ・レガッツォーニの移籍に伴い、彼の個人スポンサーであるティソットがチームへのスポンサードを開始。また、フル参戦も開始。
この年に投入された新車N177は、前年の車であるN176からマイナーチェンジしか施されていない。しかもこのマシンは1979年まで使用されることとなる。
この頃から資金難に悩まされていたチームはドライバーを頻繁に変えていくことになる。その中で1978年ドイツGPにスポット参戦したのは後の3度のワールドチャンピオンとなるネルソン・ピケだった。
1980年にはレガッツォーニがウィリアムズからエンサインに復帰した。しかし、第4戦アメリカ西GPで、ブレーキペダルの折損による大クラッシュでレガッツォーニは下半身不随となってしまい引退してしまった。
1981年にチーム唯一となるファステストラップをマルク・スレールが記録した。
チームは1982年末にコンストラクターとして活動していたセオドールと合併し、1983年はセオドールとして参戦したが、セオドール自身も1983年いっぱいでF1から撤退してしまった。ちなみに、1983年向けに開発されていた「エンサイン N183」は名前を変え、セオドールから「セオドール N183」として使用された。
F1撤退後、アメリカのチャンプカーに参戦した。
年 | エントリー名 | 車体型番 | タイヤ | エンジン | 燃料・オイル | ドライバー | ランキング | 獲得点数 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1973年 | チーム・エンサイン | N173(MN01) | F | フォードDFV | バルボリン | リッキー・フォン・オペル | -位 | 0 |
1974年 | チーム・エンサイン | N174 | F | フォードDFV | バルボリン | リッキー・フォン・オペル ヴァーン・シュッパン |
-位 | 0 |
1975年 | HBビウェイキング・チーム・エンサイン | N174 N175 |
G | フォードDFV | バルボリン | ロエロフ・ヴンデリンク ジイズ・ファン・レネップ |
13位 | 1 |
1976年 | チーム・エンサイン | N174 N176 |
G | フォードDFV | バルボリン | クリス・エイモン ジャッキー・イクス |
12位 | 2 |
1977年 | チーム・ティソット・エンサイン・ウィズ・カストロール
|
N177 | G | フォードDFV | カストロール フィナ |
クレイ・レガッツォーニ パトリック・タンベイ |
10位 | 10 |
1978年 | チーム・ティソット・エンサイン
|
N177 | G | フォードDFV | フィナ | ダニー・オンガイス ランベルト・レオーニ |
13位 | 1 |
1979年 | チーム・エンサイン | N177 N179 |
G | フォードDFV | バルボリン | デレック・デイリー パトリック・ガイヤール |
-位 | 0 |
1980年 | ユニパート・レーシング・チーム | N180 | G | フォードDFV | ユニパート | クレイ・レガッツォーニ ティフ・ニーデル |
-位 | 0 |
1981年 | エンサイン・レーシング・チーム | N180B | M
|
フォードDFV | バルボリン | マルク・スレール エリセオ・サラザール |
11位 | 5 |
1982年 | エンサイン・レーシング | N180B N181 |
M
|
フォードDFV | バルボリン | ロベルト・ゲレーロ | -位 | 0 |
*枝がついているチームに車体を供給(括弧内に供給した車体の型番を記載)
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