出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2016/02/21 05:22:16」(JST)
冪級数 (べききゅうすう、英: power series) は多項式に似た級数の一種である。具体的には可換環 R に対し、R の無限列 (an)n∈N と不定元 x から作られる形式的な級数
を冪級数、あるいは R 上の形式(的)冪級数 (英: formal power series) とよぶ。各 anxn を冪級数の項と呼び、各 an を係数と呼ぶ。係数列 (an)n∈N に対して得られる冪級数はこの係数列の母関数とも呼ばれる。また、c ∈ R に対して、
の形に表される級数を c を中心 (英: center) とする冪級数などと呼ぶ。
冪級数の取り扱いには大きく分けて二つある。四則演算などの代数的性質のみに着目する形式冪級数と、関数などの解析的性質に着目する収束冪級数である。
数列 (an)n∈N が(実質的)有限列つまり、適当な自然数 m があって、n>mなら必ず an = 0 が成り立つような列であるとき、これを係数列とすることによって得られる形式冪級数
は実質的に有限個の項からなり、多項式である。多項式に対してはその係数列の有限性から係数が 0 にならない添字の最大値 max{n∈N | an ≠ 0} として次数 deg(f) を考えることができたが、冪級数に対して同じことを考えるとほとんど全部の冪級数の次数は無限大であり、したがって、形式冪級数は形の上では多項式の次数を無限大に飛ばした類似物であると見ることができる一方で、形式冪級数に対して次数を考えてもほとんど何の役にも立たないということになる。形式冪級数に対して“多項式における次数”のような役回りを演じるのは、係数が 0 にならない添字の最小値 min{n∈N| an ≠ 0} である。多項式と形式冪級数との関係は有理数と実数(の無限小数展開)および p-進数(の p-進展開)との関係の類似であり、実際に冪級数を有限体上で考えれば、これら類似性は大域体とその局所化である局所体との関係として一般的に取り扱われる。
収束冪級数は形式冪級数にその収束域を考え合わせたもので、収束冪級数はその収束域上で関数を定める。特に複素解析において解析関数を取り扱う際に重要な役割を演じる。
数列の持つ性質を母関数によって調べる組合せ論的な手法では、得られる冪級数が収束することが、冪級数に操作を施して得られた数列の性質をすべて肯定することになるため、収束性の確認は重要である。にもかかわらず、数列にとっては母関数が“何らかの意味で”収束する点を(中心以外に)持ちさえすればよいので、母関数の収束性にそれほど注意が払われることもない。
このセクションでは R をある可換環とし、R に係数を持つ冪級数を扱う。
同じ中心を持つ 2 つの冪級数が与えられたとき、それらの和・差・積が定義され、再び冪級数となる。すなわち、
に対し、和 f + g と差 f - g が各項の係数の和・差をとることにより
のように定まる。また、積 fg とは
とおくとき、係数 mn を畳み込み
で定めることによって得られる冪級数のことを言う。
また、c ∈ R に対し、
によって定まる冪級数 cf を、冪級数 f のスカラー c 倍という。
R 上の形式冪級数の全体を R[[x]] で表すと、上記の演算により R[[x]] は R 上の結合的多元環となる。これを R を係数環とする 1 変数の形式冪級数環と呼ぶ。
体 K 上の形式冪級数環 K[[x]] は完備な離散付値環である。またこのとき、冪級数の商は必ずしも冪級数とはならないが、それはある負の数を冪にもつような項からはじまる冪級数と似た形の級数(ローラン級数)として定まる。K 上の 1 変数ローラン級数の全体 K((x)) は K[[x]] の商体になるので、K((x)) をローラン級数体という。
R を係数環とし、X = c を中心に持つ冪級数 f(X) ∈ R[[X − c]] に対して、不定元 X への R の元 r の代入
は右辺が実質有限和である場合などを除き必ずしも意味を成さないが、係数環 R が位相環であるときには収束性を考えることによって意味を持たせることができて、部分関数
が定まる。この部分関数 f の定義域は、代入によって得られる級数 f(r) が収束して R の中に値を持つような r の全体であり、冪級数 f(X) の収束域と呼ばれる。冪級数 f(X) の収束域は f(X) の中心 X = c を必ず含む。また、収束域が中心 X = c 以外の点を含む領域 D である冪級数を、D 上の収束冪級数と呼ぶ。収束冪級数は、形式冪級数 f(X) とその収束域 D の組 (f(X), D) として定まる。
実数全体のなす体 R や複素数全体のなす体 C などは完備な距離を持つ位相体であり、これらの体上の冪級数の収束が一様であることを確かめることは難しくない。とくに冪級数の収束域は収束円と呼ばれる円板であり、収束円の半径を収束半径と呼ぶ。収束冪級数の中心は収束円の中心である。
収束の一様性により、収束冪級数は収束円内で項別微分・項別積分ともに可能である。つまり冪級数
に対して、
が成立する。
複素冪級数 を考える。f(z) の収束半径を r とする。このとき
が成り立つ。ただし、便宜的に 0-1 = ∞、∞-1 = 0 と考える。また、実際の計算では
を使った方が容易に求まることが多い。ただし、この右辺の極限は存在するとは限らない。極限が存在するときに収束半径(の逆数)が求まるという意味である。
複素数平面上の領域 D 上の収束冪級数 f(z) が定義する複素関数 f: D → C は D 上正則であり、D 上解析的な関数のクラス Cω(D) に属する。収束冪級数の集まり (fλ(z), Dλ)λ∈Λ は張り合わせ条件
を満たすとき(∪λ Dλ 上の)解析関数と呼ばれる。
多変数の形式冪級数環も x = (x1, ..., xn) を不定元として帰納的に
として定義することができる。また多重円板の中心を c = (c1, ..., cn) とするとき、R[[x1 − c1, ..., xn − cn]] に属するおのおのの冪級数は
あるいは多重指数の記法を使って
という形に書き表される。
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