出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2014/10/26 11:25:22」(JST)
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GTL(英: gas to liquids;ジーティーエル)とは、天然ガスを一酸化炭素と水素に分解後、分子構造を組み替えて液体燃料などを作る技術である。
炭素数が1個から数個程度と少ない炭化水素ガスを原料として、一度、フィッシャー・トロプシュ反応(FT反応)によって、最大100個以上も炭素が繋がった大きな炭化水素分子を合成してから、水素化分解工程によって、炭素数が11-15程度の灯油や軽油を製造する技術である。
狭義には、炭素数が1個のメタンガスを主成分とする天然ガスを原料として、FT反応を経て最終的に灯油、または軽油を合成する技術を指し、広義には、原料は天然ガスに限定せず炭化水素ガスからやはりFT反応を経て最終的に液体燃料や固形のワックスを合成する技術を指す[1]。
フィッシャー・トロプシュ法は天然ガス(メタン)、石炭、バイオマスを一酸化炭素と水素の混合ガスに転化して、石油を化学合成するのに広く使われる方法である。
1バーレルあたり30ドルから60ドルと言われており、2008年以降は原油価格の高騰により、採算点を突破した。
この技術により製造された製品は「GTL燃料」と呼ばれており、かつては「人造石油」などと呼ばれていた。また、この技術により製造された軽油や灯油は、「合成軽油」、「合成灯油」、「FTD (Fischer-Tropsch Diesel) 燃料」などと呼ばれることがある。燃料以外ではFT合成で得られたワックスを水素分解・異性化・脱蝋し製造した潤滑油基油をGTL基油などと呼ぶこともある。
製造工程は主に3つからなる。
最終製品を作り出す最後の水素化処理工程はGTL分野においてアップグレーディングと呼称される。
それに対して、原発の核熱を夜間は発電ではなく、石炭/ガス液化の化学反応熱源にして、石炭/ガスの節約を図り、CO2排出を減らし、揚水発電を不要とする「原子力石炭液化」も提案されている[3]。
GTLの技術は1923年(大正12年)にドイツでフランツ・フィッシャーとハンス・トロプシュにより発明された。現在、GTLは天然ガスを加工する技術として位置付けられているが、当初は石炭をガス化させたものを化学反応により液化するCTL/石炭液化技術として開発された。
開発当時の原油価格ではGTL/CTLによる人造石油は価格競争力がなかったが、戦時にはドイツは英国海軍に海洋封鎖されることが予測されたため、安全保障の観点から研究が推進された。第二次世界大戦中のドイツでは、ナチス政府による保護の下、GTL技術を用いた人造石油が量産され、軍用/民間燃料をCTLでまかなうことができた。同じ時期に日本でもドイツから導入した技術をもとに、石炭からの人造石油の製造が進められたものの、技術力や物資が不足しており、工場も爆撃破壊されたことから計画通りに行かず、失敗に終わった。
1937年(昭和12年)には人造石油製造事業法(昭和12年法律第52号)が制定され、1940年(昭和15年)に福岡県の大牟田と北海道の滝川にGTL工場(北海道人造石油)が建設された。同工場では、ガソリン、軽油及びワックスが生産されたが、生産量は戦時下の需要を満たす規模とはならなかった。大牟田の工場は1945年(昭和20年)に爆撃破壊され、その他の工場も建設途中で爆撃されるなど完成には至らなかった。滝川の工場は終戦後数年間操業を続けたが、生産にコストがかかりすぎたため、1952年(昭和27年)に経営破綻した。(GTL/CTLの生産コストは1バーレル30ドル、販売価格50ドルでないと採算に乗らない。2012年の原油価格は枯渇により1バーレル100ドルになったが、当時は1バーレル4ドルであった)
第二次世界大戦後、GTL/CTLによる石油製品の製造は各国で縮小していった。唯一、南アフリカでは、豊富な石炭資源を背景として、サソール(英語版)によるCTL開発・製造が行われており、第一次石油危機(1973年〜)の時期に世界から注目を浴びることとなった。アパルトヘイト政策に対する経済制裁として南アフリカに対する原油の禁輸が行われていた関係から、同国は原油に替わるエネルギー資源の確保策としてGTL技術を用いた石炭や天然ガスからの石油製品の精製を推進していた。
民間企業では、ロイヤル・ダッチ・シェル社、三菱商事子会社、マレーシアサラワク州政府及びマレーシア国営石油ペトロナスの合弁企業がマレーシアにプラントを設置し、1993年(平成5年)より商業ベースでGTL技術を用いた天然ガスからの石油製品精製を開始している。
2000年代に石油価格が1バーレル50-100ドル前後にあがったために、華能集団が神木炭田でCTLのテスト生産を2009年に始め、試験結果良好だったため、2016年操業開始予定で大型プラントを建設中である。
アメリカにおけるシェールガス開発に伴いGTLプラント建設計画が商用・試験レベルで複数出ている。大規模なところではシェルとサソールが計画していたが、シェルは建設コストの上昇と長期的な天然ガスと原油の価格差が不確定という理由から計画を撤回している。
2001年(平成13年)から昭和シェル石油はGTL技術を用いた灯油を試験的に発売している。2001年(平成13年)昭和シェル石油はGTL技術を用いたE灯油を鎌倉市で試験的に発売。2004年(平成16年)12月4日より、横浜市および鎌倉市の一部地域でテスト販売をした。横浜市、横須賀市、逗子市に範囲を広げ、会員限定で販売。
2005年(平成17年)には、E灯油をエコ灯油という商品名に変えて、東京都世田谷区、神奈川県藤沢市、厚木市などに範囲を広げ、販売した。2006年(平成18年)、川崎市、小田原市を除く神奈川県内一部地域、群馬県内の一部地域で地域限定で販売を行った。カタールのGTLプラントの稼動に合わせ、順次販売地域を拡大する方針。2007年(平成19年)、川崎市、小田原市を除く神奈川県内一部地域、群馬県内の一部地域で地域東京都の一部で限定で販売中。ポリ缶方式をやめ、リサイクル可能な一斗缶式に換えて販売している。2010年(平成22年)には13都府県、2011年11月から取扱店を3倍の400店舗、37都道府県に拡大するほか、自社サイト[4]とアマゾンによる通販(運送は西濃運輸)も始めた。なお安全性試験が未完了のため、石油ファンヒーター専用となっている[5]。
2005年(平成17年)に開催された愛知万博では、ハイブリッド・シャトルバスの燃料として、日本で初めて、ディーゼルエンジンにGTL燃料が用いられた。このシャトルバスは、万博八草駅(現・八草駅)と万博会場間などを走行した。
潤滑油基油としてはシェルが1994年よりマレーシアで製造されたFTワックスを昭和四日市石油にて精製しGTL潤滑油基油(名称:XHVI)を製造している。これは昭和シェルのエンジンオイルなどに使われている。
研究開発は石油資源開発や石油天然ガス・金属鉱物資源機構などで進められており、2007年9月4日に新潟市北区の新潟東港に隣接する「新潟市東港工業団地」で実証プラントの起工式が行われ、2009年春から稼働を開始している。
2007年(平成19年)12月から、国土交通省の委託事業で独立行政法人交通安全環境研究所が中心となり、GTL技術を用いた合成燃料による公道走行試験が実施されている[6]。
GTL生産プラントは南アフリカ、マレーシア、カタールなどにあり、近年では特にカタールに計画が集中していた。これには政情の安定、および安価なガス価格、そしてカタール政府の積極的なサポートといった理由がある。しかし2007年以降は様々な理由から計画の中断、中止となっている。大規模計画としてはExxonMobil、ConocoPhillips、SasolChevron、Marathon Oilなどが持っていたがいずれも中止か中断となっている。現在カタールにはサーソルとシェルのプラントが存在する。その他にはナイジェリアに建設中のプラントがある。アルジェリアとトリニダード・トバゴでも計画があったが前者は中止、後者は建設中断という状況となっている。生産規模としては以下のShellのPearl GTL計画が最大のものとなる予定。
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