出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2012/12/30 18:23:56」(JST)
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胚性幹細胞(はいせいかんさいぼう、Embryonic stem cells)とは、動物の発生初期段階である胚盤胞期の胚の一部に属する内部細胞塊より作られる幹細胞細胞株のこと。英語の頭文字を取り、ES cells ES細胞(イーエスさいぼう)と呼ばれる。
生体外にて、理論上すべての組織に分化する分化多能性を保ちつつ、ほぼ無限に増殖させる事ができるため、再生医療への応用に注目されている。またマウスなどの動物由来のES細胞は、体外培養後、胚に戻し、発生させることで、生殖細胞を含む個体中の様々な組織に分化することができる。また、その高い増殖能から遺伝子に様々な操作を加えることが可能である。このことを利用して、相同組換えにより個体レベルで特定遺伝子を意図的に破壊したり(ノックアウトマウス)、マーカー遺伝子を自在に導入したりすることができるので、基礎医学研究では既に広く利用されている。
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その製法は受精卵が胚盤胞と呼ばれる段階にまで発生したところで取り出して、フィーダー細胞 (feeder cell) という下敷きとなる細胞と一緒に培養をすると、内部細胞塊が増殖を始める。この内部細胞塊は、胎盤などの胚体外組織以外の、全ての身体の組織に分化してゆく細胞集団である。増殖した内部細胞塊由来の細胞をばらばらにしてフィーダー細胞に植え継ぐ操作を繰り返し、最終的に「ES細胞株」を樹立する。マウスの場合にはLIF (leukemia inhibitory factor) という分化抑制因子を加える。一方、ヒトES細胞株の場合にはLIFは必要ないが、bFGF (basic fibroblast growth factor) が必要になる。いずれにしても、自発的に分化しやすい細胞であり、分化多能性の状態を保ったままの継代には非常に注意を要する。ES細胞であることを示すマーカーには、Oct3/4, STAT3, Nanogなどの遺伝子の発現がある。
ES細胞を樹立するには、受精卵ないし受精卵より発生が進んだ胚盤胞までの段階の初期胚が必要となる[1]。ヒトの場合には、受精卵を材料として用いることで、生命の萌芽を滅失してしまうために倫理的な論議を呼んでいる(一般的に、卵子が受精して発生を開始した受精卵以降を生命の萌芽として倫理問題の対象となるとみなしている。神経系が発達した以降の胚を生命の萌芽とみなす考え方もある。)。先進国においては、例えば米国ブッシュ政権が2001年8月に公的研究費による新たなヒトES細胞の樹立を禁止している様に、いずれヒトになりうる受精卵を破壊する事に対する倫理的問題から現段階でのヒトES細胞の作製を認めない国がある。一方、パーキンソン病などの神経変性疾患、脊髄損傷、脳梗塞、糖尿病、肝硬変、心筋症など根治の無かった疾患を将来的に治療できる可能性から、その研究を認める国などに対応が分かれている。日本においては体外受精による不妊治療において母体に戻されなかった凍結保存されている胚の内、破棄されることが決定した余剰胚の利用に限って、ヒトES細胞の作成が認められている。米国においても、公的研究費を用いない形での研究がハーバード大学幹細胞研究所などで行われているほか、カリフォルニア州においては、アーノルド・シュワルツェネッガー知事が認める方向を打ち出すなど大きな社会的議論になっている。また、受精卵を用いるES細胞の新たな作製にともなう倫理的問題を回避するために、次の項に述べるような方法も開発されている。
2006年にAdvanced Cell Technology社のRobert Lanzaらのグループは、マウス[2]およびヒト[3][4]において、胚盤胞期以前の卵割期の胚の単一割球のみを用いて、胚の発生能を損なうことなく、ES細胞を樹立することに成功した。この技術開発により受精卵を破壊せずにES細胞の樹立を行うことが可能になった。 同年、ニューキャッスル大学のMiodrag Stojkovicらのグループが、発生停止したヒトの胚からES細胞を樹立することに成功した[5]。これにより、不妊治療において廃棄されていた過剰な卵を用いることが可能になった。
ヒトES細胞を用いた再生医療は、現時点ではまだ開発中であり実現はされていない。
ES細胞を再生医療に応用するためには、まずES細胞をある特定の細胞に分化させなくてはならない。これについては、神経細胞や心筋細胞、膵臓ベータ細胞などに効率的に分化させる方法が盛んに開発されている。その上で、分化した細胞を選択後、移植することになる。例えば、糖尿病患者に対しては、ES細胞の分化によって得たインスリンを分泌する膵臓ランゲルハンス島(膵島)ベータ細胞に相当する細胞を、患者に移植するという操作が必要となるが、主要組織適合抗原 (MHC) が患者とES細胞の材料となった受精卵とで異なる事が大半であるために、移植しても拒絶されるという問題点がある。
これを克服するため、患者由来の遺伝子を有するES細胞を樹立する事ができれば、拒絶される事はなく幅広い応用が可能になる。近年動物においては、体細胞核移植の技術により、卵の核を体細胞の核と置換してクローン胚を得、そこから生体外にて胚盤胞にまで発生させた後にES細胞を樹立する事が可能になっている(体細胞由来ES細胞)。ヒトにおいても技術的には動物と同様にこの技術を用いてクローンES細胞を得る事は可能であると思われている。だが、成功率が低いため多量の卵を必要とすること、更にその中途段階にて得られるクローン胚を母体の子宮に戻せばクローン人間を作製することが可能であるために、先進国各国の大多数において現段階ではヒトクローンES細胞の作製は禁止されている(現在ではクローン個体を作製しないという限定条件下にて、難病治療目的でのクローンES細胞の作製は認められる方向である)。なお、この倫理的問題を解決するために、既に樹立されたES細胞と体細胞を融合させ、多分化能を持つ細胞を作製する手法が開発されている[6][7]。この場合、拒絶反応を回避するにはES細胞由来の染色体を除去する必要があり、その技術開発が進められている。
また、ES細胞を生体外にて増殖させ続けると、染色体変異、遺伝子異常が生じて次第に蓄積していく事が明らかとなっており、医療への応用は樹立後間もない株に限られるであろう。こうした遺伝子異常の結果、癌(がん)化する可能性も指摘されている。以前は、ES細胞は、ウシ胎仔血清など動物由来の成分を含んだ培地で培養することが一般的であったが、現在は、これらの問題は既に解決されており、先進国のES細胞研究所では、既に、動物由来成分を含まない培地を用いてヒトES細胞を増殖・分化させることが常識となっている。
遺伝子疾患の患者の核を移植したntES細胞を用いると、この細胞を適切に分化させることで、生検せずとも、患者と同じ表現形質を持った体細胞を多量に得ることができるようになる。このような体細胞は、病因の研究や薬剤のスクリーニング(選別)など治療法の開発に有用である。
2004年にシカゴ生殖遺伝学研究所のユーリー・バーリンスキーらのグループは、遺伝病を持つヒトの胚から20のES細胞株を樹立することに成功した。これらは深刻な遺伝病の治療研究に使用可能な初のES細胞である。ユーリー・バーリンスキーは現在、他に遺伝子の異なる200株以上のES細胞を保有しており、これらは医薬品のスクリーニング(選別)などへの使用が可能である。
2006年8月10日、京都大学再生医科学研究所の山中伸弥らは、マウスの胚性線維芽細胞に4つの因子 (Oct3/4,Sox2,c-Myc,Klf4) を導入することでES細胞のように分化多能性を持つ人工多能性幹細胞(iPS細胞; induced pluripotent stem cells)が樹立できることを科学雑誌セルで発表した[8]。
2007年11月20日、山中らのチームはさらに研究を進め、ヒトの大人の細胞に4種類の遺伝子(OCT3/4,SOX2,C-MYC,KLF4)を導入することで、ES細胞に似た人工多能性幹(iPS)細胞を作製する技術を開発、論文としてセル誌で発表し、世界的な注目を集めた[9][10]。また同日、世界で初めてES細胞を作製したことで知られるウィスコンシン大学のジェームズ・トムソンらのグループもヒトの胎児の細胞に4種類の遺伝子(OCT3/4, SOX2, NANOG, LIN28)を導入する方法でiPS細胞を作製する論文を発表した[11][10]。
この2チームはそれぞれ個別に研究していたが、奇しくも同様の研究成果を同じ日に発表するに至った。この2チームの研究成果は、大まかな細胞の作製方法こそ似ているが、導入した遺伝子が一部異なっている。
ES細胞の作製時における倫理的問題や拒絶反応の問題を一挙に解決できるため、ES細胞に代わる細胞として大きな注目と期待を集めているが、iPS細胞の研究はES細胞の研究と密接に関連しており、ES細胞との比較研究が必須であるため、今後もES細胞の研究は必要であると考えられる。
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