出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2012/09/28 14:08:30」(JST)
この項目では、生化学的な作用について記述しています。食品への応用については「発酵食品」を、酒や調味料・味噌などの食品加工の過程については「醸造」をご覧ください。 |
発酵(はっこう。「発酵」は代用表記で、本来の用字は「醱(醗)酵」)とは、狭義には、酵母菌(イースト菌、乳酸菌)などの微生物が嫌気条件下でエネルギーを得るために有機化合物を酸化して、アルコール、有機酸、二酸化炭素などを生成する過程である。広義には、微生物を利用して、食品を製造すること、有機化合物を工業的に製造することをいう。酸化発酵の一種で好気条件下で酢酸菌による酢酸発酵などもある。
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生物がエネルギーを得るための代謝は、大別して発酵、呼吸、光合成の三種がある。発酵と呼吸(好気呼吸、嫌気呼吸)は、有機物(例外的に硝酸塩や硫酸塩などの無機物)を酸化させ、その時遊離されるエネルギーでATPを合成する過程である。この酸化反応の副産物の水素(もしくは電子)の排出形態により3つの代謝に分けられる。すなわち、水素(もしくは電子)を有機物に渡せば発酵、酸素に渡せば好気呼吸、無機物に渡せば嫌気呼吸である。
発酵の大きな役割は二つある。一つは上述のように、有機物を酸化分解しATPを得ること。もう一つは、還元型NADを酸化型NADへ戻す役割である。詳しくは発酵の型で後述する。
17世紀末のオランダでアントニ・ファン・レーウェンフックが手製の顕微鏡を用いて、微生物を発見した。彼はビールの中に顆粒を発見したと記録している。おそらくこれが酵母の発見だが、この時点ではそれと発酵の関連は考慮されていない。
発酵と微生物の関連については、古くは1818年に、Erxlebenがパンの発酵が微生物によるとの説を唱えたが、ほとんど取り上げられなかった。1830年代には、数人の学者が「酵素の生命力説」を主張し、酵母の活動によって、糖分がアルコールと二酸化炭素になると主張した。これは当時の化学界を大いに刺激し、リービッヒらはこれを否定し、化学物質の変化は単純な化学反応であり、そこに生物の関わる余地はないと主張した。彼らによると、酵母はそのような化学変化の結果として生じるものにすぎないという。
これらの論争に決着をつけたのがパスツールである。彼は酵母を様々な条件で培養し、酵母の発育の結果としてアルコールを生じること、ただし酸素が利用できる条件ではアルコールは発生せず、酵母の成長はその方がよいことなどを発見し、アルコール発酵は酸素呼吸の代用として酵母が行うものであること、それらが酵母が生活のためのエネルギーを得るために行う反応であると述べた(1876)。
これで一旦は論争が収まったかに見えたが、1897年にブフナー兄弟は酵母を破砕した物質が、発酵を進める能力があることに気がついた。そこから、酵母の内部にアルコール発酵を進める物質が存在すると考え、この物質にチマーゼの名を与えた。そして、チマーゼこそが発酵の原因であり、酵母はそれを作るものではあるが、その過程そのものに生物は関与しない、との説を立てた。しかし、その後にこのチマーゼによる発酵が通常のアルコール発酵のようにうまく進まないことが判明し、やはり酵母が発酵を行うのだとの説に落ち着いた。現在では、チマーゼは多数の酵素の複合物質であると考えられている。
日本の大学教育では、工学部工業化学科もしくは農学部農芸化学科、もしくはそれらと類似する学科が 発酵学の教育を担っている。
かつては、山梨大学(発酵生産学科)、大阪大学(発酵工学科)、広島大学(醗酵工学科)のように単独の学科が存在した大学もあった。また、現在での東京農業大学には醸造学科がある。 最近では、発酵・微生物に特化した学科として、私立の別府大学(大分県)に発酵食品学科ができている。
生物がグルコースなどの糖を用いてエネルギーを得る時、グルコースを解糖系で分解を行いエネルギーを得ると同時に、最終生成物としてピルビン酸が得られる。またこの過程で、酸化型NADが還元型NADへと変化する。ここまでは、発酵、呼吸代謝に共通する部分である。ここから、呼吸代謝はこのピルビン酸をクエン酸回路、電子伝達系によって酸化分解し、最終電子受容体を酸素もしくは無機物で行う。そして、ATPを得ると同時に還元型NADを酸化型NADへ戻す。対して、発酵はピルビン酸を嫌気条件下でその発酵の型特有の経路を用いてエネルギーを得て、還元型NADを酸化型NADに戻す。ただし、発酵は最終電子受容体として有機物を使用する。
発酵は食品に微生物が繁殖してその成分が変化することである。仕組みは腐敗と同じであるが、特に人間にとって有用な場合に限って「発酵」と呼ぶ。その境界はかなり恣意的であり、たとえば知らない人が鮒寿司を見れば、「腐っている」といって廃棄されるのはまず間違いないし、キビヤックに至っては、製造するイヌイット(エスキモー)以外にとってはそれが食用であるとは想像も付かないであろう。
特殊な臭いを持つものも多い。くさや、鮒寿司、納豆 などはアミンや硫化物、アンモニアなどの刺激臭が強いため、これを悪臭と感じる人が多く、好き嫌いがはっきり分かれる食品である。
最も広く見られるのは、アルコール発酵を利用した酒など、いわゆるアルコール飲料の製造である。ほぼ世界中に見られ、多様な素材を用いて様々な製造法が行われている。アルコール発酵はパンの製造などにも使われる。これは、いわゆる出芽酵母によっておこなわれるものである。ちなみにアルコール飲料や液体調味料の場合は、醸造とも呼ばれる。
アルコール発酵のように、特定の少数の微生物のみでおこなわれる過程もあるが、様々な微生物が複雑に関与する例も少なくない。味噌や糠漬けなどはその例であろう。その微生物の組成が異なれば、微妙に味も異なる。かつてはそれぞれの家に古くから伝えられたものがあり、家ごとに味の違いがあった。同様な例はキムチにもあるという。
発酵作用を利用した発酵食品は世界各地に見ることが出来る。ある種の微生物が多数を占めるため腐敗に対し耐性を示すことから、保存食として扱われる物もあるが、その鮮度が短いものも多く、発酵食品を保存食品に分類することは誤りである。また中には猛毒であるフグの卵巣を、発酵作用を通して食用可能にした河豚の卵巣の糠漬けのような発酵食品もある。
なお、微生物の作用によるものではないものも発酵と呼ばれることがある。茶の半発酵、完全発酵は、茶の葉に含まれる酵素による酸化発酵である。
醗酵食品を参照。
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