出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2013/03/05 07:57:16」(JST)
「DNA」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「DNA (曖昧さ回避)」をご覧ください。 |
デオキシリボ核酸(デオキシリボかくさん、英: deoxyribonucleic acid、DNA)は、核酸の一種である。
高分子生体物質で、地球上のある程度の生物において、遺伝情報を担う物質となっている(大部分のウイルスはRNAが遺伝情報を担っている。遺伝子を参照)。
目次
|
DNA はデオキシリボース(五炭糖)とリン酸、塩基 から構成される核酸である。塩基はプリン塩基であるアデニンとグアニン、ピリミジン塩基であるシトシンとチミンの四種類あり、それぞれ A, G, C, Tと略す[1]。2-デオキシリボースの1'位に塩基が結合したものをデオキシヌクレオシド、このヌクレオシドのデオキシリボースの5'位にリン酸が結合したものをデオキシヌクレオチドと呼ぶ[1]。
ヌクレオチドは核酸の最小単位であるが、DNAはデオキシヌクレオチドの高分子である。核酸が構成物質として用いる糖を構成糖と呼ぶが、構成糖にリボースを用いる核酸はリボ核酸 (RNA) という[1]。ヌクレオチド分子は、糖の3’位OH基とリン酸のOH基から水が取れる形でフォスフォジエステル結合を形成して結合し、これが連続的に鎖状の分子構造をとる[2]。ヌクレオチドが100個以上連結したものをポリヌクレオチドと言うが、これがDNAの1本鎖の構造である[2]。DNAには方向性があるという。複製の際、DNAポリメラーゼは5'から開始し、3'の合成で終えるからだ。転写のときもこの方向性に従う[2]。
DNAは2本の鎖状ポリヌクレオチドが一組となっている。もうひとつのDNA鎖は、シャルガフの法則による相補的な塩基 (A/T, G/C) による緩やかな水素結合を介して、全体として二重らせん構造をとる。A/T間の水素結合は2個、C/G間は3個であり、安定性が異なる。塩基の相補性とは、A、T、G、Cの4種のうち、1種を決めればそれと水素結合で結ばれるもう1種も決まる性質である。2つのヌクレオチド鎖が互いの方向に逆となるよう水素結合で結ばれるために二重らせんとなる[3]。二重螺旋構造は、通常右巻きの螺旋を持ち、これはB形DNAと言う。細胞の種類によっては、部分的な左巻き螺旋構造を有する場合があり、これはZ形DNAと呼ばれる[3]。
この相補的二本鎖構造の意義は、片方を保存用(センス鎖)に残し、もう片方は、遺伝情報を必要な分だけmRNAに伝達する転写用(アンチセンス鎖)とに分けることである。また、二本鎖の片方をそのまま受け継がせるため、正確なDNAの複製を容易に行うことができるため、遺伝情報を伝えていく上で決定的に重要である。さらにまれに起こる損傷の修復にも役立つ(詳しくは二重らせん)。多くの場合、DNAは環状構造をとっている。
長さは様々で、塩基の対により形成されているため、長さの単位は二本鎖の場合 bp(base pair:塩基対)またはkbp (1kbp=1000bp)、一本鎖の場合 b または nt(base、nucleotide: 塩基、ヌクレオチド)。
細胞内のDNAには、原核生物やミトコンドリアDNAのような環状と、真核生物一般に見られる線状がある[4]。自然界のDNAは螺旋巻き数が理論値(1回転あたり10.4塩基)よりもほんの少し小さい。線状DNAには問題は無いが、環状DNAではこの差による不安定を解消するために環にねじれが生じ、これをDNAの超らせん(または負の超らせん)という[4]。
真正細菌において核DNAは通常環状DNAとしてむき出しの状態で存在し、細胞質で核様体を形成する。また、プラスミド (plasmid) と呼ばれる核外の環状DNAが存在することがある。
真核生物の細胞内においてDNAは単独では存在していない。細く長い構造を持つDNAは、ヒストンというタンパク質がつくる八重体に巻きついたヌクレオソームという構造が数珠繋ぎになり、クロマチン(またはクロマチン繊維)という太い束状になる。このクロマチンがさらに折りたたまれてX形に纏まったものが染色体である[5]。DNA合成酵素は、DNA合成の際にプライマーと呼ばれる短鎖RNAを必要とし、プライマーは後に除去されてしまうため、線状DNAはDNA合成の度に短くなってしまうことになるが、これを防ぐために末端修復酵素(telomerase; テロメレース)が働いて短くなった分を補うようになっている。このテロメレースの働きが鈍ることによって老化が進むとも言われている。
古細菌は真正細菌と同じように環状DNAとして細胞質に存在するが、真核生物と同じようにヒストン様タンパクと結合してクロマチン様構造をとる。
またオルガネラでもミトコンドリアや葉緑体は独自のDNAを持つ。このことがオルガネラの由来に関する膜進化説に対する細胞内共生説の証拠であるとされている。形状は環状のものもあれば、そうでないものもある。
DNAのヌクレオチドの並び方を塩基配列と言う。本来は「ヌクレオチド配列」と言うべきだが、実際の差異はそれぞれの塩基部分のみであるためこのように呼ばれる。別な呼び方では「遺伝暗号」 (genetic code) という専門的な呼称もある[6]。塩基配列はタンパク質のアミノ酸配列に対応しており、3つの塩基の組み合わせが20種類のアミノ酸1つずつに対応しており、mRNAに配列の情報を転写し、細胞内のリボソームでmRNAの3つの塩基が並ぶ情報(コドン)が翻訳されてアミノ酸が鎖状に繋がってタンパク質が合成される。この連鎖は全生物に共通の原理であるためセントラルドグマと呼ばれる[6]。
ただし、一般的に広まっている「DNAは生命の設計図」という表現は、専門家からの批判が多い。イギリスの生物学者ブライアン・グッドウィンは「生物を遺伝子の性質に還元することはできない。生物は、それが生きている状態を特徴づけるようなダイナミックな系として理解されなければならない」[7]、医学博士の荻原清文は「遺伝子はあくまでもタンパク質の設計図にすぎません。すなわち、遺伝子から読み取られるタンパク質が脳細胞の形や配置のしかたを決めることはあっても、脳ができるときに1つ1つの脳細胞がお互いにどのように結合するかということまでは遺伝子は決められないのです」[8]、などと述べている。実際、ヒトの場合DNA中でタンパク質合成の設計にあずかる部分は全体の1.5%に過ぎない[6]。
DNAの塩基配列をmRNAに転写させる遺伝子発現は、ヒストンに巻きつき折りたたまれた状態のままでは不可能である[5]。転写の前段階に、特定の化学物質がヒストンのリジン残基と結びついてアセチル化を起こし、元々帯びていたプラスの電荷を弱める。するとマイナスの電荷を持つDNAとの結びつきが弱まり[9]、特定のDNA部分がむき出しになる[5]。
解かれたDNAの遺伝子発現をしようとすると、まずその部分の脇にある「プロモーター」という塩基配列の転写調節領域に、複数の「基本転写因子」というタンパク質が集まって来る。この中にある活性酵素のヘリカーゼが作用し、DNAの二重らせんが離れて1本ずつになる。この部分にRNAポリメラーゼⅡという酵素がとりつき、mRNAの合成を行う[10]。
上のようなプローター部分に基本転写因子が集まるシステムは、DNAの全く別のところにある塩基配列部分の促進によって調整される。この部分は「エンハンサー」と呼ばれ、やはりここに「アクチベーター」と言うタンパク質が結合する事で基本転写因子の活性に繋がるシグナルを発する[10]。このようにDNAのある箇所が遺伝子発現を起こすためには、タンパク質合成に与らない塩基配列部分を介した複雑なメカニズムに左右される。また、クロマチンが解けなければ基本転写因子の接近も難しく、束の部分によっては非常に固く縮こまった部分(ヘテロクロマチン)などではほとんど遺伝子発現が起こらない。この一例がX染色体の不活性化である[10]。
DNAとRNAはともにヌクレオチドの重合体である核酸であるが、両者の生体内の役割は明確に異なっている。DNAは主に核の中で情報の蓄積・保存、RNAはその情報の一時的な処理を担い、DNAと比べて、必要に応じて合成・分解される頻度は顕著である。DNAとRNAの化学構造の違いの意味することの第一は「RNAはDNAに比べて不安定」である。両者の安定の度合いの違いが、DNAは静的でRNAは動的な印象を与える。
DNAとRNAの化学構造の違いの第一は、構成糖が、RNAはリボースで、リボースから2'位の水酸基で酸素が一つ少ない2'-デオキシリボースであることだ。これにより、構成糖の立体配座が異なる。DNAではリボースがC2'-エンド形構造を取ることが多いが、RNAでは2'位のヒドロキシ基の存在により立体障害が生じ、リボースがC3'-エンド型構造を取る。このためDNAはB型らせん構造を取りやすく、RNAはA型らせん構造を取りやすくなるという違いが生じる。この結果RNAのらせん構造は主溝が深く狭くなり、副溝が浅く広くなる。らせん構造についての詳細は、記事二重らせんに詳しい。
1本鎖RNAでは2'位のヒドロキシ基が比較的柔軟な構造を取り反応性もあるため、DNAと比較すると不安定である。水酸基の酸素には孤立電子対が2つあるため負の電荷を帯びており、例えば、近接したリン酸のリンは周囲を電気陰性度の高い酸素原子に囲まれて水酸基の酸素原子から求核攻撃を受けやすく、攻撃によりホスホジエステル結合が切れ、リン酸とリボースの骨格が開裂する可能性があるなどDNAと比べて不安定である。この特性から、翻訳の役割を終えたmRNAを直ちに分解することが可能になる(バクテリアでは数分、動物細胞でも数時間後には分解される)。安定RNAでは1本鎖に水素結合を形成し、らせん構造となるなど、多様な二次構造、三次構造を取り、安定性を増している。
糖に結合している塩基にも違いがあり、DNAはA、C、G、Tであるが、RNAはTがUに替わっている。ただし、DNA上にもUが稀に生じることがあり、また、塩基にTではなくUを用いるDNA(U-DNA)を持つ生物も存在する。圧倒的大多数の生物でDNAの構成塩基にUではなくTが用いられるのは、同じピリミジン塩基であるCは自然の状態でも脱アミノ化することでUに置き換わることがあるからだ[11]。そのため、U-DNAは頻繁に塩基配列が変化し、またそれを防ぐためには、損傷してUに変化したCと元々がUであるのと識別する必要があるという問題がある。TはUの2'にメチル基がついている構造をしている。メチル基は水素結合に係わるものの他の原子には殆ど反応しない。また、Uに比較してCからは容易に生じず、Cの損傷によって生じたUを容易に検出できる。 以上より、DNAではUではなくTが用いられているが、ウラシルはチミンよりエネルギー的に有利であるため、RNAではウラシルが用いられている。
DNAとRNAの物理化学的性質について。DNAとRNAはともに紫外線である波長260nm付近に吸収極大を持ち、230nm付近に吸収極小を持つ。この吸光度はタンパク質の280nmよりもずっと大きいが、これはDNAとRNAの塩基はプリンまたはピリミジンに由来するためである。ただし、二重らせん構造のDNAの場合、溶液を加熱するとその吸光度は増す(濃色効果)。これは、DNAは規則正しい2重らせん構造ゆえ、全体の吸光度は個々の塩基の吸光度の総和より小さい(淡色効果)が、熱によって水素結合が切れ、2重らせん構造が解け(核酸の変性)、個々の塩基が自由になり、独自に光を吸収するためである。また、DNAとRNAはアルカリ溶液中で挙動が異なる。RNAは弱塩基でも容易に加水分解するが、DNAは安定して存在する。
細胞の分化に伴いDNAの一部が欠落する場合を除き、核内のDNA含有量は生理的条件に左右されない。すなわち一般的な体細胞[12]は二倍体で、卵・精子等は半数体(一倍体[13])である。つまり卵・精子の核のDNA含有量は、その生物の体細胞のほぼ半分(厳密には、y染色体がx染色体より小さい場合、精子のDNA量はx染色体を持つ場合半分より多く、y染色体を持つ場合半分より少ない)である。DNA含有量は個々の生物で特有であり、一つの種類で、二倍体ならばどの種類の細胞であろうと値は一定である。脊椎動物では両生類では特に高い。哺乳類では種類ごとの含有量の差が小さく、6~7×10^-12gぐらいであり、鳥類はその半分ぐらいである。 この現象は、複製のためにあり、体細胞分裂ごとにDNAは2倍に増加して、2個の娘細胞に等分される。
DNAの合成は染色体が出現する分裂期ではなく、静止核の時期である間期のS期に行われ、分裂期は合成されたDNAを娘細胞に等分する時期に当たる。詳細は細胞周期参照。またDNAは分裂間期から分裂期までの間、転写をせず、安定な状態で、娘細胞の中に入れられる。
ヌクレオチド及びその結合体であるポリヌクレオチド、DNA、RNAは生物を原料とするほとんどの食品に微量含まれており、魚の白子や動物の睾丸などでは含有率が高い。DNAを摂取すると、体内でいったんヌクレオチドに分解された後、ヌクレオシド3リン酸となり、RNA、DNAを効率的に合成する材料となる。
工業的に効率的に分離するための原料としてサケの白子やホタテガイの生殖巣などが利用されている。
全ての生物で、細胞分裂の際の母細胞から娘細胞への遺伝情報の受け渡しは、DNAの複製によって行われる。DNA の複製はDNAポリメラーゼによって行われる(詳しくはDNA複製を参照のこと)。
DNAが親から子へ伝わるときにDNAに変異が起こり、新しい形質が付加されることがあり、これが種の保存にとって重要になることがある。
細菌など分裂によって増殖する生物は、条件が良ければ対数的に増殖する。その際、複製のミスによって薬剤耐性のような新たな形質を獲得し、それまで生息できなかった条件で生き残ることができるようになる。
有性生殖をする生物において、DNAは減数分裂時の染色体の組み換えや、配偶子の染色体の組み合わせにより、次世代の形質に多様性が生まれる。
これまで2本鎖、もしくは1本鎖のみと考えられていたDNAであるが、近年3本鎖DNAの存在が示唆されてきている[3][14]。
通常、DNAは真核生物の細胞内では2本鎖の状態で存在している。そのDNAのGC含量にもよるが、DNAは60℃前後で水素結合が壊れて1本鎖となる(Tm値)。逆に温度が下がり、0℃を下回るあたり(Bm値。若干の幅がある)で細胞質内のリン酸基を中心に3つの塩基が同じ高さに来ることがある。
この場合、事実上3本のDNA鎖が並列に存在することとなり、DNAは3本鎖となる。リン酸を必要とするため、単純なDNA溶液のみでの実験を行っても、in vitro(試験管内などの人工的に構成された条件下)での証明が難しい。今後はより再現性を高めた研究が進むものと期待されている。
3本鎖となったDNAにおいても、そのねじれは2本鎖の場合と変わらず、約10.5塩基ごとに1周である。3本鎖になることにより、2本鎖の場合のDNAの一次構造の保持への負担はより軽くなると思われがちである。しかし、実際に保持エネルギーを計測すると3本鎖DNAの方がエネルギーが大きく、遥かに不安定であることが実験的に証明されている[15]。
なお、一部の担子菌類では、自然界で正常に存在している状態で3本鎖のDNAを有するものが見つかっている。これらのDNAが転写・複製される場合、3本が同時にほどけるのではなく、1本ずつ順番にほどけて複製される。そのため、これらの生物がDNA複製を行う際生体内のDNA量を計測すると、ある1点で急激に増加するのではなく段階的に増加していることがわかる。
詳しくは遺伝子を参照のこと
[ヘルプ] |
全文を閲覧するには購読必要です。 To read the full text you will need to subscribe.
リンク元 | 「二本鎖DNA」「DNA」「B型DNA」「deoxyribonucleic acid」 |
拡張検索 | 「オリゴデオキシリボ核酸」 |
関連記事 | 「核酸」「酸」 |
.