出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2013/08/02 15:23:45」(JST)
主力戦車(しゅりょくせんしゃ、英語:Main battle tank、略称:MBT)は、戦車の分類の一つ。現代の戦車はほとんどが主力戦車に分類され、戦力の要となっている。
第二次世界大戦まで戦車は重戦車、中戦車、軽戦車、豆戦車、駆逐戦車など多様であった。戦後、戦車に求められるあらゆる任務をこなせるように走攻守をバランス良く備えた主力戦車が登場し統合が進んでいった。その背景には戦術の確立と技術の発展があった。
主力戦車はMBT(Main Battle Tank)の訳語であり、主戦闘戦車もしくは主力戦闘戦車と訳される場合もある。
しかし、戦車には戦闘を意味する「戦」の字が含まれているため「戦闘戦車」では語意の重複となる。これは英語におけるTankでも同様で、"Tank"一単語で「戦車」を意味し、Battleという意味合いも含まれているため、"Battle Tank"では意味が重複している。 しかしながら"Tank"にはもともと液体を貯蔵するタンクの意味があり(Tankの由来は貯水タンクである。第一次世界大戦に戦車が登場したとき、秘匿名称としてTankが用いられた)、日常的にもその意味で使用されることが多い単語である。そのため単に"Main Tank"としてしまった場合、「主要水槽」「主要燃料タンク」などと混同されやすくなってしまう。それを避けるため、「戦車」であることを明確にする意味で"Battle Tank"とされている。これはTankに限ったことではなく、一般に日用品としてもつかう道具を兵器や武器とする場合、バトルアクス(戦斧)のようにBattleを冠して区別されることがある。
なお、正式な用語として、いつどの国で最初に用いられ始めたのかは不明である。
第一次世界大戦当時の戦車は、機関銃に守られた塹壕陣地の突破を目的に開発された物(例:イギリス軍の菱形重戦車)、その機動力を改善した追撃用戦車(例:ホイペット)、歩兵支援を目的とした大量生産が可能な軽戦車(例:FT-17)に大別できる。
しかし、この段階では、全て敵防衛陣地の突破のために特化した存在であり、機械的な技術の限界もあり、長時間の行動も不可能であった。
戦間期、各国はそれぞれのドクトリンに従い、または、メーカーによる自主開発によって、いくつかのカテゴリーに分けられる新世代の戦車を作り上げた。軍縮の時代に人気のあった安価な豆戦車(タンケッテ)、偵察用と歩兵支援用に大別できる軽戦車、機動性と火力を両立した万能の中戦車、そして、第一次世界大戦の頃と変らぬコンセプトの、陣地突破を目的とした重戦車である。
しかし、この時代の戦車はエンジン出力や操行装置の技術的限界もあり、重量制限から機銃弾に耐えられる程度の装甲しか持たないものが大半を占めていた。
第二次世界大戦の開戦時点では、戦車の分類は開発国により大きな差が現れている。
第二次世界大戦が始まると、大半の戦車は敵対戦車砲に耐えうる装甲を持たないため大きな損害を出し、また、逆に耐えられる装甲を持つ物は機動性に難があることが判明した。こうして泥縄式に従来型の戦車の火力と装甲を強化することとなるが、一方で最初から高いレベルで火力・装甲・機動力のバランスがとれた戦車が求められるようになる。
例えば、ソ連赤軍の場合、当初1つの部隊に軽・中・重戦車を配備していたが、偵察用軽戦車は強引に歩兵支援に駆りだされ壊滅、重戦車は優れた火力と装甲を持ちながら、それにふさわしい操行装置を持たず故障続発で他の戦車の足をひっぱることとなり、唯一バランスのとれた中戦車・T-34だけが一定の成功を収めた。以後、ソ連赤軍はT-34を主力に据え、重戦車はそれだけをまとめて陣地突破用の独立連隊として編成、軽戦車は生産を止め、偵察用には装甲車やレンドリースで送られてくる軽戦車をあてることとなる。
こうして三要素をバランスよく持ち、しかもそれぞれ必要な十分なレベルに達した中戦車は、戦後「主力戦車 (MBT)」と呼ばれるようになった。かつての軽戦車や重戦車はエンジンが非力であったこともあり、機動力と武装・装甲はトレードオフの関係にあったが、エンジンが強力になり、重装甲・重武装であっても、十分な機動力を発揮できるようになったことも大きい。
主力戦車と中戦車の境界は曖昧であり、初の主力戦車はどれであるかということははっきりしていない。使用目的で言えばIII号戦車であるが実際その任を果たせたとはいえず、M4シャーマンは本来アメリカ軍の戦闘教義に従った歩兵支援用であり、T-34は巡航戦車的なBT戦車を発展させ重装甲化してできた戦車であり、結果はともかく目的としては純粋なMBTとは言い難い。V号戦車パンターは「中戦車」と呼ばれながらも当時の重戦車級の重量と厚い正面装甲、なおかつ十分な機動力と敵戦車を積極的に攻撃できる火力を生産当初から持ち合わせ、比較的MBTに近い存在であった。また、M26パーシングは当初重戦車として採用され、路外機動性に劣ってはいるが、後により強力なエンジンと発達したトランスミッションに換装し機動力を改善したM46パットンに発展し、MBTの前段階といえる。また、歩兵戦車のコンセプトを統合し「重巡航戦車」と呼ばれ、大戦末期に登場し後に改良を加えられ発展するセンチュリオンが初のMBTであるともいわれる。
こうして戦車の分類は重量より目的に応じたものに変化、第二次世界大戦後に開発された戦車のほとんどが主力戦車であるといえる。
では主力戦車以外のカテゴリーの大戦後はどうであったのか。
まず戦後の軽戦車の開発と運用は国により差があった。第二次世界大戦での戦訓から軽戦車でありながら優秀な火力を持つ物、また、空挺用など特殊任務に特化したものが現れたが、機動力のある主力戦車や、より快速な装輪装甲車に偵察を任せるケースも多く、イギリスのサラディンやシミターのような例を除き全体としては開発は消極的になっていく。
ソビエト連邦は第二次世界大戦末期に出現したIS-3の他、IS-4や発展型T-10を開発。これらは(大戦中ドイツ軍が目指したような)陣地突破を目的とした独立編成の「破壊槌」であり、これを迎撃する重駆逐戦車としてコンカラーやM103が開発された。しかし、単純に装甲を厚くすることよりも避弾経始や運動性能に頼った機動回避が有効であると認識され、また、重戦車を撃破可能な軽量な105mm砲も開発された。西ドイツ(レオパルト1)やフランス(AMX-30)などでは早々に重装甲を捨て、機動性や地形に頼り敵からの攻撃を回避することを優先した戦後第2世代の主力戦車に移行した。その最も顕著な例がStrv.103であり、日本も74式戦車で追随した。この時点で火力・防御力に機動性が追いついていない旧世代の重戦車は、一旦淘汰されている。
しかし、イギリスはセンチュリオンを発展させ、コンカラーに匹敵する重装甲と重火力を併せ持つ主力戦車の開発に投資を継続した。これは被弾経始で対応できる旧来の徹甲弾はまだしも、当時既に実用段階にあったAPFSDSや対戦車ミサイル等に対し機動回避のみで対応することに懐疑的だったからであり、結果チーフテンの完成に至る。その後、第四次中東戦争では対戦車ミサイルが猛威を奮い、イギリス陸軍の懸念通りイスラエル陸軍戦車部隊はここで甚大な被害を受けている。もっとも、通常装甲しか持たないチーフテンが投入されていても結果は同じであったが、車体側面のスカートと砲塔側面に雑具箱を装備したイギリス製戦車は、これがHEAT弾に対するスペースドアーマーとなり致命傷を免れることもあった。その戦訓により、各国もイギリス陸軍と同様に重戦車の火力と防御力(生存性の確保)を持ちながら、より優れた機動性も併せ持つ戦車の開発に移行していくことになる。
その成果はメルカバシリーズ、チャレンジャー1、レオパルト2、M1、AMXルクレールおよび90式戦車といった各国の戦後第3世代戦車となって表れた。これらは対戦車ミサイル等のHEAT弾対策としてのスペースドアーマー(中空装甲)や、弾体の運動エネルギーを相殺する、英国製のチョバムアーマー等のコンポジットアーマー(積層装甲・複合装甲)を装備し、従来型の装甲を備えた過去の重戦車とは比較にならない正面防御を備えた。さらに、必要に応じて各種の増加装甲も付加可能であり、1,000 - 1,500馬力の強力なエンジンにより、重量の増加をものともせず機動力は向上した。そして、発展した射撃統制装置や戦術データ・リンク等の情報戦対応能力も高くなり、真の意味であらゆる任務に対応できる主力戦車となったのである。
しかし主力戦車は現在、かつての重戦車と同じ課題を突き付けられている。いくら機動力自体はエンジン強化などで確保できても、55 - 70トンに達しているその重量自体は運搬・架橋などを考えると既に運用上の限界に達しており、さらに強力な140mm砲の搭載やそれに耐えうる重装甲などの導入は困難となっている。そのため主力戦車の進化は戦後第3世代戦車を改良した3.5世代戦車で止まっている状態であり、この状況を打破すべく重戦車化に代わる新たなコンセプトも模索されている(戦車#将来も参照)。
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