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乳酸菌(にゅうさんきん)は、代謝により乳酸を生成する細菌類の非学術的な総称。ヨーグルト、乳酸菌飲料、漬け物など食品の発酵に寄与する。一部の乳酸菌は腸などの消化管(腸内細菌)や膣の内に常在して、他の病原微生物と拮抗することによって腸内環境の恒常性維持に役立っていると考えられている。
乳酸菌という名称は、細菌の生物学的な分類上の特定の菌種を指すものではなく、その性状に対して名付けられたものである。発酵によって糖類から多量の乳酸を産生し、かつ、悪臭の原因になるような腐敗物質を作らないものが、一般に乳酸菌と呼ばれる。乳酸菌は、その発酵の様式から、乳酸のみを最終産物として作り出すホモ乳酸菌と、アルコールや酢酸[要出典]など乳酸以外のものを同時に産生するヘテロ乳酸菌に分類される。また、その細菌の形状から、球状の乳酸球菌(にゅうさんきゅうきん)と桿状の乳酸桿菌(-かんきん)に分類されることもある。ただし、これらはいずれも便宜的な分類名である。
一般に、乳酸菌と呼ばれて利用されることが多い代表的な細菌には、以下の6属が挙げられる。いずれも発酵によって多量の乳酸を産生するだけでなく、比較的低いpH条件下でよく増殖する。これらの菌にとって乳酸は発酵の最終産物であると同時に、それを作り出して環境を酸性に変えることで他の微生物の繁殖を抑え、自分自身の増殖に有利に導く役割を持つと考えられている。
グラム陽性の桿菌でありラクトバチルスとも呼ばれる。一般に「乳酸桿菌」と呼ぶ場合狭義にはこの属をさす場合が多い。種によって乳酸のみを産生(ホモ乳酸発酵)するものと、乳酸以外のものを同時に産生(ヘテロ乳酸発酵)するものがある。L. delbrueckii、L. acidophilus、L. caseiなど。
ラクトバシラス属は野外から容易に分離され、ヨーグルトの製造に古くから用いられた。ヒトや動物の消化管にも多く生息しており、その糞便からも分離される。また女性の膣内に生息するデーデルライン桿菌と呼ばれる細菌群も、主にラクトバシラス属で構成されている。
また、L. fructivorans、L. hilgardii、L. paracasei、L. rhamnosusなど、ラクトバシラス属の一部にはアルコールに強いものがある。これらは日本酒醸造の現場では「火落ち菌」と呼ばれ、この菌の混入は日本酒の異臭や酸味などの発生(火落ち)の原因になるが、L. paracasei , L. plantarum は、ワインのマロラクティック発酵を行う[1]。
ラクトバチルス・カゼイ・シロタ株(Lactobacillus casei Shirota)は、別名「ヤクルト菌」や「LCS」と呼ばれる。
グラム陽性の偏性嫌気性桿菌で、増殖の際しばしばV字型、Y字型などに分岐した形態を示す。俗にビフィズス菌とも呼ばれる。ヘテロ乳酸菌の一種で、乳酸と酢酸を産生する。B. bifidumやB. adolescentisなど。
ビフィドバクテリウム属の細菌は、乳児のうち特に母乳栄養児の消化管内において最も数が多い消化管常在菌である。その後、加齢に伴って他の嫌気性細菌に取って代わられる。
グラム陽性の球菌で、ホモ乳酸発酵をする。回腸、盲腸、大腸に生息している。フェカリス (E.faecalis) 、フェシウム (E.faecium) などがある。整腸薬としてビフィドバクテリウム、ラクトバチルス、エンテロコッカスの三者を混合したものもあるほか、フェカリス菌FK-23株やEF-2001株 (E.faecalis EF-2001) を加熱殺菌した菌体の免疫賦活能力が高いとされる報告が見られる。
グラム陽性の球菌で、連鎖状ないし双球菌の配列をとる。狭義の「乳酸球菌」。ホモ乳酸発酵をする。牛乳や乳製品に多く見られ、これらを原料とした発酵乳製品に用いられる。L. lactis、L. cremorisなど。
グラム陽性の球菌で、4連球菌の配列をとる。ホモ乳酸発酵をする。ピクルスなどの発酵植物製品から分離されることが多い。P. damnosusなど。
グラム陽性の球菌で、連鎖状ないし双球菌の配列をとる。ヘテロ乳酸発酵をする。ザワークラウトなどの発酵植物製品から分離される。L. mesenteroidesなど。L. mesenteroides は、ワインのマロラクティック発酵を行う[1]。
乳酸菌は、さまざまな発酵食品の製造に用いられてきた。主なものとしては、ヨーグルトや乳酸飲料などの発酵乳製品、キムチや浅漬け、ピクルス、ザワークラウトなどの発酵植物製品、鮒寿司などのなれ寿司などが挙げられる。乳酸菌による発酵は、これらの食品に酸味を主体とした味や香りの変化を与えるとともに、乳酸によって食品のpHが酸性側に偏ることで、腐敗や食中毒の原因になる他の微生物の繁殖を抑えて食品の長期保存を可能にしている。
また、乳酸菌は発酵の際、ビタミンCも生成し、発酵前の生乳等のビタミンCよりも濃度が高くなる[2]。牛乳にはビタミンCがほとんど含まれていない。その理由は、子牛が自らビタミンCを合成できるので牛乳から摂取する必要がないためである。牛乳を発酵して作ったヨーグルトでは若干ながらビタミンCが含まれている。
一方、他の発酵食品の製造過程において、乳酸菌が雑菌として混入することが問題になることもある。ラクトバシラス属のL. fructivorans、L. hilgardii、L. paracasei、L. rhamnosusなど、アルコールに強い乳酸菌は、酒類の醸造、発酵中に混入・増殖すると、異臭・酸味を生じて酒の商品価値を失わせてしまう。
日本酒醸造の現場ではこれを火落ちまたは腐造と言い、これらの菌は「火落ち菌」として造り酒屋たちから恐れられている。また火落ちにより混入した乳酸菌によって醸造後に腐敗することを防止するための手法が経験的に編み出され行われている。これは、「火入れ」と呼ばれる低温殺菌法で、醸造した酒を65℃の温度で23秒間加熱すればこれらの菌を殺菌できる[3]。火入れは江戸時代頃から行われていた。
ワインにおいても同様に保存中に乳酸菌発酵によって異臭や酸味を生じることがあり、その原因を究明しようとしたルイ・パスツールの研究によって、食物が腐敗するメカニズムが解明され、またパスチャライゼーションと呼ばれる低温殺菌法の発明につながった。
L. lactisは、ナイシンとよばれる抗菌ペプチド(バクテリオシン)を生産する。ナイシンは、黄色ブドウ球菌やリステリア菌などの食品腐敗菌に対して高い抗菌活性を持つため、その抗菌作用を期待して食品添加物として世界中で広く用いられている。
乳酸菌のうち、特にラクトバシラス属とビフィドバクテリウム属は、ヒトの消化管内や女性の膣内に常在し、常在細菌叢(じょうざいさいきんそう)の一部を成している。これらの乳酸菌は、口腔内のう蝕を除いて直接ヒトの病気の原因になることはなく、むしろ生体にとって有益になるバリヤーとして機能していると考えられている。そのため、乳酸菌は「善玉菌」と表現される場合もある。ただし、極めて稀な例だが、乳酸菌血症などの感染症の原因になる例も報告されている[要出典]。
ヒトの口腔内には多くの細菌が生息するが、Lactobacillus属も多く生息している。主なものとしては、L. oris、L. casei、L. salivarius、L. brevisなどである。このLactobacillus属はう蝕の発生に関与するとされている。1889年に歯科医師のMillerが『ヒト口腔の微生物』という研究書を出版してから20世紀半ばまで、乳酸桿菌が齲蝕の主たる原因とされていた。しかし、現在では乳酸を産生する能力は高いものの、歯面への付着能力が低く、プラーク中の菌数は少ないため、齲蝕原性は強くなく(主因では無い)、齲蝕の進行を促進するものであるとされる。
健康なヒトの腸内にはたくさんの種類の微生物が生息しており、ほぼすべての人の腸内からは、ラクトバシラス属やビフィドバクテリウム属の乳酸菌が検出される。これらの乳酸菌は、俗に言う「腸内の善玉菌」の一種として捉えられる場合が多く、腸内常在細菌叢(腸内フローラ)において、これらの細菌の割合を増やすことが健康増進の役に立つという仮説が立てられている。ただしその有効性については、意義があるとする実験結果と関連が認められないとする結果がそれぞれ複数得られており、結論が出ていないのが現状である。
人体に有益な乳酸菌を摂取するという考えは、パスツール研究所に所属していたロシアの科学者であるイリヤ・メチニコフの発案だとされる。メチニコフは、小腸内から発見された毒性を示す化合物が吸収されると害になるという内容の自家中毒説を唱えていた。そして、1907年に『不老長寿論』という著書を出版し、ブルガリアに長寿者が多いことに目をつけ、ブルガリアの乳酸菌を摂取させたところ、腐敗物質が減少したので自家中毒を防止できて長寿になると唱えた。ブルガリアの乳酸菌の他に、ケフィアや酢漬け、塩漬けの食品によって人々は知らずのうちに乳酸菌を摂取していることを指摘している[4]。
その後もこうした仮説による研究は発展していった。そして、疾患の原因は様々だが、有害な腸内細菌が作る毒素も生活習慣病につながる一因であるということが分かっている[5]。
腸内常在細菌叢のバランスを改善することを目的とした製品が開発されている。このうち、乳酸菌などの細菌を生きたまま含むもののことをプロバイオティクス、それ自体は生菌を含まないが、善玉菌と言われる菌が特異的に利用するオリゴ糖などの栄養源を含むもののことをプレバイオティクスと呼ぶ。健康食品として販売され、利用されている。
メチニコフが見出したヨーグルトをはじめ、初期に開発されたほとんどのプロバイオティクス製品については、その後の研究から摂取してもほとんどの乳酸菌が胃で死滅してしまい、腸に到達しないことが明らかになった。そして、製剤技術や新しい乳酸菌株の開発によって、生きたままの菌を腸に到達させることが可能になったが、最近の研究では、加熱死菌体も疾病予防効果などを有することが報告されている[要出典]。生きて腸に届いた乳酸菌は、腸内に住み着き増殖することはないことも分かった[要出典]。
善玉菌と呼ばれるものにはビフィズス菌に代表されるBifidobacterium属や、乳酸桿菌と呼ばれるLactobacillus属の細菌など乳酸や酪酸など有機酸を作るものが多く、悪玉菌にはウェルシュ菌に代表されるClostridium属や大腸菌など、悪臭のもととなるいわゆる腐敗物質を産生するものを指すことが多い。悪玉菌は二次胆汁酸やニトロソアミンといった発がん性のある物質を作る。悪玉菌は有機酸の多い環境では生育しにくいものも多い。
日本では、科学的根拠がある特定保健用食品(トクホ)には食品の機能の表示が認可されている。認可された食品はヨーグルトとして乳酸菌を含んでおり、食品の摂取によって便秘や下痢の改善、善玉菌に分類される菌が増殖し有機酸が増え、悪玉菌が減少しアンモニアが減ったため腸内環境が改善されたことを示す研究結果が多い[6]。トクホに認可された食品には、研究によって血圧や血清コレステロールの低下が確認された製品がある。花粉症などのアレルギー症状が軽減されるという研究報告もある[7]。
大腸は、そもそも腸内細菌の活動による発酵産物である酪酸などの短鎖脂肪酸を主としたエネルギー源として活動している。
デーデルライン (Döderlein) 桿菌とは、思春期以降の健康な女性の膣内に生息する多数のグラム陽性桿菌である。この名称は発見者にちなんで付けられた。特定の菌種を指すものではなく、主としてラクトバシラス属から構成されるさまざまな菌の集団である。思春期以降の女性の膣上皮には、女性ホルモンの働きによってグリコーゲンが蓄積するが、これらの乳酸菌は剥離した細胞のグリコーゲンを栄養源として定着している。これらの菌が産生する乳酸によって膣内のpHは酸性に保たれており、このことによって他の病原細菌の侵入増殖を阻害する。すなわちデーデルライン桿菌は、膣の自浄作用を担い、生体バリヤーとしての役割を果たしていると考えられている。
サイレージとは家畜用飼料の一種で、牧草などの飼料作物をサイロなどで発酵させたものである。サイロなどに詰められた牧草は、嫌気性菌による発酵により乳酸や酢酸などの有機酸の成分比率を増やし、pHが低くなることにより、牧草の腐敗の原因となるカビや好気性菌類の活動を抑え長期保存が可能になる。こうした発酵過程を成功させるために、水分量の調整や乳酸菌などの添加物を投入するなど、農家毎にさまざまなノウハウが培われている。上手に発酵したサイレージは豊富な有機酸が含まれることとなり、ウシなどの家畜の良好な肥育に大きく貢献する。発酵により発生した有機酸において乳酸の占める割合が高いものが良質なサイレージとされる。また、pH4.5以下が望ましいとされる。一般に水分含量は75%前後に調整されるが、40%程度に調整したものを特にヘイレージ(haylage、低水分サイレージ)と呼ぶ。ヘイレージは気密性が悪いと好気的発酵が行われ、品質の低下を招く[8]。
2014年に東京工科大学応用生物学部の西野智彦准教授らが、ヨーグルトから乳酸菌のみを100%生きたまま抽出することに成功した[9]。この結果、ヨーグルト中の乳酸菌の研究がさらに進むと見られる[9]。
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