出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2013/09/08 18:27:32」(JST)
メタン菌(メタンきん、Methanogen)とは嫌気条件でメタンを合成する古細菌の総称である。動物の消化器官や沼地、海底堆積物、地殻内に広く存在し、地球上で放出されるメタンの大半を合成している。分類上は全ての種が古細菌ユリアーキオータ門に属しているが、ユリアーキオータ門の中では様々な位置にメタン菌が現れており、起源は古いと推測される。35億年前の地層(石英中)から、生物由来と思われるメタンが発見されている。
メタン菌の特徴は嫌気環境における有機物分解の最終段階を担っており、偏性嫌気性菌とはいえ、他の古細菌(高度好塩菌や好熱菌など)とは異なり、他の菌と共生あるいは基質の競合の中に生育している。ウシの腸内(ルーメン)や、数は少ないものの人の結腸などにも存在し、比較的身近な場所に生息する生物として認知されている。また、汚泥や水質浄化における応用等も試みられている。
別名、メタン生成菌、メタン生成古細菌など。かつてはメタン生成細菌と呼ばれていたこともあったが、古細菌に分類されるに伴い現在はあまり使われない。
メタン菌は極めて広範な環境に生育するが、メタン生成によるエネルギー獲得の基質はそれほど多様ではない。一般的なメタン菌の生育基質は、二酸化炭素である。
しかし、この他にも多様な炭素源をメタンへと変換できるメタン菌も何種類か存在する。例えば、Methanosarcinacea綱のメタン菌は、一酸化炭素、酢酸、メタノール、メチルチオール、メチルアミンなどを用いることができ、油井から分離された Methanolobus siciliae などはジメチルスルフィドを資化できる。また、Methanogenium organophilumは、第一級アルコールであるエタノールや1-プロパノールを利用できる。かつては、Methanobacterium omelianskii がエタノールからメタンを生成できると考えられていたが、これは後に真正細菌であるS菌(エタノールを水素と二酸化炭素に分解する)との共生系であり、今では Methanobacterium bryantii と名前が変更されている。また第二級アルコール(イソプロパノール、シクロペンタノール、2-ブタノールなど)を電子供与体として用いるものもいる。
なお、メタン生成経路の詳細は当該記事を参照。
メタン菌がメタン生成基質として利用する水素と酢酸は自然環境における基質として非常に重要である。そのため、嫌気環境においては幾つかの真正細菌とメタン菌は競合関係にある。また、低級脂肪酸を分解して酢酸を生成する真正細菌と共生しているケースもあり、この点で古細菌といえども高度好塩菌や好熱古細菌とは異なっている。
水素は嫌気性細菌の有機酸を電子供与体とした脱水素反応の産物である。またヒドロゲノソームを有する、カビや原生動物などからも水素は発生する。深海熱水孔などからも地球科学的に水素は発生しているが、そのような特殊環境を除けば嫌気的な環境からは水素が発生していると考えてよい。酢酸は、上に述べたように低級脂肪酸からの分解を含む発酵の最終段階の反応であり、発酵で得られるエネルギーとしては最も多い(グルコースから発酵が進んだ場合、pH 7 においてモルあたりΔG0' = −946 kJ/mol)。
水素と酢酸を利用する他の生物としては、二価鉄を電子受容体として生育する鉄細菌、硫酸イオンを電子受容体として生育する硫酸還元菌(硫酸塩呼吸)そして水素と炭酸塩から酢酸を生成する酢酸生成菌がいる。モルあたりのエネルギー獲得量をそれぞれ以下に記す。
したがって、効率は鉄細菌が特に優れており、電子受容体として鉄が存在する場合は鉄細菌が優占する。同様に硫酸イオンが存在する場合は硫酸還元菌が優占する。鉄も硫酸イオンも無い環境で、水素が豊富な環境で初めてメタン菌が増殖可能となる。ただし、細菌類、原虫とメタン菌が共生する場合はこの限りでない。
共生の場合は嫌気条件下における嫌気性細菌の有機酸分解の効率が低いことを考える。例えば低級脂肪酸を嫌気的に分解すると以下の反応式となる。
この反応の標準自由エネルギー変化は ΔG0’ = +48.3 kJ/mol と吸エルゴン反応であり、酢酸や水素の濃度を下げない限りは起こりえない反応である。そこで、メタン菌の以下の反応により上記の反応を進行させる。
メタン菌の水素資化の式と上記の脂肪酸分解の式とをまとめると、以下のようになる。
この式の標準自由エネルギー変化を求めると、まず脂肪酸分解の +48.3 kJ/mol は2モル分で +96.6 kJ/mol、そこへ水素資化の −135 kJ/mol を合わせ、ΔG0’ = −38.4 kJ/mol となる。ゆえに発エルゴン反応となり、共生関係が成り立つ。
自然界の幅広い生理条件(温度、pH、NaCl濃度)の嫌気的環境に分布。具体的には湖沼、水田、海洋、ルーメン、シロアリ後腸など。至適増殖温度に関しては最低が 15 ℃ (Methanogenium frigidum)、最高が 105 ℃ (Methanopyrus kandleri Strain 116) である。淡水からも多くのメタン菌は分離されているが、高度好塩性のメタン菌としては Methanohalobium evestigatum(至適増殖NaCl濃度 4.3 M)がある。
また、メタン菌の生育環境によって他の生物との相互関係により利用基質が変化する。メタン菌の生育場所として以下の4環境をあげて説明を行う。
淡水堆積物は発酵性真正細菌の働きが活発であり、硫酸イオンに乏しい。そのため、有機物はほとんど二酸化炭素、ギ酸、酢酸にまで分解される。また有機酸を電子供与体として水素も発生するのでメタン菌生育の場としては理想的である。特に、淡水中では酢酸の量が多く、淡水で発生するメタン生成の60%は酢酸、40%は水素、二酸化炭素経由である。
多くのメタン菌が湖沼や嫌気消化槽から分離されているものの、潜在的なメタン源となっているとされる水田から分離された種は多くなく、Methanobacterium spp.やMethanoculleus spp.などが知られるだけである。これは、水田土壌が農閑期に乾燥状態に置かれるため、偏性嫌気性のメタン菌の中では特に酸素耐性が高い種が優勢になり、分離される率が高いからだという説もある。しかし最近では、RICEクラスターと言われる難培養性の水田由来のメタン菌が多く分離されてきている。
海洋中では硫酸イオンが豊富に存在するために、堆積物中で発生する水素、ギ酸、酢酸はほとんどが硫酸還元菌によって消費される。そのため、それ以外の基質(例えばメチルアミン、硫化ジメチルなど)を持ってメタン菌が生育する。硫化ジメチルは 2 μM 以下の低濃度だと硫酸還元菌が用いるが、高濃度ではメタン菌(Methanolobus属)が優先的に利用する。
腸内で発酵によって生じる酢酸やプロピオン酸は腸によって吸収される。したがって、それ以外の基質である水素と二酸化炭素およびギ酸がルーメンでは利用される。発生するメタンのうち80%は水素-二酸化炭素由来、20%はギ酸由来である。
シロアリ後腸でもルーメンと同じように酢酸はシロアリに吸収される。したがって水素-二酸化炭素を利用するところだが、シロアリの種類によっては水素-二酸化炭素より酢酸生成菌が酢酸を生成する。自由エネルギー変化は酢酸生成系のほうが低い(ΔG0’ = -105 kJ/mol)が、シロアリ腸内では酢酸生成菌が優占種となるケースが多い。
メタン菌内の分類に関しては国際メタン菌分類小委員会によって1988年に基準が設定されている。以下に最小基準を列記する。
これら以外にも、推奨される基準としては以下のようなものがあげられている。
メタン菌より構成されるのは、ユリアーキオータ門のうち、メタノバクテリウム綱、メタノコックス綱、メタノミクロビウム綱、メタノピュルス綱の4綱である。詳細は各記事を参照。
主にメタンガスを得るバイオリアクターとしての応用が盛んで、エネルギー獲得型廃水処理に用いられている。 メタン生成経路は必然的に嫌気性生物処理となり、活性汚泥法など好気性生物処理と比較すると、次のような特徴を持つ。
メタン菌は増殖速度が小さいため、処理水とともに流亡しないよう、菌体保持に工夫をこらした、各種のメタン発酵リアクターが開発されている。
自然環境から大気中に放出されるメタンガスは温室効果ガスであり(二酸化炭素の20-30倍の温室効果)、地球温暖化への影響が心配されている。二酸化炭素は現在温暖化の原因として悪名高いが、現状の上昇グラフや温暖化への寄与率を考えると二酸化炭素以外の温室効果ガス(メタンを含む亜酸化窒素、オゾン、フロンなど)が50年後には二酸化炭素の温室効果を上回ると考えられている。
原始地球においてはメタン菌によるメタンによって地球大気が暖められ、生命の進化を促したと考えられる。[1][2]またニッケルが減少した事によりメタン菌の繁殖が抑えられメタンの放出が減り藍藻類が登場して大気中の酸素が増え始めたという説もある。[3] メタンは17世紀以前は一定の量を維持していたが、人口増加や産業革命に伴い増加の一途をたどっている。特にここ50年間で発生量は2倍になっており、これは水田や家畜などの寄与率が大きいと考えられる。メタン菌の関与しているメタン生成量はZinderのデータによると年間3億~7億トンである。一方メタン菌非関与の生成量は5千万~1.5億トンであるからその寄与率の大きさは明らかである。
汚泥の除去など有効利用が行なわれる一方、水田や家畜からのメタン発生の抑制を行なう研究が進行中である。例えば、水田では稲藁をそのまま投入するより、一度発酵させ堆肥として用いたほうがメタン発生を抑制できるとの研究結果もある。
メタン菌をはじめ、複数の原核生物が共生することによって真核生物になり、やがて人類へと進化したという説がある[4][5][6]。特にメタン菌を真核生物本体の起源とする説を水素仮説という。
大気の成分にメタンが含まれる惑星や衛星が存在し、地球外生命としてメタン菌が存在する可能性がある。事実、初期の原始地球には存在したと考えられ、その子孫が現在のメタン菌であるとされる。[7][8][9][10]
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