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気象(きしょう)は、気温・気圧の変化などの、大気の状態のこと。また、その結果現れる雨などの現象のこと。広い意味においては大気の中で生じる様々な現象全般を指し、例えば小さなつむじ風から地球規模のジェット気流まで、大小さまざまな大きさや出現時間の現象を含む。
気象とその仕組みを研究する学問を気象学、短期間の大気の総合的な状態(天気や天候)を予測することを天気予報または気象予報という。
日本において、日本語の「気象」が一般的に大気現象の意味で用いられるようになったのは、明治時代初期のことである。それまでは人物の性格や気質を指して用いられており、現在の「気性」と同じ意味であった[1][2]。1873年(明治6年)発行の柴田昌吉、子安峻編『附音挿図英和字彙』においてMeteorologyを気象学と訳したのが初期の用例として挙げられ、1875年(明治8年)6月に設立された東京気象台(現在の気象庁)では行政機関の名として初めて使用された[3]。
「気象」には多くの類義語がある。
ただし、同じ大気中の物理現象であっても、地理的な観点から「ある土地固有の気象現象」として捉えた場合は「天候」「気候」と呼び、別の意味をもつ。
また地球を取り巻く諸現象(地球科学的現象)を考えたとき、大気の中で起こる現象を「気象」といい、大気圏外で起こる現象は「天文現象」、地面や地中で起こる現象は「地質現象」として区別される。ただ、これらは全くの無関係ではなく相互に影響しあう部分がある[1][注 1]。
地球の大気は地表から高度数百km程度までで、地表から順に対流圏、成層圏、中間圏、熱圏と命名され、これらの層内には地球の重力に捉えられた気体が存在している。地表から熱圏と中間圏の境界である高度約80kmまでは、大気の組成は窒素78%・酸素21%・その他微量成分1%で一定であり、それ以上の高度では高度が上がるに従い分子量の大きな重い成分から減少する。高度約80kmまで成分が一定なのは、この範囲で空気の混合が起こっているためである[注 2]。そのため、気象現象が起こる範囲はこの高度約80kmまでまでと考えることが多い[注 3]。
地表の気圧は標準大気圧1 気圧(= 1013.25 hPa)の前後数十hPaの範囲内にある。高度が上がるに従い気圧は低くなり、また気温も低くなる。ただし、気温が低下するのは赤道付近では約16kmまで、中緯度では約11kmまで、北極・南極付近では約8kmまでである。これ以上の高度に行くと気温は一定か逆に上昇する[注 4]。この気温低下の止まるところを対流圏と成層圏の境界、対流圏界面といい、ほとんどの気象現象はこの対流圏内で起こる。地上に雨を降らせる雲は対流圏内に存在する。もくもくと湧き上がる背の高い積乱雲も、対流圏界面を突き抜けることはない。一方、成層圏や中間圏にも強い風が吹いている[注 5]ほか、真珠母雲や夜光雲が発生するが、対流圏に影響を与えることはほとんどない。
地球上に起こる気象は、太陽の活動により地球に供給されるエネルギー(放射エネルギー)に由来している。太陽が発している放射エネルギーを太陽放射といい、ほぼ全量が電磁波であり、そのうち47%が波長0.4 - 0.7μmの可視光線(人間の目に見える光)、46%が波長0.7 - 100μmの赤外線、7%が波長0.4μm以下の紫外線である。なお、生物に有害な波長0.2μm以下の紫外線のほとんどは散乱されたり大気上層(オゾン層)の成分により吸収されたりして、地表にほとんど到達しない。地球に入ってくる太陽放射を100とすると、30は反射によりすぐに宇宙に放出され、残りの70が地球の大気や地面、海洋などに吸収されて熱となる(地球のエネルギー収支も参照)。この熱が、気象の原動力となる。
なお、大気が存在することにより地表は保温されている。全地球を平均した表面温度は現在約15℃だが、大気がない場合には約-20℃と推定される[注 6]。大気中の成分が太陽放射や地球放射[注 7]を吸収して熱に変換しているからであり、これを温室効果という。
地球の大気上端の太陽に対して垂直な面が受ける太陽放射の量を太陽定数といい、現在は平均1366W/m2[注 8]である。太陽放射の量は各地点の太陽の高度(水平線に対する角度)、すなわち季節と緯度により変わる。仮に大気による吸収がないとした場合、太陽高度α度における太陽光は
となる。緯度が高い地点ほど太陽の高度が低く、届く太陽光は少ない。また同じ地点では夏至に最も太陽の高度が高く、冬至に最も低い。春分や秋分の赤道は太陽高度が90度であるため、約1366W/m2になる。なお地上の場合、大気や雲による吸収を経て地上に到達するため、これよりも小さい値となる。
地球には、表面の7割を占める海洋のほか、氷河、湖、川、地中、植物や動物の体内など様々な場所に、水が豊富に存在する。水は地球大気で起こりうる環境下で液体(水)、気体(水蒸気)、固体(氷)の3態で存在しうるうえ、常温でも大気に対して揮発性が高く、状態変化を起こしやすい。状態変化は周囲の物質との間で転移熱(潜熱)の放出や吸収を伴う。
大気中の他の多くの気体は運動する大気の中で顕熱のみを運ぶが、水は顕熱と潜熱の両方を運ぶため、熱の移動の面からも水は重要な役割を担っていて、天気を予測する際には重要な因子となる。例えば、低気圧の多くは雲の発生により放出される凝結熱(潜熱)による加熱が発達要因の1つとなる。
さらに、水は雨や雪などの降水現象をもたらし、地上の天気にも関与している。
大気に供給される熱は、緯度、地形、季節、時間などによって異なるため温度差が生じる。大気の場合、空気が部分的に温まると膨張して密度が下がり、周囲より浮力が大きくなるため上昇する一方、逆に冷やされると収縮して密度が下がり、周囲より浮力が小さくなるので下降する。これは一例ではあるが、こうしたある空間の物理的な不均一を解消しようとする働きによって、一種の乱れが発生する。気象の根本的な原因はこの乱れであり、気象学においてはこれを擾乱(じょうらん)(気象擾乱)とよび、「大気の定常状態(平衡)からの乱れ」と定義している。
擾乱や定常状態は物理的な気象要素として方程式に記述できる現象であり、天気予報ではこの方程式を活用して擾乱を予測する。気象に関係する方程式は熱力学や流体力学などが中心で、特にこれらの分野の理解が必要となる。また、気象は複雑なシステムであり様々な外的要因、内的な不安定要因が存在する。外的なものでは地形の影響、地球の自転の影響、海洋の影響など様々なものが関係していて、総合的に考える必要がある。内的なものではカオス理論(バタフライ効果)で述べられているような初期値鋭敏性、例えば分子や原子レベルの振る舞いの違いが現象の現れ方の違いになりうるが、天気予報に用いるコンピューターの能力の限界からそれを完全に再現することは困難で、実際には近似によりある程度単純化して再現性の良いものを用いる、ということが行われている。
大気の状態や気象現象はいくつかの要素で表すことができ、これを気象要素と呼ぶ。気象要素の多くは物理的な値だが、天気分類や雲形などの例外もある。
これらの要素の中には、一定の期間やある地域内における最高値、最低値、平均値、閾値以上の回数や日数などを統計で取りまとめるものがある。例として気温では、最高気温、最低気温、平均気温を一日、1カ月、1年などの単位で算出するほか、日本の気象庁は最高気温30度以上の真夏日、最低気温0度未満の冬日などの日数を算出する。
また、気象要素を他の分野に応用したものとして、体感温度や不快指数、湿球黒球温度(WBGT)などの快適性指標や、火災の起きやすさを示す実効湿度などがある。
晴れ、曇りなどを除いた気象現象を挙げる。
ある季節にのみ生じるような気象を特に季節現象という。日本では梅雨、秋雨などがある。
なお、風を除いた主要な気象現象は、大まかに4つに分類することがある[8][9]。
分類名のアルファベット表記は、ギリシャ語のmeteor(大気現象)と各現象の種類を示す語をあわせたもの。大気光象以外の分類名はあまり用いられない。
気象現象の規模は大小様々で一括りにして扱うのは困難で、規模によって現象を記述する方程式が異なる(規模の異なる現象は、単なる拡大や縮小ではなく、その現象を支配する物理法則が異なる)ことから、規模によって分類するのがふつうである。一般的には、オーランスキー(Isidoro Orlanski)が考案したものを一部修正したものを用いることが多い。
スケール名 | 水平規模km(m) | 現象例 | ||
---|---|---|---|---|
マクロスケール (大規模) |
マクロαスケール | 惑星スケール | 10000km以上 | 超長波、プラネタリー波、巨大高気圧 |
マクロβスケール | 総観スケール | 2000 - 10000km | 温帯低気圧、高気圧 | |
メソスケール (中規模) |
メソαスケール | 1000 - 2000km | 前線、熱帯低気圧(台風) | |
200 - 1000km | ||||
メソβスケール | 20 - 200km | スーパーセル、集中豪雨、海陸風 | ||
メソγスケール | 2 - 20km | 積乱雲、ダウンバースト | ||
マイクロスケール 又はミクロスケール |
マイクロαスケール | 0.2 - 2km(200 - 2000m) | 積乱雲 | |
マイクロβスケール | 0.02 - 0.2km(20 - 200m) | 竜巻、塵旋風、ビル風 | ||
マイクロγスケール | 0.002 - 0.02km(2 - 20m) | 風の乱渦(風の息) |
上記の区分は水平規模で区分したものであるが、継続時間とも相関性がある。下記は世界気象機関(WMO)による気象現象の継続時間ごとの分類である。
スケール名 | 継続時間 | 現象例 |
---|---|---|
気候スケール | 数か月 | 超長波、プラネタリー波、巨大高気圧 |
温帯低気圧、高気圧 | ||
総観スケール | ||
数日 | 前線、熱帯低気圧 | |
スーパーセル、集中豪雨、海陸風 | ||
メソスケール | ||
数時間 | ||
積乱雲、ダウンバースト | ||
マイクロスケール 又はミクロスケール |
||
数十分 | 積乱雲、竜巻 | |
数分 | 積乱雲、塵旋風、ビル風 | |
数秒-数十秒 | 風の乱渦(風の息) |
天気予報で用いる天気図は総観スケールの状態を表現するものである。総観スケールの天気図は総観スケールの現象しか表現できず、それより大きな現象や小さな現象は正確に表現できない。しかし、中緯度では総観スケールの現象が天気に関して支配的、つまり総観スケールの現象を把握しておけば大方の天気の予想ができる。また主要な先進国の多くは中緯度に位置することから、近代気象学が始まって以来最もよく使用されてきた。
気象観測とは気温などの気象要素や気象現象の発生の様子を記録することであり、現在は天気予報のために世界的に構築された観測網によって定期的にデータが収集されている。気象観測は地上だけではなく、海上の船やブイ、航空機でも行われる。またラジオゾンデなどの観測気球により地表から上空までの気象の変化も観測されるほか、気象レーダーや気象衛星により広域的に観測されるものもある。
観測データにおいて平年値とは、数十年間のデータを平均して算出される過去の気象の傾向を示す値である。極値とは、観測開始から継続して観測を行ってきた上で最も平均から外れた値である。平年値は気候を知る上で重要であり、極値はその観測地点の気象がどの程度の範囲で変動するかを知る上で重要なものである。なお、観測値が約30年に1度かそれより少ない頻度でしか発生しないような気象を異常気象といい、気象災害の目安とする。
初雪や真夏日などは、季節の変化を見る目安となることから季節現象として観測されている。また、日本では桜の開花やセミの初鳴きなど、季節性のある生物の営みを見る生物季節観測も行われている。
観測を通じて様々な気象要素をデータ化し統計としてまとめることは、気象予報や気象学において基本であり重要な事業である。さらに、気象データは気候学、建築工学、環境学など、学術研究から実用まで様々な分野に応用されている。
天気予報では、気象観測のデータをさまざまな形で活用する。観測値から、大気の現在の状態を補完して出力することができるほか、将来の変化を予測して出力する。現在の天気予報は予報対象により異なるがプリミティブ方程式というものを用いて、コンピューターにより実際の大気を再現したモデル上で物理値を演算する数値予報が主流となっている。
天気図はいくつかの気象要素を地図上に表現したもの。19世紀後半に近代気象学が始まってからしばらくは手作業により記入された地上実況天気図がほとんどだったが、予報には不可欠な資料であった。数値予報が始まってからは数値予報の演算により多くの種類の予想天気図や高層天気図が作成されるようになった。現代の天気予報においては、一般的に目にする地上実況天気図だけでは予報の正確性に欠くので、高層天気図や予想天気図を活用して予報を行うのがふつうである。
また、雷雨の発生などを判断する熱力学ダイアグラムとしてエマグラムなどのグラフを用いることがある。
雨が岩石を浸食したり、風化を促進するなど、気象が自然の地形にもたらす効果は、地殻変動や海洋による効果と並んで大きなものである。V字谷は河川の浸食、カールやU字谷は氷河の浸食による典型的な谷である。河成平野は主に河川による堆積作用によってできた平野である。また大量の雨は、土砂崩れ、地滑り、土石流などの土砂災害や洪水も引き起こす。一方で、鍾乳洞や滝、石灰岩の浸食によるカルスト地形など、美しい景観に寄与する面もある。雨は様々な経路を経て、地下水から井戸により汲みあげたり、河川から取水し水道網を経たりして、生活や産業活動にも使われる重要な役割を持つ。
気象が人類の歴史に大きな影響を及ぼした例もある。1281年の弘安の役において神風と呼ばれる嵐が元軍の撤退に拍車をかけたことは日本では広く知られている。グリーンランドでバイキングの植民地が全滅した小氷期、冷害や大雨により発生した天明の大飢饉、高潮と大雨によってニューオーリンズが水没したハリケーン・カトリーナなど、異常気象と呼ばれるような災害も歴史上で多く発生している。
人間活動において、気象は生活に深く関わってきた。農耕においては雨の多い少ないが作物の出来に影響し、狩猟や漁では風向きを知ることが収獲の良し悪しや自身の安全に関わる。このような理由から、例えば「朝焼けがあれば雨が降る」といった経験に基づく伝承、現在でいう観天望気を通じて天気を「読む」ことが行われた。一方、雨乞いなどの信仰とも結びついた行為も行われてきた。
天気の伝承の中には、現在の気象学から考えても正しいものもある[4]。長い間観天望気による予測が行われたが、物理学などの諸科学の発展により、ヨーロッパにおいては中世ごろから気象現象を科学的に解明することが始まった。19世紀に電報が発明されてから遠距離間で気象情報を伝達できるようになったことをきっかけに、本格的な科学的予測が始まった。20世紀初頭に数値予報が初めて考案され、当初はその計算量の多さから不可能とされていたが、1970年代の高性能コンピュータの普及によって大量計算が可能になってからは大きく科学的予測が発展した。また1960年代に登場した気象衛星は気象観測の幅を広げ、精密機械や通信機器の開発に伴って気象観測の自動化・無人化も進んでいる。
漁業においては、例えば日和山から観天望気を行い出港を判断していたものが、現代は漁業気象として提供される漁業に特化した気象情報を通じて安全が図られている。また、農業では動植物や自然の変化を季節の変化の目安として伝える、現在で言う季節学に近いことが農事暦などを通じて行われていたが、現代は天気予報に重点が移り農事暦を用いることは少なくなってきている。また、20世紀に生まれた航空の分野でも気象は非常に重要視されており、航路や離着陸地の安全のための情報などに特化した航空気象が提供されている。
近年、科学の力によって人工的に雨を降らせたり、台風(熱帯低気圧)を弱らせたりといった気象制御の試みがいくつか実行された。しかし、現在の技術ではいずれも明確な成功には至っておらず、技術が発展した未来でなければ制御は不可能だとされている。
サイエンス・フィクションの世界では、火星などの惑星をテラフォーミングして人間が生活できる環境を作るという話もあるが、これも遠い未来の技術でしか不可能だとされる。
地球以外の天体でも、大気がある天体には気象現象が発生する。
土星の衛星であるタイタンは窒素とメタンの大気からなり、メタンの雨らしきものが降っていることがカッシーニの探査から分かっている。また、金星は二酸化硫黄の雲から硫酸の雨が降り、上空では秒速100mもの風が吹いていることが分かっている。火星の極地では大規模な二酸化炭素の昇華によって時速400kmもの風が吹いていることも分かっている。
木星では、大赤斑と呼ばれる高気圧の渦があり、長期的に安定して存在する大気の循環によってできたのではないかと考えられている。これに対して海王星では大暗斑と呼ばれるものがあるが、こちらは短期間で消滅するものしか観測されていない。
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