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取消し(とりけし)とは、ある行為についてそのなされた過程に問題があることを理由としてそれを遡及的に無効とする旨の意思表示をいう。やや不正確ではあるが、日常用語で表現すると、ある行為を特定人の意思表示によって、行為の時にさかのぼってなかったことにするとの意味である。取消しをすることができる権利(形成権)を取消権、取消権を有する者を取消権者と呼ぶ。
なお、効力消滅の効果が行為の時にさかのぼらない場合を「撤回」と呼ぶ。従来、条文上は「取消」と記述されているにもかかわらず、「撤回」と解釈される場合があったが、その点を明確にするため2004年(平成16年)の民法現代語化の際に一定の条文につき「取消」の文言が「撤回」に改められた(民法第521条等)。
取消しの対象となるのは民法で取り消すことができるものと定められた法律行為に限られ、事実行為(放任行為)や、不法行為は取り消すことができない。民法の規定には法律行為の取消しについて定めたものも多いが、それぞれの取消し制度が意図する保護の対象によって取り消すことのできる行為の範囲や取消権者の範囲などの要件が異なる。
民法120条以下に定められる「取消し」は制限行為能力者や瑕疵ある意思表示をした者の取引の安全を保護するための制度である[1]。「取り消すことのできる行為(取消しうべき行為ともいう)」は、取消権行使までは有効であるが、取消権が行使されると、行為時に遡って無効と同様に扱われる。取り消すことのできる行為の相手方は、いつ取り消されるか分からない非常に不安定な状態に置かれるため、民法は、このような状態を脱する手段として、同意、追認、法定追認、短期消滅時効等の規定を用意し、相手方の保護を図っている。
先述のように民法120条以下の適用を受ける取消しは、二つの種類に分けられる。
両者は、「取消権者」と「相手方保護」及び「取消しの効果」に違いがある。制限行為能力者のした意思表示の取消しは、瑕疵ある意思表示の取消しより更に保護を厚くしたものといえる。
制限行為能力者の場合は事理弁識能力が低いほど取消しの対象となる行為は広範であるが、ノーマライゼーションの観点から日常行為については単独で可能としたため、取消し不可となっている。また、瑕疵ある意思表示に関しては、帰責性の低い強迫による意思表示の取消しの方が、詐欺による意思表示の取消しよりも取り消すことができる範囲が広範である。
以下では民法120条以下の適用を受ける一般的取消しを中心に解説する。
民法には120条以下の規定のほかに契約法や親族相続法の分野で以下に掲げるような取消しの制度も設けられており、前者を一般的取消しと呼ぶのに対し、後者は特殊的取消しという[2]。制度趣旨が異なるので120条~126条の適用はなく各条の定めるところによる(養子縁組の取消しにつき大連判大12・7・7民集2巻438頁)。
取消しの遡及的無効を第三者に対抗しうる場合を絶対的取消し、制限される場合を相対的取消しという[3]。
裁判外の意思表示により効果を生じる場合を裁判外の取消し、裁判所への訴えの提起という形式をとる取消しを裁判上の取消しという[4]。
民法には法律行為の取消しのほか、審判・宣告の取消しの制度もある[5]。
前述のとおり、取消しは制限行為能力者や瑕疵ある意思表示をした者を保護するための制度であるから、基本的に、表意者以外の者が取消しを主張することは制度趣旨にそぐわないといえる。そこで、民法は「取消権者」という概念を定め、「取消し」を主張できる者を次のとおりに制限している。
項目 | 制限行為能力者の意思表示の場合 | 瑕疵ある意思表示の場合 |
---|---|---|
1.本人 | 制限行為能力者本人 | 瑕疵ある意思表示をした者(詐欺、強迫を受けて意思表示をした者)本人 |
2.代理人 | 制限行為能力者の法定代理人・任意代理人・826条の特別代理人 | 瑕疵ある意思表示をした者の法定代理人・任意代理人・826条の特別代理人 |
3.承継人 | 制限行為能力者の包括承継人・特定承継人 | 瑕疵ある意思表示をした者の包括承継人・特定承継人 |
4.同意権者 | 保佐人や家裁による同意権付与の審判を受けた補助人 | × |
制限行為能力者の取消しの場合は同意権者も取消権者となる。同意権者とは、保佐人や家庭裁判所による同意権付与の審判を受けた補助人など、制限行為能力者の保護監督者の中でも当然に代理権を有しない者のことを指す。
なお、制限行為能力者の取消しにおいては制限行為能力者本人も取消権者とされており(120条1項)、制限行為能力者本人が単独で取り消す場合にも取消しは完全に効力を生じるのであって、取り消すことのできる取消しとなるわけではない[6]。
以上に挙げられていない者(保証人や抵当不動産の第三取得者など)は、取消権者ではない。例えば、保証人は被保証債務(主債務)を取り消せれば、付従性(附従性)により自己の債務も消滅させることができるが、取消権者ではないため保証人としての地位に基づいては取消権を行使できない。
以上は制限行為能力者の身分行為には適用がない。また、制限行為能力者が、相手方に対し、行為能力者であることを信じさせるため詐術を用いたときは、その行為を取り消すことはできない(21条)。
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる(96条1項)。
錯誤や上記の「強度の強迫による意思無能力」が無効なのは、表意者保護のためであり、これらは取消しと制度趣旨を同じくしている。また、両者はこの趣旨から、「取消権者」概念のように「無効」の主張権者を限定しており(取消的無効)、この点でも瑕疵ある意思表示に似ているといえる。そのため、これらを瑕疵ある意思表示として捉えようという見解も最近非常に有力で、判例も要素の錯誤を瑕疵ある意思表示と呼ぶようになってきている。
取消しは、相手方のある単独行為である。そのため、取消権の行使は、取消権者から相手方に対する一方的意思表示によって行う(123条)。ただし、追認をすることができる時から5年間行使しないとき、行為の時から20年を経過したときは、取消権は時効によって消滅する(126条)。
また、取消権者は複数いる場合が多いが、その場合でも解除の場合とは異なり(544条1項、解除権の不可分性)、その意思表示が取消権者全員から、相手方全員に対してなされる必要はない。また、取り消しうべき行為によって相手方が取得した権利が第三者に移転したときでも、取り消しうべき法律行為を行なった最初の相手方に対して取消しの意思表示を行い、その後現在の権利者にその効果を主張するべきとされている。
なお、法律行為が可分であれば一部取消しが可能な場合もある(大判大12・6・7民集2巻383頁)[7]。
取り消し得る行為であっても、取消権者が追認(ついにん)すれば、行為は有効に確定し、以後取り消すことができない(122条本文)。追認は取消権の放棄にほかならない(通説)[14]。なお、122条但書は「追認によって第三者の権利を害することはできない」と規定しており、これは民法起草者が二重売買などの場合において一方の取引が追認された場合には他方の売買における第三者は取得した権利を失うことになるという前提に立っていたものと理解されているが、この点、今日の法解釈によれば追認がなされたとしても第三者との間の取引が当然に無効になるわけではないのであるから公示の原則に従って優劣関係は登記の具備の有無あるいは先後といった対抗問題として決すべきでありこの但書は無意味であるとされる(通説)[15][16][17][18][19]。
法定代理人、保佐人、補助人はいつでも追認することができるが(124条3項)、成年被後見人は行為能力を回復した後にその行為を了知した後でなければ有効な追認はできない(同条2項)。その他の制限行為能力者や、瑕疵ある意思表示をした者が追認をするためには、取消しの原因となっていた状況が消滅した後でなければならない(同条1項)。すなわち、制限行為能力者は行為能力者となった後、詐欺の場合は詐欺を知った後、強迫の場合は強迫行為が終わった後でなければならない。
追認は、取消権者(追認権者)から行為の相手方に対する意思表示によって行う(123条)。
なお、無権代理行為の追認(113条)については無権代理の項参照。
追認可能な時期に追認権者が行った次の行為については、法定追認事由として追認したものとみなされる(125条本文)。いずれも黙示の追認の同視しうる行為であり、紛争を避けるために一律に追認の効果を擬制したものと解されている[20]。ただし、異議を留めたときは法定追認の効果は生じない(125条但書)。
制限行為能力者の相手方は取り消されるか追認されるかによって不安定な地位に立たされるため、民法では制限行為能力者の相手方に催告権を認めている。制限行為能力者として取り消し得る行為をした後に行為能力者となった者、あるいは、制限行為能力者の代理人等に対して催告を行った場合には、その者が1か月以上の期間内に確答を発しないときは、その行為は追認したものとみなされる(20条1項・2項)。また、特別の方式を要する行為について催告を行った場合、あるいは、被保佐人又被補助人に対して催告を行った場合には、その者が1か月以上の期間内に確答を発しないときは、その行為は取り消したものとみなされる(20条3項・4項)。なお、詐欺・強迫による意思表示の場合においては相手方に催告権はない[21]。
以下の場合には法律行為は確定的に有効となり取消権は消滅する。
行政法上、行政行為(行政処分)に瑕疵がある場合に、当該行政行為の効力を失わせ、それによって生じた法律関係をもとに戻す行為を、行政行為の取消しという。
行政行為の取消しには、職権による取消し(処分庁又は監督庁が行うもの)と、争訟による取消し(私人の不服申立てに基づいて行われるもの)がある。
訴訟法上、上訴等に基づいて裁判の効力を失わせることを取消しという。
民事訴訟法上、第一審判決に対する控訴がされた場合、控訴裁判所は、第一審判決を不当とするとき又は第一審の判決手続が法律に違反したときは、第一審判決を取り消さなければならない(同法305条、306条)。決定・命令に対する抗告においても同様である(同法331条)。なお、上告に理由があるときは、取消しではなく、原判決を破棄するとの表現が用いられる(同法325条)。
刑事訴訟法上は、控訴審・上告審においては破棄という表現が用いられるが(同法397条、410条、411条)、抗告・準抗告に理由があるときは、原裁判の取消し等がされる(同法426条2項、429条)。
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