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テルペン (terpene) はイソプレンを構成単位とする炭化水素で、植物や昆虫、菌類などによって作り出される生体物質である[1]。もともと精油の中から大量に見つかった一群の炭素10個の化合物に与えられた名称であり、そのため炭素10個を基準として体系化されている。分類によってはテルペン類のうち、カルボニル基やヒドロキシ基などの官能基を持つ誘導体はテルペノイド (terpenoid) と呼ばれる[2]。それらの総称としてイソプレノイド (isoprenoid) という呼称も使われる[3]。テルペノイドは生体内でメバロン酸から生合成される。
「テルペン」の語源はテレピン油であるが、実際はテレピン油に限らず多くの植物の精油の主成分である。それらは形式上2つ以上のイソプレン単位 (C5) から構成されており、イソプレン単位の数に応じて、それぞれモノテルペン (C10)、セスキテルペン (C15)、ジテルペン (C20)、セステルテルペン (C25)、トリテルペン (C30)、テトラテルペン (C40) と呼ばれる。
モノテルペンはバラや柑橘類のような芳香を持ち、香水などにも多用される。例えばリモネンはレモンなど柑橘類に含まれる香気成分であり、溶剤や接着剤原料などとしても利用される。メントールは爽やかな芳香を持ち、菓子や医薬品に清涼剤として用いられている。
香り以外にもテルペノイド誘導体には生体において重要な役割を果たしているものが多い。すなわち、モノテルペン類より大きなテルペノイドは生理活性を示すものが多い。スクアレンやコレステロールはイソプレノイドより生合成される。また、植物色素として知られるカロテノイドもテルペノイドである。同様にビタミンA、D、E、K、コエンザイムQあるいはクロロフィル、ヘム、胆汁酸もテルペノイドに由来する。
またテルペノイド由来の天然物にも重要なものが多い。イソプレンが多数連なって重合すれば、天然ゴム(イソプレンゴム)が得られる。セスキテルペノイドのアブシジン酸は植物ホルモンとして作用し、ジテルペノイドであるパクリタキセルは抗癌剤として使われる。
大部分のテルペンは水に溶けない、すなわち疎水性である。その他の物理的・化学的性質については特に共通するといえる点はみられない。また、天然物をテルペンであると決めることができるような物理化学的性質もない。
モノ・セスキ・ジテルペンはすべて植物から、もしくはその精油から、水蒸気蒸留、抽出、クロマトグラフィーといった操作によって得られる。若い植物は炭化水素であるテルペンが、成熟した植物は酸素を含んだ誘導体、例えばアルコール、アルデヒド、ケトンなどを含んだものを生産する。工業的に化学合成され、生産されているテルペンもある。松の樹液から得られるピネンはメンタン、ミルセンやペリルアルデヒド、樟脳など、他のテルペノイドの合成原料として利用される。また、ミルセンからはメントールが製造される。
「テルペン」という名称は、アウグスト・ケクレによって考案された、テレピン油 (turpentine) に由来するものである。最初はテレピン油に含まれる炭化水素や樹脂酸といった物質を指す語であった。のちに意味する対象は広がり、語の定義もより正確なものになっていった。テルペンの化学に最も大きく貢献したのは、ケクレのもとで研究を行ったオットー・ヴァラッハと、クロアチア生まれの化学者レオポルト・ルジチカである。
当初、テルペンには抽出された植物などを由来とする名称が与えられていたため、結果として同じ化合物に対して複数の名前が付けられていた。ヴァラッハは1884年にそれらの整理を行い、多くは同一のものであることを示した。1892年には9種のテルペンの存在を明らかにした。また、1884年から1914年にかけて、180ページからなる Terpene und Camphor (テルペンと樟脳)を著した。ヴァラッハはテルペンがイソプレンを元に構成されていることも指摘した。アドルフ・フォン・バイヤーはテルペンの構造の整理に関する研究を行った。しかしながら、長きにわたる調査にもかかわらず、完全に構造がわかっているテルペンは多くなかった。セスキテルペンで初めて正しい分子式が明らかにされたのはサンタレンで、1910年、フリードリヒ・セムラー (Friedrich William Semmler) によるものである。
イソプレン則の原型は1887年にヴァラッハによって提唱され、1922年にルジチカによって「イソプレン則」としてまとめられた。フェオドル・リュネンとコンラート・ブロッホは1964年にテルペンの生合成に関する報告を行い、のち1965年にリュネンは著書 Der Weg der "aktivierten Essigsäure" zu den Terpenen und Fettsäuren (「酢酸」からテルペンおよび脂肪酸への経路)を発表した。
生物によるテルペンの合成(生合成)がどのようにして行われているのかを初めて明らかにしたのはリュネンとブロッホである。彼らはそれらがメバロン酸経路によるものであることを示した。今日ではさらなる研究によって、植物ではイソペンテニル二リン酸 (IPP) やジメチルアリル二リン酸 (DMAPP) へと至る他の生合成経路も存在することが知られており、これはメチルエリトリトール経路(2-C-methyl-D-erythritol 4-phosphate pathway, MEP経路)、あるいは発見者の名をとってローマー経路 (Rohmer pathway) と呼ばれる。メバロン酸経路は細胞質基質に、MEP経路は葉緑体や白色体などのプラスチドに見られる。これらふたつの代謝経路の間で物質がやりとりされることはほとんどない。すべてのモノテルペンとジテルペンはプラスチドで生合成されるのに対し、すべてのセスキテルペンは細胞質基質で生合成される。
細胞質基質でのテルペン生合成(メバロン酸経路)は、酢酸の活性化体であるアセチル補酵素A(アセチルCoA)より始まる。アセチルCoAがクライゼン縮合によってアセチル化体であるアセトアセチルCoAとなり、さらにアルドール縮合を受けるとβ-ヒドロキシ-β-メチルグルタリルCoAが生成する。これがメバロン酸に変換される。
次にメバロン酸はリン酸化され、ホスホメバロン酸、さらにジホスホメバロン酸となる。これが最終生成物であるIPP、およびその異性体のDMAPPへと変換される。
IPPやDMAPPは、プレニル基転移酵素(プレニルトランスフェラーゼ)類の酵素によってさまざまなテルペンの基本骨格に誘導される。最初の段階はジメチルアリルトランストランスフェラーゼ (EC 2.5.1.1) によるIPP とDMAPPからのゲラニル二リン酸 (GPP) の合成で、これはモノテルペン生合成の出発物質となる。
ファルネシル二リン酸合成酵素(ファルネシル二リン酸シンターゼ)はDMAPPとGPPを結合させてファルネシル二リン酸 (FPP) を合成する。これは細胞質基質でのセスキテルペン生合成に利用される。2分子のFPPが結合するとスクアレンが生成し(スクアレン合成酵素)、コレステロールやフィトステロールといったトリテルペンへと変換されてゆく。プラスチド中の酵素・ゲラニルゲラニル二リン酸合成酵素はFPPとIPPからジテルペンの基本骨格となるゲラニルゲラニル二リン酸 (GGPP) を合成する。さらに、2分子のGGPPが結合するとフィトエンが生成し、テトラテルペンであるカロテノイドの前駆物質となる。
このようにして各テルペンの基本骨格は構築され、さらに他の酵素によってそれぞれテルペノイドへと変換されてゆく。
テルペンは植物の作り出す二次代謝物である。脂質の一種にも分類される。テルペノイドはテルペンから誘導される化合物であり、生合成が進むと炭素原子が取り除かれることもあるため、炭素数が5の倍数にならないものもある。
構造によって非環式、単環式、二環式、三環式のように分類することもできる。それぞれ分子内に0個、1個、2個、3個の環状構造を含む。さらに細かく、骨格構造によって分けられることもある。
また、イソプレン単位が繋がっている向きによって、「head-tail」「head-head」「tail-tail」のように分類される。メチル基が2個ついている側がhead、エチル基の側がtailである。
イソプレン単位の数によって分類する場合、炭素数が5個のものはヘミテルペン (hemiterpene)、10個のものはモノテルペン (monoterpene)、15個のものはセスキテルペン (sesquiterpene)、20個のものはジテルペン (diterpene)、25個のものはセステルテルペン (sesterterpene)、30個のものはトリテルペン (triterpene)、35個のものはセスクアルテルペン (sesquarterpene)、40個のものはテトラテルペン (tetraterpene) と呼ばれる。接頭辞はギリシャ語に由来し、それぞれモノ (mono-)、ジ (di-)、トリ (tri-)、テトラ (tetra-) は1から4、ヘミ (hemi-) は半分、セスキ(sesqui-) は1と1/2、セステル (sester-) は2と1/2(元来は3まであと半分)、セスクアル (sesquar-) は3と1/2(元来は4まであと半分)を意味する。
イソプレン単位を1個だけ持つものはヘミテルペノイドと呼ばれる。よく知られているものはおよそ25種あるが、天然に見られるのはごくまれである。アルコール誘導体のプレノールや、カルボン酸誘導体であるチグリン酸、アンゲリカ酸、セネシオ酸、イソ吉草酸が例である。
モノテルペノイドは900種類以上知られており、すべてモノテルペン合成酵素によってゲラニル二リン酸から生合成される。反応は複雑なものであり、多様な構造を持つモノテルペノイドが作り出される。三環式のものはほとんど存在しないが、ボルナンの2,6位が架橋したトリシクレン、甲虫が分泌するカンタリジンが知られる。セスキテルペノイドとともに植物によって作り出され、精油の主成分を構成する。針葉樹の落葉などからなる森林の土には1立方メートルあたり1リットル程度のモノテルペノイドが含まれる。これは山火事が広がりやすいことの主な理由のひとつである。
代表的なモノテルペンはミルセン、オシメン、コスメンである。ミルセンは月桂樹、オシメンはラベンダーの精油に含まれる。
リナロールはバラ、ラベンダーに含有される。コリアンダーの葉やパルマローザ油はゲラニオールとネロールを含む。シトロネロールはシトロネラ油から、ミルセノールはタイム油から得られる。ラベンダー油にはラバンジュロールもみられる。イプスジエノールはランの花の香り成分である。これらはモノテルペノイドアルコールである。
モノテルペノイドアルデヒドのネラールとゲラニアールはシス-トランス異性体であり、まとめてシトラールと呼ばれる。香料の原料として利用され、例えばアセトンと縮合させたのち環化させるとイオノンの2種の異性体が得られる。これはスミレのような香りをもつ。イオノンはカロテンやレチノール(ビタミンA)の原料でもある。シトロネラールは防虫剤として使われる。
フラノイドモノテルペンとしてペリレンやローズフランが知られる。ローズフランはバラ油の香気成分で、ペリレンは精油中に含まれる防御フェロモンである。
カルボン酸としてはゲラニル酸が知られる。
単環式のモノテルペノイドはほとんどがパラメンタン骨格を持つが、シクロプロパンやシクロブタン、シクロペンタン骨格を持つものも存在する。クリサンテモール(シクロプロパン)、グランジソール(シクロブタン)、ジュニオノン(シクロブタン)が例として挙げられる。におい閾値がもっとも低い化合物として知られるチオテルピネオールも単環式モノテルペノイドである。
シクロペンタン骨格を持つモノテルペノイドはおよそ200種ほど知られており、イリドイドやセコイリドイドに分類されている。イリドイドはイリドミルメクス属 (Iridomyrmex) のアリからはじめて単離された(数少ない非植物由来のテルペノイドである)ことからその名が付けられた。シクロペンタンにピロンが縮環した骨格を持ち、炭素数が5の倍数でないものも含まれる。イリドイドは月経困難症の手当てに使われるセイヨウニンジンボクの果実や、リウマチに効くとされるライオンゴロシなどに含まれる。
シクロヘキサン環を持つ単環性モノテルペンはさらにいくつかのグループに分けられる。炭化水素としてはメンタン、リモネン、フェランドレン、テルピノレン、テルピネン、シメンが最もよく知られている。メンタンは他のものに比べ天然に見出されることは少ない。リモネンは多くの植物に含まれ、テルピノレン、テルピネンも芳香成分として精油中に存在する。テルピノレンはシロアリの警告フェロモンでもある。フェランドレンはキャラウェイ、フェンネル、ユーカリなどに、シメンはサマーセイボリーなどに含有される。
メントールはハッカ油の主成分であり、鎮痛剤ほか多くの医療品に用いられる。ハッカ油にはプレゴールも含まれる。ピペリトールはユーカリやペパーミントに含まれる。テルピネオールは香気成分、カルベオールは柑橘類の精油成分である。チモールはタイムやオレガノの精油中に含まれる。ジヒドロカルベオールはキャラウェイ、コショウ、セロリ、ミントに含まれる。
メントンとプレゴン、およびそれらの鏡像異性体は、メントールと同じくハッカ油中に存在する。フェランドラールはセリ科の植物にみられる。カルボンやカルベノンはキャラウェイやイノンドに、ピペリトンはユーカリ精油に含まれる。
ユーカリプトール(1,8-シネオール)はエポキシ化合物である。殺菌剤としての効果を持ち、主にユーカリや月桂樹、あるいは1,4-シネオールとともにビャクシンに含まれる。アスカリドールはペルオキシド構造を持ち、アカザ属の植物にみられる。
二環式モノテルペンの基本骨格で主なものはカラン、ツジャン、ピナン、ボルナン、フェンカン、それからイソボルナン、イソカンファンである。
3-カレンはテレビン油の主成分であり、クロコショウや柑橘類、モミ、ビャクシン属の植物にも含まれる。ツジェンはコリアンダーやイノンドに、またサビネンとともに精油中にみられる。ツジョンはニガヨモギから得られ、それを原料とする酒であるアブサンやベルモットにも含まれる。ツジャノールはクロベ属 (Thuja)、ビャクシン属、ヨモギ属の植物に存在する。カラン骨格を持つカルボン酸、例えばカミン酸はヒノキ属 (Chamaecyparis) の植物に含まれる。
ピネンは3-カレンに次ぐテレビン油の主成分である。テレビン油にはベルベノールやベルベノンも含有されるが、それらはローズマリー油中にも存在する。またキクイムシの性フェロモンでもある。ピノカルボンはユーカリ精油にも含まれる、シャクガ科の昆虫 Bupalus piniaria の性フェロモンである。
カンファー(樟脳)は血行促進、去痰などさまざまな薬効を持つとされ、クスノキ (camphor laurel) から単離される。クスノキからはボルネオールも得られる。イソボルネオールはさまざまなキク科の植物に含まれる。
フェンカン誘導体、特にフェンコンとフェンコールは種々の精油中に含まれる。フェンケンやその誘導体はまれにしかみられない。
セスキテルペノイドは3000種以上存在する、テルペノイド中で最も大きなグループである。すべてファルネシル二リン酸から誘導され、3個のイソプレン単位によって構成される(15炭素)。数多く知られているが、香料などとして重要なものはおよそ20種程度である。
ファルネシル二リン酸が骨格の基本構造をなすが、これは含油頁岩(オイルシェール)中などにみられる。ファルネソールはバラやジャスミンの精油から得られる。ネロリドールはオレンジ精油に、β-シネンサールはオレンジの花に含まれる。非環式フラノイドセスキテルペンとしてデンドロラシン、セスキロセンフラン、ロンギホリンが知られる。デンドロラシンは植物のみでなくアリからも得られ、その名はクサアリ亜属 (Dendrolasius) の学名に由来する。アブシジン酸は植物の生長などを調節する。幼若ホルモンは幼虫の生長を促進するホルモンである。
単環式セスキテルペンは母体となる骨格によって、ビサボラン、ゲルマクラン、エレマン、フムラン誘導体に分けられる。
ビサボラン誘導体は植物中に存在する天然物として100種以上が知られている。ジンジベレンはショウガ精油に、ビサボレンはヒノキ属やマツ属の植物に含まれる。ビサボールはカモミールの精油から得られ、抗炎症薬としての作用を持つ。
大部分のセスキテルペンは多環式である。
約30種が知られているカリオフィラン誘導体の中でもっとも重要なものはカリオフィレンであり、キャラウェイ、コショウ、フトモモに含まれる。オイデスマン誘導体およびフラノオイデスマン誘導体はおよそ450種が知られている。セリネンはセロリやアサに、オイデスモールはユーカリに、コストールはコスタス属 (Costus) の植物の根に存在する。サントニンは駆虫剤として作用する。重要なフラノオイデスマン誘導体のひとつとしてツビポフランが知られる。150種ほどのエレモフィラン誘導体やバレラン誘導体は高等植物などにみられる。ノートカトンは11-エレモフィレン-2,9-ジオンとともにグレープフルーツの香り成分として知られる。カジナン誘導体は150種類程度がよく知られており、カジナジエンはホップ精油から、ムーロラジエンはテレビン油精製物から、カジネンはクベバやビャクシン属植物から、それぞれ得られる。アルテミシア酸は抗菌活性を持つ。グアジャンおよびシクログアジャン誘導体は400種が知られる。グアジャジエンはトルバルサムから発見された。アンブロシア酸のようなプソイドグアジャネン類はブタクサ属 (Ambrosia) の植物に存在する。ヒマカラン誘導体の多くはヒマラヤスギ属の植物の精油に含まれる。数種類のダウカン誘導体は野生種のニンジン (Daucus carota) に含まれることから、その名称の由来となった。マラスマン誘導体のイソベレラールは抗生物質としての作用を持ち、イソラクタラン誘導体であるメルリジアールはキノコの一種シワタケ (Merulius tremellosus, Phlebia tremellosa) の代謝物である。アコランおよび50種が知られるカミグラン誘導体はスピロ化合物であり、カミグラン類は藻類によって産生される。セドラン誘導体の一種のセドロールはヒマラヤスギの香気成分である。ヒルスタン誘導体はキノコの代謝物として存在し、ヒルスタム酸などが知られている。
ファルネシル二リン酸を前駆体としない多環式セスキテルペンも存在する。
ゲラニルゲラニオール - フィトール - アビエチン酸 - ピマラジエン - ダフネトキシン - タキソール - ピマール酸
ゲラニルファルネソール
スクアレン - リモニン - カメリアゲニン - ホパン - ラノステロール- ファシクロール
カロテノイド
ゴム
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