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ギャンブル依存症 | |
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カジノでスロットマシンに興じる人々
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分類及び外部参照情報 | |
ICD-10 | F63.0 |
ICD-9 | 312.31 |
MedlinePlus | 001520 |
MeSH | D005715 |
ギャンブル依存症(gambling addiction、ギャンブルいそんしょう、ギャンブルいぞんしょう)とは精神疾患のひとつで、賭博(ギャンブル)に対する依存症である。ギャンブルを渇望する、ギャンブルをしたいという衝動を制御することができない、ギャンブルをするせいで借金など社会生活上の問題が生じているにもかかわらずやめられない、といった状態が繰り返され、身体的、心理的、社会的健康が害されたり、苦痛であったりする[1]。
DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル第5版)やICD-10(疾病及び関連保健問題の国際統計分類第10版)と言った診断基準には「ギャンブル依存症」という表現はなく、ギャンブル依存症という言葉を使う場合には「いわゆるギャンブル依存症」とする場合が多い[2] 。正式にはギャンブル障害(ギャンブリング障害:DSM5の場合、ギャンブル障害は和訳)、病的賭博、病的ギャンブリング (Problem gambling[3]) を指す[4]。
日本のギャンブル障害については三つのタイプに分けた対応が提案されている[5] 。タイプⅠ(単純嗜癖型)、タイプⅡ(他の精神障害先行型)、タイプⅢ(パーソナリティ等の問題型)で、タイプⅠでは、GA(ギャンブラーズ・アノニマス)などの自助グループ、リハビリ施設、カウンセリングルーム等の紹介、本人の同意の上での家族等による金銭管理、家族への疾病教育、ギャマノン等の紹介、が医療機関の対応フローチャートとして提案されており、借金等の問題の安易な解決はしない、ことが示されている。タイプⅡでは、併存する精神障害(大うつ病、双極性障害、統合失調症、不安障害、アルコール使用障害など)に対する治療から、タイプⅠ同様の対応へ、ただし、借金は状態に応じ対応。タイプⅢでは、併存する精神障害(反社会的パーソナリティ障害、発達障害、認知症、器質的な問題など)に対する治療と有効と考えられる社会資源の活用から、タイプⅠと同様の対応へ、ただし、借金は状態に応じ対応。サンプルが少ないが、タイプⅠが27例、タイプⅡが10例、タイプⅢが10例、報告され、他の精神障害の併存が相当にあることが推測される[6] 。
ギャンブルへの依存は長らく意思薄弱・性格未熟など本人の資質の問題とされてきた[7][8]が、1970年代以降、精神疾患として認識する動きが広がった[9][10]。治療には数年を要し[11]、治癒したといえるためにはギャンブルを完全に絶つ必要があり[12]、長期間ギャンブルを絶つことに成功した後でも再びギャンブルに手を出すとたちまち症状が再発し、「ギャンブル依存症は治らない」といわれたこともあった[12]。しかし、2000年以降の研究では、いわゆるギャンブル依存には自然回復が多数あることが指摘され、上記のようにギャンブル障害(いわゆるギャンブル依存)が進行的、不可逆的な障害であるという理解があらためられつつある[13]。河本らによれば、ギャンブルを断つことを最優先すべき群はギャンブリング障害の10-60%と見積もられ、必ずしも断ギャンブリングが治療上必須とは言えない[14][15][16]。
治療法としては、有効な治療薬がなく、他の依存症と同じように認知行動療法が最も有力と考えられている[17][18]。依存者自身のみならず周囲にいる人間への影響も大きく、周囲の人間が傷つく度合いにおいて、ギャンブル依存症を超える病気はないといわれ[19]、とりわけ家族については、患者本人とは別にケアを行うことが必要とされてきた[20]。一方で、久里浜医療センターの病的ギャンブリング(いわゆるギャンブル依存)外来では、6回の面接を通して、ギャンブルを行う目的の整理などの認知行動療法を行うことで良好な成績を収めつつあり、隔離的な対処の弊害も指摘されている[21][22]。
一般に、依存症においては以下の6つの特徴が見られる[23]。
ギャンブル依存症の場合もすべての特徴が見られる[23]。ギャンブル依存症とは次のような症状を呈す依存症、精神疾患である。
離脱症状は薬物依存症におけるものがよく知られており、アルコール、覚醒剤などの物質が体内に入った後で摂取されなくなり血中濃度が低下することで引き起こされる。ギャンブル依存症は薬物依存症と異なり物質を体内に取り込むことがないため、離脱症状が起こらないという誤解が生じがちであるが、実際にはギャンブル依存者がギャンブルを絶つと集中力の低下や感情の乱れ、発汗、手の震え、不眠、幻視などの離脱症状に見舞われる[24]。
ギャンブル依存者はギャンブルが楽しくてやめられないと考えられがちであるが、心理カウンセラーの丹野ゆきによると、実際には「やめなければ」という思いや借金に対するプレッシャーなど苦しさを感じつつギャンブルをしている場合がほとんどだという。丹野は、不快な感情やストレスから逃れようとしてギャンブルをした結果苦しさを味わい、さらにストレスを感じてギャンブルに走る「負のスパイラル」が存在すると指摘している[25]。
否認とは、ギャンブル依存者が自らのギャンブルに問題があることや自分自身がギャンブル依存症であることを認めようとせず、問題を過小評価することをいう。ギャンブル依存者は自分自身の行動を冷静に見つめることができず、ギャンブル依存症の症状を知っていても「自分は違う」と感じる傾向がある。否認はギャンブル依存者が病識を持ち、治療に向けて行動を開始することを妨げる大きな原因となりうるもので、依存症の治療は否認との戦いであるといわれる。否認は治療を行う中で徐々に解消されるのが一般的である[26][27]。
ギャンブル依存症には、長期間ギャンブルを絶つことに成功した後でも再びギャンブルに手を出す(スリップ[28])とたちまち症状が再発するという特徴がある。アルコール依存症にも同様の特徴がある[29]。
ギャンブル依存症に合併する疾患について記述する。
欧米ではギャンブル依存者の3割から5割がアルコール依存症を、アルコール依存者の1割から3割がギャンブル依存症を併発するというデータが得られている。この合併症においては、2つの依存症が同時進行する場合と、一方が収まるともう一方が問題化するといった具合に交互に表れる場合とがある。後者のパターンのうちよく見られるのは、アルコール依存症の治療が成果を挙げている最中にギャンブルに手を出しギャンブル依存症を引き起こすケースである。ギャンブルを絶つ決意をしたものの飲酒によって決意が揺らいでギャンブルに手を出し、勝てば祝い酒、負ければヤケ酒をあおるというように悪循環に陥るケースもある[30][31]。
この合併症の治療において、入院することなしに離脱症状を克服することは困難である。まずアルコール依存症の専門病棟に入院してアルコール依存症の離脱症状を克服し、その後に断酒教育を受けながらギャンブル依存症の治療を行う必要がある[32]。
躁状態にある双極性障害ギャンブル依存者は気分が高揚して過度に活動的になり、誇大感に満ちて浪費をするようになる。このような者がギャンブルに目を向けた場合、金に糸目を付けずにのめり込み、ギャンブル依存症を併発する可能性が極めて高い。しかも判断力が低下する傾向にあるため、ギャンブルに負ける可能性が高い[33]。この合併症については、まず双極性障害の治療を行い、症状が治まってから再発防止のための薬を内服させつつギャンブル依存症の治療を行う。躁状態のまま自助グループに参加したとしても場を乱すだけで治療効果が見込み難いからである[34]。
うつ病になると意欲や集中力が低下し、食欲低下、不眠症などの症状を呈するようになる。うつ病とギャンブル依存症との合併症が起こるパターンには2通りある。1つは軽度のうつ病ギャンブル依存者が気分を盛り上げたり気晴らしのためにギャンブルに手を出し依存症になるパターンで、もう1つは生活が破綻したギャンブル依存者がうつ病を発症するパターンである。うつ病とギャンブル依存症はともに再発しやすい精神疾患であるため、治療においてはうつ病治療のための薬の服用とギャンブル依存症の治療をともに継続させる必要がある[35]。欧米における研究によると、入院治療を行ったギャンブル依存者のうつ病の合併率は30%から70%にのぼる[36]。
統合失調症を発症すると幻覚、妄想、思考にまとまりがなくなるといった症状を呈するようになる。統合失調症ギャンブル依存者がギャンブル依存症を併発するのは症状がある程度落ち着いている時期である(症状が激しい時期にはギャンブルをすること自体が困難である)。統合失調症ギャンブル依存者が手を出すギャンブルはパチンコが多い。一般に統合失調症ギャンブル依存者は、人に見られているという妄想を抱きやすいため、人混みを苦手とするが、パチンコ店では慣れれば他人が気にならなくなる傾向を有するためである。このようは合併症に対しては統合失調症治療のための薬を内服させつつ、ギャンブル依存症の治療を行う[37]。
摂食障害には食物の摂取を制限するタイプと食物を摂取しすぎるタイプとがあるが、ギャンブル依存症を併発しやすいのは後者のタイプである。このタイプの摂食障害ギャンブル依存者は不安を解消するために食物を大量に摂取すると考えられているが、大食に対する自己嫌悪からさらに不安に襲われる。合併症は一方のプロセスの中に他方が組み込まれることで引き起こされる。ギャンブルで負けた憂さを晴らすために大食に走り、大食に対する自己嫌悪から不安になり、その不安を解消するためにまたギャンブルや大食に走る、といった具合にである[38]。
ギャンブル依存者はギャンブルにのめり込むあまり生活が不規則になりがちで、生活習慣病を発症することがある。またギャンブルの当たり外れでに一喜一憂することを繰り返したり、依存症が進行し返す当てのない借金をすることで溜めこんだストレスが身体に悪影響を及ぼすこともある。こうして引き起こされる代表的な疾患には糖尿病と高血圧が挙げられる。生活習慣病を発症していたギャンブル依存者が、治療によってみギャンブルをしない生活を送るようになった結果生活習慣病を克服したというケースは少なくない[39]。
DSM-5では「病的賭博」の名称が消え、「ギャンブル障害(ギャンブリング障害)」と言い換えられるようになった。そして「ある12か月間で」と期間の限定が入り、下記のようなアンケートを自記式で行う場合、過大に陽性判断が生じる問題点がやや改められた。しかし、いまだに他の疾患のような時点有病率ではない点に注意が必要である。なお、もともとDSMでは、下記の項目が「ずっと続いていたり、繰り返されたりしていて、そのことが臨床的に重大な健康上の障害や苦痛を引き起こすことにつながる」との表記があり、「臨床的に重大な健康上の障害や苦痛」の有無や可能性こそが臨床判断で重要となる。また、DSM-5では自然回復の存在が指摘され、進行的、不可逆的といったイメージがやや払拭された。職業的ギャンブラー、社交的ギャンブラー、双極性障害、パーソナリティ障害、パーキンソン病などでドーパミン作動薬を使用している場合は除く(DSM-5、585-589)。
『精神障害の診断と統計マニュアル 第4版修正用』(DSM-IV-TR)は、以下の10項目を基準として挙げており、5項目以上に該当する場合、ギャンブル依存症と診断される[40]。
- いつも頭のなかでギャンブルのことばかり考えている。
- 興奮を求めてギャンブルに使う金額が次第に増えている。
- ギャンブルをやめようとしてもやめられない。
- ギャンブルをやめているとイライラして落ちつかない。
- いやな感情や問題から逃げようとしてギャンブルをする。
- ギャンブルで負けたあと、負けを取り返そうとしてギャンブルをする。
- ギャンブルの問題を隠そうとして、家族や治療者やその他の人々に嘘をつく。
- ギャンブルの元手を得るために、文書偽造、詐欺、盗み、横領、着服などの不正行為にをする。
- ギャンブルのために、人間関係や仕事、学業などがそこなわれている。
- ギャンブルでつくった借金を他人に肩代わりしてもらっている。
— 帚木2010、92-93頁より。
『精神障害の診断と統計マニュアル 第3版』(DSM-III)にある基準を日本向けに改変した基準。10項目中5項目以上に該当するとギャンブル依存症の可能性が極めて高いと判断される[41]。
- ギャンブルのことを考えて仕事が手につかなくなることがある。
- 自由なお金があると、まず第一にギャンブルのことが頭に浮かぶ。
- ギャンブルに行けないことでイライラしたり、怒りっぽくなることがある。
- 一文無しになるまでギャンブルをし続けることがある。
- ギャンブルを減らそう、やめようと努力してみたが、結局ダメだった。
- 家族に嘘を言って、ギャンブルをやることがしばしばある。
- ギャンブル場に、知り合いや友人はいない方がいい。
- 20万円以上の借金を5回以上したことがある、あるいは総額50万円以上の借金をしたことがあるのにギャンブルを続けている。
- 支払予定の金を流用したり、財産を勝手に換金してギャンブルに当て込んだことがある。
- 家族に泣かれたり、固く約束させられたりしたことが2度以上ある。
— 田辺2002、48-49頁より。
ギャンブル依存者の自助グループであるギャンブラーズ・アノニマス(GA)は「20の質問」と呼ばれる20項目を挙げており、7項目以上に該当するとギャンブル依存症と診断される。この基準の特徴は「現在ギャンブルを行っていないことが、必ずしも治癒していることを意味しない」というギャンブル依存症の特徴を踏まえ、「~はあったか」という「過去形」を使用している点にある[42]。
- ギャンブルのために仕事や学業がおろそかになることがあったか?
- ギャンブルのために家族が不幸になることがあったか?
- ギャンブルのために評判が悪くなることがあったか?
- ギャンブルをした後で自責の念を感じることがあったか?
- 借金を払うための金を工面するためや、金に困っている時に、何とかしようとしてギャンブルをすることがあったか?
- ギャンブルのために、意欲や能率が落ちることがあったか?
- 負けたあとですぐにまたギャンブルをして、負けを取り戻さなければと思うことがあったか?
- 勝ったあとですぐにまたギャンブルをして、もっと勝ちたいという強い欲求を感じることがあったか?
- 一文無しになるまでギャンブルをすることがよくあったか?
- ギャンブルの資金を作るために借金をすることがあったか?
- ギャンブルの資金を作るために、自分や家族のものを売ることがあったか?
- 正常な支払いのために、「ギャンブルの元手」を使うのを渋ることがあったか?
- ギャンブルのために、家族の幸せをかえりみないようになることがあったか?
- 予定していたよりも長くギャンブルをしてしまうことがあったか?
- 悩みやトラブルから逃げようとしてギャンブルをすることがあったか?
- ギャンブルの資金を工面するために、法律に触れることをしたとか、しようと考えることがあったか?
- ギャンブルのために不眠になることがあったか?
- 口論や失望や欲求不満のために、ギャンブルをしたいという衝動にかられることがあったか?
- 良いことがあると、2、3時間ギャンブルをして祝おうという欲求が起こることがあったか?
- ギャンブルが原因で自殺しようと考えることがあったか?
— ギャンブラーズ・アノニマス日本 インフォメーションセンターのホームページおよび帚木2004、34-36頁より。
アメリカのサウスオークス財団がギャンブル依存症の診断のために開発した質問表であるサウスオークス・ギャンブリング・スクリーン(SOGS)は、以下の12項目の質問を設定し、その回答から算出した点数が5点以上の場合にギャンブル依存症と診断される。3点ないし4点の者は将来ギャンブル依存症になる可能性が高い(問題ギャンブリング)[43]。この基準の特徴は、借金に重点を置いている点にある[44]。
- ギャンブルで負けたとき、負けた分を取り返そうとして別の日にまたギャンブルをしたか。(選択肢 a.しない、b.2回に1回はする、c.たいていそうする、d.いつもそうする (cまたはdを選択すると1点))
- ギャンブルで負けたときも、勝っていると嘘をついたことがあるか。(選択肢 a.ない、b.半分はそうする、c.たいていそうする (bまたはcを選択すると1点))
- ギャンブルのために何か問題が生じたことがあるか。(選択肢 a.ない、b.以前はあったが今はない、c.ある (bまたはcを選択すると1点))
- 自分がしようと思った以上にギャンブルにはまったことがあるか。(選択肢 a.ある、b.ない (aを選択すると1点))
- ギャンブルのために人から非難を受けたことがあるか。(選択肢 a.ある、b.ない (aを選択すると1点))
- 自分のギャンブル癖やその結果生じた事柄に対して、悪いなと感じたことがあるか。(選択肢 a.ある、b.ない (aを選択すると1点))
- ギャンブルをやめようと思っても、不可能だと感じたことがあるか。(選択肢 a.ある、b.ない (aを選択すると1点))
- ギャンブルの証拠となる券などを、家族の目に触れぬように隠したことがあるか。(選択肢 a.ある、b.ない (aを選択すると1点))
- ギャンブルに使う金に関して、家族と口論になったことがあるか。(選択肢 a.ある、b.ない (aを選択すると1点))
- 借りた金をギャンブルに使ってしまい、返せなくなったことがあるか。(選択肢 a.ある、b.ない (aを選択すると1点))
- ギャンブルのために、仕事や学業をさぼったことがあるか。(選択肢 a.ある、b.ない (aを選択すると1点))
- ギャンブルに使う金はどのようにして作ったか。またどのようにして借金をしたか。当てはまるものに何個でも○をつける。(選択肢 a.生活費を削って、b.配偶者から、c.親類、知人から、d.銀行から、e.定期預金の解約、f.保険の解約、g.家財を売ったり質に入れて、h.消費者金融から、i.ヤミ金融から (○1個につき1点))
— 帚木2004、36-38頁より。
精神科医の田辺等は、ギャンブル依存者の体験談を分析した結果、ギャンブル依存者はフラストレーションやセルフエスティーム、自己同一性(とくに職業に関するもの)に問題を抱え、空虚さや軽い抑うつ感を抱き、熱中する何かを求めている傾向にあると指摘している[45]。丹野ゆきは、負の感情を紛らわせようとギャンブルに走ったところで紛らわせることができるのは一時に過ぎず、再び負の感情に苛まれギャンブルに走り、次第にギャンブルをしていないと負の感情に対処できなくなって常にギャンブルをする状態に陥っていくと指摘している[46]。
人間には、ある行為によって必ず報酬を得られる場合よりも、ある行為によって間欠的に報酬が得られる場合の方がその行為への執着が高まるという傾向がある。この傾向を部分強化という。借金をする羽目になったギャンブル依存者はギャンブルに勝つよりも負けることが多いが、それでもギャンブルをやめようとしない原因には、負けが続く中でたまに勝ちを経験するとその経験に執着し、負けが続いていても「負けが続いているのでそろそろ勝つだろう」あるいは「次は絶対に勝てる」という心理状態に陥り、過去の成功パターンを繰り返そうとすることがあると考えられている[47]。
ギャンブルは勝ちたいという欲求に基づいて行われる。当初は1回の勝ちによって欲求が充足されるが、ギャンブルを繰り返すうちに1回の成功体験では欲求が充足されず、たとえ勝ったとしても更なる勝ちを求めて儲けを次のギャンブルに投入することになる。負けた場合には不快感が生まれ、それを埋めるために次のギャンブルにのめり込むことになる。これを充足パラドックスという。ギャンブル依存者は充足パラドックスに陥り、勝ち負けに関係なくギャンブルを繰り返すようになると考えられている[48]。
Slutske WSらはギャンブル依存症のリスクに関して双生児研究を行い、リスクの分散の49.2%が遺伝的影響で説明され、ここに男女差がないことを示し、また、共有環境(ほぼ家庭環境)の影響は0%と見積もられることも示した[49]。 ギャンブル依存者の血縁関係をみると、ギャンブル好きや大酒飲みが存在することが多く、ギャンブル依存者の親の20%から30%、兄弟姉妹の14%がギャンブル依存症もしくはその予備軍であるという調査結果が存在する[50]。さらに考察を依存症全般に広げた場合、親の40%から50%、兄弟姉妹の36%がアルコール依存症または薬物依存症であるという調査結果も存在する[50]。 ただし親子ともにギャンブル依存症であるとしても、遺伝的以外の要因、たとえば幼少期にしばしば親に連れられて競馬場やパチンコ店といったギャンブル場に足を踏み入れたため、ギャンブル場への心理的障壁が低くなったというように、家庭環境が関与している可能性も考えられる[50]。 また、ギャンブル依存症の場合発症に遺伝的要因が関係しているとしてもひとつの遺伝子によって発症が決定されるということはなく、複数の遺伝子が作用していると考えられている[50]。
なお、ギャンブル依存が持つ強迫性に着目し、ギャンブル依存症を強迫的ギャンブル(賭博)と呼ぶことがあるが、強迫性障害を併発しているギャンブル依存者の親または子がギャンブル依存者である確率と、強迫性障害を併発していないギャンブル依存者の親または子がギャンブル依存者である確率との間に差はみられない。そのことからギャンブル依存症と強迫性との関連性は希薄であり、強迫性に着目した強迫的ギャンブル(賭博)という呼称は適切でないという意見もある[51]。
成育環境は、ギャンブル依存症の発症に影響を与えると考えられている。影響は「ストレス発散の手段としてギャンブルを行うことを抑制する」という形で表れる。成育環境を形成する要因としては、前述の家庭環境のほか交友関係、近隣住民が持つ価値観、信仰する宗教などが挙げられる[52]。
ギャンブル種目が持つ性質も、ギャンブル依存症の発症に影響を及ぼすと考えられている。たとえばギャンブル場がソフトで明るい外観を有するようになると、女性や若者がギャンブル場に立ち入りやすくなると考えられる[53][54]。
精神科医の榎本稔は、具体例として、日本において「おしゃれできれいなサロン風」のパチンコ店が増えたことで、女性でも抵抗なくパチンコ店に入店できるようになってしまったと指摘している[55]。
また、インターネットや携帯電話を使ったギャンブルが可能となったことで、足腰が悪い高齢者など本来ギャンブル場への移動が困難な者でも、ギャンブルに参加しやすい環境が生じたと考えられている[56]。
依存症は何かをやり過ぎたり乱用することによって引き起こされる。したがってギャンブル依存症を予防するにはギャンブルをやり過ぎないよう注意することが重要となる。精神科医の田辺等は、以下の4つの点に注意するべきだと述べている[57]。
精神科医の伊波真理雄は、近親者にギャンブル依存者がいる場合、自らの抱える遺伝的要因あるいは環境的要因を認識し、ギャンブルに手を出すとやめられなくなる傾向があると自覚することを予防法として挙げている[58]。榎本稔は、金銭の管理は本人に任せずに周囲の人間が行うことが重要であると述べている[59]。
まずギャンブル依存症の本人が、支援を求めようとすることが最初のステップである[60]。治療には数年を要する[11]。治療の目標は、ギャンブル依存者がギャンブルを完全に絶ち、その上で人生を再構築し充実した生活を送ることにある[12]。
前述のように、ギャンブル依存症には、「長期間ギャンブルを絶った後でも、ギャンブルを再開するとたちまち症状が再発する」という特徴がある。そのため、ギャンブル依存症の治療においては、「適度にギャンブルを楽しめるようになる」という内容の治癒・回復は起こりえない[† 1]。
ギャンブル依存症を薬物を用いて治療する方法は確立されていない[60][† 2][61]。帚木蓬生によると、このことが、薬のない疾患に対して冷淡な傾向のある医学界が、ギャンブル依存症に大きな関心を寄せない原因のひとつになっている[62]。
最も有力な治療の手段は認知行動療法である[60][17] 。
集団精神療法では、週に1、2回、少なくとも2年間継続する必要がある[18]。集団精神療法の効果は足→耳→口の順に表れるとされる。その意味するところは、まず集団精神療法に通うことが億劫でなくなり、次に人の話を聞くと共感を覚えたり感銘を受けるようになり、最後に自分自身のことを話すことができるようになるということである[63]。ただし、精神障害や発達障害によりコミュニケーション能力に問題を抱えるギャンブル依存者は、集団精神療法に参加して治療効果を得ることが困難な傾向がある[64]。
集団精神療法は、病院やギャンブル依存者の自助グループ、回復施設で行われている。病院については、ギャンブル依存症の治療に取り組んでいる医師は決して多くないため、予めギャンブル依存症を扱っているかどうか問い合わせる必要がある[65]。自助グループと回復施設は、ともにギャンブル依存者の治療を行う場ではあるが、回復施設では専門知識を有する指導員の指導の下、通所だけでなく宿泊機能のついた施設に入所して治療を行なえるのに対し、自助グループには専門の指導員がおらず、ギャンブル依存者の自由意思に基づいた通所による治療のみが行われる。
集団精神療法を行う際には、まず回復施設で治療プログラムの基礎を身につけ、その後自助グループに通うことが望ましいとされる[66][67][68]。
ギャンブル依存症には前述のように、「長期間ギャンブルを絶った後でも、ギャンブルを再開するとたちまち症状が再発する」という特徴がある。したがって治療においては「二度とギャンブルに手を出さない意思」を継続させることが重要となるが、そのためには集団精神療法への定期的な参加を日常生活の中に組み込み、「他のギャンブル依存者と連帯感をもつことが有効である」とされる[69]。
ギャンブル依存者の周囲の人間はギャンブル依存者を支え、ギャンブル依存者が引き起こした問題のフォロー(たとえは本人に代わって借金を肩代わりする)をすることが多い。しかしそうしたフォローによってギャンブル依存者本人はギャンブル依存症がもたらす問題に直面することなく生活を送ることが可能となり、ギャンブルへの依存を続けてしまう。このように、結果として問題を存続させる行動をイネーブリングという[70]。
イネーブリングをやめることができない者は共依存に陥っている可能性がある[70]。共依存とはある者が「自分を必要とする者を必要とする」状態をいい、ギャンブル依存者がギャンブルに依存するのと同様に、共依存者はギャンブル依存者との関係に依存する[70][71][72]。
共依存者によるフォローは、共依存者が依存者の問題解決能力を認めていないことの表れであり、フォローによって依存者は問題解決能力を奪われ、問題に直面することができなくなってしまう[70]。こうした観点からは「家族が、本人のギャンブルの依存に加担している」ということが可能である[73]。そして共依存者が共依存の解消に向けて努力することで、依存者本人の問題解決も促される[74]。
共依存に陥った家族のいるギャンブル依存者が治療を行う場合、生活を分離し、それぞれが経済的に自立した生活を送ることが推奨される[75]。ギャンブル依存症においては「援助しないことが最大の援助」であり[76]、克服は「援助しない援助」から始まる[77]。
家族には、「自分のための時間を、依存者本人のサポートとは切り離して考える」こと、「ギャンブル依存は結局は本人の問題であって、家族の…問題ではない」ことを認識することが求められる[78]。
前述のように、ギャンブル依存症はギャンブル依存者の家族の心身に深刻な影響を及ぼす。そのためギャンブル依存者本人だけではなくその家族に対するケアを行うことが必要とされる[79](ギャンブル依存症の治療に携わる者の間には、「まずは困った家族を最初に援助する」という格言が存在する[80])。まずギャンブル依存者のギャンブル依存によって家族が身体・精神に疾患を抱えていないか診断し、治療を行う必要がある[81]。また、家族がイネーブリングや共依存に陥っている場合、家族をギャンブル依存者から心理的・空間的に引き離し、イネーブリングを行わないよう改善を促す必要がある[82][83]。ギャンブル依存症の特性や治療の道筋を理解させる必要もある。とくにギャンブル依存者が病院や自助グループに通うようになっただけで依存症が治ったと誤解する家族が多いため、誤解を解かねばならない。ギャンブル依存者が借金を抱えている場合はその処理について家族を支援する必要がある。家庭が機能不全家族に陥っている場合は、将来的に「普通の家庭」を取り戻すことに備えさせる必要がある。それまでの恨みや怒りから、ギャンブル依存者が回復したとしても依存症になる前と同じように接するのが困難な心理状態に陥る家族が多いためである[84]。家族のための自助グループも存在する(ギャマノン)。こうした自助グループの目的は、家族に対しギャンブル依存者本人が依存症を克服するための支援をすることではなく、共依存から解放しギャンブル依存者への援助をやめさせることにある[85]。
ギャンブル依存者の治療が進みギャンブルを断つことに成功すると、家族との間で新たな問題が生じる可能性がある。ギャンブル依存者本人が家族に対し「自分を信用してほしい」と思うようになるのに対し、それまで苦しめられてきた家族はなかなかギャンブル依存者のことを信用しようとしないからである。このような問題を解決するために、家族が自助グループに通うことが有効である場合もある[86]。
ギャンブル依存者が借金(債務)を抱えている場合、借金への対応が問題となる。借金の問題を抱えていないギャンブル依存者は存在しないともいわれている[87]。
注意しなければならないのは、周りの人間による借金の肩代わりはギャンブル依存者に治療を受けさせない限りイネーブリングに過ぎず、かえってギャンブル依存者に対する債権者からの信頼を高め、借金をしやすい環境を作り出すだけであるということである。周囲に借金を肩代わりさせたギャンブル依存者が再び借金を背負うことになる可能性は高い[† 3]。[61]。また、少しでも肩代わりをすると、法的にはその借金を自らの借金だと認めたことになってしまうことが多いので注意を要する[88]。
借金による経済的困窮や返済の苦労に関しては、ギャンブル依存者をギャンブルから遠ざけ、病識を持たせる効果を期待できることからも、借金の肩代わりは行わず、ギャンブル依存者本人に返済させることが望ましい[† 4][89][90]。ギャンブル依存者自身が借金問題を引き起こした以上、「あくまでも本人を問題に『直面化』させることが必要」である[59]。
借金の返済にあたっては、弁護士など法律の専門家に相談することが望ましい。返済能力を超えた借金を抱え自己破産を選択すべき状況に陥っていることや、利息を払い過ぎているなどの理由から、債務の圧縮が可能な場合があるからである。自己破産については、日本の破産法において、「浪費や賭博など射幸行為をしたことによる債務については、免責が認められない」と規定されているが、今日ではギャンブル依存症が精神疾患であるという認識が司法にも広まりつつあり、ギャンブルによる借金であっても免責が認められる傾向にある[91]。
ただし、自己破産した者の情報は官報に記載されるため、その情報を基に更なる融資を持ちかける消費者金融・闇金融業者が現れる可能性が高いことに注意を払う必要がある[92][93][94]。闇金融業者については、そもそも違法な貸し付けや取り立てを行っているため、自己破産による免責が認められた借り手に対しても取り立てをやめようとはしない。借り手は警察や専門家の協力・支援を得られない限り、免責後も返済を強いられることになる[95]。
ギャンブル依存者が、ギャンブルの資金を捻出するために借金をしたり財産を処分することを防ぐためには、日本貸金業協会に対し貸付自粛依頼を行う、成年後見制度を利用してギャンブル依存者の行為能力を制限するといった対策がある[96]。
ギャンブル依存症者に治療を受けさせることには困難が伴う。まず、ギャンブル依存症が精神疾患であり、しかも治療することが可能であるという認識が、必ずしも世間に十分に浸透していないため、ギャンブル依存者が周囲の人間に放置される可能性がある。周囲が異常に気付いたとしても、ギャンブル依存者本人が否認をし病識を持たない場合もある。その場合、病院や自助グループ・回復施設へ行くようギャンブル依存者を説得しようとしても否認の傾向を強めるだけで逆効果であり、周囲の人間にはギャンブル依存者への働きかけを治療に関する情報提供にとどめ、ギャンブル依存者が自ら病院などへ足を運ぶ決心をするまで待つことが望まれる[97][98]。
この過度の干渉を避け、ギャンブル依存者が自主的に行動するのを見守るという周囲の態度は、治療中においても要求される態度である[99]。基本的に、ギャンブル依存者の借金を周囲が肩代わりすることはイネーブリングにしかならず、何らの解決をもたらさない[100]。なお、本人に受診するつもりがなくとも医療保護入院をとることは可能であるが、入院させたところでギャンブル依存者本人に治療の意思がない場合には治療を成功させることが困難であると考えられている[101]。
治療を開始した直後、ギャンブル依存者は離脱症状に見舞われる。この時期を離脱期という。離脱期の克服が治療における山の一つである。離脱症状に見舞われたギャンブル依存者はイライラ、不眠、過敏、落ち着きのなさ、手の震え、発汗などの症状とともにギャンブルへの欲求が高まる。
ここで2、3か月間ギャンブルを絶つことに成功すると離脱症状を脱することができるが、誘惑を断ち続けることは容易ではなく、誘惑を断つ決意を日々新たにするための工夫が必要である[102]。離脱期を脱しないうちにギャンブルを再開した場合、離脱症状は一時的に治まるが、ギャンブル依存症が治ったことにはならない。そこから再び治療に入る場合は、病院に入院することが望ましいとされる[103]。
ギャンブル依存症の離脱期は長い上、離脱症状を抑える薬もないため、入院治療が最も効果的な対処法となるからである[104]。ただしギャンブル依存症の入院治療を行っている病院はわずかである[103]。なお、前述のように医療保護入院をとったとしてもギャンブル依存者本人に治療の意思がない場合には、治療を成功することは困難であると考えられている。
学習とは、ギャンブル依存者が過去のギャンブル遍歴を振り返ることで自らの病気を確認し、再びギャンブルにのめり込まないための対策や今後の身の振り方を立てることをいう。
学習期は治療を開始した直後から始まるが、離脱症状に見舞われているギャンブル依存者には学習をする余裕がないため、実際には離脱期を脱した後で学習が開始される。学習の方法としてはミーティングやフリートーキング、ビデオ学習、医療関係者や自助グループ関係者による講義、担当医師やソーシャルワーカーによる面接などがある[105]。
アメリカ合衆国では1975年にミシガン大学によってギャンブル依存症(の疑いのある人:以下すべて同様、確定診断ではない)に関する実態調査が初めて調査が行われ、成人の0.77%がギャンブル依存症、2.33%が予備軍であると報告されている[106]。1980年代に5つの州で行われた調査では、成人人口の0.1%から2.3%がギャンブル依存者であるという結果が出ている[107]。2008年においては、成人の0.6%がギャンブル依存症、2.3%が予備軍であると報告されている[108]。
日本では2007年、厚生労働省の助成を受けた研究班がギャンブル依存症のリスクのある人に関する調査を開始した[109]。多くの公営競技について地方自治体や一部事務組合が主催しまたは投票券の発売を行っているにもかかわらず長らく行政がギャンブル依存症に関する実態調査を行っていないことは、かねてから批判の対象となっていた[110]。2009年に発表された厚生労働省の助成を受けた研究班による研究調査結果によると、日本の成人男性の9.6%、同じく女性の1.6%、全体平均で5.6%がギャンブル依存症のリスクがあった[111]。これはアメリカの0.6%、マカオの1.78%などと比較して極めて高い数値であると言える。この年の成人人口(国勢調査推計)から計算すれば、男性は483万人、女性は76万人、合わせて559万人がギャンブル依存症のリスクを持つ人となる[112]。
その他の国で行われた調査をみると、カナダのケベック州で一般人口の0.25%がギャンブル依存症、香港で1.8%がギャンブル依存症、4.0%が予備軍という結果が出ている[113]。カナダのアルバータ州エドモントンとアメリカ合衆国のミズーリ州セントルイスでは生涯有病率(人が生涯のうちでその病気になる確率)に関する調査も行われており、それぞれ0.4%、0.9%という結果が出ている[113]。2003 年以降、マカオでもギャンブル依存症が顕在化しているため、米国精神医学協会が提案している DSM-Ⅳに基づいて調査を行ったが、これによるとマカオ市民のギャンブル依存症の発生率は 1.78%となっている[114]。
ギャンブル依存症は、一般人口と比較して自殺念慮と実行リスクを増加させるとされている[115]。病的ギャンブラーの12-24%が自殺を試みており[116]、 その配偶者では自殺率が一般人口の3倍となっている[116]。 また病的ギャンブラーは、精神疾患、アルコール乱用、薬物乱用リスクも増加する[117]。
ギャンブル依存症の特徴のひとつに、ギャンブル依存者の周囲にいる人間に与える影響の大きさを挙げることができる。
「周囲の人間が傷つく度合いにおいて、ギャンブル依存症を超える病気はない」ともいわれる[19]。さらに、傷ついたことがなかなか周囲に理解されない、世間体を気にして周囲に打ち明けにくいという傾向がある[118]。
ギャンブル依存症の発症により、家族関係や家族の精神状態が大きく変化させられる場合もあり[119]、家族の精神状態が悪化することで、依存者の抱える問題がより深刻化することもある[120]。
もっとも大きな影響を受けるのは配偶者である。
ギャンブル依存者がギャンブルにのめり込むと、はじめは自分の収入や財産を注ぎ込むが、それらが底をつくと配偶者(結婚しておらず同棲している場合にはその相手)の収入や財産に手をつけるようになる。また、ギャンブルが負けたギャンブル依存者が暴力を振るうことがある。さらにギャンブル依存者が消費者金融などに借金を作って取り立てにあい、配偶者に経済的・精神的な負担がかかりうつ病などの精神疾患を引き起こすこともある[121][122]。
精神科医で作家の帚木蓬生が100人のギャンブル依存者について調査を行ったところ、65人に配偶者がいたが、そのうち10人が精神的な問題を抱え医療機関に通院中であった[123][† 5]。
子供に及ぶ影響も深刻である。ギャンブル依存症が進むと、ギャンブル依存者と配偶者の信頼は崩れ関係が冷え込むことが多いが、子供はそうした関係を目の当たりにして育つことになる。
また、両親は、それぞれギャンブルをすることやギャンブル依存者が引き起こす問題に対処することで頭が一杯で子供に目が向かなかったり(ネグレクト)、子供に八つ当たりをすることがある(虐待)。このような境遇(機能不全家族)に置かれた子供は成人後、対人関係障害、抑うつ、親としての機能障害、依存症などの問題を抱えるケースがある。このような成人をアダルトチルドレンという[124]。
ギャンブル依存者の親は、我が子の不幸を看過できないという思いや世間体[125]、「自分の育て方が悪かったのか」という自責の念[126]からギャンブル依存者が作った借金の尻ぬぐいをする場合がある。高齢者など親に十分な資力がなく、さらにギャンブル依存者に配偶者がいないか配偶者との関係が破綻した場合、兄弟姉妹がギャンブル依存者の苦境を見捨ててはおけないという思いから兄弟姉妹が借金の肩代わりをする羽目になることもある。兄弟姉妹の配偶者や家族がそのことに反発を覚え、兄弟姉妹の家族関係に悪影響を及ぼすこともある[127]。
ギャンブル依存者は、あらゆる人間関係を駆使して金を工面しようとする傾向にある。たとえば、適当な理由をつけて遠い親戚から金を借りようとすることがある(遠い親戚は配偶者や親兄弟と異なり、ギャンブル依存者に関する詳しい情報を把握していないことが多い)。友人や知人からも同様に適当な理由をつけて金を借りようとすることがある。ギャンブル依存者に職がある場合、職場から給料や退職金の前借や横領をしようとすることがある[128]。
ギャンブル依存者は様々な手段を使ってギャンブルの資金を工面しようとするが、資金を得るために犯罪に走るケースも少なくない。
アメリカ合衆国での調査によると、ギャンブル依存者の自助グループ「ギャンブラーズ・アノニマス」会員の21%、退役軍人病院においてギャンブル依存症の治療を受けたギャンブル依存者の46%に逮捕歴があった[129]。また、同国の一般受刑者の3割がギャンブル依存症であるとの調査結果もある[130]。
イギリスで行われた調査によると、ギャンブラーズ・アノニマスの会員が行ったことのある犯罪の大部分は暴力を伴わない犯罪である。しかし借金の額が大きくなると保険金殺人など暴力を伴った重大犯罪に走るケースもある[131]。中村努によると、花粉症になればくしゃみが出るのと同様、依存症が進行する中でギャンブル依存者は道徳性を失い、嘘をついたり犯罪に走る者が現れるようになる[132]。
ギャンブル依存者が走りやすい犯罪の一つに「保険金詐欺」が挙げられる。
アメリカ合衆国でギャンブラーズ・アノニマス会員241名を対象に行った調査では、会員の47%が事故のでっち上げや故意に事故を起こすなど虚偽の申告によって保険金を詐取した経験があるという結果が出ている。また、アメリカ合衆国の保険業界の推計によると、不正請求による損害のうち3分の1はギャンブル依存者によって引き起こされている[133]。
ギャンブルは多様で、時代を問わず存在する。そのためギャンブルに依存する現象やギャンブル依存者の疑いがある人物も古くから存在した。たとえばローマ帝国の第5代皇帝ネロはサイコロを使ったギャンブルに大金を賭け続けたとされる[134][135]。古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』にはサイコロを使ったギャンブルで財産や領土を失い、ついには自分自身と妻を賭ける王子が登場する[134][135]。
長きにわたって、ギャンブルへの依存は意思薄弱者・性格未熟者による身勝手な行動、社会規範に反する逸脱行為に過ぎないとみなされてきた[7][8]。ギャンブル依存者の回復支援施設「ワンデーポート」代表の中村努によるとその原因は、社会には依存症者の依存症になる前の姿や症状が進行する過程は見えず、「なれの果ての姿だけが目に付くために……本人の資質としてしか受け入れられない」ことにある[132]。しかし1972年にアメリカ合衆国オハイオ州で世界初の入院治療が試みられ、1977年に世界保健機関(WHO)によって依存症の一つに分類[† 6]され、1980年にアメリカ精神医学会が『精神障害の診断と統計マニュアル第3版』(DSM-III)において精神疾患(衝動制御障害[† 7])に分類するなど、1970年代以降ギャンブルへの依存を精神疾患として認識する動きが広がった[9][10]。
前述したギャンブル依存症の診断基準はすべて心理または社会的行動の変化を対象としており、医学的診断に通常みられる生理学的・生化学的変化に着目したものがない。これはギャンブル依存症がもたらす生理学的・生化学的変化の解明が不十分であることによる[137]。ただしそうした変化の解明は徐々に進みつつある[138]。
生理学的な研究として、ギャンブル依存者と健常者にギャンブルの対象となるゲームをさせた際の心拍数の比較がある。健常者の心拍数はゲーム中に増加するものの終了後すぐに平常値に戻る。これに対しギャンブル依存者の心拍数はゲーム開始後の増加が早く、しかもゲーム終了後も増加している状態(頻脈)が長時間持続する。このことから、ギャンブル依存者はギャンブルの対象となるゲームをした際に過度に興奮し、しかも興奮から醒めにくい身体的特徴を帯びていると推測される[139]。ギャンブル依存者は知的な作業をさせた際の脳波測定(脳波の左右差の測定)においても特徴を示す。健常者の場合、言語的な作業をさせると左半球が、図形的・感覚的な課題を与えると右半球が活動を高めるが、ギャンブル依存者にはこのような活動の高まりがみられない[140]。
篠原菊紀は6人の被験者の血液中の物質を安静時、パチンコをしている時、パチンコが大当たりしている時に分けて測定する実験を行い、パチンコをしている最中にはβ-エンドルフィンの血中濃度が高まるというデータが得られたと発表した。田辺等はこの実験結果から、ギャンブル依存者の脳内では内因性の脳内麻薬が分泌されているのではないかと推測している。田辺はまた、ギャンブル依存者がしばしば「ギャンブルをしている間は空腹や疲労を感じず、半日以上食べなくても平気である」と証言することに着目し、覚醒剤がもたらす効果に似ていると指摘している[141]。βエンドルフィンの阻害薬が治療薬候補となっているが、認可されていない。
脳脊髄液中に含まれる神経伝達物質とその代謝物の量を測定すると、それらの物質が脳内でどのような働きをしているか推測することができるが、ギャンブル依存者について測定すると、その脳内ではドーパミン[† 8]とノルアドレナリンが活発に生成・消費されていることが推測できる。一方、同じく神経伝達物質セロトニンの活性度を示す血小板のモノアミン酸化酵素が低下し、セロトニン受容体の感受性の指標とされるクロミプラミンを静脈注射した後のプロラクチン反応が鈍いというデータも得られる。これらを総合すると、ギャンブル依存者の脳内ではドーパミンとノルアドレナリンの働きが強まる一方、セロトニンの働きが低下するとみなすことができる。ここで3種の神経伝達物質の働きを単純化して考え、ドーパミンが行動の活性化、ノルアドレナリンが行動の維持、セロトニンが行動の抑制を司るとした場合、ギャンブル依存者はギャンブルに対して過度に興奮しその状態が持続する一方、興奮を抑えにくい状態にあると考えることができる[142]。ドーパミンの分泌を抑制すればギャンブル依存症の症状を抑えることができるかといえば、そうとは限らない。そればかりかドーパミンの減少はパーキンソン病様の症状をもたらす危険もある[143]。
ただしこの研究については、ギャンブル依存症を発症したからドーパミンとノルアドレナリンが働きを強めセロトニンの働きが低下するのではなく、もともとドーパミンとノルアドレナリンの働きが強くセロトニンの働きが弱い人間がギャンブル依存症を発症するのだとする見解もある。この見解に立ちつつ、ドーパミンが新奇性の追求、ノルアドレナリンが報酬に依存した(報酬があれば行動を続け、報酬がなければ行動をやめる)態度、セロトニンが危険回避を司るとした場合、新奇なものに敏感で報酬があれば行動を続け、損害を顧みない性格の持ち主はギャンブル依存症を発症しやすいという仮説を導くことができる[144]。 ほかに、ノルアドレナリントランスポーター密度、ドーパミンD1受容体密度と依存ポイントの関連、関連刺激によるドーパミン系の活性化と実際の報酬獲得時のドーパミン系の相対的鎮静化などが指摘されているが、いまだギャンブル依存を判断するバイオロジカルマーカーは特定されていない。
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