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湿潤療法(しつじゅんりょうほう)は、創傷(特に擦過傷)や熱傷、褥瘡などの皮膚潰瘍に対し、従来のガーゼと消毒薬での治療を否定し、「消毒をしない」「乾かさない」「水道水でよく洗う」を3原則として行う治療法。モイストヒーリング、閉鎖療法、潤い療法(うるおい療法)とも呼ばれる。
目次
- 1 概説
- 2 家庭での治療方法
- 2.1 適用すべきでない場合
- 2.2 適用上の注意
- 3 医療現場での治療方法
- 4 いわゆるラップ療法(湿潤療法全てをいうものではない)の問題点
- 5 脚注
- 6 出典
- 7 関連項目
- 8 外部リンク
概説
20世紀末に湿潤療法の概念が医療現場のみならず一般家庭までに普及したことで、創傷治療のパラダイム・シフトが起きたといわれている。[1] 湿潤療法は、「創傷の治癒と言うものはもとより細胞を培養する様なものであり、従来の様に乾燥させるより湿潤を保った方がよいのは自明である。しかしながら創傷が治癒するとそれが乾燥することから、乾燥させれば治癒すると言う勘違いや[2]、消毒に対する信仰などでこれまでは誤った治療がなされてきていた」という考え方に立脚する。消毒薬が容易に傷のタンパク質との反応によって細菌を殺す閾値以下の効力になる一方で、欠損組織を再生しつつある人体の細胞を殺すには充分な効力を保っていること[3]、再生組織は乾燥によって容易に死滅し、傷口の乾燥は再生を著しく遅らせること[4]、軽度の擦過傷においては皮膚のような浅部組織は常在細菌に対する耐性が高く、壊死組織や異物が介在しなければ消毒しなくても感染症に至ることはほとんど無い[5] ことなどに注目して考案された。
傷口の内部に消毒薬を入れることを避け、再生組織を殺さないように創部を湿潤状態に保ち、なおかつ感染症の誘因となる壊死組織や異物を十分除去(デブリードマン)し、皮膚常在菌による細菌叢を保持し有害な病原菌の侵入を阻害することで創部の再生を促すものである。
1980年代より湿潤環境を保ち傷を治すという概念はすでに存在していた。[6]しかし全世界的に普及はしておらず、日本国内でもガーゼを伴う治療法が主流であり続けた。しかし、ようやく2001年ごろから形成外科医の夏井睦をはじめ、賛同する医師らによって急速に普及が図られている。また、ほぼ同じ時期より、褥瘡に対して内科医の鳥谷部俊一によっても独自の治療法が提唱された。その方法には湿潤状態を保持するために食品用ラップフィルムを用いること、また、完全には閉塞環境を保つことが出来ないことから、ラップ療法、開放性ウェットドレッシング療法 (Open Wet-dressing Therapy, OpenWT) と呼ばれている。[7]
なお、湿潤環境下の方が創傷の治療経過がよいことは欧米においては1960年代後半から臨床報告などで知られており、これを応用した治療法は"Moist Wound Healing"と呼ばれている。[8]
ためしてガッテンで紹介されることによって、一般にも広く知られるようになった(この時に実践していると紹介したのは、元Jリーガーの高橋範夫)。
家庭での治療方法
湿潤治療が適用されるかどうかの診断は必要であり、治療前後の受診は必ず行うようにすることが望ましい。家庭での治療は、軽度の創傷(軽度の擦過傷、切創)に限って用いられるべきであり[9]、化膿が発生した場合は速やかに医師の診察を受ける必要がある[10]。
また、破傷風予防の観点から、野外での創傷(軽度の擦過傷を除く)、特に木枝や錆びた釘、鉄条網などによる怪我、動物による咬創(狂犬病)などは、これらの傷は比較的深く、湿潤療法を行うにせよ通常の治療を行うにせよ、傷口の奥深くまで異物や細菌が入り込んでいるため、傷口の洗浄の上、時として解放創としてドレナージを行う必要があるため、外科系医師(できれば形成外科医などで創傷外科に通じた医師)の受診が必要である[11][12]。
- 大量の水道水、あるいは清潔な水で傷口の汚れを完全に洗い落とす。この時、決して消毒を行ってはいけない。異物が見られる場合は、これを徹底的に除去する。程度によっては局部麻酔が必要となるため、必要であれば医療機関を受診すること。勿論傷が深い場合にも医師の診察を受けるべきである。
- 必要であれば圧迫によって止血を行う。やはり止血が困難な場合などは、家庭で治療を行うべきではない。
- 出血が止まったら、ラップなどのドレッシング材を傷より大きめに切り、患部に当てる(保湿効果のある白色ワセリンをラップに塗り患部に当てるとなお良い)。
- 貼ったラップを包帯、医療用紙テープなどにより固定する。
- ラップは1日に一回。夏などは1日に数回取り替える。この際、流水などで創傷周囲の周囲を洗うこと。市販の湿潤療法用絆創膏であっても特に問題は無い。ただしコストは高い[13]。
- 創傷周囲の皮膚は、特に夏場にかぶれなどにより痒みが強くなるが、特に創傷からの体液分泌が多いときに、ラップ表皮下にある皮膚かぶれへの、かゆみどめ等の薬剤の使用は控える。(かぶれを放置すると治癒した後も色素沈着などが長期間残る場合があるため、ラップ療法を中止し、医師の診察を受けるべきである。このため夏期にラップ療法を行うのは非常に困難なことが多い)
- 上皮化が完了すれば治療完了となる。上皮化のサインとしてキズがピンク色になり新たな皮膚ができ、痛みがなくなる。
- 上皮化してすぐの皮膚はしみになりやすいため、少なくとも一ヶ月は紫外線に注意する(衣服により物理的に日光を遮断するなど)。
* この節の特記無き部分は 夏井睦 『キズ・ヤケドは消毒してはいけない 痛くない!早く治る!「うるおい治療」のすすめ』 (2008) 、主に p.54 - p.61 を参考とした。
適用すべきでない場合
次の場合は、適用してはならず、最初から医師による診断、治療を受けるべきである。
- 深い創傷。
- 動物による咬み傷は、狂犬病、破傷風等の危険性がある。組織の一部を噛み千切られた場合なども。
- サンフォードガイドなどの成書・ガイドラインによると、動物咬傷では抗生物質の服用をすすめている。
- 擦過傷の場合、深さと大きさによるが、数cm平方を超える場合は一度でも受診が望ましい。完治近くなる(ピンク色に表皮が形成され、浸潤液がなくなる)までに1週間以上掛かる場合も、同様である(後述の形成障害・瘢痕拘縮のおそれもある)。
- 切創の場合、しびれや運動障害が見られる場合は、神経や腱の損傷が疑われる。
- 出血が多く、絆創膏やガーゼ程度では止血が維持できない場合。既に創傷は軽度ではなく、ただちに受診すべきである。
- 汚染がひどく、創感染を発症することが考えられる創、ないしは受傷直後の汚れた外傷は、専門医による創洗浄などを要する。土壌中には破傷風菌を含む多くの菌がいるため医療機関を受診することが必須と考えられている。
- 特に受傷初期において、1 - 2日経っても治癒の進行が無いか、遅いように見える場合(悪化する場合も)。
- 治療開始後数日を経ても痛み・発赤・腫れがある場合。
- 抵抗力が弱い患者(乳幼児、老人等、糖尿病患者、その他の易感染性患者)。
- 有害な生物・化学物質による皮膚傷害、または傷が有害な生物・化学物質に暴露した場合。
- 受傷直後で専門医による深達度診断がなされていない熱傷。
次のような場合は、直ちに家庭療法を中止し、外科医の診断を受ける事が望ましい。
- 創傷周囲に不自然な発赤、腫れ、むくみなどが見られる場合。
- 痛みが改善しない場合。膿や血液、浸出液が出続ける場合。
- 発熱、悪寒がある場合。
- 破傷風の前駆症状(肩が強く凝る、口が開きにくい)。
- 狂犬病の前駆症状では、手遅れとなる。
* この節の特記無き部分は 夏井睦 『キズ・ヤケドは消毒してはいけない 痛くない!早く治る!「うるおい治療」のすすめ』 (2008) 、主に p.81 - p.83 を参考とした。
適用上の注意
創の場所、面積によっては、上皮化させた創は瘢痕拘縮を生じて運動障害、機能障害を併発し、場合によっては手術治療の追加が必要となるおそれもある。また、一部の皮膚疾患、手荒れやかみそり負け、日焼け程度であれば効果が認められているが、あせもやにきびなどには適用されるべきでなく、原則的には専門医の診察を仰ぐべきである[14]。
医療現場での治療方法
消毒を行った上でガーゼを貼る治療は今なお主流だが、湿潤療法の治療を行う医師も増えている。 医療現場において、ドレッシング材(被覆材)はポリウレタンフィルム、ハイドロコロイド、ハイドロジェル、ハイドロポリマーなどにワセリンやプラスチベース®などを塗布して利用される。これらは、ラップを使った治療法とは異なり、閉塞環境を保つことから、閉塞性ドレッシング剤と呼ばれる。 2004年に上述のドレッシング材のハイドロコロイドを利用した医療用具がジョンソン・エンド・ジョンソンから一般向けに発売されたのをきっかけに、他社からも類似製品が発売されるようになった。それらの医療用具を手軽に入手できるようになったことで、一般人にも湿潤療法の普及は拡大してきている。
ガーゼにワセリンを塗った上で患部に当てる方法もあるが、上記のドレッシング材より保湿効果は少ない。
医療現場においても食品用ラップが利用されることがある。また、近年ではラップの気密性をより高め、浸出液のドレナージを図るために、注射器や病室壁に設置のバキュームなどを使って患部に負圧をかけ、より治癒を早める陰圧閉鎖療法というものも導入されている。この方法は米国のKCI社によってシステム化され、「V.A.C.ATS治療システム©」として臨床に導入されている[15]。
いわゆるラップ療法(湿潤療法全てをいうものではない)の問題点
いわゆるラップ療法は簡便な湿潤閉鎖療法であるが、それゆえ創傷管理の知識のない看護師や医師、患者自身などが適応を考えずに盲目的に使用してしまうケースが多々ある。場合によっては重篤な感染症を引き起こしたり創傷治癒の遅延を来たす症例が学会や論文で多く報告されており、感染症では死亡例もある。そのため日本熱傷学会は熱傷に対して食品用ラップの使用を極力行わず、医療用創傷被覆材の使用を勧めている。日本熱傷学会ラップ療法対策特別委員会は「いわゆるラップ療法は熱傷に対して最も質の低い創閉鎖療法である」としている。[16]
- これは熱傷に対する日本熱傷学会の見解であり、日本皮膚科学会[17]や日本褥瘡学会[18]では、診療ガイドラインで湿潤療法を皮膚疾患や褥創の治療法のひとつとして示しており、その一つとしていわゆるラップ療法の存在を明記している。ただし存在の事実のみの記述であり特に推奨しているわけではない。
脚注
- ^ 大慈弥裕之, 臨床医学の展望 2013 -形成外科学-. 日本医事新報 4637: 76-81.
- ^ 夏井(2008) p.28 - p.29
- ^ 夏井(2008) p.16 - p.18
- ^ 夏井(2008) p.28
- ^ Effect of silver on burn wound infection control and healing: Review of the literature, Burns; 33(2),139-148, 2007
- ^ Atiyeh, B.S. et al. Current Pharmaceutical Biotechnology, 3(3),179-195, 2002.
- ^ http://www.geocities.jp/pressure_ulcer/sub520.htm
- ^ Overview of wound healing in a moist environment, The American Journal of Surgery; 167(1) Suppl 2-6, 1994.
- ^ 夏井(2008) p.58、p.62、p.81 - p.83 などにその目安が挙げられている。
- ^ 夏井(2008) p.23
- ^ 夏井(2008) p.115
- ^ 予め破傷風ワクチンや狂犬病ワクチンを接種してもよい。
- ^ 夏井(2008) p.36
- ^ 夏井(2008) p.99 - p.103、p.120
- ^ 杏林大学による紹介
- ^ 第38回日本熱傷学会総会・学術集会
- ^ 日皮会誌:121(9), 1791-1839,2011.
- ^ 褥瘡会誌,14(2): 165-226,2012.
出典
- 夏井睦 『キズ・ヤケドは消毒してはいけない 痛くない!早く治る!「うるおい治療」のすすめ 』 主婦の友社 2008年1月 ISBN 978-4072562253
関連項目
- 形成外科学
- 皮膚科学
- 外傷
- 皮膚潰瘍
- 陰圧閉鎖療法
- 褥瘡
- ゴッドハンド輝(湿潤療法が複数回取り上げられている漫画)
- 自然治癒力
- 夏井睦
- 鳥谷部俊一
外部リンク
- 新しい創傷治療
- 創傷治癒センター
- 正しいキズケア推進委員会(湿潤療法でキズが治る仕組みを動画で紹介している)
- 医師による動画での湿潤療法の説明
- 火傷の治療日記:やけどの長期治療経過の実例をブログで紹介している
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