出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2015/05/31 23:48:59」(JST)
過労死(かろうし、英:karōshi)とは、周囲からの暗黙の強制などにより長時間残業や休日なしの勤務を強いられる結果、精神的・肉体的負担で、労働者が脳溢血、心臓麻痺などで突然死することや、過労が原因で自殺することなどである。
過労が原因となって、心筋梗塞、脳出血、クモ膜下出血、急性心不全、虚血性心疾患などの脳や心臓の疾患を引き起こし死に至る。また過労はしばしば鬱病を引き起こすので、過労による鬱病によって自殺した場合も過労死である。
2014年時点で、厚生労働省の統計によると、過去10年ほどのあいだに、過労で自殺する人(自殺未遂も含む)が10倍ほどに増えてきている、という危機的な状況にある[1]。2013年時点で日本で196人もの人が過労死している[2]。
働き盛りのビジネスマンに多いとされてきたが、近年では若者も多くなってきている。
過労死は40-50歳代から20歳代にまで広がっている。女性にも増えているとは言え、未だに過労死する者の圧倒的大多数は男性である[3]。
また、過労・長時間労働は、鬱病や燃え尽き症候群を引き起こしがちで、その結果自殺する人も多いので、「過労自殺」も含む用語としてしばしば使われる。
何を「過労死」とするかについては、時期や文献によって若干のずれがある。(すでに資料としては古くなったものであるが)厚生労働省の2002年の「産業医のための過重労働による健康障害防止マニュアル」では、「過労死とは過度な労働負担が誘因となって、高血圧や動脈硬化などの基礎疾患が悪化し、脳血管疾患や虚血性心疾患、急性心不全などを発症し、永久的労働不能または死に至った状態をいう」とした[4]。
最初、日本で起きているこの状態が欧米には無い特異な状態、日本独特の異常な状態、いかにも日本的な現象として報道されたものの、(もともと英語圏では無い現象なので)英語に訳す時work oneself to deathなどと強引に意訳され、しかも訳の表現が一定しなかったが、もともとこうしたことは日本以外ではほとんど起きていなかったので、「いかにも日本的な現象」と見なされ、また、しばしばもとの日本語表現もあわせて紹介され、日本では「過労死 karoshi」という表現で呼ばれていることが欧米で知られるようになり、英語やフランス語でも「karoshi」や「karōshi」と音写するようになった。
今では「KAROSHI」は英語の辞書や他言語の辞書にも掲載されている。2002年には、オックスフォード英語辞典にも掲載された。これは過労死が日本の労働環境を表すと同時に、日本以外の世界にも広がっている働きすぎに起因する健康破壊を端的に表す言葉になってきたことである[5]。[6]
2014年11月1日に「過労死等防止対策推進法」が施行された[2]。同法により、過労死や過労自殺をなくすため、国(=日本の行政)が実態調査を行い効果的な防止対策を講じる、とされており、防止の方針を具体的に定めた大綱が作られることになっている[2][2]。また国は、過労死等に関する実態調査、過労死等の効果的な防止に関する研究等を行うものとされ、さらに国及び地方公共団体は、過労死等を防止することの重要性について広く国民の理解と関心を深めるための瀬策を講ずるものとされる。
これまでは、日本人が過労死する状態があるにもかかわらず、日本では「過労」という言葉をはっきりと冠した法律も無く、日本の行政は、企業経営者の都合・顔色ばかりをうかがい、過労死をきちんと体系的に防止するしくみもつくらないまま放置していたが、この法律が施行されたことによって、状況の改善の一歩が踏み出された。日本全国の人々に向けて、弁護士が過労死に関する無料電話相談を開始した[2]。
厚生労働省の労災認定基準[7]では、脳血管疾患及び虚血性心疾患等(略称:脳・心臓疾患)を取り扱っている。2000年7月に最高裁が下した自動車運転手の脳血管疾患の業務上外事件の判決を契機に[8]、2001年12月に認定基準が改正され、発症前6ヶ月間の長期間に渡る疲労の蓄積、特に現在では労働時間の長さが数字で明記され、認定に際して考慮されるようになった。
仕事との因果関係の立証が難しいため、脳・心臓疾患の労災請求から決定(認定または不認定)までの所要日数は平成21年度で210日となっている[9]。また、過労死の労災認定請求のうち過労死と認められるのは5割弱である[10]。
なお、関連として、1999年11月策定の精神障害・自殺の労災か否かの判断指針により、うつ病による過労自殺も労災として位置づけが明確化されている。
過労死を巡る裁判としては刑事、行政、民事の3種類がある。
労働基準法では、法定労働時間を1日につき8時間、1週につき40時間と定め、これを超える場合には事前に労使協定を締結することを義務づけており、この上限時間も原則1年間につき360時間と定めている(労働基準法第32条、平成10年労働省告示第154号)。しかし過労死に至るケースの場合はこれらの時間を大幅に上回る時間外労働を行っており、労働基準法第32条違反、また、これらの時間外労働に対して正当な割増賃金(通常の賃金の25%以上の割り増し)が支払われていないケースがほとんどであり、同法第37条違反として労働基準監督署が事業主を送検するケースがみられる。ただし、労働基準法第32条違反は最高で罰金30万円、同法第37条違反は最高で懲役6か月又は罰金30万円と定められており、人を死に至らせる不法行為に見合った刑罰の重さとなっていないとの批判が、主に労働者団体等から唱えられている。
過労死が起こった場合、遺族はこの死亡が業務に起因するものであるとして労働基準監督署に労災補償給付を求めて申請を行うが、上記のように申請すべてについて労災認定が行われるものではないことから、労働基準監督署長が不認定の処分を下した場合、遺族は処分があったことを知った日の翌日から起算して60日以内に、都道府県労働局に置かれる労働者災害補償保険審査官(労災審査官)に対して審査請求を行う。労災審査官が労働基準監督署長の処分を妥当と認めた場合(不認定相当とした場合)は、遺族は厚生労働大臣所轄の労働保険審査会に対して再審査請求を行うことができる。
なお、労災審査官に審査請求を行ってから3か月以内に審査請求に対する決定がなされない場合、遺族は労災審査官の決定を待たずして労働保険審査会に再審査請求を行うことができる(労働者災害補償保険法第38条第2項)。
再審査請求に対する決定でも労働基準監督署長の不認定相当とされた場合、遺族は労働基準監督署長を被告として、行政処分(=労災不認定処分)の取消しを求めて行政訴訟を起こすこととなる。原則として、再審査請求に対する労働保険審査会の採決を経た後でないと提訴することはできないが、再審査請求を行ってから3ヵ月以内に裁決がない場合などは、再審査を待たずに行政訴訟を起こすことができる(同法第40条)。
この行政訴訟は地方裁判所に提起するものであることから、労災の認定に関しては事実上「六審制」が採られているといえる(労働基準監督署長→労災審査官→労働保険審査会→地方裁判所→高等裁判所→最高裁判所)。
ちなみに、労働事件が先例として判決集に登載される場合は、被告の会社名が事件名となるが(例:「○○コーポレーション事件」)、労災不認定取消請求事件の場合は労働基準監督署長が被告となるため、過労死の起こった会社を併記するのが通例である(例:「○○労働基準監督署長(△△産業)事件」)。
過労死が起こった場合、企業が管理責任を怠ったとして裁判が起こることはつきものであるが、過労死の多くは勤務中に死に至るのではなく、激務な仕事をやめ1か月から数か月後に死に至るケースが多く、また、脳・心臓疾患は日常生活の習慣(高血圧気味であった、肥満気味であった、等)が過労により増悪することにより引き起こされることも多く、企業側は因果関係がないと主張する為、長期化することが多い。
過労死は先進諸国でなく、発展途上国の最貧民のあいだで深刻とされている。この場合は栄養失調などの要因も重なり、突然死だけでなく様々な病気から死に至る。特に、福祉に回す程余裕のない国は、労働者の生活実態さえ把握できていない場合が多い。ただし、賃金が安く雇用が保証されていない途上国では従業員の人員調整で生産調整ができる。国民の祝日以外は休日無しの毎日12時間労働は存在しても、日本で過労死に至るようなホワイトカラーの過酷な労働時間は途上国でも余り見られない。現在過労死が世界一の国は中華人民共和国である。中国の国営メディアは、毎年60万人ほどが過労死していると報じている[37]。
「日本人は働き過ぎ」とよく言われたが、アメリカの管理職は同等の労働時間と言われており、仕事中に脳溢血や心臓麻痺での死亡例が存在する。また解雇が容易なので従業員の数を調整することで余分な残業代を減らす経営が行われる。そこで長時間の残業が必要とされるのは大抵が最低でも数百万ドルの報酬をもらう重役である。アメリカの企業では、解雇が日常茶飯事であると同時に、職員募集も常時行われている場合が多く、転職は日常的に行われている。特に、高い能力を持つ人材は他社からのスカウトも多く、労働条件が気に入らなければ退職という選択肢が現実に存在する。また法律および労働契約に違反した企業に対する損害賠償は、世界に類を見ない高額さである。このため過労死が会社による強制あるいは労災とは捕らえられておらず、社会現象と認識されていない。日本での過労死が「KAROSHI」として特別視されて報道されるのもこのためである。ただし、「KAROSHI」は存在しないが、簡単に従業員を解雇できるため、能力の低い(または技能が時代遅れとなった)人間はすぐさまワーキングプアとなり、一気に最下層へと転落することが多い(なお、年齢差別が禁止されているので、特別な技能のない中高年でも職探しは比較的容易である)[要出典]。また、2015年時点のアメリカ空軍では、無人航空機の操縦士が酷使されている実態が明らかとなっており、彼らの労働時間は平均で1日14時間、週6日勤務となっている。アメリカ軍では状況を改善するための方策を考えている[38]。また、アメリカは、企業に有給休暇を義務付ける法律が存在しない唯一の先進国であり、企業が労働者に全く有給休暇を与えなくても法的には問題ではない。アメリカ経済政策研究センター(英語版)が2013年5月に公表した調査によると、アメリカ人労働者の4人に1人は、有給休暇を全く取っていない[39]。
EU諸国では、労働時間は労働基準法によって制限されており、過酷な労働時間により脳溢血や心臓麻痺で死ぬということはほとんど考えられない。ただし、不法移民を使った違法な労働環境での事故死などが考えられる。また無報酬で残業を行うという考え自体が一般的ではない。ただし役員や管理職は長時間労働を強いられることが多い一方で、業績報酬制であるため残業手当は存在しない。
ただし、職場での人間関係のこじれや、パワーハラスメントなどを理由にした自殺などの事例はヨーロッパでも存在する。フランスでは、ルノーの心臓部とも言われるイヴリーヌ県のテクノセンターで、3ヶ月の間に従業員3人が自殺していたことが2007年2月に日本の報道機関でも報じられた[40]。うち、1人は遺書で「仕事上の困難」を記しており、当局が「精神的虐待」が無かったかどうか捜査に乗り出す程の問題となっている。また、フランスでは2000年から一週間に35時間以上の労働を基本的に禁じる週35時間労働制が施行されている。そのため、一般の労働者に過労は基本的に起こりえないとされる。しかし、こうして減らされた労働時間を取り戻すために、企業は労働者に更なる結果を求める傾向にある。フランスは労働時間を減らしても、高い競争力や生産性を維持しているが、労働者にはストレスが掛かり、多くの暴力事件や自殺者を生み出しているとの指摘がある。フランスはG8中、ロシアや日本に次いで自殺率が高い国である[41]。フランステレコムでは、2008年2月から2009年9月の約1年半の間に、23人もの自殺が発生し、社会問題となった。職場で自殺をしたり、仕事が原因で自殺するとの遺書を遺したケースもある[42]。この一連の自殺では、1週間の間に5人が立て続けに自殺したこともある。2009年以降、経済悪化を背景にした自殺も増加している[43]。
イギリスではメリルリンチにインターンシップで勤務していたドイツ人留学生が、3日連続ほぼ徹夜で仕事をした後、死亡する事件があった。過労死が疑われており、金融界の過酷な労働環境が問題視されている[44]。また、近年はヨーロッパでも働きすぎによる健康問題が深刻化しており、2003年には数百万人のイギリス労働者が過労死ラインになっているという説もある[5]。サービス残業が常態化している国もあり、2004年のオーストラリアでは労働者の約半分に残業代が支払われていないという調査がある。理由として、労働者は、残業を拒否することで解雇されることを恐れているとされる[45]。スイスでは通信大手のスイスコム(英語版)やチューリッヒ保険の最高経営責任者が過労で自殺している。また、スイスの労働法では裁量労働制を採る企業は、労働時間の管理義務が免除されている。この法律を悪用して、従業員に多大な残業を課している企業もあるとされる[46]。
国際労働機関(ILO)は人道的な労働条件の確立をめざして具体的な国際労働基準の制定を進めてきており、多くの国際労働条約を採択している。しかし、現在においても、日本やアメリカのようにILOが採択した183条約(失効5条約を除く)の多くを批准していない国、批准した条約を遵守していない国が存在している。
とりわけ、先進国の日本で過労死が多発している事象については、世界的にも稀有な例として見られており[47]、労働運動側は国際労働条約の批准を求めているが、産業界は反対している。
先進国であるにもかかわらず労働基準法が遵守されていない例として認識されているほか、米国公正労働基準法のようなホワイトカラーの除外、英国労働法のようなオプト・アウトの仕組みを持たない日本の労働法の硬直性も指摘されている。
2013年、国連の社会権規約委員会は日本政府に対して立法や規制を講じるべきと勧告した。[48]
近年、日本では過労死の問題が注目されており、これを防ぐための取り組みが始まっている。地方議会などでは、過労死防止基本法の制定を求める動きがある[49]。2013年12月時点で、38の自治体で法制定を求める意見書が採択されており、国政においても過労死防止基本法制定を目指す超党派議員連盟が存在する[50]。
また、2013年の参議院選挙では、自民党とともに共産党の議席が増えたが、その理由の一つとして、共産党の志位和夫は過労に対する訴えが評価されたからとしている[51]。2013年9月には、厚生労働省がブラック企業と呼ばれる企業の立ち入り調査を開始している[52]。
2013年12月17日、厚生労働省はブラック企業対策として、事前にブラック企業の疑いがある5111の企業や事業所を調査したところ、82%に当たる4189箇所で法令違反が確認できたとの調査結果を発表した。厚生労働省は、これらの企業に指導を行い、指導の後も法令違反を続ける企業は、名前を公表する方針を発表している[53][54]。
2014年5月23日、衆議院厚生労働委員会は、全会一致で過労死等防止対策推進法案を可決した。過労死対策は、国に責任があることを初めて法律に明記している[55]。
2014年6月20日、過労死等防止対策推進法成立。2014年11月に施行。規制や罰則を定めるものではないが、国の取るべき対策として①過労死の実態の調査研究、②教育・広報など国民への啓発、③産業医の研修など相談体制の整備、④民間団体の支援。自治体や事業主には対策に協力する事を努力義務とする。[56]
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