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農薬(のうやく、ペスティサイド、英: Pesticide)とは、農業の効率化、あるいは農作物の保存に使用される薬剤の総称。殺菌剤、防黴剤(ぼうばいざい)、殺虫剤、除草剤、殺鼠剤(さっそざい)、植物成長調整剤(通称植調:植物ホルモン剤など)等をいう。また、農薬取締法の上では、稲作で使うアイガモなどの生物も、害虫を駆除することから特定農薬として指定されている(生物農薬の項を参照)。
虫害や病気の予防や対策、除虫や除草の簡素化、農作物の安定供給・長期保存を目的として、近代化された農業では大量に使用されている。一方、ヒトに対して毒性を示す農薬も多く知られており、使用できる物質は法律で制限されている。
元来、植物には昆虫による食害や菌類・ウイルス感染などを避けるため各種の化学物質を含有または分泌するアレロパシーと呼ばれる能力があり、複数種類の植物を同時に栽培すると連作障害などを防止できることは経験的に知られていた。
日本では、16世紀末の古文書にアサガオの種やトリカブトの根など5種類の物質を用いた農薬の生成法が紹介されており、1670年には鯨油を水田に流す方法による害虫駆除法が発見されている[1]。中国の『天工開物』(1637年)によれば、山西省では虫よけのために豆や麦に砒素を混ぜで播き、寧州や紹州の稲田では早苗の根を砒素に浸して豊作を得たという。
1700年代には除虫菊の粉で作物を害虫から守ることができることが欧州などですでに知られており、商品として流通し始めた。
1851年にフランスのグリソンが石灰と硫黄を混ぜた物(石灰硫黄合剤)に農薬としての効果があることを発見し、同じくフランスで1880年頃、偶然にボルドー液にブドウの病気を防ぐ効果があることが見出された。
1924年にヘルマン・シュタウディンガーらによって除虫菊の主成分がピレトリンという化学物質であることが解明された。1932年には日本の武居三吉らによって、デリス根の有効成分がロテノンという化学物質であることも判明した。1930年代には日本の農村でも農薬が普及し始め、昭和初期には本格的に普及した。
1938年、ガイギー社のパウル・ヘルマン・ミュラーは、合成染料の防虫効果の研究からDDTに殺虫活性があることを発見、農業・防疫に応用された。DDTは、人間が大量に合成可能な有機化合物を、殺虫剤として実用化した最初の例であり、ミュラーはこの功績により1948年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
DDTの発見に刺激され、1940年代には世界各国で殺虫剤の研究が始まり、1941年頃にフランスでベンゼンヘキサクロリドが、1944年頃ドイツでパラチオンが、アメリカでディルドリンがそれぞれ発明された。いずれも高い殺虫効果があり、またたく間に先進国を中心に世界へ広がっていった。一部の殺虫薬は第二次世界大戦に使われた毒ガスの研究から派生したものといわれている[2]。
1944年には最初の除草剤である2,4-D(2,4PAともいう)が開発された。日本で除草剤が本格的に普及し始めたのは1950年代に入ってからである。
1946年、アメリカ軍は日本の衛生状況の悪化を防ぐため、ノミ・シラミ・蚊の防除を勧め、DDTなどを日本に広めた。
1947年、日本で農業協同組合法公布。1948年、農薬取締法公布。1950年、森林病害虫等防除法と植物防疫法公布。
1958年、国内最初の空中散布が神奈川県で実施された。
1962年にレイチェル・カーソンが『沈黙の春』を発表し環境運動が世界的な関心を集めてからは、農薬の過剰な使用に批判が起こるようになった。日本でも水俣病などの公害が社会問題となるなか1974年には有吉佐和子の小説『複合汚染』が発表され、農薬と化学肥料の危険性が訴えられた。消費者の自然嗜好や環境配慮や有機野菜消費の増加といったことを受けて、生産者側である農家からも費用や化学農薬の副作用や健康被害への心配から、天敵、細菌、ウイルス、線虫や糸状菌(カビの仲間)等の生物農薬の使用も進められている。
2000年、「JAS法」による「有機農産物認証制度」発足。
化学農薬の普及は、農村労力の都会への流入を可能にし、日本の工業化に貢献した。また過酷な労働からの開放は、農家の余暇の拡大、兼業化による現金収入の増加など社会に大きな変革を与えた。一方、健康や環境への悪影響など負の面も大きい。
農薬取締法により、農薬の製造者又は輸入者には登録の、販売者には届出の制度が設けられている。さらに毒物及び劇物取締法により毒物または劇物に該当する農薬の場合、別途それぞれに製造業、輸入業、農業用品目販売業の登録が必要となる。収穫後に用いる防かび剤などいわゆる「ポストハーベスト農薬」は、日本では農薬に入れず食品添加物として扱う。
農薬の定義は使用目的(農作物の保護)によってなされており、合成品か天然物かというような物質の起源でなされている訳ではない。そのため、害虫の天敵などはいわゆる薬品とは違うが、便宜上、農薬取締法ではこれらも生物農薬として農薬の範疇に含めるとしている。
2002年(平成14年)12月に農薬取締法が改正され農薬の違法使用の罰則が強化されるに伴い、農水省の指定を受ければ農薬登録に必要な試験(防除効果、人体に対する安全性、環境への影響評価等)を免除される特定農薬制度が新設され、重曹と食酢、そして地場で生息する天敵が指定された。
農薬の種類 | 説明 | 使用可能 |
---|---|---|
登録農薬 | 所定の毒性試験結果などを提出して農林水産大臣の登録を受けた農薬 | 安全使用基準に従って使用可能 |
特定農薬 | 農薬登録の必要ないほど安全性が明らかな農薬として、農林水産大臣が指定した農薬 | 使用可能 |
特定農薬 (指定保留中) |
特定農薬の検討資材リストにあるが、農薬としての効能が明らかでないもの | 農薬効果を謳って販売すること禁止、使用者が自分の判断と責任で使うことは可能[4] |
無登録農薬 | 登録農薬でも特定農薬でもない農薬 | 販売禁止、使用禁止 |
2005年(平成17年)8月の農業資材審議会と中央環境審議会合同の特定農薬を検討する会合[5]において特定農薬に該当するかどうかの試験検討結果が報告され、コーヒー、緑茶、牛乳、焼酎には農薬としては効果がないこと、木酢液は効果はあるが使用者に対し危険の可能性があることが報告された。
詳細は「生物農薬」を参照
害虫の天敵や微生物を利用する場合を生物農薬という。生物的防除とも呼ばれる。生物農薬は化学農薬(化学的防除)に比べて毒性や薬剤耐性の面でメリットがあり普及しているが、害虫を全滅できないことや効果発揮が遅いなどのデメリットもある。
農薬は害虫や病原、雑草等の化学的防除を可能とする反面、殺虫剤や除草剤の散布による悪影響やコストを正しく認識することは、営農の効率性を高め、総合的病害虫管理を進める上で特に重要である。パラコートに代表されるように、農薬はヒトに対して毒性を持つため、農業従事者に対する健康被害、農作物への残留農薬がしばしば問題となってきた。また、人畜、水産物や環境や生態系への悪影響なども指摘されてきた。このため、今日では農薬の使用について、農薬取締法や食品衛生法で規制を受ける。
現在日本で流通している農薬の90%以上は普通物というカテゴリに分類され、毒物や劇物に分類される農薬は年々その割合を低下している。また、2004年中における農薬中毒事故189件(死亡94件、中毒95件)のうち、156件は自他殺を目的としたものであり、誤飲・誤食や農薬散布に伴うものは33件(うち死亡2件)である。
毒性・残留試験などに基づいて各農薬・農産物ごとに許される最大残留濃度[6]が決められ、これをクリアするように農薬の使用法が定められた上で登録され使用が可能になる。残留農薬基準については、2006年5月より「残留農薬等に関するポジティブリスト制度」がスタートし、従来よりも残留農薬に対する規制が強化された。
食品に対する残留農薬は食品及び農薬ごとに一日摂取許容量(ADI)を基準に残留基準が定められており、基準を超えた農薬が検出された場合は流通が禁止される。
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