Wikipedia preview
出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2013/07/19 11:49:46」(JST)
[Wiki ja表示]
佐藤 尚中(さとう たかなか(しょうちゅう)、1827年5月3日(文政10年4月8日)- 1882年(明治15)7月23日)は、幕末から明治初期の蘭方医。幼名を竜太郎、舜海と称し、笠翁と号す。下総国小見川(現・千葉県香取市)出身。東京順天堂の創始者。生年については諸説ある。
略歴[編集]
- 1827年 小見川藩藩医の山口甫僊の次男として生まれる。
- 1842年(天保13年)、江戸四谷の医者安藤文沢に蘭方医学を学ぶ。文沢の勧めで和田泰然(のち佐藤泰然)の「和田塾」入門。
- 1853年(嘉永6年)、佐藤泰然の養子となる。
- 1860年(万延元年)、長崎で1年余りポンペ・ファン・メーデルフォールトにオランダ医学を学ぶ。
- 1867年(慶応3年)、佐倉藩に「佐倉養生所」開設。
- 1868年(慶応4年)、戊辰戦争のため閉鎖。
- その後明治政府の要請により「大学東校(現・東京大学医学部)」に勤め大博士となる。
- 1873年(明治6年)、私立の「順天堂医院」開設。
家族・親族[編集]
- 妻:サダ(高橋忠三郎の次女)
- 後妻:ナホ(城氏)
- 養嗣子:進(妻・サダの甥)
- 長女:志津(養嗣子・進の妻。女子美術学校長)
- 長男:百太郎(NYで実業家)
- 次女:藤(三宅艮斎の長男・三宅秀の妻)
- 次男:哲次郎(東金町の薬種業大野家の婿養子となり9代目大野伝兵衛を襲名する)
- 養子:舜海(前名大道、旧名岡本道庵。後年、佐倉順天堂主となる。妻は佐藤進の実妹トシ)
- 養子:佐(旧名井上寅三)
- 三女:楽(佐藤佐の妻)
- 三男:衛(のち母の実家・城氏を継ぐ。米国工学士)
- 四女:梅尾(佐藤進の養女になり、佐藤恒久(旧姓松下)の妻・佐藤清一郎の養母)
- 五女:幸(佐藤進の養女となり、日本鋼管創設者の一人・今泉嘉一郎の妻に)
- 四男:福待(幼名華江(はなえ)。米国写真学士・東京で写真館主)
- 五男:潤家(ますえ)(大滝富三の養子となる。子息は紀雄)
Japanese Journal
- 医者も知りたい【医者のはなし】(第58回)順天堂第二代堂主・佐藤尚中(たかなか)(1827~1882) 東京順天堂を創立した医者
- 柔道整復・接骨医学 = Japanese journal [of] judo therapy 6(4), 269-270, 1998-04-30
- NAID 10027294683
Related Links
- 佐藤尚中先生の顕彰碑 佐藤尚中先生の顕彰碑 -西洋の医学、日本の泰斗 幕末から明治維新にかけて西洋医学の発展に貢献された順天堂(医学塾)第二代堂主、大学東校(東京大学医学部の前身)初代校長などを歴任された佐藤尚中 ...
- 99人の小さな転機のつくりかた 「ビッグイシュー日本版」編集部、香山 リカ、マツコ•デラックス、 佐藤 可士和 ... ¥ 1,836 単行本(ソフトカバー) 2点在庫あり。ご注文はお早めに。 通常配送無料 こちらからもご購入いただけます ...
Related Pictures