出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2014/10/29 01:28:38」(JST)
住血吸虫症(じゅうけつきゅうちゅうしょう、Schistosomiasis)とは、住血吸虫科に属する寄生虫に感染することにより引き起こされる病気の総称である。致死率こそ高くないものの、長期にわたり内臓を痛める慢性疾患であり、社会的経済的影響が大きい。淡水産の巻貝が中間宿主となっており、皮膚を汚染された水に浸すことで感染する。 WHOによれば、世界77ヶ国で2億人以上が感染しているとされる。[1]
住血吸虫症は基本的には慢性疾患である。住血吸虫が皮膚から侵入したときにかゆみを伴う発疹(セルカリア皮膚炎)がみられる。急性期の症状としては、発熱、蕁麻疹、下痢、肝脾腫、せきなどがあり「片山熱」と呼ばれているが、目立った症状のない不顕性感染となることも多い。
慢性症状は、成虫の寄生部位によって、尿路住血吸虫症と腸管住血吸虫症とに大別できる。(住血吸虫はそれぞれ尿路または腸管を取り巻く静脈叢に寄生する。)
尿路住血吸虫症では、血尿がみられ、進行すると尿路の線維症や腎炎が認められる。合併症として膀胱ガンが増えることも知られている。病変は生殖器にも及び、女性では陰部の炎症や出血、結節、性交痛など、男性では精嚢や前立腺に異常が見られ、不妊の原因にもなる。
腸管住血吸虫症では、腹痛、下痢、血便などがみられる。進行すると肝脾腫がおこり、門脈圧亢進により腹水が溜まる。食道静脈瘤が認められ、吐血する場合もある。脳腫瘍に似た症状を示すこともある。
吸虫(扁形動物)のうち、住血吸虫科に属する寄生虫が病原体である。雌雄異体で血管に寄生するという点で特徴的。哺乳類が終宿主であり、人に感染する住血吸虫としては、尿路周囲の静脈叢に寄生するビルハルツ住血吸虫(Schistosoma haematobium)、門脈など腸管周囲の静脈叢に寄生するインターカラーツム住血吸虫(S. intercalatum)、日本住血吸虫(S. japonicum)、マンソン住血吸虫(S. mansoni)、メコン住血吸虫(S. mekongi)の5種が存在する。
それ以外にも野生動物や家畜に感染する種が知られており、これらが人に対してセルカリア皮膚炎を起こすこともある。
住血吸虫は哺乳類を終宿主、淡水産巻貝を中間宿主としており、いずれの種もおよそ似たような生活環を持っている。
終宿主から排出された虫卵(1)は、淡水に接することで孵化しミラシジウムが泳ぎ出す(2)。 ミラシジウムは淡水産巻貝の体表から感染し(3)、組織内で嚢状のスポロシストへと変態する(4)。 この母スポロシスト内で、幼生生殖により娘スポロシストが形成される。 娘スポロシストは中腸腺へ移行して、ふたたび幼生生殖により多数のセルカリアを形成する。 セルカリアは宿主貝の概日リズムに応じて脱出し、水中を遊泳する(5)。
セルカリアは哺乳類の皮膚にたどり着くと、タンパク質分解酵素を分泌して皮膚内へと侵入し(6)、 その頭部のみがシストソミューラへと変態する(7)。 シストソミューラは2日間ほど皮膚に滞在し、細静脈から血流に乗って肺へ向かう(8)。 肺で成虫に変態したあと、感染8日から10日ほどで肝臓の類洞へとたどり着き、 口吸盤を発達させ赤血球を捕食して成熟する(9)。 成熟した住血吸虫は体長10mm程度で、雌がやや短い雄の抱雌管にはさみこまれるように対になり、最終的な寄生部位へと移動して産卵する(10)。 セルカリアの感染から成熟して産卵を始めるまでには6~8週間かかり、数年から20年ほど寄生を続ける。産まれた虫卵は、消化管もしくは尿路から宿主体外へと排出される。
遊泳や水飲みなど水と接するときに感染する。漁業や水田の耕作などの作業で水につかったときにも感染し得る。
マンソン住血吸虫や日本住血吸虫が腸間膜や直腸の静脈に移動するのに対して、 ビルハルツ住血吸虫は直腸静脈叢を経由して膀胱、尿管、腎臓などの静脈叢へ移動する。 この寄生部位の差が、腸管住血吸虫症と尿路住血吸虫症という症状の差を生み出す。
しかし感染している親虫が症状を引き起こすのではなく、親虫が産んだ虫卵に対して宿主が免疫応答して激しい炎症反応を起こし、それによって組織が損傷することが各種症状の原因となっている。したがって、駆虫しても虫卵が残っている限りは症状が治まることはない。
とくに日本住血吸虫は1日3000個と大量の虫卵を産み、激しい症状を引き起こすことになる。
診断はELISAにより患者血液から寄生虫抗原を検出することで行われる。 顕微鏡下で便もしくは尿中に虫卵を検出することも可能である。 またビルハルツ住血吸虫の場合、骨盤X線像に特徴的な膀胱の石灰化が認められる。
抗吸虫薬プラジカンテルで容易に治療することができる。プラジカンテルは安全なうえ低価格だが、それでも治療が必要な患者の14%にしか行き届いていない[1]。そのほか、マンソン住血吸虫にはoxamniquine、ビルハルツ住血吸虫にはメトリホナートが効く。かつてはアンチモンが用いられたこともある。
感染リスクの高い地域では、定期的(たとえば年1回)に全住民にプラジカンテルを投与することで地域全体の虫卵数を抑制する手段が執られる。それほどでもない場合は、学童や、水に接する職業(漁業や農業)に従事する者に限定して投薬する。同時に、衛生教育を行い、糞尿処理を改善するなどの手段を組み合わせる。
淡水産巻貝の駆除は非常に効果的で、アクロレイン、硫酸銅、ニクロサミドなどが用いられる。またザリガニの導入などで巻貝の生息数を調整するという手法も考えられる。しかしこれらは人為的に生態系を改変することになる。
ワクチン開発は研究レベルに留まっている。
マンソン住血吸虫は南米、カリブ海沿岸、アフリカ、中東など、ビルハルツ住血吸虫はアフリカと中東、日本住血吸虫は中国やフィリピン・インドネシアなど東南アジア、メコン住血吸虫はメコン川流域、インターカラーツム住血吸虫は西アフリカに分布している。特に上下水道設備が整っていない地域や、家畜により排出された屎尿を直接河川に排出している地域では感染の拡大が懸念されている。
ヒトの寄生虫症の中でマラリアに次いで2番目に社会経済学的影響の大きな疾患とされている。 発展途上国74ヶ国で流行しており、2億人以上が感染し、7億人以上が感染リスクに曝されているとされる。 [2] また2000万人の患者が重篤な症状に悩まされており、[3] 年間死者数はアフリカだけで20万人ほどと見積もられている。[1]
かつては日本でも山梨県・広島県・福岡県で日本住血吸虫の感染者が多かったが、1978年に山梨県で確認された患者を最後に、新たな感染者は報告されていない。1990年に福岡県で安全宣言、1996年に山梨県で終息宣言がされ、世界で唯一住血吸虫症を撲滅した国となった。詳細は日本住血吸虫および地方病 (日本住血吸虫症)を参照。
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