出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2015/05/29 22:11:48」(JST)
この項目では、地面を掘った設備について説明しています。日本の氏族については「井戸氏」をご覧ください。 |
井戸(いど)は地下水、温泉、石油、天然ガスなどをくみ上げるため、または水を注入するために、地面を深く掘った設備である。
一般に「井戸」といった場合には地下の帯水層から地下水を汲み上げるために地層や岩石を人工的に掘削した採水施設を指すことが多い[1][2]。以下、地下水を汲む井戸を中心に説明する。
採水施設としての井戸の多くは地面に垂直に掘られた井戸(竪井戸[3][4])である。一般的に井戸は地下深い水源から取水しているものほど水量は安定し水質もよい[5]。
現在日本では、新しく伝統的な井戸を設置する事は少なくなってきている。しかし、水源としての地下水は今もって重要であり、自治体によっては表流水ではなく、地下水のみを水道水源として井戸を使用している地域もある。水道水源の取水設備としての揚水井戸には浄水場が併設され、全体として浄水場と呼ばれることもある。
日本の政府開発援助、NGOの手などにより、アフリカ諸国を中心に、井戸の掘削、手押しポンプの設置などが進められている。
日本語の「いど」の語源は水の集まるところを意味する「井処」に由来する[3]。
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人類の祖先は水源として湧泉や渓流を利用していたが、湧出量を増やすあるいは濁らない水を得るといった目的から、やがて湧口を広げ水を溜めて用いるようになった[6]。
シリア北東部、新石器時代のテル・セクル・アルアヘイマル遺跡から発見された井戸は約9000年前のもので、浄水目的では最古の例と云われている[7]。日本での古い井戸として、御井神社 (斐川町)の井戸、法輪寺 (斑鳩町)の井戸、玉の井(鹿児島県)が挙げられる[8]。
井戸は窪地や崖下に作られることが多かったが、地下水面の深くなっている場所では階段式・すりばち式・螺旋式などの方法が用いられた[6]。掘井戸の掘削方法で帯水層に達することができぬほど地表と地下水面(帯水層)が離れている場合には、まず地表にすり鉢状の窪地を堀り、その底に掘井戸を掘削する方法がとられた。これを「まいまいず井戸」と呼ぶ(地域により呼称が異なる)。すり鉢状の斜面には井戸端に降りて行くための螺旋型の歩道が作られた。
地面に垂直に掘って地下水を汲み上げる井戸を竪井戸、山の崖など斜面に水平方向に掘る井戸を横井戸という[3][4][2]。
横井戸に比べ竪井戸のほうが圧倒的に数が多い[2]。横井戸の代表例としてカナートがある。日本では有名な横井戸として大阪府茨木市岩坂にあった横井戸がある[2]。
井戸が被圧帯水層中に掘られているものを被圧井戸、不圧帯水層中に掘られているものを重力井戸という[1]。
掘抜井戸は自噴井と非自噴井に分けられる[6]。
井戸の深さ(孔底深度)が浅く不透水層の上にあって自由地下水(不圧地下水)を取水している井戸を浅井戸[9]、孔底深度が深く不透水層の下から取水している井戸を深井戸という[5]。ただ、この分類には学問的な定義がなく[6]、一般には深さ20mから30mが基準とされる[10][11]。ただ、地下に分布する帯水層の深度は地域ごとに異なる。
江戸時代の江戸の下町地域の井戸は、地下水取水のための設備ではなく、玉川上水を起源とする、市中に埋設された上水道の埋設管路(ライフライン)からの取水設備であった。これは大部分の下町地域は太田道灌により海を埋め立てて造成された地域であり、井戸を掘っても海水ばかりがでて使い物にならなかったため、埋設管路により下町に水を供給し、これを井戸(形状としては掘井戸の形)に接続させ、給水を行っていたものである。そのため水が桶に溜まるまで多少の時間がかかり、それを待つ間に近所の者で世間話をする「井戸端会議」という言葉が生まれた。
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なお、横井戸(上記参照)の場合には、自然流下により取水する場合が多い。
地表から地下の帯水層まで掘っていき井戸をつくることをさく井(さくせい)と呼ぶ[10]。漢字では「鑿井」であるが「鑿」の字が常用漢字外であるため、鑿井業者は「さく井」と書くことが多い。なお、鑿(のみ)は大工道具のノミを意味する。
機械掘りは打込式・衝撃式・回転式などに分類される[6]。衝撃式の一種として上総国で発達した竹の弾性を利用して鉄のノミを打ち付けて掘削する「上総掘り」がある[6][13]。
井戸水の水温は気温ではなく地温の影響を受けるが、その水温は年間を通してほぼ一定である[5]。
井戸水は一般的には地下をゆっくりと流れる際にミネラル分を溶かし込み、また、病原細菌や汚染物質についても地中微生物が分解したり土壌の吸着作用によって浄化される[11]。ただし、特に浅井戸は地面の汚染に影響されやすく病原物質や原虫などが増え飲用に適さなくなる場合もある[11]。
厚生労働省は昭和62年に「飲用井戸等衛生対策要領」を生活衛生局長名で通知(最終改正は平成16年)。飲用を目的とする井戸設置者等に対して、以下の3項目を求めている。
飲用目的井戸の水質検査の受検率は6%強程度にとどまっていると推定されている(平成16年度厚生労働省調べ)。また、受検された井戸のうち26%は一般細菌、大腸菌、硝酸態窒素等の一般項目が水道法の水質基準(飲用に適する基準)に適合しておらず、さらに7%(受検井戸数は一般項目の1/3程度)はヒ素等の重金属が水道法の水質基準に適合していない状況である(同)。
工業用水等に利用するための深井戸からの大量の取水は地盤沈下の問題を引き起こしたため現在日本では厳しい規制が設けられている[5]。
近年、日本では災害時の水源として浅井戸が見直されている[5]。
東京都や埼玉県をはじめとした地方自治体では、大地震発生の際にライフラインが絶たれることを想定し、機能する既存の井戸を非常災害用井戸として指定し、非常時の飲料水など生活用水の確保を行っている。これらの井戸では定期的に水質検査を行っており、使用上の問題はないが、無指定の井戸については大腸菌等の細菌や、重金属により汚染されている場合も考えられることから注意が必要である。
兵庫県加古川市にある加古川グリーンシティ防災会[14]では独自の非常災害用井戸(防災井戸・深さ30m)を2箇所設け、定期的に水質検査も行う住民独自の備えを持ようなところもある。
井戸は人工物な閉鎖水域であり外部の水界からは孤立しているため、原則的に固有の生物種はいない。しかし、井戸の水源となる地下水中には特殊な生物が生息しており、それが井戸水に侵入することがあり、イドミミズハゼやイドウズムシなどが存在する。
井戸には個人所有の場合と共同所有の場合がある[4]。一般には井戸の掘削費用が高額で地形的な観点からも水を得ることが困難な場所も多いことから共同所有の井戸が多かった[15]。生活の一部である井戸端は格好の会話の場所でもあった。
井戸は、往々にして垂直に細長く掘られた縦穴である。水は深いかも知れないが、水面は狭く、その底からは、真上を中心とする、わずかな角度しか見えない。そのため、見識が狭いことを井戸に言及して「井の中の蛙」などと言うこともある。逆に、これを利用して、地球の大きさを求めたのが、エラトステネスである。
水は生活にとって不可欠のものであり、それを汲み上げる井戸は重要視され信仰の対象とされてきた[3]。日本においては井戸神として弥都波能売神(みづはのめのかみ、水神)などが祀られた。井戸の中に鯉などが放たれていることもある。魚が棲めるということは水が清いということである。この魚を井戸神とみなす地方もあり、井戸の魚はとってはいけないとされる。イモリも井戸を守る「井守」から来ているという説がある。
井戸には禁忌も多くあり、刃物や金物を投げ込むこと、大声を井戸に向かって発することは厳に戒められた[16]。
井戸は地下の黄泉に繋がる異界への入り口とも考えられていた。幽霊が出るなどはその一例である。また平安時代に小野篁が井戸を通って地獄に通ったとされる伝説も有名。最近では鈴木光司によるホラー小説『リング』があり、井戸が作品のキーポイントとなっている。盆を迎える前に井戸替え(井戸浚い)を行うのは死者の道を整備するという意味があったものと考えられている[3]。
家屋の解体などに伴って井戸を埋める際には、魔よけのために儀式が執り行われた。また、埋めることになった井戸に「息継ぎ竹」と呼ばれる竹を立てる風習があった[3][15]。
石油生産の場合は油井(ゆせい)、天然ガス生産の場合はガス井(ガスせい)と言い、いずれも生産井(せいさんせい、英語: production well)とよぶ場合もある。
地盤沈下抑止や、石油生産を向上させるために、直接帯水層に、水を注入する井戸については、注入井(ちゅうにゅうせい、英語: injection well)または涵養井(かんようせい、英語: recharge well)と言う。
地すべりを抑止するために、地中から地下水を排水することを目的として、直径4メートル程度の井戸を掘削し、井戸内部からすべり面に向けて、水平に排水用井戸を設置する対策工法がある。これらの井戸を集水井(しゅうすいせい)と呼ぶ。
地下水の水位や水質、地表付近の不飽和土中の地中ガスを観測するために設置する井戸を、特に観測井(かんそくせい)と呼ぶ。
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