出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2015/09/07 04:15:49」(JST)
数学において、鎖複体 (chain complex) と双対鎖複体あるいは余鎖複体 (cochain complex) は、元来は代数トポロジーの分野で使われていた。鎖複体は、位相空間の様々な次元のサイクル(英語版)(cycle) と境界 (boundary) の間の関係を表す代数的な手段である。より一般的に、ホモロジー代数では、空間との関係を立ち去った抽象的な鎖複体の研究がされる。ホモロジー代数としての研究では、鎖複体を公理的に代数的構造として扱う。
鎖複体の応用は、通常、ホモロジー群(余鎖複体ではコホモロジー群)を定義し適用される。より抽象的な設定では、様々な同値関係(たとえば、鎖ホモトピー(英語版)(chain homotopy)のアイデアで始まるもの)が複体へ適用される。鎖複体は、容易にアーベル圏で定義することもできる。
鎖複体 は、アーベル群、あるいは加群の列 ..., A2, A1, A0, A−1, A−2, ... であり、準同型(境界作用素 (boundary operator) と呼ばれる) dn: An → An−1 で結ばれ、任意の 2つの境界作用素の連続的な合成は、すべての n についてゼロ dn ∘ dn+1 = 0 となるような作用素である。鎖複体は、普通は次のように書かれる。
鎖複体の考え方の変形は、双対鎖複体 (cochain complex) の考え方である。双対鎖複体 はアーベル群、もしくは加群の列 ..., A−2, A−1, A0, A1, A2, ... であり、準同型 により結ばれ、2つの連続する写像は、すべての n についてゼロ写像 : である。
各々の 、あるいは、 のインデックス は、次数(degree)、あるいは次元と呼ばれる。鎖複体と双対鎖複体の定義の唯一の違いは、鎖複体の場合は、境界作用素が次数を下げることに対し、双対複体の境界作用素は次数を上げることである。つまり、片側にのみ無限に続く複体でなければ、鎖複体と余鎖複体は(形式的には)全く同じものである。
ほとんどすべての (almost all) Ai が 0 である、つまり、有限個の複体を除き、左右に 0 になり延長されている場合を有界鎖複体 (bounded chain complex) という。例として、(有限)単体的複体のホモロジー論を定義する複体がある。鎖複体は、ある固定した次数 N より上ですべて 0 であれば上に有界 (bounded above) といい、ある固定した次数より小さいときにすべて 0 となる場合を下に有界 (bounded below) という。明らかに、上にも下にも有界であることと、複体が有界であることとは同値である。
インデックスを省いて、d についての基本的関係は、
と考えることができる。鎖複体の個別の群の元を、チェーン (chain)(あるいは、コチェーン (cochain)(双対鎖複体の場合))と呼ぶ。鎖複体の場合の d の像をバウンダリー (boundary)、双対鎖複体の場合はコバウンダリー (coboundary)、と呼び、その全体は群をなす。鎖複体の場合 d の核(つまり、d により 0 へ写される元のなす部分群)は、サイクル (cycle) の群、双対鎖複体の場合はコサイクル (cocycle) の群と呼ぶ。基本的な関係から、(コ)バウンダリーは(コ)サイクルに含まれる。この現象は、(コ)ホモロジーを使い系統的に研究されている。
チェーン写像と呼ばれる鎖複体の間の自然な写像の考え方がある。2つの複体 M* と N* が与えられると、2つの間のチェーン写像は、Mi から Ni への準同型の列であって、M と N のバウンダリ写像を含む図式全体が可換となるものである。チェーン写像を持つ鎖複体は圏を形成する。
V = V* と W = W* を鎖複体とすると、それらのテンソル積 は、
で次数 i の元が与えられ、微分が
で与えられる鎖複体である。ここに、a と b はそれぞれ V と W の任意の斉次ベクトルであり、 で a の次数を表す。
このテンソル積は、(任意の可換環 K に対し)K-加群の鎖複体の圏 を対称モノイダル圏(英語版)(symmetric monoidal category)とする。このモノイダル積の恒等対象は、鎖複体の次数を 0 と見た基礎環 K である。ブレイディング(英語版)(braiding)は、
により与えられる等質元の単純なテンソル上に与えられる。符号はブレイディングがチェーン写像となる必要がある。さらに、K-加群の鎖複体の圏が、内部Hom(英語版)(internal Hom)を持つ。鎖複体 V と W が与えられると、V と W の内部Homは hom(V,W) と書いて、次数 n の元は により与えられ、微分は
により与えられる鎖複体である。すると、自然な同型
を得ることができる。
位相空間 X が与えられたとする。
自然数 n に対し、Cn(X) を X の特異 n-単体により形式的に生成される自由アーベル群とし、バウンダリー写像を、
と定義する。ここに、記号ハット("^")は頂点を省略したことを表す。すなわち、特異単体の境界は、頂点の面への制限の交代和を表すこととする。∂2 = 0 を示すことができるので、 は鎖複体である。特異ホモロジー はこの複体のホモロジーである。つまり、
である。
滑らかな多様体上の k 次微分形式全体は、Ωk(M) と呼ばれる加法的なアーベル群を形成する(実際、R-ベクトル空間である)。
外微分 dk は、Ωk(M) を Ωk+1(M) へ写像し、d∘d = 0 であることが本質的に二次微分の対称性から従う。よって、微分形式のなすベクトル空間たちに外微分を考えたものは双対鎖複体である。
この複体のコホモロジーが、ド・ラームコホモロジー
である。
2つの鎖複体 と の間のチェーン写像は、各々の n について 2つの鎖複体 上のバウンダリー作用素と可換な加群準同型 の列 である。そのような写像は、サイクルをサイクル、バウンダリをバウンダリーをバウンダリーへ写すので、ホモロジーの射 が誘導される。
位相空間の連続写像は、上記の特異ホモロジーとド・ラームコホモロジーの双方へ(そして一般に、任意の位相空間のホモロジー論を定義する鎖複体に対して)チェーン写像を引き起こす。従って、連続写像はホモロジー上の写像をもたらす。写像の合成による写像は、引き起こされた写像の合成であるので、これらのホモロジー論は位相空間と連続写像の圏からアーベル群と群準同型の圏への函手である。
チェーン写像の概念は、チェーン写像の錐(英語版)(cone)の構成を通してバウンダリーの一つから得られる。
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チェーンホモトピーはチェーン写像の間の重要な同値関係をもたらす。チェーンホモトピックなチェーン写像は、ホモロジー群上の同じ写像を引き起こす。特別な場合として、2つの空間 X と Y の間のホモトピックな写像は X のホモロジーから Y のホモロジーへの同一の写像をもたらす。チェーン写像は幾何学的な解釈があり、たとえば、ボット (Bott) とトゥ (Tu) の本に記載がある。さらなる情報は、チェーン複体のホモトピー圏(英語版)(Homotopy category of chain complexes)を参照。
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