放射化学(ほうしゃかがく、英: Radiochemistry)とは、放射性核種と放射線の関係性を利用して、元素および同位体を研究する化学の分野。
目次
- 1 概要
- 2 元素分析
- 3 生化学
- 4 環境化学
- 4.1 アクチノイドの化学形態
- 4.2 コロイド
- 4.3 微生物
- 5 参照
- 6 外部リンク
概要
放射性核種は崩壊によって、さらに安定核種も放射線で放射化すると、核反応によって原子核が異なる元素に変化する。
この元素変化と、観測または照射した放射線には、どの核種がどんな確率(半減期)と割合でどの放射性崩壊を起こすのか、あるいはどの核種にどの放射線を照射するとどの核種に変わるのか、といった法則性がある。 また、発生するベータ線やガンマ線も、同様に特定のエネルギー領域を持つ。
歴史的には、これら核壊変に関する法則を実験的に決定し、また環境中の放射性同位体について、その分布と起源や循環などの挙動が研究対象となった。現代では、人工放射性同位体の製造と研究や、極めて微量の原子に対する調査なども含まれる。
なお、放射線化学は、放射線のエネルギーによる分子や原子の化学的な状態変化(イオン化、励起、結合の切断など)を利用して、化学反応を研究する分野で、異なる。
元素分析
安定核種を放射化し、生成した放射性核種の崩壊を観測すると、間接的に元の元素を同定できることから、放射化分析の基礎となっている。
検出感度は通常 10-8 [g/g]以下で、微量でも同時に多元素を分析でき、非破壊検査も可能。分析化学で問題となる、化学的性質が類似する共存元素による妨害がないなどの特長を持つが、大規模な設備を必要とする。 特に熱中性子による中性子放射化分析は、物質を貫通する性質が強く試料母材(マトリクス:対象外の主成分)の影響を受けにくいため精度が高いが、原子炉のような中性子源と最も厳重な遮蔽を必要とする。
試料の状態と対象となる元素種に応じた前処理(粉砕や抽出など)を行い、放射化する。放射化後に後処理を行う場合もある。その後、崩壊による放射線を観測するが、十分な精度を得るには、濃度が低いほど、半減期が長いほど、時間がかかる。
例えば、ウラン、コバルト、ナトリウムを同時に分析した場合、ナトリウム24(半減期15時間)のβ線(5.514MeV)、ウラン239(半減期2.9日)から生成したネプツニウム239(半減期22分)のβ線(0.218MeV)、コバルト60(半減期5.3年)のβ線(0.318MeV)と生成したニッケル60のγ線(1.17MeV,1.33MeV)が、順に観測される。
よく知られた例として、ナポレオンのヒ素による毒殺説が、1962年に行われた放射化分析の結果[1]によることが挙げられる。
生化学
同位体は生化学的に同じ性質を持つため、生体内物質の分子のうち、一部の原子を放射性同位体で置き換えた人工物質を細胞に与えると、天然物質と同じ代謝を受ける。その放射線を観測することで、細胞内の物質挙動を追跡できる。
どの物質(トレーサー、マーカー)のどの位置を放射性同位体で置き換え(標識、ラベル)するかは、目的によって変わる。 例えばDNAの塩基配列を決定する研究の場合、ヌクレオチドを構成するリン酸のリンを、放射性の32Pで置き換えた。
また、生体による硫黄、セレン、テルル、ポロニウムといった元素のメチル化について行なわれた研究では、バクテリアがこれらの原子を揮発性の化合物に変換する事を検証するため、各元素の同位体が使用された。 [2]
環境化学
環境中で測定される放射性同位体は、自然現象と人間の活動によるものから成っていて、その起源や挙動が研究、調査されている。
環境放射線のうち自然放射線の一部を占める土壌由来の放射線源として、国際原子力機関は、主に4種類の放射性同位体が土壌1kgあたり40K(100~700Bq)、226Ra(10~50Bq)、238U(100~700Bq)、232Th(7~50Bq)[3]が含まれるとしている。
一方、大気については、14Cや32Pなどが宇宙線による核破砕によって常に生成するほか、地殻中の226Ra崩壊による222Rnは、岩盤を透過して大気中に拡散する [4][5][6]。
人間によるものでは、核実験や原子力事故[7]、だけでなく、鉱工業をはじめとする多くの産業から放出されている。
環境中の放射性同位体は様々な要因で滞留、移動する。 森林や草原の火災などによって再飛散する現象を検証するため、チェルノブイリ周辺の立ち入り禁止区域で火をつけ、風下の大気の放射能が測定する実験が行われている [8]。
アクチノイドの化学形態
一般に重金属は複数の酸化数を持ち、アクチノイド元素のウランは6,5,4,3 、プルトニウムは7,6,5,4,3 と多様である。 このため、ひとつの溶液中で同じ元素が、様々な酸化状態の化合物をつくり同時に共存する不均化が起きうる[9]。これは、環境中で同位体を化合物として研究することを困難にさせる。
様々な条件下でアクチノイドが、どのような酸化数・配位数を取るかについて、いくつかの研究[10][11]がある。
アクチノイドの分析で重要と考えられる母材(マトリクス)は土壌・岩石とコンクリートであり、これらに含まれている時の化学的特性が、EXAFSやXANESといった手法で研究されてきている[12][13][14]。
コロイド
軽い元素は水溶性が高いが、土壌粒子に吸着されると土壌中の移動速度が大幅に小さくなる。しかし土壌粒子がコロイドの場合、それほど小さくならない。 134Csで標識したコロイド粒子による研究では、土壌中を移動[15]することが確かめられた。
微生物
一部のバクテリアが、アクチノイド元素を含む重金属を代謝する事が知られている。 例えば、サーモアナエロバクター属の微生物は、ウランを含むいくつかの重金属イオン[16] を受容体のように使って代謝し、非水溶性の塩に換えて沈殿させる。これは、一部鉱石の由来と考えられている。
参照
- ^ H. SMITH, S. FORSHUFVUD & A. WASSÉN, Nature, 1962, 194(26 May), 725-726閲覧
- ^ N. Momoshima, Li-X. Song, S. Osaki and Y. Maeda (2002). "Biologically induced Po emission from fresh water". Journal of Environmental Radioactivity 63 (2): 187–197. doi:10.1016/S0265-931X(02)00028-0. メチルコバラミン(ビタミンB12)がこれらの原子をアルキル化してdimethyl(訳注:ジメチルスルフィド、ジメチルセレン等)を生じさせると考えられている。滅菌水においてはコバロキシムと無機ポロニウムの組み合わせにより揮発性のポロニウム化合物が生成したが、当コバルト化合物を含まない対照実験では揮発性ポロニウム化合物は生成しないことが示されている。 N. Momoshima, Li-X. Song, S. Osaki and Y. Maeda (2001). "Formation and emission of volatile polonium compound by microbial activity and polonium methylation with methylcobalamin". Environmental Science and Technology 35 (14): 2596–2960. doi:10.1021/es001730+. 硫黄に関しての実験では同位体の35Sが用いられた(ポロニウムの実験では207Po)。57Coを培養系に添加し、続いてバクテリアからコバラミンを単離(およびその単離されたコバラミンの放射能を測定)した関連研究においては、バクテリアが利用可能なコバルトをメチルコバラミンに変換することが示された。
- ^ Generic Procedures for Assessment and Response during a Radiological Emergency, International Atomic Energy Agency TECDOC Series number 1162, published in 2000 [1]閲覧。
- ^ Janja Vaupotič and Ivan Kobal (2006). "Effective doses in schools based on nanosize radon progeny aerosols". Journal of Environmental Radioactivity 40 (39): 7494–7507. doi:10.1016/j.atmosenv.2006.07.006.
- ^ Michael Durand (2006). "Indoor air pollution caused by geothermal gases". Building and Environment 41 (11): 1607–1610. doi:10.1016/j.buildenv.2005.06.001.
- ^ Paolo Boffetta (2006). "Human cancer from environmental pollutants: The epidemiological evidence". Mutation Research/Genetic Toxicology and Environmental Mutagenesis 608 (2): 157–162. doi:10.1016/j.mrgentox.2006.02.015. さらに、水に溶けることから飲料水に入る M. Forte, R. Rusconi, M.T. Cazzaniga and G. Sgorbati (2007). "The measurement of radioactivity in Italian drinking waters". Microchemical Journal 85 (1): 98–102. doi:10.1016/j.microc.2006.03.004.
- ^ R. Pöllänen, M.E. Ketterer, S. Lehto, M. Hokkanen, T.K. Ikäheimonen, T. Siiskonen, M. Moring, M.P. Rubio Montero and A. Martín Sánchez (2006). "Multi-technique characterization of a nuclearbomb particle from the Palomares accident". Journal of Environmental Radioactivity 90 (1): 15–28. doi:10.1016/j.jenvrad.2006.06.007.
- ^ Yoschenko VI et al. (2006). "Resuspension and redistribution of radionuclides during grassland and forest fires in the Chernobyl exclusion zone: part I. Fire experiments". Journal of Environmental Radioactivity 86 (2): 143–163. doi:10.1016/j.jenvrad.2005.08.003. PMID 16213067.
- ^ Rabideau, S.W. (1957). "The Kinetics of the Disproportionation of Plutonium(V)". Journal of the American Chemical Society 79 (24): 6350–6353. doi:10.1021/ja01581a002.
- ^ Steven D. Conradson, David L. Clark, Mary P. Neu, Wolfgang Runde, and C. Drew Tait. (2000). “Characterizing the Plutonium Aquo Ions by XAFS Spectroscopy”. [2] 比較的単純な錯体の溶液での研究 P. G. Allen, J. J. Bucher, D. K. Shuh, N. M. Edelstein, and T. Reich (1997). "Investigation of Aquo and Chloro Complexes of UO22+, NpO2+, Np4+, and Pu3+ by X-ray Absorption Fine Structure Spectroscopy". Inorganic Chemistry 36 (21): 4676–4683. doi:10.1021/ic970502m.
- ^ David L. Clark, Steven D. Conradson, D. Webster Keogh Phillip D. Palmer Brian L. Scott and C. Drew Tait (1998). "Identification of the Limiting Species in the Plutonium(IV) Carbonate System. Solid State and Solution Molecular Structure of the [Pu(CO3)5]6- Ion". Inorganic Chemistry 37 (12): 2893–2899. doi:10.1021/ic971190q. コロイドでの研究 Jörg Rothe, Clemens Walther, Melissa A. Denecke, and Th. Fanghänel (2004). "XAFS and LIBD Investigation of the Formation and Structure of Colloidal Pu(IV) Hydrolysis Products". Inorganic Chemistry 43 (15): 4708–4718. doi:10.1021/ic049861p.
- ^ M. C. Duff, D. B. Hunter, I. R. Triay, P. M. Bertsch, D. T. Reed, S. R. Sutton, G. Shea-McCarthy, J. Kitten, P. Eng, S. J. Chipera, and D. T. Vaniman (1999). "Mineral Associations and Average Oxidation States of Sorbed Pu on Tuff". Environ. Sci. Technol. 33 (13): 2163–2169. doi:10.1021/es9810686.
- ^ P. F. Ervin, S. D. Conradson.(2002). “Plutonium Contamination Valence State Determination Using X-Ray Absorption Fine Structure Permits Concrete Recycle”. [3]
- ^ [4]
- ^ R.D. Whicker and S.A. Ibrahim (2006). "Vertical migration of 134Cs bearing soil particles in arid soils: implications for plutonium redistribution". Journal of Environmental Radioactivity 88 (2): 171–188. doi:10.1016/j.jenvrad.2006.01.010.
- ^ クロム(VI)、鉄(III)、コバルト(III)、マンガン(IV)、ウラン(VI)など。その間アセテート、グルコース、水素、乳酸、ピルビン酸、コハク酸、キシロースは供与体のように細菌の代謝の代行をすることがある。 細菌により金属を磁鉄鉱(Fe3O4)、隕鉄(FeCO3)、菱マンガン鉱(MnCO3)、閃ウラン鉱(UO2)などのように還元させることがある。Yul Roh, Shi V. Liu, Guangshan Li, Heshu Huang, Tommy J. Phelps, and Jizhong Zhou, "Isolation and Characterization of Metal-Reducing Thermoanaerobacter Strains from Deep Subsurface Environments of the Piceance Basin, Colorado", Applied and Environmental Microbiology, 2002, 68, 6013-6020. 他の研究者はバクテリアによるウランの凝固という課題があったが[5][6][7]、フランシス・R・リベンズ一行はマンチェスターで研究しており、細菌の一つ Geobacter sulfurreducens はUO2+(酸化ウラニウムイオン)を二酸化ウランに還元することはあるが、その細菌はウラニウムイオンもUO2+やUO2(酸化ウラニウム)に不均化してしまう、という説を出した。 この説はNpO2+(二酸化ネプツニウムイオン)が細菌によって酸化ネプツニウムに変えられることがなかったという観察結果から生じた。
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