Wikipedia preview
出典(authority):フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「2020/09/23 06:01:13」(JST)
[Wiki ja表示]
| この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。 出典検索?: "李時珍" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2016年10月) |
李 時珍(り じちん、1518年7月3日(正徳13年5月26日) - 1593年(万暦21年))は、中国明の医師・本草学者。字は東璧、号は「瀕湖山人」。中国本草学の集大成とも呼ぶべき『本草綱目』や、奇経や脈診の解説書である『瀕湖脈学』・『奇経八脈考』を著した。
生涯
黄州府蘄州(現在の湖北省黄岡市蘄春県蘄州鎮で現在も病院の跡が残されているという)で、代々医師を務める家に生まれた李時珍は、幼い頃から、父の李言聞(字は子郁、号は月池)の助手をしながら育った。
父は『医学八脈考』・『人参伝』と言った医学書を執筆するほどの名医であったが、当時の医師の社会的身分の低さから、息子には医業を継がせずに、科挙に合格して官僚になる事を望んでいた。だが、子供の頃から病弱だった李時珍は、医学への思いが絶ちがたく、23歳の時に父に懇願して、医学を学ぶ事を認めてもらうのである。
彼の医学の才能はたちまちに開花して、数年後には名医として湖北一帯に名を知られ、明の皇族である楚王までが彼を頼るようになった。そして、李時珍34歳の時に、明朝における医学の最高機関であった「太医院」に推薦を受けて、北京に赴いたのである。だが、彼には中央の役人は性に合っていなかったらしく、1年後には帰郷をして、再び地元で医業を始める事となった。
中国の本草学は、神農が全ての薬草・毒草を食べて作ったとされる(実際は後漢時代に編纂されたと考えられている)『神農本草経』を原典として、多くの増補が繰り返されてきた。だが、時代が下るにつれて、名称や薬効についての誤りや、重複・遺漏が多数含まれるようになっていった。李時珍はこれを憂慮して、新しい本草学書の編纂を志したのである。参考にした書物は800種、彼自身も多数の薬物の実物を収集して研究を重ねて26年の歳月を費やし、その間に3回の校訂を重ねて、遂に61歳の時に、『本草綱目』全52巻190万余字をもって完成させたのである。
だが、当時の医学・本草学の世界では、『本草綱目』が聖典視されていた『神農本草経』などの説や、配列・構成に対しても訂正を加えた事などから、李時珍に対して激しい糾弾が浴びせられる事となり、その出版は事実上閉ざされる事となった。だが、李時珍に理解を示す人たちの奔走で、1593年に南京の出版業者の胡昇竜が出版に応じ、また時の皇帝万暦帝への献上の機会を得る事になった。だが、この直後に李時珍は病に倒れて急死してしまう。献上された『本草綱目』は万暦帝から賞賛されて、出版に便宜が図られる事になった。
この本は日本などの周辺諸国のみならず、ラテン語などのヨーロッパ語にも訳されて、世界の博物学・本草学に大きな影響を与えたのである。
著書
典拠管理 |
- BIBSYS: 90240547
- BNE: XX5468080
- BNF: cb10865240s (データ)
- CiNii: DA05423034
- GND: 118728059
- ISNI: 0000 0000 6303 8736
- LCCN: n81041822
- LNB: 000217474
- NDL: 00313888
- NKC: jo2006333873
- NLA: 36604500
- NLI: 002238838
- NLK: KAC200203290
- NTA: 149415990
- RERO: 02-A005847351
- SNAC: w68d2chg
- SUDOC: 124009409
- Trove: 1321460
- VIAF: 41831883
- WorldCat Identities: lccn-n81041822
|
---|
UpToDate Contents
全文を閲覧するには購読必要です。 To read the full text you will need to subscribe.
- 1. 下痢原性大腸菌感染症pathogenic escherichia coli associated with diarrhea [show details]
…never found in strains lacking the LEE chromosomal island (tEPEC is defined by the presence of both the pEAF/BFP and the LEE). In contrast, tests that target the LEE (via detection of the eae gene, which …
- 2. パーキンソン病の非薬理学的マネージメントnonpharmacologic management of parkinson disease [show details]
…visual (mirror), auditory (metronome), and tactile feedback ; Active music therapy ; Dance therapy ; Lee Silverman Voice Treatment physical therapy program (LSVT-BIG) Many patients engaged in physical therapy…
- 3. 非心臓手術施行前の心リスクの評価evaluation of cardiac risk prior to noncardiac surgery [show details]
…original study data. We use either the revised cardiac risk index (RCRI), also referred to as the Lee index , or the American College of Surgeons surgical risk (ACS-SRC) . The RCRI is simpler and has …
- 4. 移植片対宿主病(GVHD)の皮膚症状cutaneous manifestations of graft versus host disease gvhd [show details]
…correlated with both the clinician and patient perceptions of disease improvement or worsening . The Lee skin symptom score, a scale based on the patient assessment also correlated with these factors. Both…
- 5. 胎盤早期剥離:管理および長期予後placental abruption management and long term prognosis [show details]
…since women with severe abruption often develop renal dysfunction. A quick and crude clotting test (Lee White test) can be performed at the bedside by placing 5 mL of the patient blood in a tube with no…
Japanese Journal
- 『訓蒙図彙』寛文版本と『本草綱目』 : 「狒狒」をめぐって
- 楊 世瑾
- 外国語学研究 (20), 82-76, 2019-07
- … 明・万暦二四年(一五九六)刊、李時珍撰『本草綱目』は本草書である。 … 第二に、『訓蒙図彙』寛文版本「狒狒」の本文は、『本草綱目』和刻本の本文、引用漢籍のみならず、これらを駆使して考証を加えた李時珍の説をきわめて厳格に踏襲し、尊重する姿勢を示している。 …
- NAID 120006824078
- 岩間 眞知子
- 日本健康学会誌 85(1), 30-42, 2019
- <p>Health care is about leading a healthy live style and avoiding getting sick.</p><p>Eisai, the Japanese monk from medieval times, claimed in <i>Kissa Yojoki</i> ("Notes …
- NAID 130007603952
- 髙山 卓美
- 日本醸造協会誌 113(3), 151-163, 2018-03
- … 李時珍(1518-1593)は《本草綱目》巻八穀部・焼酒の条で,"焼酒は古い法に非ず。 … 清代の醸酒遺跡から,復元した白酒製造工程は,明代の《天工開物》の"大麦焼酒の法"や李時珍撰《本草網目》の"近来の焼酒の製法"と類似していた。 …
- NAID 40021510508
Related Links
- ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 - 李時珍の用語解説 - [生]正徳13(1518).湖北,き州[没]万暦21(1593)中国明代を代表する医学者,本草学者。字は東璧。中国古来の植物,薬物を研究,兼ねて動物,鉱物を加味しながら,主として医用 ...
- 明代の万暦帝(1572~1620年)時代の李時珍は中国古来の薬草、薬物についての資料を集め、自説を加えて1578年に『本草綱目』を刊行した。
- 李時珍 の編集した中国の代表的本草書。5 52巻,付図2巻,1590年―1596年刊。� 薬効などによる伝統的 分類 を排して, 薬物 の母体としての動・植・鉱物の自然分類で,序によれば1892種を記載。1